「にゃははは〜……これってやっぱやりすぎ?」
極大の砲撃を受けて爆砕した惑星の残骸を少し離れた場所から見やり、メイオルティスが呟く。
あの自己主張してはばからない焔のような紅き魔力は、どこにも見当たらなかった。
「アンリにはくれぐれも殺さないようにって言われてたんだけど、う〜ん……ちょっとはやまっちゃったかな?」
得体の知れない協力者の言葉を思い返し、かわいらしく小首を傾げる。ついつい興が乗って手加減抜きの砲撃を撃ち込んでしまったメイオルティスだったが、ここに来て若干の後悔を感じていないこともなかった。
もっとも、別に殺したことを悔いているわけではなく、協力者──“アンリ”の言うところの「最高に絶望的なフィナーレ」を観てみたかったのだ。
「でも、この程度でやられちゃうなんて期待はずれもいいとこだよ。まったくガッカリなの。けっこうデキると思って──っ!?」
突然、背筋に悪寒が走る。
その直感に従い、振り向いた彼女の瞳に映ったのは紅黒の粒子が蜃気楼のように形作る漆黒のコート。紅い光輝が闇黒の宇宙に映えり、鋭い斜めの軌道で斬り込んで来る長大な紅い光の束。
「くっ!」
咄嗟に球状の絶対防御結界を張り巡らせるメイオルティス。切先が魔力の壁に触れ、激しい火花が散る。刃先が通らない。
刹那、アイン・ソフ・オウルの白い装甲に収まった紫色の宝玉が眩い光を放つ。
すると、半透明の膜に遮られ停止していた紅黒い剣光が、ズ、と障壁を紙のように割り裂いて、メイオルティスの肩口から胸元にかけてを深々と切断する。
鮮血とともに散り乱れる紅い羽。裂傷から四散した血液が瞬時に沸騰、蒸発した。
致命傷に近い大打撃を瞬時に修復した冥魔王は、思わずその場から後退した。
「いっつつ……、いまのって七徳の宝玉かな? まったく厄介だね、その力……!」
「──道理だろう。シャイマールの光は遍く全てを破壊する破滅の光……そこに例外はない」
光の粒から完全にカタチを取り戻した攸夜が静かに告げる。
あの絶望的な大破壊を逃れた能力の名は、“光子化”──自らを光量子、つまり光そのものに変換して攻撃を無力化する彼オリジナルの回避術だ。
ヴォルケンリッターやいわゆる使い魔などのように基礎となる魂と、それを包む魔力だけで自らを固定している非物質的な存在である攸夜。元々“神霊”とは高次元にありながら確固とした姿を持たず、あまねくものに宿り、あまねくものに浸透できる精妙なもの。その特性を生かした反則的な戦法である。
なお、同種の能力に、蝙蝠や霧などへと姿を変える“吸血鬼”の“霧散化”が上げられるが、こちらは文字通り光の力を帯びており、反属性である闇に連なる力を受ければダメージを負うことは必然である。
「言ってくれるね……」口元に残る血を乱暴に拭い、眉尻を吊り上げたメイオルティスが彼女なりの賞賛の声を上げる。「ならこっちも──」
「ギアを上げていくよッ!!」
そして、“冥刻王”たる自らの力を揮うに相応しい相手と改めて認め、その強大なる力を解き放った。
少女らしい華奢な痩身から瘴気のような魔力が溢れ出す。紅い魔力光はそれそのものが破壊力を帯び、接触した惑星の残骸などの塵芥が跡形もなく消し飛ぶ。
杖が変化したアルティシモ・レプリカから、不吉な気配が滲み出てていた。
「────」
そんな悍ましくも驚くべき力の奔流を目の当たりにしても、燃え上がる紅蓮の業火の勢力は留まることを知らない。
無限光アイン・ソフ・オウルが分解し、強襲形態から高機動形態に姿を変える。
形態を変えたことにより強く放射される魔力粒子のコロナ。闇黒の世界を燦然と照らし出す輝かしい雄姿は、時に破壊と殺戮とを振り撒く太陽を思わせた。
両者の漲る戦意が目に見える闘気、オーラとなって揺らめいている。
「壊れろ、メイオルティスッ!!」「消えなよ、シャイマール!!」
砲哮に震える次元。
全てを斬り裂く紅黒の光剣と、悍ましくも美しい真紅の魔剣が叫びと共に激突した。
□■□■□■
底知れない黒一色の世界。
上も下も。
右も左も。
自分の立つべきところも、自分の所在ですら定かではない虚空の世界。
転々と散らばる光点の光もどこか弱々しくて心許なく、闇雲に不安を煽るばかり。とてもヒトの居ていいような場所ではなかった。
──二条の光が濃密な漆黒の空間に深紅の尾を引く。
時折光線を交わし合い、もつれるように激突しては離れるを繰り返すその速度は超光速。人々の知恵と想像力が解明したこの世の物理法則げんじつを嘲笑い、星系から星系へと破壊と災厄を振り撒く。
生まれたばかりの恒星に突入した二条の光は、それを粉々に粉砕して衝突を続ける。
アステロイドベルト──小惑星帯。
恒星や惑星の重力の井戸に捕らわれ、星屑や氷の塊が時間を止めて漂う宙域で二柱の邪神が幾度目かの最接近を果たした。
現代に蘇った黙示録の獣──攸夜が振るう疾風のような袈裟斬りを切り払い、返す刃で横薙ぎに剣を振るう冥刻を告げる堕神──メイオルティス。
強引に往なされた攸夜は、一転して素早く右手を柄から離して月衣から次の一手を引き抜く。
二本目のデモニックブルームが斬撃を弾き、逆襲の刺突を繰り出す。メイオルティスは剣尖を間一髪で躱して、距離を取る──ことはなく、さらに身体を無理やりに押し込んで敵を斬殺せんと魔剣を振るった。
断頭斬胴。幾重にも織り込まれた必殺の意志が火花を散らせ、空間を斬り裂く。
一時でも気を抜けば命を失う死の舞踏。迅く鋭い技量で剣を繰り出す攸夜と、剛腕でもって力づくで剣を振り回すメイオルティス──その実力は伯仲である。
メイオルティス、その戦闘スタイルは至って単純、
殴る。
ただそれだけだ。
回避、防御、妨害。
彼女は本来、それらを必要とはしない。相手からの攻撃を食らい、自らの圧倒的な攻撃でもって相手諸共を粉砕するパワーファイター。さらには硬軟巧みな業を使い分ける知的な部分も併せ持つ。
不必要な回避行動を取っているということは、それだけ攸夜の攻撃が致死的であるという証拠だ。
対して攸夜は、あらゆる手段を用いて勝利を手繰り寄せる謀略家。変幻自在千変万化、卑怯卑劣何でもござれ、目的達成のためなら自らのプライドや慢心すらも損得に入れて利用してしまう。
“力”に目醒めてから、格上や難敵の相手ばかりをしてきた経験がそのクレバーな気質を培ったのだろう。それでいてなお、甘いところや青い部分を捨てきれない「魔王らしくない魔王」、それが攸夜である。
もっとも、そういった狡っ辛い部分が実力の重厚さにも繋がっているのだが。
──閑話休題。
一瞬の隙を突き、メイオルティスのか細い足首に竜尾を絡めた攸夜は、彼女を振り回して手近な小惑星に叩きつける。
直径数十キロはあろうかという巨大な岩石の塊が粉砕された。
「ッ、しつこいねぇキミも!」
「そう思うなら今すぐにでも自壊しろ!」
「そんなのまっぴらお断り、だよ!」
そう言い返すとメイオルティスは体勢を立て直して急速に加速し、岩礁宙域を巧みにすり抜けていく。周囲に呼び寄せた機動砲台からの砲撃による牽制も忘れない。
飛来する猛烈な砲撃の嵐。
牽制とは言っても、一つ一つに込められたエネルギーは惑星上でのそれとは明らかに規模の桁が違う。しかし攸夜は舞うような美しい機動でそれら光条や、時折岩陰からスパイクを展開して突撃してくる機動砲台をやり過ごし、追撃する。
進路を塞ぐ小惑星を鮮やかな手際で×字に切り刻み、彼は速度を緩めない。しかし、いつまでも追いかけていては埒が明かないと見て、ぴたりと停止した。
すると七枚の翼──高機動形態──から、二組の楯──強襲形態──にアイン・ソフ・オウルを変形合体。そして、眼前に突き出した二刀の魔剣が凶光を帯びる。アイン・ソフ・オウルに挟まれた間に超々高密度の魔力が集束・圧縮され始め、それが一気に解放された。
宇宙を灼く眩いばかりの極光。
加速され、運動量を増大させた魔力が光の断層となって深紅の光の帯を作り出す。
超光速の数千倍の速度で伸びる閃光の奔流を潜ることで辛くも躱したメイオルティスが、目の前に広がる光景に瞠目した。
「っ、砲撃!?」
「斬撃だッ!!」
長大極まる光の束を、攸夜は唖然とする冥魔王に向けて振り下ろした。
「──ぅうあああああッッ!!」
どこまでも膨れ上がる極大の光刃が全てを飲み込み、宇宙規模の規模な次元震を引き起こしながらことごとくを斬り裂いてゆく。
メイオルティスを巻き込んだ軌道上──、数百万光年に渡り銀河の星雲が一刀の下に両断された。
儚い光の残滓が刹那の間輝き、四散する。
「まだだ!!」
斬撃の体勢から間髪入れず逆手に返した長剣を握ったまま、立てた右手の剣指で七芒星を宙に切る。
「テトラクテュス・グラマトン……!!」
神聖四文字を現す呪文を紡ぎ、莫大な魔力を解き放つ。
りん、と透き通る音が広大な宇宙空間に鳴り響いた。
「風よ、火よ、水よ、土よ。汝等、此処に召喚す。風よ、火よ、水よ、土よ。我に従え、制裁す」
世界を構成する五大元素、その内の四つに呼びかけ、掌握する。無音の世界であるこの宇宙の現実も、古代神の幻想によって塗り替えられてしまっていた。
「天翔る凶兆の証、天覆う災禍の訪れ! 明星よ、災禍を人界に遍く告げ、彼の者等を討ち滅ぼせ!」
足下で強く煌めいた紅黒の魔法陣に合わせ、何処より呼び寄せられた蒼白い星の遙か彼方のメイオルティスを取り囲む。
360°を隈無く覆い尽くす輝きの星は何光年と離れた位置からでもよく見えた。
「万象諸共砕け散れッ! スターフォールダウン・ジ・カタストロフィーッッ!!」
その示すトリガーワードを合図に無数の星々が紅黒に染まり、巨大な質量とエネルギーを持った流星群となって中心に向けて殺到した。
闇、影などのマイナスのエネルギーを司る“冥”属性の最高位に位置する魔法、“スターフォールダウン”。それに、惑星系間での射程と速度、そしてどこまででも食らいつく誘導能力を組み込んだ、超々広域極大殲滅魔法──その威力・効果範囲ともに絶大過多。惑星の重力圏内ではとても使えたような代物ではないが、この人外魔境天地無用の決戦にはいっそ相応しい。
「くっ!?」
弾幕の僅かな切れ目を掻い潜り上昇していくメイオルティスを、火の玉にも似た光弾の群が直角で進路を変える。慣性を無視した縦横無尽の軌道に変化して振り切ろうとするターゲットを、明星の瞬きはさながら自意志を持っているかのように追いかけていく。
紅翼羽撃く天使と、蒼白く光り輝く彗星群が繰り広げる光速を越えた追撃戦。質量を持つ物体が光速以上で動き回ることで生まれる運動エネルギーは、想像を遙かに絶する。
事実、この決戦場となった次元宇宙にはすでに相当な負担がかかっている。崩壊するのも時間の問題だろう。
──無論、そのような些末事をいちいち斟酌する古代神たちではない。
「ああん、もうっ! うっざい!」
どこまでも追尾してくる誘導弾に苛立って口汚く吐き捨てたメイオルティスは、速度を維持したままくるりと反転して背後を向き、目の前の流星の大群に腰だめに構えた杖を突きつけ、その尖端に魔力を収束させる。
「潰れろーっ!!」
魔法陣の中央、一瞬にして膨張した紅い魔力光があまりにも太過ぎる砲撃となって星々を真っ向から飲み込んだ。
流星が無数の爆発を残して雲散霧消する。
「ふぅ。これで──」
「甘い! 第二陣、突撃!」
強い光と魔法陣が瞬き、再び展開する数限りない流星群。
「うにゃあっ!?」メイオルティスの妙な奇声を引き金に、光球の群が牙を剥く。
爆発。
爆発。
また爆発。
とめどなく炸裂する猛烈な勢いの波状攻撃。巨大な魔力の華が暗黒の宇宙に咲き乱れた。