青い間接照明で照らされた、薄暗いアースラのミーティングルーム。
長いテーブルにつくのは私や兄さん、エイミィなどのアースラの主要人員。それから、はやても。
本来は別部署に所属してる彼女がいるのは、今回の議題の関係者というだけじゃなく、なんでも私と兄さんに相談したいことがあるんだとか。
ところで。
前々から思っていたんだけど、どうしてここってこんなに薄暗いんだろう? 目が悪くなっちゃうと思うんだけど。
「みんなもう聞いてると思うが……なのはの処分が決まったそうだ」
私をはじめとして、みんな一様に沈痛な面もちになる。
結局、なのはの処分はおおむねはやての予想通りだった。違うのは、除隊じゃないのと無期限謹慎なだけ。
除隊処分じゃなかったのは、きっと管理局の慢性的な人員不足のせいだろう。その本音を隠すための無期限謹慎、なのかな。
もっとも、当のなのはは取り乱しててそれどころじゃない様子だったけれど。
「それで、その時の交戦記録が回ってきた。なのははアースラの関係者みたいなものだから、上も気を使ってくれたんだろうな。──エイミィ」
「うん。ちょっと待ってね」
兄さんの指示を受けて、エイミィが目の前のコンソールを叩くと、テーブルの中心に備え付けられたプロジェクターが作動して、半透明なスクリーンが発生。
「…………」
レイジングハートのAIから抽出された戦闘記録がスクリーンに映り出される。
なのはと激闘を繰り広げているのは、見た目、私たちと同い年か少し年下くらいの女の子。
ウェーブのかかったきれいな銀髪と、人形のように整った面立ち──そして、らんらんと光る小悪魔的な金色の瞳は、とてもかわいらしい。でも、同時にどこか作り物めいてて、なんだか怖い。着ているのは紫の……制服、かな?
この子と戦って、私は勝つことができるだろうか。機動力はたぶん上、魔法の火力では負けてそうだ。近接戦は────だめだ、映像だけじゃ判断できない。
「この魔法、なんや見たことある気がするな」
はやてがぽつりともらす。
なのはのディバインバスター──このときはまだ非殺傷だったみたいだ──を、いとも簡単に押し返した小さな太陽。ミッドのともベルカのとも違う、未確認の術式で構成された魔法。
その金色の輝きに、私ははやてと同じく既視感を覚えた。すごく懐かしいような、でもぜんぜん違うような、不思議な感覚。
「────だな」
「そうだね。フェイトちゃんはどう思う?」
「えっ?」
既視感に戸惑い、もやもやとしててはっきりしない記憶の底をさまよっていた私の意識は、名前を呼ばれたことで現実に引き戻される。
顔を上げると、私を呼んだエイミィをはじめ、この場にいたみんなの視線を一斉に集めてしまっていた。
どうしよう。考えるのに夢中でなんにも聞いてないや。
たらりと額に汗が流れる。
「えっ、と……ごめん、聞いてなかった。もう一度おねがい」
とりあえず、素直にあやまった。
しょうがないなぁ、と苦笑いするエイミィに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「アースラのエースに、この映像を見た感想を聞かせてほしいなーと。で、どうなの?」
「うーん……。魔法についてはたぶんみんなと同じ見解。この子の口振りからなのはのこと、あらかじめ知ってた感じだね──遭遇したのは偶然みたいだけど。あと、これはただのカンなんだけど……シグナムたちみたいに、見た目通りの年齢じゃないかもしれない」
まとっている独特な雰囲気とか、コケティッシュな仕草とか、やけに洗練されてる戦い方とかは、どう見ても同世代には思えない。まだ、ヴォルケンリッターのようなプログラム体だって方が納得できる。
「なるほど。確かに、この少女──ベール・ゼファーからは、戦闘能力にしてもそうだが、何というか……言葉にしがたい異質な印象を受けるな」
「連れの黒い髪の子は“大魔王ベル”って呼んでたよね。通り名にしてはかなり仰々しいけど、なんかそれっぽい感じするかも」
私の考えに賛同して、兄さんとエイミィがそれぞれ意見を出し合うけど、それはあくまで推論で。彼女たちの目的や、素性をはっきりとさせるような決め手にはならない。情報が足りなすぎる。
「未確認の術式を用い、Sランクの空戦魔導師を空で圧倒する戦力の“魔王”、か。……現時点ではこれ以上はわからないな。とはいえ、実際に破壊活動を行っている以上、放置している訳にもいかない」
少しくたびれたような声色で言葉を切る兄さん。今回の件で、いろいろと奔走してるから疲れてるのな。
でも、兄さんの言うとおり、わからないからと言って、このまま手をこまねいているなんてこと、できない。
冷静に見えるかもしれないけど、私だって、なのはがひどい目に遭わされて頭に来てるから。
心は熱く、頭はクールに、だ。
「……ちょっと、ええかな?」
ひじを突き、組んだ手で口元を隠すという、ちょっと悪役チックなポーズ──なんだかそれがすごく似合ってる──で、じっと沈黙していたはやてが、口を挟む。
私たちの視線を引きつけたあと、もったいぶったようにはやては続きの言葉を紡ぎ出した。
「──私、ちょっと心当たりがあんねん」
□■□■□■
「ごめんなさい、お買い物につきあわせちゃって」
地球。
水平線に沈みゆく太陽に照らされた商店街。
オレンジ色の光を受けて延びる三人と一匹の影。
食材の詰まった買い物かごを小脇に下げたエリスが、共に歩く、桃色の髪をポニーテールにした長身の女性と、赤い髪をおさげにした十代前後に見える少女に、恐縮した様子で言葉をかけた。
なお、エリスの服装は若草色のエプロンドレス──いわゆる、メイド服(本場英国式)だ。この服は、“特殊部隊グリーンティー”の制服で、一流のウィザードが一本一本に魔力を編み込んだ糸を、丹念に編み込んで作り上げられたオーダーメイドの特注品である。その高い対魔力は、魔法的な加護を失っているエリスにはお誂え向きな一品と言えるだろう。
とはいえ、どう見ても普通の商店街にはそぐわない格好なのだが、そこはファー・ジ・アースの秋葉原に並ぶ人外魔境海鳴市。驚くほどメイド服が風景に馴染んでいた。
「いや、いい。我らは主はやてからお前の護衛を任されているのだしな」
長身の女性──シグナムが、以前よりもいくらか柔らかくなった面差しを、客分である少女に向けた。
「そーそー、細かいことは気にすんなって。エリスの作った料理、けっこううめーし。まあ、はやてほどじゃねーけど」
早速、餌付け……もとい、手製のお菓子を振る舞って仲良くなった、おさげの少女──ヴィータがシグナムに同意する。はやてと比較した言はヴィータなりの照れ隠しだ。
エリスの持ち込んだ話をフェイトやクロノに相談するため、本局へ向かったはやてと入れ違いで帰宅した二人。
当初は不振人物であるエリスに警戒していたものの、今では彼女の人柄と持ち前の明るさにすっかり打ち解けたようだった。
「そうだな。志宝が居るおかげで正直助かっている。私もヴィータも食事は作れないのでな」
「……お二人はお料理できないんですか?」
苦笑混じりに言うシグナムに、エリスが不思議そうに首を傾げた。
「そうだが?」
「ヴィータちゃんはともかく、シグナムさんは家事とか得意そうな感じがして」
「……? なんでそう思うんだよ?」
「こう、“夢は新妻っ”というか。エプロンが似合いそうです」
「はあ?」
少々ズレたエリスの発言に呆れ顔をしたヴィータが、ふと隣を歩く話題の人物を窺う。
「そ、そうか……」
そこには、クールな表情を装っているものの、わずかに頬を染め、口元はゆるませた──端的に言えば、喜色を隠し切れていない同胞の姿。どうやら、「エプロンが似合いそう」と言われたのが余程うれしかったらしい。
シグナムの見せた痴態に、ヴィータは頬をひきつらせた。
「あー……そ、そうだ! 今日の夕飯てなんだっけ?」妙な空気を変えようと、ヴィータが無理やり話題を変える。
「あ、今夜はハンバーグです」
「それは楽しみだな」
三人の前をとてとてと歩いていた子犬モードのザフィーラが、振り返る。
「ザフィーラさん、喋れたんですね」
「む……」
抗議するように唸ったザフィーラのリアクションに、三人はクスリと声を合わせて笑いあった。
その時、ぞくりと肌が粟立つのを感じエリスが視線を上げる。
いつの間に現れたのだろうか、目の前を塞ぐように、年の頃、五・六歳の可憐な少女が佇んでいた。
金色の見事な巻き髪を揺らし、ぞっとするほど美しい微笑を浮かべている。
「“月匣”……──あなたは、」
微笑する少女が背負うのは、真っ赤に輝く真円の月。
「ルー・サイファー! どうしてここにっ!?」
戸惑いと驚愕を含んだエリスの叫びが紅い世界に木霊する。
「これは異なことを訊く。そちは我らを追って、わざわざこのような場所せかいまでやって来たのではないのか、志宝エリスよ」
「それは──」
至極真っ当なセリフを呆れ混じりに吐いた少女──ルー・サイファーが、銀色の瞳を薄く細めた。
「エリス、下がってろ!」
瞬時に展開した騎士服を纏い、戦槌グラーフアイゼンを構えるヴィータが、最大級の警戒心を露わにして前に出る。
シグナム、ザフィーラも同様に──ザフィーラは人型だ──エリスを庇うようにして、神の造形とも呼べる愛らしい容姿と強烈なプレッシャーを振りまく少女に相対した。
「コイツ……」
「はい。彼女は、ルー・サイファー。裏界魔王の中でも最強最悪の侵魔──“金色こんじきの魔王”です」
まるで「説明ご苦労」とでも言うかのように満足げな表情のルーへ、シグナムがレヴァンティンの切っ先を突き付ける。
「異界の魔王よ。何が目的で我らの前に現れた? 事と次第によっては──」
「“何が目的”、か。ククッ」
白刃を前にして、ルーはくつくつと不気味に笑みを漏らす。
「何がおかしいんだよ!」
そのはっきりしない態度に、元々沸点の低いヴィータが激した。
「いや、そちらの故郷には“平和の使者は槍を持たない”という諺があるのであろう? おっと、これは小話の落ちだったか」
いつか、自分がなのはに向けた言葉をかけられて、思わず鼻白むヴィータ。当時、その場にいたザフィーラも、不可解なルーの言動に眉をひそめる。
「フッ。何、そちに少々借りがある故、我自ら出向いたまで。ただの戯れ、魔王の気まぐれぞ」
「借り、だと?」
シグナムの疑問には答えず、ルーは瞳を閉じて言葉を発した。
「エイミー」
「──ここに」
彼女の左隣の空間がヴンと歪み、その中から、現れたのは褐色の肌を漆黒のエプロンドレスで隠した二十代の女性。短めの三つ編みにした赤い髪をヘッドドレスで止め、柔和な面立ちをフレームのない丸メガネが彩っている。
彼女──“誘惑者”エイミーは、面識あるエリスに向けて軽く会釈をした。
「アゼル」
「──いるよ、ルー」
続いて、右側に発生した歪みから、病的なまでに豊満な白い肢体を漆黒の帯──ではなく、フリルのついた白と青のドレスで包んだ、灰色のショートヘアの少女──“荒廃の魔王”アゼル・イブリスが物憂い表情で現出する。
帯を巻いた左の手首にはめる真っ黒な腕輪には、手の平サイズのデフォルメされたファンシーな蠅のマスコットが揺れていた。
「エイミーは青い狗を、アゼルは紅い小娘を抑えろ」
「かしこまりました」
「うん。……この“躯”のお礼はちゃんとするよ」
指示を受け、テキパキとした所作で歩み出るエイミーと、腕輪をショートスピアに変じるアゼル。
ザフィーラとヴィータが構え、攻撃に備える。
「さあ、我が光にて滅びよ」
「──!!」
眼前に差し向けられたルーの左腕から、パキンと甲高い音を立てて、深紅に輝く、七枚の羽根がその偉容を赤き月の下に晒した。