何か大きくて暖かいものが、目の前にある。
それが、セイバーは人の背中だと言うことに気付く。
自分は、今、誰かに背負われているのだ。
こんなことは久しぶりだった。
幼少の頃に、誰かにしてもらったような記憶がある。
王になってからは一度もこんなことはなかった。
誰の背中だろうと思ったとき、ようやくセイバーは目が覚めた。
「…私は、一体」
「ようやく、気がついたかね」
背中の正体は、アーチャーだった。
「何故…?」
何故、殺さなかったのか、そしてどうして背負われているのだろうか?
セイバーの疑問をアーチャーは、ふっと笑う。
「桜との契約が切れた今、君は敵ではない。それに何より、君にはやってもらわなければならんことがあるのでね」
アーチャーの足は洞窟の奥に向かっている。
「…何をさせるつもりか知りませんが、私が素直に聞くとでも?」
アーチャーの顔は見えないが明らかに、可笑しそうに笑っている。
「敵であった私に頼むとは、貴方は図々しい」
口調が丁寧なものから、少し荒いものになってきている。
おそらく、こちらが素なのだろう。
「途中ですれ違ったライダーにも、呆れられたよ。正気ですかあなたは…とな」
それは、当然だ、先程まで私たちは殺しあっていたのだから。
「なに、私は利用できるものは全て利用するだけだ」
「………」
「それに、君は私たちに敗れた。敗者が勝者の命令を聞くのは当然のことだと思うのだが?それとも、武人としての誇りまで失ったかな、セイバー」
セイバーは痛いところを突かれて押し黙る。
負けた国は勝った国に従う。それがルールである。
「…何をさせる気だ」
「大聖杯、…あれを破壊してもらわなければ、多くの人間が死ぬことになる。それは、君だって望むことではないだろう?」
この男の言うことに従うのは癪だ。
だが、確かに無用の殺戮はセイバーの望むところではない。
「……他の者達は、ライダーが連れ出したのか?」
「凛と桜はな、ただ衛宮士郎はやることがあるといって残ったらしい。いやはや、本当に愚かな男だ」
ピクリとセイバーが反応するのをアーチャーは見逃さない。
「どうしたのかね?そんなに元マスターのことが気になるか」
セイバーは応えない。
押し黙ったままだ。
その沈黙に対しても、アーチャーはからかうように喋り続ける。
「契約が切れた今、あの男と君は何の関係もあるまい。それに先程までは殺そうとしていた男ではないか」
「…アーチャー。先程の借りがあるので聞き流すが…このことが終わったら、貴様に決闘を挑む」
セイバーの声は本気で殺気じみている。
背中が冷たくなるような感覚がしたが、アーチャーは笑って受け流す。
「それは困った。その前にこの世界から消えるとしよう」
顔は見えないが、セイバーはアーチャーを背中越しに睨んでいることだろう。
「ところで、セイバー。そろそろ自分の足で歩いてはどうかね?」
意識を取り戻したセイバーは歩くのに困るほどのダメージは、すでに修復されている。
「いや、人の背中に負ぶさるなどとは久しぶりだったが、これが案外いい気分だ。このまま続けよ」
しれっ、と言うセイバーの王様発言にアーチャーは苦笑するしかない。
それからは、しばらく無言で走る。
大聖杯の大空洞まで、あと少しといったところだろう。
そんなとき、ぽつりとアーチャーは口を開いた。
「…君の望みは叶わなくなったわけだが、どうするつもりだ」
その声からは先程までの飄々とした様子が消えていた。
「…知れたこと、新たな聖杯を求めるまで」
セイバーの声には力が無い。
「もう、分かっているはずだ。仮に聖杯が手に入ったとしても、君の望みには届かないことを」
「そんなことは無い!この聖杯戦争以外にも、聖杯の伝承はあるはずだ。それならいつかは…」
「セイバー、君はいつまで間違った望みを抱き続けるつもりだ」
その声には、悲痛な思いが込められていた。
それを感じ取って、セイバーは一瞬怯む。
だが自分の望みが間違っているなどと言われて、黙っているわけにはいかない。
「貴様に、私の何が分かるというのだ!」
自分が王になったから国は滅びたのだ。
懸命にやってきたつもりだが、自分は王にふさわしくなかったのだ。
ならば、国のためにもふさわしい王を選びなおさなければならない。
そのために、剣の選定からやり直すために自分は聖杯の力が必要なのだ。
「分かるさ、セイバー。君の望みとオレの望みは似ているのだからな」
「なんだと…」
「君は自分が王になったことを後悔し、オレは英雄になったことを後悔している。ほら似てるじゃないか」
この男は事も無げにセイバーと自分のことを口にした。
この男は一体何者なのか。
「…アーチャー、あなたは一体、どこの英霊だ?私を知っているようだが、私はあなたに覚えが無い」
アーチャーは、それには応えない。
しばらく、沈黙していたが、やがて口を開いた。
「オレにも願いがあってね、…まあ、その願いは聖杯で叶えるほどのものではないのだが」
「?」
急に話を変えるアーチャーにセイバーは戸惑う。
「今回はそれをかなえる千載一遇の機会だったんだが、…見逃してしまったよ」
「何の話をしている?」
「オレの望みはね、セイバー。自身の手で衛宮士郎を殺すことだったんだよ」
ポツリとあまりにとんでもないことを言い出すアーチャーにセイバーは混乱する。
そして、その真意を測り、そして気がつく。
それは信じられないことだが、そうだとしたら今までの謎も全て解ける。
「…アーチャー、まさかあなたは」
「そうだ。セイバー、…オレはね英雄などにならなければ良かったんだ」
それから、アーチャーは自分の人生と守護者になってからも変わらなかったことを端的に語った。
そして、自嘲するように少し笑っている。。
それがあまりにも悲しかった。
「何故?…何故そのようなことを望むのか!」
自分を自分で殺すなどという結末に!
セイバーの声には怒気、そして悲しみに包まれていた。
「何故だと?それは君と同じ理由だよ。セイバー」
「何を…」
「ふっ、君は国を救うために、王を選びなおすと言っていたが、それは建前にしか過ぎない。本当は君は自分がやってきたこと、そして自分の過ちを、それらを全て無かったことにしたいだけなのだろう」
「…!」
反論はいくらでも、思いついた。
だが、それは言葉に出来なかった。
何故なら、それは間違いなく真実だったのだから。
「まあ、私も人のことは言えないがな。私も自身を消し去りたいがために衛宮士郎を殺そうとしたのだからな」
セイバーは、アーチャーと確かに同じような望みを抱いていたことが分かった。
セイバーは無言だ、何を言えばいいのか分からない。
アーチャーの望みを否定することは、間違いなく自分の望みも否定してしまうことになるからだ。
だが、それでも疑問は残る。
「…では何故、シロウを殺さなかったのだ?あなたにはいくらでも機会があったはずだ」
「………何故かな。あれがもう私とは別人であることに気付いたからか、…あの小僧を見て、ひたむきに走っていた昔の自分を思い出してしまったからなのか」
アーチャーは遠くを見るような目で、話している。
その目は間違いなく、あの少年のものだった。
…私が、間違っていたのかもしれない。
己を否定したアーチャーは、死んだ後でさえも少年のままだったのだ。
ならば、私も変わらなければならない。
「ところで、アーチャー。話は変わるが、あなたの聖杯戦争はどのようなものだったのだ?」
「…本当に、話が変わるな。まあ、その話は後にするとしよう」
アーチャーが背中のセイバーを降ろす。
いつのまにか、大聖杯の元に着いていたらしい。
そこには、胸に短剣の刺さった死体がある。
あの、言峰という神父だ。
死に顔は意外にも穏やかそのものだ。
「セイバー!それに、アーチャーまで…」
そして、息も絶え絶えなマスターがそこにいた。
「あれほど、投影はするなといったのに、無茶をするからだ小僧。あげくにまだ無理をするつもりだったな」
アーチャーは呆れた様子である。
シロウは、自分の手で聖杯を破壊するつもりだったようだ。
「なっ、うるさいな!桜を助けるためだったんだ仕方ないだろ。…それより、どうしてセイバーがここに?」
シロウはボロボロな体で私を見上げる。
何を言えばいいのか分からない。
私は彼との約束を果たせず、一度は敵として、その手にかけてしまうところだったのだ。
そんなとき、アーチャーがぽんっと私の肩に手を置いた。
それで、言うべきことが分かった。
そうだ、謝罪などは後で出来る。
今はこの言葉こそがふさわしいのだろう。
「マスター、御指示を」
シロウは一瞬ポカーンとしたような顔を浮かべたが、すぐに嬉しそうな顔になり、そしてすぐに顔を引き締める。
「ああ、セイバー。あの聖杯をぶち壊してくれ!」
「了解しました」
私は、躊躇い無く自分がかつて追い求めていたものに剣を向ける。
魔力を集中させる。
宝具の使用は後一回が限度だろう。
一発で十分だ。
それで、何もかも吹き飛ばす。
この世の全ての悪、私が望んでいたもの、そして愚かな私の妄執。
その全てを、この一撃で!
「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」
黒い光の本流が黒い影を消し去っていく。
闇で闇を消し去るその光景は、この戦争の結末らしかった。
エピローグ
あれから、二日程経った。
聖杯戦争は永遠に終わりを告げたのだ。
桜は体調は大丈夫だが、心は全然、癒えていない。
自らの罪を悔いている。
その傷はそう簡単に癒えるものじゃないだろう。
でも、オレは桜のそばにずっといるつもりだ。
桜の罪は一緒に背負ってやるし、桜が心から笑えるようになるまで、ずっとそばで待つつもりだ。
セイバー、アーチャー、ライダーのことを考える。
彼らは最後まで、見返りなしにマスターのために尽くしてくれた。
亡霊と化した、過去の英雄が現代のために戦ってくれたのだ。
聖杯戦争自体は決して、正しいものではなかったけど、あいつらに会えたことは誇りに思う。
そして、英雄達は、
「シロウ、味付けが繊細すぎる。もっと雑で量の多いものを作ってくれ」
泣くぞ、セイバー。
「ふむ、…属性が反転することで、食事の好みも反転するとはな。しかし、よく食べるのだけは変わらんとは…固有能力ということか」
違うぞ、アーチャー。以前の食欲がAランクとするなら今はA+になってるぞ。
「桜、起きていて大丈夫ですか?」
ああ、常識人なのはライダーだけだ。
英雄達は揃ってオレの隣で食卓に並んでいるのでした。
セイバーは以前とは違う格好で、黒を基調とした、いわゆるゴスロリといった服装だ。
アーチャーは適当に選んだ親父の服を着ている。
ライダーは、眼帯こそつけているものの服装は現代のものだ。
そのうち、魔眼殺しのメガネか何かを見つけると、遠坂が言っていた。
あの後、洞窟を脱出した俺たちは、イリヤの待つ我が家へと帰った。
そのときに、ライダーは桜に、セイバーはオレに再び契約しなおしたのだ。
桜は、一度は大聖杯に繋がった影響で、魔力が溢れかえっておりサーヴァントの一人や二人を簡単に維持できるのだ。
そして、セイバーは黒化により肉を持ってしまったことにより、魔力補給が必要なくなったのだ。
つまり、オレはセイバーが現代に残るための依り代というわけだ。
アーチャーに関しては、遠坂の魔力の高さと、その固有能力の単独行動でなんとか残っている。
ただし、このままでは後二日も持たずに消えてしまうらしい。
そのことを、相談するために全員でオレの家に集まっているのだ。
「何度も言ってるが、凛の魔力では私を維持することは不可能だ。…だから、このまま消え去るのが自然だろう」
「駄目よ!サーヴァントなんていう便利な使い魔をそう簡単に手放すわけ無いでしょう」
「アーチャー、貴方にはまだ聞きたい話がある。かってに消えるのは許されない」
遠坂はともかく、セイバーまでが反対しているのが意外だ。
オレは、どうしても仕方ないならともかく、残れるなら残ってもいいとは思うけど。
ライダーは桜の言葉に従うのみで、桜はおろおろしている。
イリヤは楽しそうにその様子を眺めるだけだという、話は平行状態だ。
「とにかく、何か方法があるはずよ」
まあ、問題はアーチャーの魔力が足りない分をどこから手に入れるかだ。
確かに、桜はまだまだ魔力は余ってるけどアーチャーに与える手段が無い。
「簡単だ。アーチャーがサクラから魔力補給を受ければいい。異性同士だから問題ない」
「「「「駄目!」」」」
当然のことながら、一斉に却下される
セイバーは自分の意見が通らなかったことに不服そうだ。
どうも、セイバーは黒くなってから感情にストップをかけない。
思ったことはすぐ、口にするし常に怒ったような怖い表情をしている。
「…では、ライダーからこれなら問題は…」
「あるっっっっちゅうねん!」
皆まで言わせず、遠坂が突っ込む。
話題に上ったライダーは冷静に、
「私は、桜が命じるなら…」
「命じません!」
桜に突っ込まれた。
セイバーはさらに不服そうな顔をしている。
自分が、どこが間違っているか分からないといった表情だ。
アーチャーは自分の話なのに、やれやれといった傍観者のような顔をしている。
「と、とにかく、なんとかアーチャーに経路を作れば」
遠坂の魔力が増えれば、当然アーチャーにもその魔力が流れ込むといった算段だ。
問題はその方法だが…。
「ならば、まずはシロウがサクラから魔力供給を受けて…」
「ちょ、ちょっと何を言い出すんだ」
急に話を振られて顔が真っ赤になる。
見れば、桜の顔も真っ赤だ。
それは、オレと桜は恋人同士だから、自然な流れでそういうことになるかもしれないけど…、ああ、オレは何を考えてるんだ!
頭の中の煩悩をたたき出して、セイバーのほうに振り向く。
「オレに魔力を供給したって仕方ないだろう」
「その後、シロウがリンに魔力供給を行う」
「「「却下!」」」
またしても、一斉に却下されるセイバー。
ものすごく不満そうな表情だ。
大体、オレが遠坂になんて…うっ、ちょっと想像してしまった。
「先輩?どうしました、顔が赤いですよ」
…心配そうな桜がめちゃくちゃ怖い。
ライダーもガクガク震えている。
ネタ切れなのか、誰も発案するものがいない。
遠坂も必死に考えているようだが、そう簡単に浮かぶものではないだろう。
「話は、終わったかね?」
アーチャーは自分のことなのに、他人事のような感じだ。
考えてみれば、一番大事なのは本人の気持ちだろう。
本人が嫌がっているのに、無理やりこの世界に残すようなことは出来ない。
そう思って、聞いてみることにした。
「アーチャーはどうなんだ?残りたくはないのか」
アーチャーはしばらく、思案するような表情を見せ、しばらく考えている。
皆が、アーチャーの次の発言に注目している。
「…そうだな。正直言えば今後、どうなっていくのか多少の興味はある。そういう意味では現界を望んでいるといってもいい」
おお!、全員がそれなりの感嘆を示した。
本人の口から、そう言われるとこちらもなんとかしたくなってくる。
「だが、それはあくまで方法があるならばだ。無理に、ここにいるようなことはしたくない」
その正論に皆が黙り込む。
もはや打つ手は無いのか、と思ったそのとき発言したのは、
「いい方法を思いついた」
やはり、セイバーだった。
「何かしら、セイバー」
先程のとんでもない発言のせいで、セイバーの信用度は暴落している。
遠坂は明らかに疑いの眼差しだし、周りもあんまり期待していない空気だ。
「私が、アーチャーに魔力供給を行う」
瞬間、空気が停止した。
一斉に、全員が固まっているのにセイバーは気付いていない様子だ。
「私の魔力量ならば、アーチャーに分けても何の問題も無い」
セイバーはどこか得意そうだ。
今度こそ、自分の発案が通ったと思っているのだろう。
冷静なアーチャーですら、固まっている。
と、とにかくセイバーの暴走を止めなければならない。
「あのな、セイ…」
「駄目に決まってるでしょうが!!!」
それは、遠坂に藤ねえの生霊が取り付いたかのような勢いだった。
あまりの遠坂のキレっぷりにだれも声を出さない。
「いい、セイバー。自分を大切にしないと駄目よ。あんな女たらしに身を売ったら、骨の髄までしゃぶられて、人生をめちゃくちゃにされるわよ」
そ、それは言いすぎな気が。
アーチャーも心外といった表情だ。
「リン、そんなに興奮するな」
遠坂も、自分の様子に気がついたのか。ごほんとセキをして座りなおす。
「問題はない。私とて殿方の悦ばせ方ぐらい心得ている」
さらりと、爆弾発言をするセイバー。
「セイバー、そのな、女の子があんまりそんなこと言っちゃ駄目だぞ」
「???」
分からないといったような表情だ。
「とにかく、セイバー、…いやセイバーだけじゃなく、女の子にそんなことさせるわけにはいかない」
「…士郎、女の子というのは私も入ってるんですか?」
ライダーが、驚いたような表情だ。
「当然じゃないか、何を言ってるんだよ?ライダー」
「いいえ、なんでもありません」
どことなく、嬉しそうなライダーの声。
それに対して、桜はなぜか不機嫌そうだ。
「とにかく、セイバー。いくらなんでも魔力供給のためだけにセイバーにそんなことをさせるわけにはいかないわ」
それは確かだ。合意の上でならいいが、そのためだけにセイバーにそんなことをさせるわかにはいかない。
その説得が効いたのか、セイバーは微笑を浮かべる。
うっ、可愛い。
前もそんなに笑うことが無かったけど、黒くなってからはいつも怒ったような表情ばかりで、笑っているところを見るのはこれが初めてだ。
「そういうことか、安心しろ。そういうことならば何の問題も無い」
…嫌な予感がする。
「私は、アーチャーさえ良ければ構わん」
ぴしりと石化の魔眼を受けたかのように遠坂が固まる。
「それに、彼の上に乗ったときは非常に心地よかった」
…それって、あの洞窟でアーチャーがセイバーを背負っていたことを差しているのだろうか。
セイバーには全くそのつもりは無いだろうが、この場でのその発言は宝具並みの危険度だ。
「アーチャー?」
ギギギッと音を立てながら首だけを、アーチャーの方向に向ける遠坂。
すでに、アーチャーはいなかった。
「先程、外に逃げました」
ライダーが遠坂に指差して教える。
「こら!どこ行ったの。戻ってきなさい!」
……このまま帰ってこないかもしれないなぁ。
その後、いろいろ考えたり、相談をして、なんとかアーチャーは残ることが出来たそうな。
あれから、三ヶ月程が経ち、春が一度来て桜が散っていった五月。
様々な被害を出した、今回の聖杯戦争の混乱もようやく収まってきていた。
教会には、言峰の代わりに代理の神父が来ており、事件解決と聖杯戦争の調査に来ていた。
ディーロという老神父だが、中々出来た人で、桜には優しく接し、我々が今だ現界しているのを見ても何も言わなかった。
彼は、本部の人であるので、一時的というだけで三ヵ月後には別の代理が送られるとの話だが、次の人間も話が分かる神父であればいいのだが。
この三ヶ月、私が主にやっていたことは、冬木の町の見回りなどだ。
マスターの仕事をサーヴァントが手伝うのは、当たり前のこと。
それ自体に文句は無い。
三ヶ月の結果として、木から降りれなくなった子猫を一匹、重そうな荷物を持っていたご老人を三人、犬に追いかけられていた女の子を一人、迷子を四人、etcを救ってきた。
この結果にも別に不満は無い、平和なのはいいことだからだ。
あえて不満があるとするならば、
「いらっしゃいませ、お客様。二名ですね、御タバコのほうは吸われますか?」
バイトをさせられていることだろうか。
新都の紅茶専門店で私はウェイターとしてバイトしている。
君が来てから、お客さんが増えたよ!
と店長が言うが、嬉しくも何とも無い。
なぜ、バイトをしているのかというと凛が言い出したことだ。
「どうせ、昼は暇でしょう。バイトでもしてうちの家計を助けなさい!」
と言われたからだ。
反対したら、令呪を使いそうな勢いだったので仕方なくこうしている。
履歴書は凛が偽造したものを使ってバイトしている。
しかも、バイトしているのは私だけではなくライダーもだ。
商店街の骨董屋でバイトしているらしい。
セイバーは今頃、もっきゅ、もっきゅとハンバーガーでも食べているだろう。
…セイバーにも一応はバイトを薦めてみたのだが、
「サーヴァントの仕事は戦い。そのような雑事に関わっている暇など無い!」
と、一蹴されてしまった。…私の記憶ではこの三ヶ月間に戦いなど無かったが?
一番食べる奴が、働かないなんて…王には人の気持ちが分からないらしい。
だが、そのうち彼女に合う仕事を見つけてきてやろうと思う。
…あればの話だが。
あの小僧は、相変わらずだ。
凛の弟子になった以外は特に変わりは無い。
まあ…お人好しなのは変わらないが、優先順位の一番に桜をつけている。
…これからもそれは変わらないのだろう。
イリヤは、城と衛宮の家を往復して、メイド達を困らせている。
小僧は、一緒に暮らしても良かったみたいだが、メイドの一人が猛反対をしているので、今の形になっている。
…何もかもが平和な暮らしだ。
こんな生活を衛宮士郎が出来るとは思わなかった。
…正義の味方か。
…いや、考えるのはよそう。
もう、終わってしまったことだ。
この平和な生活の記憶も今回だけのこと、座に戻れば全て儚く消えていってしまうもの。
それでも、それでも…何かを残せたなら、それでいいと初めて思った。
夜になると、私は一度家に戻る。
大抵は一人で見回りをするが、今夜は凛と二人だ。
最近、夜になると死の気配が濃くなっている。
おそらく、死徒か何かがこの街に現れたのだろう。
街の管理は遠坂凛の仕事だ。
霊体化した私は凛のそばで待機している。
「それにしても、この感じ久しぶりね」
「…確かに、聖杯戦争以来だな」
夜に二人で敵を探すために見回りをするなど、三ヶ月前に戻ったかのような感じだ。
「もう、三ヶ月か。早いわね」
三ヶ月で変わったこともあれば、変わらないものもある。
変わったことは、いまさら話すまでも無い。
変わらないのは、凛が私のマスターだと言うことだ。
「何よ、何を笑ってるのよ?」
「いや、素晴らしいマスターにめぐり合えた幸運を噛み締めてるのだよ」
途端、凛の顔が真っ赤に染まる。
まだまだ、こういうところも変わってないな。
橋の近くの公園にたどり着く。
そこで、「キャー!」という絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえる。
途端、顔色を変えて走り出す、凛。
私は、それについていく。
「また、ライダーのイタズラ(主に綾子に)じゃないでしょうね!?」
「だったら、いいのだがな」
もちろん気配でライダーでないことぐらいは分かる。
見えてくる・一人の女の子が今、まさに襲われようとしていた。
「アーチャー、行って!」
私は最も使い慣れた双剣を投影し、一瞬で襲っていた男の姿をしたものを切り倒した。
女の子は気絶したたけで、外傷はどこにも無い。
これなら、凛が記憶を操作するだけでいいだろう。
「倒したの?」
追いついた凛が、すでに灰になってしまった男を見る。
「ああ、だがこれは所詮、本体の使い魔のようなものだ。大本をつぶさない限り犠牲者が増え続けるぞ」
「分かってるわ。…私の管轄地でいい度胸してるじゃないの!」
凛は本気で怒っているようだ。
「とりあえず、探すにしても数が多いに越したことは無いから、その女の子を介抱したら、士郎のところに行くわよ。こういうときに弟子というのは役に立つわね」
……やれやれ。
「行くわよ、アーチャー」
凛は振り向きもせず、私に声を掛ける。
「了解した。マスター」
これから何があるかは分からない。
だが、目の前の少女と一緒ならどこまでも進むことが出来るだろう。
THE END
あとがき
これにて、この物語はおしまいです。
初作品なので、至らないところが多数ありましたがお許しください。
また何か機会があったら、作品を書いてみたいと思います。
それでは、最後までこの作品に付き合ってくださった全ての方にお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。