~20の身空で少女を拾う~
【リク】
元は礼拝堂であっただろうその建物は、どのような理由があって建てられたのかもわからないほどに壊れ、荒れ果てていた。壁面が剥がれ落ちているのがそこかしこに見てとれるし、頑丈そうな石壁には風穴が明き、冷たい外気が吹き込んでいる。かつて長椅子として使われていたであろう物は、数十個はあろうそれら全てが無残な木片へと変わり果てていた。また、石壁に嵌め込められたように作られた窓は幾つか割れていたし、この礼拝堂の重厚な扉は、建物の内側へと吹き飛ばされていた。
物的被害を上げればこんな感じであろう。
しかし、被害はそれに止まるものでなかった。そこかしこに人であったろうものが転がっていた。腕だけ、脚だけが転がっていたり、身体がきれいに分断されていたりと、有様は様々であったが共通してそれらにもう命を感じることはない。また、それらすべては水分の一切を奪われたかの様に干からびていた。不思議なことに、これだけの惨状にも関わらず、一滴の赤い血の零れた跡すらなかったのだ。比較的体の大きな者の周りを見れば、銃やマシンガンなどが転がっており、彼らが何者かに襲撃され、迎え撃つこともならずにやられてしまったのだろうことがわかる。
建物の中央には黒い大剣を背負った真白いコートの男だけがただ佇んでいた。
とうの昔に事は済んでいたのだろう。建物に彼以外の気配はなく、壁に空いた大穴から吹き込む風の音と静寂だけがこの場を支配していた。
ここに在るはずなのだが……。そう思って建物内を隈なく探す。調度品やら宝の類が山積みになった部屋を出て、自ら作り出した屍の山を見渡す。ここには探し物があって訪れた。それもこんなただ金になるようなものでなく、神の子と呼ばれる人間である。もしや、先ほど軽く遊んでやった程度で死ぬような奴だったのか? と疑問を持ちながらもこのまま帰るのも気がひけていた。ようやっと円で建物内を調べようとした時、微かな物音がした。音の発生元に辺りをつけそちらへ足を進める。この建物内の人間はすべて殺したはず。しかし、耳を澄ませばかすかな息遣いがはっきりと聞こえた。自らが散らかしたとはいえ、吹き飛んだ椅子やらが少し邪魔ではあったが、大した問題ではなかった。見当をつけた場所で歩を止めその周囲を丹念に調べ上げる。目の前には何の変哲もない石壁があるだけなのだが何やら臭う。丁寧にその石壁を調べていると、やはりその奥から物音がする。ぶん殴って壁を破壊してもいいのだが、たまには頭を使ってやらないと脳みその皺が無くなってしまうな、などと下らないことを考えながらも石壁を調べていると、その中の一つが妙な色をしていることに気づいた。この建物の石壁は一様に黒ずみかけた灰色を呈していたのだが、この石だけがほのかな灯りを放っている。おそらくこれに何か仕掛けがしてあるのだろう。その石にオーラを纏った手で触れてみると、みるみる周りの石が崩れだし、石壁であった向こう側に小さな部屋が現れ、そこに少女がいた。
小部屋を出て、唯一原形を留めた椅子に二人で座り、少女を落ち着かせながら何があったのか聞いたが、わからない、の一点張りだった。目の前の男がこの惨状を創り上げたことに気づく素振りはない。わかったことと言えば、少女が物心つくころには既にあの小さな部屋に閉じ込められるようにして生活していたこと。つまり、本当に何もわからないのだ。
……昔の俺と同じか。
しかし、彼女の容姿を見れば金髪に琥珀色の瞳に整った顔、何より少女から立ち昇るオーラが何より神々しかった。幸いにも探し物はこの少女であったようだ、とすぐに分かった。目的は果たせた。しかし、神の子がよもや幼女だったとは……。少女には行く当てなど存在しなかった。それはこの礼拝堂の隠し部屋に押し込められていたことからわかる。唯一何者かと触れ合うことが出来たとしても過去の話だ。俺が全員殺したから。しかし、名前もないという。この様子ではおそらく戸籍すらも怪しい。当分の間面倒を見てみるのも面白いか、そう思いながら俺は少女に告げた。
「キミ、俺と一緒に来るか?」
幸いにも少女は俺に対して警戒心というものを持っていないらしく、小さくコクンと頷いた。
「それじゃあ行こうか」
椅子から立ち上がり少女の手を取り、思い出した。この少女には名前がないのだ。まだ、家庭だとか考えもしたこともなかった。しかし、当分の蓄えはあるから、少女一人の面倒を見るなんて楽だろう。
「ルル、それが君の名前だ。これから君が独り立ち出来るまで面倒を見てあげる」
少女…いやルルも立ち上がり俺と目を合わせ、また小さくコクンと頷いた。知らず、頬が緩むのがわかった。
そんな二人を、もうその機能の殆んどを奪われた礼拝堂で、奇跡的に綺麗なまま残ったステンドグラスが鮮やかな色彩で照らしていた。