~傍迷惑な乗客者~
【リリ】
今、アタシ達はハンター試験会場であるザバン市を目指して、まずはザバン地区最寄りの空港行きの飛行船に乗っていた。今日、12月31日は、リクに拾われてからは毎年ルナが豪勢な食事を用意して年明けを祝っていたのだけれど、今年はハンター試験のために飛行船の中にいる。世間一般がどうかは知らなかったが、どうやらこの時期には皆こぞってパーティをするらしく、飛行船内は空席が目立っていた、というよりも明らかに空席の方が8割増しで多い。わざわざパーティ当日に移動する輩は少ないってことだ。アタシ達は空きスペースを我が物顔で利用してたりするのだけれど、乗員は別にいやな顔色ひとつ浮かべてはしなかった。代わりに奇異な目で見られたりはしたのだけれど。
アタシはいつも通りにジャージ姿で、ルルは仄かにピンクがかったフリフリのワンピースの上にデニムのジャケットを羽織っていて、どう贔屓目に見てもこれからハンター試験に臨む姿には見えようがない。陶器のような白い肌にまんまるの琥珀色の瞳を輝かせ、金色に輝く艶やかなストレートのロングヘアのルルはやはり可愛い。それに比べ、日に焼けた小麦色の肌に猫のように目尻の上がった碧い瞳を光らせ、赤みを帯びた白髪が癖っ毛のあるショートヘアのアタシは可愛げの欠片もないだろう。誰がどう見ても姉妹には見えない少女二人だけで旅をしている姿は他の人の目にどう映っているのだろうか。暇な飛行船内ではそんな下らないことまで考えてしまう。と、その時、隣から小鳥の鳴くような可愛い音がした。そういえば、昼を食べてからもう相当な時間がたっている。窓から眼下に見える景色も、灰色や緑の迷彩模様のようだったのが、いつの間にか街の灯りが夜空に光る星を思わせるような有様になっている。ルナに渡されたずいぶん豪勢なお弁当を食べよう、そうルルに言うとこくりと頷いてぬいぐるみを抱えてどこかへぽてぽてと歩き出していた。
「ルル、どこ行くの?」
「んとねー、折角だから一番景色の奇麗なところで食べたいなーって」
そう言うと、こちらを見ることもなくそのまま歩いて行く。慌てて一抱えもあるお弁当を持って席を立つが、一番景色の綺麗な所ってどこだっけかと考えたが、飛行船に乗ってすぐにルルは一人で船内をうろついていたようだから、ルルには当てがあるのだろう。ほんの少し嫌な予感を感じながらもルルの後に付いて行った。
そういえばアタシの勘は良く当たるのだ、行き着いた先でルルが物怖じすることなく座った場所に着いてそのことをようやっと思い出した。確かにここが一番眺めがいいだろう。当たり前だ。
行き着いた先は一等船室の客専用のサロンだった。
ルル一人ならばまだ迷子のお嬢様で済んだだろう。しかし、アタシはどうみてもそんな柄じゃない。ジャージだし。そんなアタシの葛藤を知らず、あのお嬢様は「早くー」なんて呼びかけている。幸いにして今の所は乗員、乗客の類は見えない。さっさと引っ張り出してやろうと席に近づくと、ひょいとお弁当をルルに取られた。そして、あろうことかそのままお弁当をテーブルに広げ、「いただきます」とのたまったのだ。ヤバいと思った時にはもう遅く、いつの間にか現れたウエイターさんから「誠にすみませんが……」と声がかかってきた。
「申し訳ございませんが、此方は私どものご用意したお料理をお出しする場所でございますので……」
「ルナ姉ちゃのお料理はいただきますしたらちゃんと食べ切ってごちそうさましなきゃダメなのー」
「ですから、此方は私どもの……」
「だからルナ姉ちゃのお料理は……」
「ですから……」
「だから……」
ウエイターの言う事は至極尤な話であり、ルルのはただの我儘である。しかし、こうなった以上、ルルが止まることがないのは経験上確かで、アタシは収拾のつけられない言い合いを傍観するしかなかった。かくなる上は、と握り拳を作ったその時、サロンの入口の方から猛獣の唸り声を聞いたのでそっちも見れば、黒髪を線香花火のようにまとめ、アタシと同じくこの場に凡そ似つかわしくない普段着の小柄な、しかし出るとこは出た女性と目が合った。と、同時に互いに声を出した。
「あ」
「げっ」
前者がアタシ、後者が彼女だ。あの樹海で過ごしていた時に何度も見た顔だ、名前は――。
「メンチー、入口に突っ立ってどうしたのさー。もーオレお腹ペコペコだよ」
そう、メンチさんだ。彼女が初めてあの森に訪れた際に、アタシは気配を絶ってコンバットナイフを首筋に突きつけた。恐らくそのことを未だに根に持っていたからこその第一声だったのだろう。しかし、その後ろに立っている2mを超す巨漢でお腹に猛獣を飼っている男に覚えはなかった。名前を気さくに呼んでいるところを見るにメンチさんの知り合い以上の関係ではあるようだが。しかし、一等船室のサロンには似つかわしくない格好の輩がさらに増えたところで待つのは一体なんだ。――追い出されるだけか。そんな結論に行き着くと、なんだか悩むのが馬鹿らしくなってきたので流れに任せることにする。
「あー、ブハラ、ゴメンゴメン。知った顔が合ってさ」
「メンチの知り合い? あの子が?」
「まあねー。ちょっと事情が合っ……ってって、ちょっと!そのお弁当!まさかルナのお手製!?」
どうにも忙しない。流れに身を任せたところでメンチさんが一気にこっち(弁当)へ詰め寄ってきた。
「あの、お客さ「うるさい!」ま……」
ウエイターさんの言葉をたった一言で宇宙の果てまで追いやると、メンチさんはお弁当をじーっと見つめ、くんくん香りを嗅ぎ、仕舞いには弁当に手を付けようとしたところでしたところでルルの視線に気づき、止まった。そして、マシンガンの弾を残らず撃ち込まれた窓ガラスのような空気にさらに一石を投じた。
「ルル、リリ。あたしも一緒に食べていい!?」
そうなのだ。メンチさんはこういう人なのだ。美味しいものには目がないらしく、ルナの料理を目的に、あと一日、あと一日と最終的に一ヶ月も居座るような人なのだ。アタシはもう既に流れに身を任せることに決めていたので、適当に返事をして置いた。ブハラとかいう人もどうしていいのやらわからず、猛獣の唸り声を腹から出して立ち尽くしたままである。どうせ何を言っても彼女は止まらない。ルルも止まらない。……っと、そういえばウエイターさんは? と見遣れば、ぷるぷると震えている。
「ですから、お客様方、此方は私どもの……」
そう頑張って言いかけたせっかくの彼の言葉を、メンチさんはまたしてもぶった切る。
「あ・の・ね! アンタこのお弁当がどれだけのものかわかってるの!? 給仕始めて何年!? そりゃあここの出す料理はそこらの店より数段上だけどね、このお弁当に入ってる料理は次元が違うのよ! 素材からしてまず手に入れるのは不可能に近いものなの! それに加えて料理人の腕も次元が違うのよ! 料理の道に足を乗せた程度でもこの違い位わかりなさい!」
そう一息で言い切った。「そうか、そんなにルナの料理って凄いんだ」なんて心の中で呟く。確かにルナの料理はめちゃくちゃ美味しい。けど、それほどまでとは知らなかった。と、メンチさんの口撃をもろに喰らったウエイターさんだが、健気にも声を返した。
「あ、あの……」
「なによ!?」
メンチさんはもう完全にブチ切れてる。視線だけでウエイターさんは今にも殺されそうだ。それでも彼は続けた。凄い、密かに尊敬した。
「お、お客様は、どちら様で……したか?」
ぶちん、と何かが切れる音がした気がした。
「ざけんなてめー! 一等客室の客の事くらい知っとけや、ボケェ! いいか! よく聞け! あたしはメ・ン・チ! シングルの美食ハンター、メンチだよ! ったく、これからやりたくもないハンター試験の試験官やらされるってのに、無駄にあたしを怒らせんじゃないわよ!」
今度こそ完全にウエイターさんは死んだ。顔が青白いし、硬直したままだ。しかし、今、聞き捨てならない単語を聞いた気がする。ハンター試験。試験官。――ツイてるかもしれない。アタシは期待いっぱいに声をかけた。
「メンチさん、弁当アタシらと一緒に食べよ?」
その一言で空気が和らいだ気がした。ウエイターの彼もどうやら息を吹き返したらしい。さっきまでの剣幕はどこへやら、メンチさんが目をキラキラさせて言う。
「リリ! アンタって本当は良い子だったのね! 誤解しててごめん」
「いえいえ、いいんですって。ほら、頭上げてよ。あん時はアタシが悪かったってわかってるし。それより……弁当の代わりと言っちゃあなんだけど、一つだけお願い聞いてくれる?」
「いいわよ! ってそういえばどうしてアンタ達二人だけなの?」
即答だった。いくらか冷静さを取り戻したようだけど、これで言質は取れた。
「アタシとルル、今回のハンター試験受けるんだ」
あ、メンチさんちょっと固まった。
「で、会場がザバン市ってことしかわからなくて、ホントなら飛行船降りた後にナビゲーター探そうと思ってたんだけど……ってここまで言ったらわかる?」
ゆっくりと再起動するメンチさん。後ろのブハラとかいう人は「あーあ」なんて言っている。
「……試験会場まで案内しろ、ってこと?」
アタシは満面の笑みで頷いた。と、同時にメンチさんの肩が落ち、諦めたように言う。
「ぁー……運も実力の内っていうしね。しかたない、か。んじゃ協会に頼んでナビゲーター用意しておくように言っとく。ついでにアシも。」
そう言うとちらりウエイターの彼を見やる。
「アンタは食器持ってきてね。今のやり取り忘れてくれればもうあたしは何も言わないから」
そう彼女に言われると、彼は頷いて忙しなく食器を持ってきた。
「んじゃ、弁当食べよう。「いただきます」」
「……いただきます」
ブハラさんが遅れて食事前の我が家の儀礼をすまし、アタシ達は食事をしたのだった。
飛行船に揺られること2日、ルナの料理を大層気に入ったブハラさんのおかげで、アタシとルルは一等船室フリーパスになっていたし、料理も自由に食べられた。メンチさんの言う通り、料理の味は次元が違ったがそれなりに楽しめたし、本来ならもっと質素な食事になっていただろうから、アタシ達は満足だった。それになにより、
「リリさん、ルルさんですね? 私がナビゲーターをさせて頂きます。あと一日もあれば試験会場まで着くと思います。それまでの付き合いですがよろしくお願いします」
飛行船を降りたアタシ達には、約束通りナビゲーターとアシが用意されていた。メンチさんが件の食事の後、ちゃんと連絡してくれてたみたいだ。
そうして、たぶん他の受験生たちより簡単に、アタシ達は試験会場に辿り着いた。といっても、『めしどころ ごはん』なんていう怪しい料理屋に連れらた時は騙されたかとも思った。しかし、ナビゲーターの人が店主に「ステーキ定食二人前お願いします。焼き方は、弱火でじっくりと」と頼むと、奥の個室にアタシとルルは押し込まれて、
「これで私の仕事は終了です、ありがとうございました」
なんて言われるや否や、浮遊感。どうやら個室がエレベーターになっていたようでぐんぐん地下へ潜っていき、100階に到達するとドアが開き、強面の受験者の人たちとご対面となったところで、ようやくちゃんと案内してもらえたことがわかり安堵した。それにしても、地下100階まで下りる間、部屋が臭くて臭くて堪らなかった。