~不毛な試練~
【リリ】
開いたドアから出ると、そこは薄暗いトンネルだった。やはり、いかにもか弱そうな少女二人がたった二人で試験に挑むのは珍しいようで、既に会場にいた受験者達の奇異な物でも見るような視線が感じられた。と、その時、足もとから声がかかった。
「ハイ、番号札です」
そう声をかけてきたのは恐らくハンター協会の者だろうが、容姿がおかしかった。豆なのだ。いや、人なんだけども、豆系統の魔獣と言われても違和感が全くない姿だった。そんなのがいるかは知らないが。ぽかん、としながらも番号札を受け取ると、これで仕事は終わりとばかりに豆の人は移動していった。貰った番号札を見れば、200番と201番。アタシはキリの良い数字が好きなので、201番をルルに渡すと、200番の方をさっさと服にとりつけた。そうして再び辺りを見渡した時、丸顔に四角い鼻と無精髭を生やしたオジサンが「よっ」と声をかけてきた。
「オレはトンパ、よろしく」
そうどこか胡散臭げな笑顔で気安く話しかけてくるトンパさんとやらは、頭にぺたりとした耳を取り付ければまるっきし豚だった。豚パねぇ、などと胸中で呟いていると彼は笑顔を張り付けたまま続ける。
「君達、新顔だね」
「なんでわかんの?」
アタシがぶっきらぼうに聞いたにも関わらず、彼はどこか誇らしげに言った。
「まーね! なにしろオレ、10歳からもう35回もテスト受けてるから」
「……はぁ? んじゃ45歳? 完全にオジサンじゃんか。なんで受けんのやめないの?」
「い、いやー、諦めきれなくてね」
アタシの言葉が辛辣だったのか、たはは、と豚パは少し焦ったように答えた。ルルはといえば、未だに番号札と格闘していた。そんなルルを見かねてアタシはルルに番号札をつけてやる。その間、ほとんど無視されたような形になっているトンパは、どうにかして話をしようとこちらを伺っている。まさかルルが目当て? 能無しの豚顔に加えてロリコンなのか? などと恐ろしい考えに至ったアタシはルルを連れて彼の元を離れようとした。しかし、彼は行く手を遮るように動き、話しかけてきた。
「あ、ほら、これでもオレ試験のベテランってわけだから、わからないことがあったら教えてあげるよ」
「別にいい」
アタシがきっぱりそう言うと、彼は一瞬張り付かせた笑顔を凍らせたが、めげずに続ける。
「ここにいる常連のことも教えてあげるよ? ヤバイやつとかもいるし……」
「別にそんなの見りゃわかる」
彼のこめかみに薄く青筋が立っているのが見えた。しかし、必要ないものは必要ないのだ。パッと見危なそうな奴と言えば、奇術師の格好をした奴位だ。それ以外の奴らはアタシ達が森から追い払っていた連中と大差ない。
「そろそろ移動していい? 隅の方がアタシ落ち着くんだ」
もちろんこのロリコンオヤジから逃げるための口実だが、本当のことでもあった。そう告げて去ろうとすると、脂汗をかきながらハハハッと笑って彼が言った。
「全然物怖じしないお譲ちゃんだね。わかった、その代わりお互いの健闘を祈ってカンパイでもどうだい?」
言いながら鞄から缶ジュースを3本取り出して2本をアタシ達に渡し、自分の分をグビッとひと飲みする。話の流れが強引なのに気付いているのだろうか? しかし、仕方ない、これでこいつとも関わらなくて済むだろう。そう思ってアタシはジュースを口に含んだ。……不味い。まず温いし、元に使った果物の質も良いものではないだろうし、添加物が多いし、缶の金属臭さが仄かに混じっている。そしてなにより――、
「オジサン、これ不味い。毒でも結構いい味のもんだってあんだよ?」
明らかに毒入りだった。ルルも一口飲んで「美味しくないー」と言って可愛い顔をしかめている。食べ物を残すのは我が家のルールに反するが、これ一本飲むのは苦痛だった。主に味的な意味で。どうやら最初から毒入りジュースを飲ませて脱落させるのが彼の根本の目的だったようだ、そう悟った。アタシがルルの分も取り上げて床に置くと、外道なオジサンから先刻までの笑顔が消え、目を見開き声を失っていた。
「たいていの毒はアタシには効かない。ルルに至っては効く毒の方が少ないんじゃないかな? 用事はすんだよね。それじゃ、アタシ達は行くから」
そう言い残して彼から離れ、ルルと二人で壁際に座った。
……一体全体今年の新人はどうなってるんだ。それが彼――トンパの思いだった。”新人潰し”と呼ばれる彼であったが、今回の試験のために用意した下剤入りジュースは最後に滑り込んだルーキーに至っても全くその役目を果たす事が出来なかったのだ。しかし、逆にその事実は彼の”新人潰し”としてのプライドに火をつけた。つぶしがいがある、彼はそんな思いを抱き、嗤った。
【リリ】
アタシは新たにやってくる受験者達を横目で見ながら、トランプのソリティアをやっていた。ルルはと言えば、いつも通りぬいぐるみと楽しそうにしている。ルルとトランプで遊んでも、いつもアタシが勝ち続けてしまうのでいつの頃からかルルとトランプで遊ぶことはなくなっていた。ルルの今日の格好は、白いロンTにデニムのショートパンツ、肩掛け鞄と普段着だったが、ここがハンター試験会場であることを考えるといささか浮いていた。アタシはといえば、やっぱりジャージ(オレンジ色)を着て、リュックを背負っていた。
そんな試験会場とは浮いた空気を作っていたものだから、新たにやってくる受験者達とも好む好まざるを関係なしに目が合ってはどちらかが逸らし、を繰り返していた。どこかで必要になるかもしれない、そう思って受験者の顔と番号を適当に一致させていく。今のところ本当にヤバい奴は44番と301番の二人、その二人はそれはとても特徴的な姿をしていたので忘れることはないだろう。
と、400番を超えた辺りで新たに3人組が現れ、また外道なオジサンが話しかけに行っていた。会話の内容は聞こえないが、だいたいはアタシの時と一緒だろう、などと思った時、叫び声がした。声の方を見れば44番が他の受験者の腕を切り落としたらしいところが見えた。しかし、腕はない。やっぱり奇術師の格好をしてる位だから手品か何かなのかもしれない。気を付けよう、そうルルと確認し合った。そういえば、と3人組の方を見れば、外道なオジサンがまたジュースを取り出していた。あ、ツンツン頭の子が飲ん……吐き出した。どうやら、毒に気づいたらしい。合わせて残りの二人も開けた缶ジュースを地面へ流している。勿体ない、どうせ撒くなら植物の近くにやらないと……なんて下らないことを考えていた。
ソリティアが詰んでしまい、いい加減飽きたのでトランプをリュックへしまったところで、トンネル内へ響き渡る大音響。隣でルルがびくっと跳ねたのがわかった。思わず微笑みながら辺りを見渡すと、トンネルの壁面に伸びた管の上に、いかにも『セバスチャン』って感じの人が現れていた。くりんとした髭の辺りが特に。しかし、どうやらさっきの音は彼の持つ奇妙なマスコットから出ていたのだろう。と、彼がこの場にいる全員に聞こえる声音で言った。
「只今をもって受付時間を終了いたします。
……では、これよりハンター試験を開始いたします」
会場の空気がピンと張りつめたのを感じる。やっと、やっと始まるのだ。どれだけソリティア詰んだかわかってんのか。待たせるにも程があるだろうが、なんて胸中で毒を吐く。
ふわりと、音もなく地に降りたセバスチャン(仮)、こちらへどうぞ、とまさに執事そのままの動作で行き先を示すと、話しながら歩み始めた。
「さて、一応確認しますが、ハンター試験は大変厳しいものもあり、運が悪かったり、実力が乏しかったりすると怪我をしたり、死んだりします。先程の様に受験生同士の争いで再起不能になる場合も多々ございます。
それでも構わない。――という方のみついて来て下さい」
そういって、アタシ達受験生の方をちらり見遣る。しかし、歩みを止める者はいない。当たり前だ。アタシ達だって覚悟はある。それに滅多な事で死ぬようなやわな鍛え方はされていなかった。
「承知しました。第一次試験、404名全員参加ですね」
その言葉と共にセバスチャン(仮)の歩みが速まるのがわかる。それに続くように受験者達も歩みを速め、走り出した。
「申し遅れましたが、私、一次試験担当官のサトツと申します」
ぁ、セバスチャンじゃなかったんだ、なんて間抜けなことを考えながらも、辺りを見回せるよう上っていた壁面の管から飛び降りる。
「これより、皆様を二次試験会場まで案内いたします」
ん?二次試験? とアタシが疑問に思うように、受験生皆も疑問を持ったようだった。
「一次試験はもう始まっているのでございます。二次試験会場まで私について来ること、これが一次試験です。場所や到着時刻はお答えできません。ただ私について来ていただきます」
ようするに追いかけっこってことか、そう理解し、アタシ達は最後尾から走って行った。
~あとがき(という名の言い訳)~
とりあえず試験突入です。
でも、原作主人公組との接点まだなし……
トンパとの絡みを書いていたら思った以上に分量がかかってしまったせいです。
あと、セバs……サトツさんの語りをまんま使ったせいですね。
決して、決して原作主人公組のキャラをInput出来てないから絡ませられない;とかそんな理由じゃ……
次回もなるべく早く更新したいと思います。
感想頂けたら嬉しいです。
では。。。