~ルルの美学~
【リリ】
3メートル近い巨躯の男と露出の多い格好をした小柄な女性の組み合わせはどう見てもアンバランスだった。扉が開くまで猛獣の唸り声のようなものを聞いていたものだから、完全に武闘派な試験を想像していたようで、受験生の皆は唖然として、言葉を失っていた。そんな受験生達の思いを知ってか知らずか、小柄な女性――メンチさんは言った。
「二次試験は料理よ!! 美食ハンターのあたし達二人を満足させる食事を用意してちょうだい」
受験生全員がさらに唖然とした。そんな受験生達の想いを余所に、二人は続ける。
「まずはオレの指定する料理を作ってもらい」
「そこで合格した者だけが、あたしの指定する料理を作れるってわけよ。
つまり、あたし達二人が”おいしい”と言えば晴れて二次試験合格!!
試験はあたし達が満腹になった時点で終了よ」
――まさかハンター試験に料理の課題が出されるなんて、それがアタシの思いであり、恐らく受験生達の共通の思いだっただろう。料理自体はアタシもルルもルナに少し習ったし、サバイバル生活を送ったこともあるから食糧を得る術は一応ある。しかし、相手はあのメンチさんだ。あの人がおいしいと認める料理なんて作れっこないじゃん! アタシは心の中で叫び、運の無さを呪った。それでもあくまでこれはハンター試験なのであって、コックの試験ではない。だからそこまで味について言及はされないかな、なんて甘い観測もあった。そんな事を考えていると、
「俺のメニューは、豚の丸焼き!! オレの大好物」
ブハラさんは眼を輝かせ、涎をたらしながらそう言った。――よかった。簡単な料理だ。香辛料の類は持ってきてないから本当にただ焼くだけになってしまうが、ブハラさんもきっとそれは承知の上だろう。そして、
「森林公園に生息する豚なら種類は自由。それじゃ……」
二次試験スタート! そうブハラさんが告げると同時にアタシとルル含め受験生全員が森へと散って行った。
端的に言えば、アタシとルルはブハラさんの課題をクリアすることが出来た。
ブハラさんの大喰らいの程は飛行船内で嫌というほど見ていた。彼なら普通の豚なら100頭は余裕で食べられると思っていたので、それほど焦る事もなくルルと二人で森の中に入って行ったのだが、そこで見た豚は普通の豚の二周り以上の大きさをした大きな鼻を持つ豚だった。こればかり出されてはいくらブハラさんと言えどきっと100頭以上食べるのは不可能だ。しかもこの豚は森に入って直ぐに見付かったので、他の受験生達は迷わずこの豚を丸焼きにして提出するだろう。そうなれば時間が惜しい。
豚を見付けて数瞬でそこまで思い至ると、「この豚捕まえて丸焼きにして出すよ?」とルルに言った。ルルは体の大きな動物が大好きなのでおそらくこの子(豚)達と遊んでしまうだろうから、アタシが二頭分作るしか手はなかった。豚がこちらへ気付く一瞬の間に、額を思いっきりぶん殴ってやった。この手の動物は自らの弱点を隠す為にそれを守る強い部分を作る、それがわかっていたからこその行動だった。思い通りパンチ一発で一頭気絶させる。続けて二頭。アタシは昏倒した豚を二頭抱えてその場を少し離れ、さっさと丸焼きを作り始めた。アタシが豚の血抜きをし、下ごしらえをして豚を焼いている間、やはりルルは5,6匹の豚と遊んでいた。しかし、こちらへ豚を近づけさせないためには好都合であった。焼き上がるとすぐさまルルを呼び、丸焼きの豚の片方を持たせて、ブハラさんの元へ急ぐ。着いた時はまだ数人が提出したところだったので、アタシ達は作った豚の丸焼きを渡すと、作り直しを命じられる可能性を感じながらも待った。が、それは杞憂に終わり、美味しいと言って、アタシとルルの二人分をすぐに食べ切った。
一安心したところで、まだまだブハラさんは食べそうな感じだったので、空いた時間でメンチさんにお礼しに行く。
「メンチさん、ナビゲーターとアシの用意、あんがとね」
「……あー、誰かと思えばリリじゃない。いーのよ、別に。ルナの手料理久々に食べられたしね。
あ、でも、試験で優遇したりなんかはしないからね?」
悪戯っぽく笑って言ったメンチさんに、アタシは「もとから期待してないよ」と返した。それを聞いたメンチさんはさらに笑って、
「それじゃあアンタ達の料理楽しみにしてるから。あんま受験生と話してるのもなんだし、さっさと向こう行った行った」
と、あっち行けとジェスチャーで示したので、苦笑いしてアタシはその場を去った。
最終的に、ブハラさんは豚の丸焼き70頭食べたところでお腹いっぱいになったらしく、メンチさんが銅鑼を鳴らすと共に二次試験前半の終了を告げた。それにしても、ブハラさんを少し舐めていたらしい。これほど食べられるなら普通の豚なら200頭は軽く食べられるだろう、そんなことを考えながら元から丸いお腹をさらに膨らませたブハラさんを見てアタシは思った。ゴンにキルア、クラピカにレオリオも無事に通過出来たようだ。ゴンのそばにいると、「やっぱりハンターってすごい人達ばかりなんだね」と、見当違いのことを言っていた。ハンターなら誰もがあの量を食べられるわけではないのだ、決して。
ブハラさんに出された豚の丸焼きは、焦げていたり、明らかに生焼けだったりと様々で、味で審査する気は特にないらしかった。そのことについて隣に立つメンチさんが文句を言っていた。
そして、何よりも難しいメンチさんの課題が発表された。
「二次試験後半、あたしのメニューは――スシよ!!」
その発言と共に受験生達がざわつき始めた。アタシは目が点になった。隣のルルが「リリー、スシってなぁにー」なんて聞いてきたが、アタシもそんな料理は知らない。そして、その言葉が受験生の総意と言っても違いなかった。小さな島国の民族料理だと、説明しながら受験生達を建物内へ導いていく。そして言った。
「ヒントをあげるわ!! 中を見てごらんなさい!! ここで料理を作るのよ!!」
そうして、案内された場所には、シンクにまな板に色々な形の包丁、そして、スシに不可欠らしいゴハンが用意されていた。そして最後のヒントが与えられ、試験が始まった。
「そして最大のヒント!! スシはスシでもニギリズシしか認めないわよ!!
それじゃスタートよ! あたしが満腹になった時点で試験は終了!!その間に何コ作ってきてもいいわよ!!」
料理に見当がつかないので、とりあえず、この試験で知り合いになった人達から情報を集めてみることにした。しかし、ゴンとキルアは全く知らず、手元にある道具を見て色々考えているようだ。ゴンとキルアは放っておいて、次にレオリオとクラピカの所へ行く。その途中、頭を剃ったつるつるの男が明らかに挙動不審な動きをしていたのを見た。おそらく、彼は知ってるんだろう、と思いながらも目的の人たちに声をかけた。
「やほ、クラピカ、レオリオ」
「おう! ルルにリリ! お前らスシって知ってるか?」
「知らないからこうして情報収集してんだよ」
ああ、そうか、とレオリオは少し残念そうにした。それとは対照に、クラピカはゴハン粒を舐めながら小声で言う。
(具体的なカタチは見たことがないが……文献を読んだことがある)
おお、クラピカって顔だけじゃなくて頭もいいんだ、なんて下らないことを考えている間に続けて言った。
(酢と調味料をまぜた飯に新鮮な魚肉を加えた料理、のはずだ)
凄い、クラピカってホント頼りになる! そう思ったのもつかの間、
「魚ぁ!? お前、ここは森ん中だぜ!?」
「声がでかい!!」
川とか池とかあるだろーが、そう言いながらクラピカはしゃもじをレオリオに投げつけた。同時に、アタシも軽くレオリオを殴っておいた。って、レオリオ、その腫れた顔はどうしたんだろうか?
そんな事を考えている間に、調理器具を放り出して受験生皆が魚を求め外へ走り出ていった。クラピカとレオリオもそれに続いた。しかし、アタシは動かなかった。なぜなら、ゴハンがとても美味しそうだったから。ルナは本当に様々な料理を作れたが、このように白く輝くゴハンをアタシは見たことがなかった。しゃもじで少し掬って食べてみる。ルルも同じ思いだったのかどうかわからないが、同じようにゴハンを食べていた。……美味しい。流石は美食ハンターメンチさん、こんなところにも手を抜くことは許さなかったらしい。暫くゴハンの美味しさを噛みしめていると、ドタバタと走る音がする。どうやら、ゴハンの美味しさに時間を忘れてしまっていたらしく、魚を持った受験生が続々と帰ってくるのがわかった。名残惜しそうにゴハンを見つめるルルの手を引いてアタシ達も魚を取りに向かった。
水場へ着くと同時に、そこらの木の枝を削って即席の銛を作る。服が濡れるのは面倒だったので、靴を脱ぎ、ジャージの裾をまくりあげ、水の中へ歩を進める。そして、ルルに魚を呼び寄せるようにお願いして準備は完了した。ルル自身無類の動物好きだが、ルルも動物に異常に好かれる。一度森で休憩していた時に、ルルが「鳥さんおいでー」と声をかけただけでなんの警戒もなし小鳥が彼女の指にに止まった事があるほどだ。今回はそれを利用して楽に魚を捕まえようという心づもりだった。狙いは見事に当たり、ルルが「お魚さん、こっちにおーいでっ」というや否や、アタシがいるのにも関わらずルルの近くへと10数匹の魚が吸い寄せられた。それを銛でつき、仕留める。何度か繰り返し、10匹程魚を手に入れたところで急いで調理場へ戻ると、なにやら叫ぶ声が聞こえた。
「メシを一口サイズの長方形に握って、その上にワサビと魚の切り身をのせるだけのお手軽料理だろーが!!
こんなもん誰が作ったって味に大差ねーべ!?」
どうやら、つるつるの男の人が叫んでいる。なるほど、スシってそういう料理だったんだ、なんて思ったのも束の間、メンチさんの纏う空気が変わった気がした。
「……お手軽? ……こんなもん? …味に大差ない!?
ざけんなてめー!! 鮨をマトモに握れるようになるには十年の修行が必要だって言われてんだ!!
キサマら素人がいくらカタチだけマネたって、天と地ほど味は違うんだよ! ボゲ!」
メンチさんが完全にキレていた。その瞬間、獲ってきた魚達が不憫に思えてきた。キレたメンチさんを料理でなだめるにはルナ並の腕が必要だ。もし、アタシやルルが先程言っていたような「カタチだけマネたスシ」を持って行っても、合格なんかもらえない。受験生の中にそれ程の料理の腕前を持った人間が存在する確率なんて天文学数字だろう。もうハンター試験不合格は確実だ。気持ちを切り替えよう。そういえばお腹がすいている。先程獲った魚に塩を振って焼いて食べよう。そう決定づけて、アタシは建物から再び外へ出た。
形がグロテスクな割に意外と美味しい焼き魚を外で食べていた時、突然建物の窓が割れ、人が飛んできた。一体何が起きたんだろうか? そう考えながら焼き魚を食べ切り、様子を伺おうとした時に、上空に飛行船が飛んでいるのが見えた。そこから声が降ってくる。
『それにしても、合格者0はちとキビシすぎやせんか?』
そして、言葉の直後、飛行船の底が開いたかと思ったら人まで降ってきた。爆弾が爆発したような音とともにその人物は着地し、建物から出てきていたメンチさんの方へ歩み寄っていく。その人物の顔を見て、メンチさんが言った。
「審査委員会のネテロ会長。ハンター試験の最高責任者よ」
改めてその人物を見ると、白い口髭と顎鬚を長くのばし、ちょんまげを生やしたジイサンだった。ジイサン……ネテロさんはゆっくりと口を開く。
「メンチくん。未知のものに挑戦する気概を彼らに問うた結果、全員その態度に問題あり、つまり不合格と思ったわけかね?」
さっきまでブチ切れていたメンチさんはどこへやら、どこかしゅんとした様子で答えた。
「テスト生に料理を軽んじる発言をされてついカッとなり、その際、料理の作り方がテスト生全員に知られてしまうトラブルが重なりまして。頭に血が昇っているうちに腹がいっぱいにですね……」
「つまり、自分でも審査不十分だとわかっとるわけだな?」
面目なさそうにメンチさんは頷く。
「スイマセン! 料理のこととなると我を忘れるんです。審査員失格ですね。
私は審査員を降りますので試験は無効にして下さい」
ネテロさんは「ふむ」と少々考えこみ、何か決めたのか口を開く。吹き飛ばされてきた人は顔を押えながら立ち上がろうとしていた。
「よし! ではこうしよう。審査員は続行してもらう。
そのかわり新しいテストには審査員の君にも実演という形で参加してもらう」
――というのでいかがかな? その言葉にぴくっと反応するメンチさん。そうして肺にたまっていた空気をすべて吐き出し、大きく吸い込んでから言った。
「そうですね。それじゃ――ゆで卵」
笑顔を取り戻し、ネテロさんに遠くにある山を指差しながらそこまで全員を連れて行ってもらうよう頼んだ。それに対し、ネテロさんはニヤリとした笑みを浮かべ了承した。
飛行船に乗り一時間もしない内にアタシ達受験生は二つに割れた山に到着し、下ろされた。谷間を覗いてみても、その底は見えない。ただ吹き上がる風だけが音で存在を示していた。と、谷を覗いていると、おもむろにメンチさんがブーツを脱ぎ、谷へ身を躍らせた。どうやら、この山はマフタツ山というそうで、ここにはクモワシという鳥が生息しており、クモワシは陸の獣から卵を守るために谷の間に丈夫な糸を張り卵をつるしているらしい。谷から飛び降りて、糸につかまり、卵を取り、岩壁をよじ登ってようやく手にした卵をゆで卵にするのがこの再テストだということだ。
――楽しそう、それがアタシがこの試験に持った印象だ。よっし、早く行くか、と思い崖へ近づいたところでルルが袖を引っ張っているのがわかった。そして、はたと思い出した。この試験を受けるにはルルは大事なぬいぐるみを一時置いていかなければならない。受験生が次々飛び降りる中残ったアタシ達にメンチさんはギブアップ? と問いかけてくる。背に腹は代えられない、そう思いメンチさんに話しかける。
「メンチさん」
「ん、何? ってリリ、アンタここでギブアップなの?」
「違う違う。ルルのぬいぐるみ、戻ってくるまで預かってくんないかなって」
「……あー、そういうこと。あたしはいいわよ。はい。じゃ、さっさと行っといで」
ルルからぬいぐるみを受け取るとメンチさんはアタシとルルの背を押す。そして、アタシはためらいもなく飛び降りた。飛び降りるのに躊躇してた人達の中から「あんな子が?」なんて声が聞こえたきもしたけど、今はただ風が気持ちいい。轟々と吹き上げて来る風を感じながらも眼は閉じない。そしてたどり着いた糸に捕まり、無事に卵をとることが出来た。
崖を登り終えると、ルルは急いでメンチさんにぬいぐるみを受け取りに行った。その間に、ルルの分も窯に入れておく。出来上がったゆで卵はとても美味しかった。――ルナの料理程じゃないけど、などと胸中で呟きはしたが。
そうして、アタシとルルは二次試験を無事に合格することが出来たのだった。