~ゾルディック家敷地内にて~
【ポンズ】
今現在、私はなし崩し的にかの有名な暗殺一家ゾルディック家の使用人の家にいる。それもこれもルルの可愛さのせい。女の私から見ても、明らかにルルは可愛過ぎる。陽の光に煌めき彼女の身体を清流のように腰まで流れ落ちる金色の髪、傷一つないガラス玉のようにまん丸な琥珀色の瞳、陶器のように滑らかでシミ一つない白い肌、その全てが少女としての愛らしさを惜しげもなく体現している。彼女はいつもぬいぐるみを抱え、花の咲くような笑顔を皆に向け、踊るように歩く。ハンター試験に合格したのはきっと彼女の姉のリリを始めとした皆が彼女を助けたからだと思っていた。彼女の武器はその愛らしさで敵を作らないことだと、私はここに来るまでそう思っていた。最終試験で腹を貫かれたように見えたのはただの見間違いで、実際はかすり傷程度でその後の回復の様子は普通だったのだ、と。しかし、それがまったくの勘違いであることに気付いたのは彼女の仕草までもが愛らしい懇願を拒否できずにこの場所に来た時だった。
飛行船に乗ること三日でパドキア共和国に着き、そこから観光バスに乗ってゾルディック家の正門、黄泉への扉に辿り着いた。屈強な男達が守衛であろう男を脅し、鍵を奪い、扉を開いてすぐ、彼等は物言わぬ白骨死体へなり下がっていた。今すぐにでも帰りたかったんだけど、あの可愛いルルを置いて逃げることなんて私が出来るはずがないので、私は黄泉への扉の脇の守衛室で話を聞くことになった。ゴン達が何やらもめて、最終的に塀をよじ登って侵入しようとしたのを守衛の男、改め掃除夫さんが止めてくれた。その後、掃除夫さんに片方2トンあるという扉を開けて貰って中に入って見たのは象以上の巨体の番犬だった。その瞳に感情の色は全く見られず、動物が大好きだというゴンまで冷汗をかいて見上げるソレを、私にとっては恐怖の象徴に等しいソレを、あろうことかルルは可愛いと言った。それどころかいつもの調子でその番犬(ミケというらしい)に近づくと、軽々身体に飛び乗り、頭を撫でる始末だった。ルルの可愛らしさは全く損なわれてはいなかったが、その時初めて私はルルがただの愛らしい少女でないことに気付き始めていた。
リリはそんなルルを慣れた様子で呼び戻すと、使用人の家へとルルの手を引いて歩いて行った。私も慌てて後を追った。招かれた家の扉はなんと片方200キロ。レオリオが筋肉を震わせながらも開けたそのドアを、リリはいたって普通に開け、ルルはぬいぐるみ片手に普通に開けた。もしかしてドッキリなの? そう思ってドアを開けようとしたけれど、私の今の力では片側すら開けられなかった。ルルが「ポンポンどーしたのぉ?」とドアを開けてくれなかったら、私はこの家にすら入れずに、恐ろしいゾルディック家の敷地内で野宿するはめになったかもしれない。中へ招き入れてもらいスリッパに履き替えると歩みが遅くなった。このスリッパですら片方20キロあるらしい。それでもスリッパを履いたルルはどこか楽しげにスキップなどしている。客間に招かれお茶を出されたが、椅子の重さが60キロ、湯呑の重さも20キロ。私がなんとか片手でもつ湯呑を、ルルはお茶を飲み終えたのか椅子をグラグラさせながら湯呑をポンポン放り投げて遊んでいて、それをリリが諫めていた。
掃除夫改めゼブロさんは暫くこの家で特訓してみてはどうかと私たちに聞いてきた。キルアに会うためならそうするしかないと腹を決めたらしいゴン達三人組に乗せられるようにしてルルもリリも私も特訓することになった。しかし、まずは上下50キロから始めようとういうゼブロさんに、ルルとリリは上下200キロでいいと言い出した。一体何の冗談? と思ったが、心配されながらも渡されたソレをルルとリリは軽がると着て私達と同じメニューの特訓を始めた。腕立て腹筋背筋にスクワットにジョギング、体力トレーニングと呼ばれるそれら一切を上下50キロの負荷をかけられながらもなんとかこなす私達と、200キロの負荷をかけられながらも軽々こなすルルとリリ。この時ようやく私はルルがただの愛らしい少女でないことを知った。聞けば、彼女の愛用するぬいぐるみのぶんたの重量は50キロ。彼女はそれを抱えたままハンター試験を全てこなし、合格まで至ったのだ。ちょっと試しにと、リリとルルが特訓初日に試しの門に挑んでみたところ、リリとルルの二人ともが2の扉まで開ける事が出来た時にはゼブロさんを含めた私達全員が顎が外れるほど開口して驚いた。
それから二週間ほど経って、私が上下150キロの負荷にもようやく耐えられるようになった頃に、やっとレオリオが一の扉を開ける事が出来るようになった。そして、右腕を骨折していたはずのゴンは10日程で完治していた。ルルとリリはというと、今は上下300キロのベストを着て組み手と称した格闘訓練を行っていた。それだけの負荷がかかった身体で動いているにも関わらず、私が眼で追うのがやっとの速さで二人ともが動いていた。そして、どちらかというとルルの方が速い。私の中でのルルの立ち位置は、この時点でもう完全に愛らしい少女なんて言えるものではなくなってしまった。それでも、寝顔はやっぱり可愛かったんだけど。
それから約一週間後、私はなんとか1の扉を開けられるようになった。ゴンやクラピカは私よりは簡単そうに1の扉を開けることが出来たが、2の扉は無理だった。レオリオは2の扉まで開ける事が出来るようになったのだが、なんとルルとリリは3の扉まで開けることが出来るようになってしまっていた。そうして、全員が試しの門をクリアすることが出来たため、私達は屋敷へと続く山道へ一歩を踏み出した。でも、私はルルに付いて来たことを少し後悔した。ルルの可愛らしさは変わることはないが、その中身ともいうべき化け物っぷりを見て、私は一般人に毛が生えた程度なんだなぁと痛感させられたから。
【リリ】
アタシ達はようやくキルアに会う事が出来ることになった。途中、執事見習いのカナリアという少女にゴンが無抵抗に殴られていたが、止めることはしなかった。止める意味が見つからなかったからだ。アタシ達はキルアに会いに来ただけ。それなのにどうして試されなければならないのか、それがわからなかったから。気持ちは皆同じだったようで、無抵抗に殴られるゴンを止めることはしなかった。そして、超えてはならないらしい一歩をゴンが踏み出した時、カナリアが何かに攻撃を受け、倒れた。ふと横を見ると、そこにはキルアの母を名乗る所謂ゴシックロリータのような格好をした顔面を包帯でぐるぐる巻きにし、目の部分には何やらスコープっぽいものをつけた人と、和服を着た少女がいた。何やら言っていたが、突如喚き出して何処かへ消えていった。その後、目を覚ましたカナリアに執事用の住まいに案内され、今までが嘘のように丁重にもてなされた。
キルアがここに着くまでゲームをすることになった。ゲームと聞いてルルが瞳を輝かせていたが何も言うまい。ゲームはごく簡単なもので、弾き上げたコインをどの手で持っているか当てるというゲームだった。最初はゆっくりと、徐々に速くなる手の動きと共に正面の執事の苛立ちに似た感情が高まるのを感じた。そして、ルールが追加された。間違えたらその人はアウト、キルアが来るまでに全員アウトになったらゲームオーバーらしい。コインが弾き上げられ手が素早く何度も交差される。取った手は左。レオリオとポンズがまずアウトになった。もう一度コインが弾き上げられ、さらに素早く手を動かしキャッチする。クラピカとゴンは追い切れていないようだがこれも左手。クラピカがアウトになった。そして、またコインが弾き上げられる、と同時にゴンが待ったをかけた。レオリオにナイフを借りて左瞼の腫れを取る。そういえばゴンは今まで片目で追ってたのか。ゴンの準備が出来たと同時に弾き上げられるコイン、そして目まぐるしく交差される手。これも左。アウトは出なかった。と、おもむろに席を立ちあがり、今度は三人で。コインが弾き上げられ三人の手が目まぐるしく交差される。って、ちょっとルル……。執事さんが目を剥くのがわかった。そりゃそうだ。ルルが途中で取っちゃったんだから。ルルを見ると奪い取ったコインをじーっと観察している。おそるおそる正面の執事さんの方を見ると、「すばらしい」と拍手された。それが嬉しかったのか笑顔を咲かせるルル。もし、今ので反則取られてたらどうすんだ、と気持ちをこめてチョップした。涙目になるルルが可愛かった。と、キルアの声が聞こえた。執事さんがなにか言ってるけどもう知らない。とりあえず、キルアに言わないといけない事がある。
「ゴン!! リリ!! ……ルル。あ、あとえーっと、クラピカ!! リオレオ!! ……と誰?」
「ポンズ。最終試験にいた人位覚えときなさいよ」
「……リリ」
「キルア!」
「……なんだよ」
「これで貸し借り無しだからね!!」
「……ああ、でも……」
「ルルはこうして元気でいるんだからいーの! ね、ルル?」
「キルキルー、今度あんなことしたらめーだからねー」
そうルルが言うとキルアがはにかんで笑う。
「って、ゴン! どーした、お前ひでー顔だぜ」
「キルアこそ」
そう言って二人は笑い合う。
「さっそくだけど出発しよーぜ。とにかくどこでもいいから。ここにいるとおふくろがうるせーからさ」
そう言ってさっさと執事邸を皆で後にしているところ、ゴンが執事さんと何か話していた。でも、まぁキルアが元気だしルルも元気だし言うことなしだ。晴れやかな気分でゾルディック家の敷地を後にした。
街中をうろうろしていると、ゴンが頑なにプレートを使わない理由を説明しだした。そして、一番重要なことがヒソカの顔面にパンチを喰らわせてプレートを突き返すことらしい。ゴンらしくって笑いがこみあげてきた。ただ、ヒソカの居場所がわからないらしい。どこまでもゴンだ。私はなんとか音を出さないよう笑う。と、クラピカがヒソカの居場所を知っているらしい。"クモ"をシンボルとした幻影旅団という盗賊のことをヒソカに問いただしたところ、「9月1日、ヨークシンシティで待ってる」と言われたそうだ。半年以上先だが、その日から世界最大のオークションが行われるらしい。まぁ、オークションの事はは置いておくとして、その日にヨークシンのどこかにヒソカがいるとういうことになる。と、そこまで話し終えたところでクラピカが別れを切り出した。本格的にハンターとして雇い主を探すらしい。レオリオもまた、医大受験のために故郷に戻るという。9月1日にヨークシンで会う約束をし、クラピカとレオリオを見送った。
空港に残ったのはゴンとキルアとアタシとルルとポンズ。と、その時、ルルのケータイが鳴った。
「もしもーし。ルルでーっす! ……あー、ごーめーんー。忘れてたぁ。……うん、わかってるー。……今空港にいるからぁリリとポンポンと一緒に帰るねー。……ポンポンはポンポンだよぉ。……そー、試験で知り合ったのー。……うん、合格者だよ? ……うん、じゃあ三人で帰るねー。またねー!」
ピッっと通話を終えたルルにキルアが聞いて来た。
「ん?帰るって家に帰んの?」
「そーなのぉ。ルナ姉ちゃがちょっと怒ってたー」
「じゃあルル達ともここでお別れなんだ」
「……ルナが怒ってた!?」
津波のような不安が押し寄せてきた。ルナが怒るとまずい。ヤバい。アタシはルルとポンズの腕を掴んでチケット売り場へ走り出す。
「ゴン! キルア! ヤバイから急いで帰る! 9月1日にね!」
「ゴンちゃー、キルキルー、またねー」
ポンズは唖然としている。でも、ルナを怒らせてはいけないのだ。特にリクの不在時に。アタシは急いでチケットを購入すると、ちょうど出発直前だった飛行船へ乗った。
どうかルナの怒りが治まっていますように。アタシは飛行船の中でひたすらそう願っていた。
~後書き~
当分筆を休める予定がつい書いちゃいました……。
始まりました新章、その名もポンズの受難シリーズw
えー、リリ、ルルは天空闘技場に行きません。
ルナの下でこれから本当の修行が始まります。
そして、それに巻き込まれるポンズ。
化け物ばかりなのでたまったもんじゃないのでポンズの受難シリーズとなりました。
ただ、ポンズ視点がいまいちパッとしないんですよね。
もしかしたら前半部分の文章変えるかもしれませんが、
ポンズがルルに対して持っていた印象は変わりません。変えません。
あと、執事のコインゲームでコイン奪っちゃうのって他の作品でも見た気がするんですよね……
でも、ルルの性格だと絶対獲っちゃうと思ったから獲らせました。
後悔はしてません。
なんかノリで書いちゃうような作者ですが、これからもよろしくお願いします。
感想頂けると嬉しいです。