~世界は広いと知った~
【ポンズ】
今現在、私はリリに強引に腕を取られ、引きずられた結果、飛行船の中にいる。出会ってからまだ1か月程度だが、ここまでリリが取り乱すところは見たことがなかったので正直唖然とした。何故こうまで焦って移動をしているのかリリに尋ねようとしたが、目を虚空に向けて両手を組んで何やらぶつぶつ言っていて怖かったので断念した。代わりにルルに聞いたが、「ルナ姉ちゃが怒ってたら怖いからだと思うー」と、それだけでリリがあそこまでの状態になるとは到底思えなかった。飛行船の目的地を聞くと、アリアン空港という、大陸を渡った私の知らない場所であったが、飛行船で3日程かかるらしい。私は様子のおかしいリリは置いておいて、リリと色々なゲームをして時間を潰すことにした。
寝る前、私の可愛い蜂の巣となっている帽子を枕元に置いた時、ふいに昔の事を思い出した。私はザンフの村に生まれ、そこで育った。ザンフの村はザンフの森の一角にあり、自然と共に暮らす村だった。私は村の中でもっとも身体能力のある子供で、森を一人で散歩することが日課だった。樹齢100年を超える大木もそこかしこにある森だったが、あまり奥へ入ってはならないと言われていた。しかしある日、自分の身体能力に慢心した私は森の奥へと散歩気分で踏みこんでいってしまった。そして、そこに待ち受けていたのは3メートルもの巨躯の猛獣だった。その姿を見た瞬間、殺されると思った。私は必死で逃げた。幸い、その獣は足が遅いようで追いつかれることはなかったが、振り切ることも出来なかった。帽子は置いて来てしまっていたから、自分の身一つでどうにかするしかない。必死に逃げる中、木の根に足を取られて転んだ。そして、そんな私に振り下ろされる獣の爪。身を捩って避けたが肩口に大きな爪痕が残る。傷口から流れ落ちる血。そして再び振り下ろされようとする爪。私は死を覚悟し、溢れ出る涙をそのままに目を瞑った。……しかし、爪が私を襲うことはなかった。恐る恐る目を開くと、体を震わせるようにして動きを止め、倒れる獣。辺りを見渡すと、20メートル程先に猟銃を持った男がいた。男はこちらへ歩み寄ってくる。おもむろに大ぶりのナイフを取り出すと、獣の喉を掻き切って殺し、男は口を開いた。
「ここはお譲ちゃんみたいな子が入っていい場所じゃない。お譲ちゃんがここに入ったからデバールはお譲ちゃんを傷つけ、オレに殺されることになった。そしてオレがいなかったらお譲ちゃんは死んでた。わかるか?」
私は恐怖で固まった身体を無理やりに動かし、なんとか頷く。
「お譲ちゃんはザンフの村の子かい? とりあえず家まで送ろう。オレはアマチュアハンターのクライネだ」
応急手当を済ますとクライネはそう言ってアタシを負さり、村へ連れて行ってくれた。それは私が10歳の時だった。
クライネはザンフの森に用事があり、しばらくの間ここに留まるらしかった。私はクライネに弟子にしてもらうよう頼んだ。最初は断られていたが、何度も頼みこむとついにクライネは折れた。そして、私はプロハンターになるべく、修行をした。体力や筋力をつけることはもちろん、クライネが得意とする薬剤についての知識も学び、4年もすると私はクライネを追い越した。
そして、14歳の時、私は初めてハンター試験に挑んだ。しかし、初めてのハンター試験では試験会場に辿り着くことすら出来なかった。そして次の年、再び挑んだハンター試験では、一次試験は通ったものの、二次試験で落ちてしまった。二次試験の内容は「3日以内にこの森に生息する、虹色蚯蚓、黄金蝶、プルプルトカゲのいずれかを捕獲すること」だったのだが、姿は見つけられても捕まえる事が出来なかったのだ。去年再び挑んだ試験では、ヒソカという狂人に脅え試験をリタイヤしてしまった。
そして試験挑戦4回目の今年、やっとプロハンターになることが出来た。ただ、合格出来たのはひとえにルルとリリのおかげだった。リリとルルに恩を返したい、その願いを持って今こうして行動を共にしている。幻獣ハンター志望の私だけど、恩を返すまではルルとリリと一緒にいよう。……ルルの傍にいられるだけで私が幸せな気分になれたりするのが一緒に行動している理由の大半なんだけど。
アリアン空港に到着したのは陽が沈み始めた頃だった。飛行船を降りると、またしてもリリは私とルルの腕を掴んで引き摺ってタクシーへ放り込み、運転手に行き先を告げた。どこまでも忙しなく、今までのリリからは想像できない姿だった。車通りのほとんどない道を直走るタクシーの窓を流れる景色の多くは灰色の建物で、まれに小さな公園があったけれど、いたって普通の街だった。ルルやリリのような化け物染みたヒトが育つ環境にはとても見えない。あとどれくらいで着くのかリリに聞くと、1時間半程度と答えが返ってきた。街のはずれにひっそりと住んでいるのだろうか? そんな疑問を持ちながらも、リリは相変わらず焦っていて多くを話しかけられる状態でなく、ルルに至ってはぶんたを抱えて寝ている。仕方なく、窓の外を流れる景色を見て時間を潰すことにした。
いつの間にか私も眠ってしまっていたようで、焦るリリに叩き起こされタクシーを降りた。寝起きで泥水のようにはっきりとしない頭を無理やり覚醒させて周りを見ると、そこは街の端で目の前には木々が鬱蒼と茂っていた。あれ? 何しにここに来たんだっけ? と、未だ覚めない頭で考えると、リリから声がかかった。
「こっからは気配消して全力で移動するからね」
「……気配を消す?」
「ポンズ出来ないの? こういうこと」
そう言った途端、リリの存在感が虚ろになった。目の前にいるのにいないような感覚。
「……出来ないわ。ごめん」
「そっか。出来ないんならそれはそれで仕方ないから気にしなくていいよ。んじゃ、獣の類はアタシとルルが追っ払うからとにかく走ってついて来て。とにかく急ぐから……っと、とりあえずルナに連絡入れなきゃ」
リリはそう言うと携帯を取り出し何処かへかける。暫くのコール音の後、相手が出たみたいだ。
「ルナ、ごめん。あれから出来る限り急いで来たんだけどまだ森の入口なんだ。……あ、リクから連絡あったんだ、良かったじゃん。……わかってる。でも気配消せない人がいるから多分1時間位はかかると思う。……ほんっとーにごめん! じゃ、また後で」
「ルナ姉ちゃ怒ってたー?」
「リクから電話があったみたいで大丈夫そう。ホント助かったよ。って、無駄話して時間喰ってるとまた怒りだすね。行こう。アタシが前、ルルは後ろから。ルル、遊んでる暇はないからね?」
じゃあ、ついて来て。そう言って森の中へ走り出したリリを私は追う。森の中の移動なら故郷で慣れっこだ。そんな風に最初は思っていたけど、明らかにこの森がおかしい事に気付いたのは走り出して20分が経った頃だった。
「ベアウルフごときが邪魔すんな!あっち行け!!」
「リリー、ベルちゃん達いじめちゃめーなのぉ」
「あいつらがあんなぐらいで死ぬかよ! っつーかオオキバウリまで……どりゃ!」
「ウリちゃん可哀そうー」
「投げ込んだ場所が場所だからその内元気に走り出すに決まってんだろ! ってかクモザルもこんなとこに糸張ってんじゃねーよ!」
身の丈3メートル程の狼、大きな牙を持った猪、そこらじゅうに移動用の糸を張るクモザル、私は図鑑で見たことがあったけれど、実際目にするのは初めてだった。これらの猛獣は世界に数か所しか住んでいないということ、もし大群に出会えばまず命はないということが図鑑には載っていた、はず。でも、目の前を走るリリは走り続けるついでにその大群を追い払っていた。そして、走る速さは私の限界ギリギリ。一応1時間程度で着くと言っていたから、なんとか体力はもつ、と思う。というか、リリを見失わないよう走りながらもたまに横目でちらと見れば、図鑑でしか見られないような希少種の生物ばかりいる。それに、この森に生えている木々を私は知らない。ここは一体どんな場所なの? そんな疑問があったが、今は聞いている暇がない。リリを追いかけるのに必死だからだ。とりあえず、目的地に着いたら説明して貰おう。幻獣ハンターを目指す者として、この森は素通り出来そうにないから。私は周りの景色や動物を頭の隅に追いやり、リリを追いかけることに集中した。
息も絶え絶えになり、脚が棒のようになり、もう無理だ、そう思った時、開けた場所に出た。目の前には一階建ての木造住宅。不自然にこの場所だけが平地になっている。
「や、やっと……到、着?」
「到着だよー。ここがボクとリリの育った家なのー」
「ポンズお疲れさん。疲れてるとこ悪いけど、さっさと家に入るよ。ルナの料理食べれば元気になると思うし」
森に入った時と変わらず元気なままのリリとルルが到着を告げてくれたので、安心して腰が落ちたところをまたリリに引き摺られる形で家へと向かう。玄関の前に立つと、ノックも何もなしにリリは扉を開けた。
「ルナ! ただいま! 遅れてごめん! ハンター証貰って帰って来たよ!」
「ルナ姉ちゃただいまなのー」
開かれた扉の向こうには、艶やかな黒髪を結い上げカンザシで留め、水色の着流しのキモノを着た、モデルのようなプロポーションを持つ女性が椅子に軽く腰かけていた。目は細く、狐を思わせるような眼で、肌は透けるように白いが、唇だけは血のように紅い曲線を描いていた。と、赤い唇が動いた。
「良く帰ってきたねぇ、リリ、ルル。しかし、あんたらはあたいをどれだけ待たせるつもりだったんだい? あたいを待たせていいのはリクだけなんだけれどねぇ」
そう言って妖艶に笑うヒト。この人がルナなのか……そう思って全身を眺めると、浮かんだ疑問が勝手に言葉になって出ていってしまっていた。
「ルナさんですよね? 私はポンズといいます。あの……ルナさんはおいくつなんですか?」
ピシと、ガラスに罅が入る音がした。
「ポンズ……あんたがポンポンとやらか。色々と教えることが多そうだが、最初に教える事がこんなことだとは……」
ルナさんの目が冷淡に光った。
「乙女に歳を聞くものではない!」
言葉と同時に額に強い衝撃が来て私は悲鳴を上げて吹き飛んでしまった。同時に帽子から出てくる蜂達。ルナさんの手にはいつの間にか扇子が握られていた。きっとあれで突かれたのだろう。私が呆然としている間にルナさんは蜂達を眺めて言った。
「ほう……シビレヤリバチか。中々の珍味を持って来てくれたようだね」
え、まずい。このままじゃこの子達が殺される。そう思った私は慌てて蜂へ帽子へ戻るよう指示を出しながら言った。
「ごめんなさい! この子達は私の大事なパートナー達なんです。勘弁してください、ルナさん」
私の言葉が届いたのか、剣呑な目つきはなくなった。
「あたいを呼ぶ時はルナでよいよ、ポンズとやら。そして、ルルが気に入ったからこそここへ連れて来て貰えたのだろう? まずは飯にしよう。準備はすでに出来ている」
そう言って部屋の奥へ行くルナ。リリとルルはすでに食卓についていて、「ぽんぽんも座るのー」なんて言われたので、なんとか立ち上がって席へつく。すでに満身創痍でご飯を食べることがつらそうだったが、既に否と言わせぬルナの態度に負けてしまっている。
「ぽんぽんー、ご飯食べる時は、食べる前にいただきます、で、残さず食べた後にごちそうさまだからねー」
そうルルに言われたが正直辛かった。と、奥からルナが料理を持って出てきた。そして、再び奥へ、そして料理を手に戻ってくる。これを4回ほど繰り返すと、虎が寝ころべそうな程大きなテーブルが埋まるほど料理があった。正直食べ切れる気がしなかった。
「それじゃあいいかぃ? 「「「「いただきます」」」」
同時に、リリとルルはがっつき始める。仕方なしに私は一番近くにあった何かの肉のタタキを口へ運ぶ。時が止まった気がした。あまりにも美味しすぎるのだ。今まで食べてきた高級な物全てがジャンクフードのように感じられた。私は勢いを増して料理を食べだし、気がつくとテーブルの上の料理は全てなくなっていた。
「ルナさん、御馳走様でした!」
食べ切った後、私は促されることもなくそう口にしていた。
「ポンズ、あたいのことはルナでいいと言ったろう? それよりあたいの作った料理は満足できたかい? まぁ顔を見ればわかるがねぇ」
そう言ってルナが微笑んだ。
「出した料理の殆どはこの樹海、ウィクリの樹海の動植物のものなんだよ。あたいは美食ハンターとしてここで色々と食材を探して気楽に生きている。所謂、あんたらの先輩だね。あしたから裏ハンター試験を行うから今日はゆっくり休んでおくといいさ」
「裏ハンター試験?」
私は思わず口に出して聞いてしまった。
「そう焦るな、ポンズよ。リリ、ルル、二人にも一緒に受けてもらうからね。あぁ、筆記試験の類ではないから安心していい。それじゃあ、また、明日な。明日は6時に起きるのだよ?」
そう言うとルナは片づけに入ってしまった。私はルルに誘われるままにお風呂に入り、眠りについた。……しかし、裏ハンター試験ってなんだろうか? 眠りに就く瞬間までその疑問は消えることはなかった。食後に力が満ち満ちていたことには気づけなった。
~後書き~
ポンズの設定ねつ造の回をお送りいたしました。
今作品ではポンズ17歳ですね。
ルナはジャポン出身の設定。主武器は扇子じゃ被っちゃうので別のものにしてあります。
ルナの話口調が結構難しい……
あと、ヨークシン編の構想なんですが、ヒソカの気分です。
あっちを起てればこちらが起たず。
もしかしたら、ヨークシン編物凄く短くなるかもです。
で、次回からやっと念修行です。
修行風景書くのが面倒なんですよねぇ…しかも読者様に楽しんで読んでもらうためには色々工夫が必要なわけでして。
でも頑張ります。
感想頂けると嬉しいです。
それでは、また。