~後先を考えて欲しい~
【ポンズ】
ルル達の育った家に着いた翌日、私は湧き水のような清々しさが体を巡るのを感じながら目を覚ました。昨日あれだけ辛いマラソンを強いられたにも拘らず、身体に疲労の色は全く見られなかった。丸一日寝たとしてもこれだけの活力を持って目覚めることは出来ないと思う。と、ルナに6時に起きるよう言われていたのを思い出したので、慌てて枕もとの時計を見る。しかし、アナログ表示のその時計の針が一直線に並ぶまではまだ幾らかの時間が残されていた。安心して寝まきから普段着に着替える。今着ているのは最終試験の準備期間にルル達に連れられて買いに行ったものだ。今日はルナが言うことには裏ハンター試験を行うようだから、動きやすいようリリ達と色違いで買った赤色のジャージを着て部屋を出る。するとルナはすでに起きていたようで、今日は藍色地に蝶や花の刺繍があしらわれた着物に黒色の帯を締めてキセルをふかしていた。ルルもリリも既に起きていたようで、ルルは珍しくピンク色のジャージを着ながらも相変わらずぶんたを抱えて、リリは黒色のジャージを着て、二人とも客間の椅子に座っていた。
「ルナさん、遅くなってしまいましたか?」
私がそう問いかけると、ルナは頬笑みながら首を振った。
「朝起きて顔を合わせたらまずは挨拶をするべきだねぇ、ポンズ。それと、あたいのことは呼び捨てで構わないと昨日言ったろう? 敬語を使う必要もないさ。さて、それじゃあ裏ハンター試験について説明するから、皆着いておいで」
そう言うと、ルナは玄関から外へ出て行った。ルルはぴょんと椅子から降りるとぶんたを椅子に座らせ、てけてけと言った擬音が似合う足取りで後を追う。リリは静かに席を立ち、軽い足取りで後を追う。私はルナのまとう妖しい、一種妖艶な雰囲気に押されながらも何とか後を追って玄関から出た。玄関を出て家を迂回するように進むと、とても登れそうにない高い崖と、その前に何やら大きなボードが置いてあった。ルナはその脇に立ち、私達全員がその前に並んだのを確認すると口を開いた。
「まずは、おはよう。あんたらにこれから説明するのはプロハンターの必須技能とされているネンについてさ」
ネン? 私が聞いた事もない単語に首を傾げていると、リリは疑問の隠せない色を持った声を出した。ただ、私が持っている疑問とはまた違ったみたいだ。
「ルナ、ネンについてなら3年位前にはもうアタシとルルは教えられたじゃないか。心を一つに集中して自己を見つめて目標を定めるテン、その想いを言葉にするゼツ、その意思を高めるレン、それを行動に移すハツ、その四大行からなる意志を強くする過程の修行だろ? そりゃポンズは知らないかもしれないけどさ、アタシ達はもう十分にネンを修めたと思ってるよ」
「そうだねぇ、燃える方の燃は確かに教えたさ。あれはあれで十分に心の修行になることだけれど」
ボードに燃、点、舌、錬、発、と書きながらルナは続ける。
「これから教えるネンは燃とはまったく別物さ。とりあえずは実際に見てもらうとしようか」
そう言って、ルナは袖から紙を数枚取り出した。
「あたいがこのただの紙を、あの岩壁に向かって投げたらどうなると思う?」
「びゅーんっていってー、くしゃってなるー」
私もそう思った。ルナはルルの答えに微笑みながら、その内の一枚を右手に取ると、おもむろに紙を岩壁に向かって投げた。鋭い風切り音と共に岩壁に向かった紙は、しかし私の予想と大きく異なり、そのまま突き刺さった。続けて二枚、三枚と放るルナ。その全てが壁に突き刺さった。壁へ刺さった紙は、突き刺さった部分はそのままにへたりと垂れ、それがただの紙であることを主張した。――有り得ない。一体何の手品なの? 私がそう考えていると、ルナがボードに新たに文字を書くと言葉を続けた。
「これが念。念ってのは体から溢れ出すオーラと呼ばれる生命エネルギーを自在に操る能力のことを指す。生命エネルギーは誰もが微量だが放出しているんだが、そのほとんどが垂れ流しの状態なのさ。これを肉体にとどめる技術を纏と言う。これによって肉体は頑強になるし、常人より遥かに若さを保てるんだよ」
ボードに新たに纏、絶、練、発と言葉を書き足しながらルナは続ける。
「絶は字のようにオーラを絶つ技術さ。ルルとリリはかくれんぼでこれはもう出来るようになってるね。気配を消したり、極度の疲労を癒す時とかに効果があるよ」
そう言ったルナの存在感が虚ろになる。確かに森に入る前にルルとリリがやっていた。
「練は通常以上のオーラを生み出す技術さ」
言葉と同時にルナの妖艶な雰囲気が強まった感じがした。知らず、身体が強張る。
「三人とも感じたみたいだね。ポンズも中々に筋がいいじゃないか」
そう言って笑ったルナの雰囲気は元に戻っていた。
「発についてはまた今度説明するとして、これからあんたらにはこの念の技術を覚えてもらう。裏ハンター試験とは言ったけれど、念を無意識的にも意識的にも使える人間は意外と多いのさ。そういう人間は"超能力者"だとか"天才"だとか、果ては"支配者"とか"仙人"とか"超人"なんて呼ばれてたりするね。まぁ、それを人の為に使うならいいとしても、悪党共の中にも使える人間はいるんだ。念の使い手から身を守る方法は自分も念の使い手になって纏で防御する他なし。だから、プロハンターとして念を覚えるのは必須なのさ」
言葉を続けながらも私達を横目で見やるルナ。
「そういうわけであんたらには念を覚えてもらう。プロハンターとして恥ずかしくないようにね」
赤い唇の端を持ち上げながら、私達の方へ歩み寄ってくるルナ。
「念を覚える方法は二つ。瞑想や禅などで自分のオーラを感じ取って体中をオーラが包んでいることを実感したうえで開く、ゆっくり起こす方法。もう一つは他人にオーラを送り込んでもらって体中にある精孔をこじ開ける、ムリヤリ起こす方法。ルルとリリはわかってるだろうが、あたいはまだるっこしいのが嫌いでねぇ」
ルナはそのまま私達を通り過ぎて後ろに立つ。
「だから、あんたらの好む好まざるは関係なしに、あたいがムリヤリ精孔をこじ開けてあげよう。とりあえず、上着を脱いでくれるかい?」
言われるがままに私達はジャージの上を脱いでシャツ一枚になった。
「それじゃあまずはルルとリリからやるよ」
そう言ってルナは二人の背に手をかざす。
「……触られてないのに熱い感じがする。圧迫感もあるね」
「うー、なんだかぶよぶよがまとわりついてるー」
「うだうだ言うんじゃないよ。いくよ」
私は横目でルルとリリの様子を伺った。今のところ何かが変わった様子はない……って言ってもルナの妖しい雰囲気は感じるんだけど。と、ルナの細い眼がさらに鋭さを増した。同時に二人の体がビクンっと跳ねる。
「っ! 何これ!? なんか体中から噴き出してるんだけど!?」
「うあー、ぶしゅーって感じに出まくりなのー」
「あー、それ全部出しつくしたら全身疲労でぶっ倒れるから気をつけるんだね。その噴き出してるのがオーラさ。オーラを体にとどめようと念じながら構えて。自然体が一番良いって言われてるよ。オーラが血液のように全身を巡るよう想像して、目を閉じて、頭のてっぺんから右の肩、手、足を通ってそして左側へ。その流れが次第にゆっくりになって体の周りで揺らいでいるイメージを思い浮かべな。……うん、燃を教えておいたのは良かったみたいだね、目を開けてごらん?」
私には何が起きているのかまだ何もわからない。ルナの言葉から察するところ、オーラをとどめることが出来たのだろうか?
「なんか、温い粘液の中にいるみたいだね」
「うー、何とも言えない感じなのー」
「そのイメージを持ち続けることだね。慣れれば寝てても纏が使えるようになるさ。というかなってもらわなきゃ困るよ。二人はそのまま纏を維持しててくれるかい? ポンズの分もこじ開けなきゃならないからね。ポンズ、二人にしたアドバイスは覚えているかい? 面倒だからもう説明はないからね」
そう言ってルナが手を私の背中にかざしてきた。二人が言ったように背中が熱い。圧迫感もある。でも、説明は覚えてる。何とかなるはずよ。そう思った時、ドンと何かが体へ送り込まれてきた。同時に目に見えて全身から噴き出すオーラに唖然とした。頭が真っ白になる。
「ポンズ、あたいは面倒なことはしたくないんだ。さっさと自然体になって目を閉じる。噴き出してるオーラを体中に巡らすだけだよ?」
ルナに声をかけられ、はっとさっき二人が説明されていた内容を思い出す。血液の様に体を巡るイメージだ。焦るな、私。しっかりとイメージ出来れば大丈夫なはずだ。イメージしろ! ……と、噴き出すオーラがおさまったのが感じられた。
「うん、上出来さね。ぶっ倒れてもおかしくなかったんだけどねぇ。あぁ、目を開けてごらん?」
言われて目を開くと、私の周りにオーラがとどまっているのがわかった。ってか、今不穏な言葉が聞こえた気がした。
「ルナ、私が失敗すると思ってたの?」
「このやり方は外法だからねぇ。ぶっ倒れた時用に一応お菓子を用意してはいたんだけど、成功してなによりだよ」
そう言ってルナが笑った。……私、とんでもないことをさせられたんだ。気持ちが重くなる。
「ポンズ、ちゃんとイメージを持ち続けなきゃあだめだ。 あんた、今オーラが薄れてる」
言われて気付き、再びしっかりとしたイメージを持つ。ルナが笑う。
「ポンズはしばらく纏にかかりっきりだね。その辺で禅でも組んで纏を維持してな。燃える方の燃の説明も後でちゃんとしてあげようじゃないか。じゃあ、ルル、リリ、あんたらは絶は出来るからこのまま練の修行に入るよ」
そう言ってルナは二人へ向き直った。私は言われたとおり禅を組んで纏を維持することに集中することにした。リリが言っていた燃の内容を思い出し点を行う。私の今の目標は強くなることだ。ルルとリリを見ると、私のそれより遥かに力強いオーラを纏っているのがみえた。二人に遠く及ばないことは自覚している。それでも、あの可愛らしいルルを守れるようになりたい。私はその意志を呟き、高めた。心なしか、身体を纏うオーラが力強さを増した気がした。
【リリ】
アタシとルルは続いて練の修行に入った。
「まずは体内にエネルギーをためるイメージだよ。細胞の一つ一つから少しずつパワーを集めて、パワーは体内で徐々に徐々に増えていく。蓄えたその力を一気に外へ出す。それを纏でとどめるんだよ。タイミングは体で覚えるしかないから、とりあえずは今説明したことをイメージしてやってごらん」
練についての説明もまた簡素だった。もともとルナは多くを話さないからしょうがないことだけど。とりあえず、試しにやってみる。しかし、一度目では外へ出した力をとどめられず、霧散してしまった。もう一度、オーラを練りなおし、その力を外へ。……今度はとどめるのが早すぎたらしく、上手くオーラが増してくれなかった。もう一度。蓄えた力を外へ、そしてそれをとどめる。自身の周りを力強いオーラが包んでいることがわかった。成功だ。ルルの方を見ると、すでに成功していたようだ。アタシよりもオーラが力強い。
「あんたら二人とも一応はできたようだね。でも、もっとオーラを練れらなきゃねぇ。もっとやってごらん?」
ルナがそう言うので、再びオーラを練る。さっきよりももっと、もっと力をためる。まだためられる、そう思いさらにオーラを練る。体中の細胞からパワーが集まった、今だ! 力を外へ出すと同時に纏でとどめる。……成功だ。明らかにさっきよりも力強いオーラがアタシを覆っている。ルルの方も成功したようだ。そして、ルナの方を見ると微笑んでいた。
「あんたらは飲み込みが本当に早い。あたいが練を習得するのには三日はかかってたっていうのにねぇ。あんたらときたら2時間もかかってないじゃないの。少しその才能に嫉妬するよ」
ルナに太鼓判を押され頬が緩むのがわかる。ルルもくるくる回り出しているくらいだ。と、ふとあることを思い出した。
「ねぇ、ルナ。"神の子"って何?」
アタシがその言葉を口にした途端、ルナの表情が凍った。しかし、すぐにいつもの顔に戻り、言った。
「リクに聞いたんだね? その説明はあたいにも出来る。だけれど、まだその時じゃあないと思うから今は我慢してやくれないかい?」
「リクも今はまだって言ってた……。一体いつんなったら説明してくれんだよ?」
「そうだねぇ……四大行をマスターしてから、ってことでいいかい?」
そうアタシとルルに問いかける。
「……それってどれくらいかかる?」
「あんたら次第だけど、早くて1ヵ月後かしらね? その頃には説明せざるを得ないと思うしねぇ。」
「……わかった。じゃあ、念について次の課題を出してよ」
「そうね。じゃあ次は凝。今あたいの指先にオーラで文字が描かれてるの。隠っていう応用技で隠してあるから今のあんたらには見えないだけで、実際には見えない様に巧妙に隠された念の字があるのさ。練で練ったオーラを眼に集中する、これが凝。凝を覚えてあたいの指先の文字が見えれば凝も合格かしらねぇ。そうしたら次の段階に入ってもいいわよ」
言われて、再び練を行う。そして練ったオーラを眼に集中。ルルも同じように頑張っている様子だ。眼にオーラが集中しているのがわかる。そしてルナの指先を見ると、文字が書いてあった。
「「昼飯の時間」」
アタシとルルが同時に答えると、ルナは驚いた様子だった。
「よくもまぁこんな短時間で……あんたらが成長したらあたいは簡単にやられちゃいそうだねぇ。さて、じゃあ飯の準備してくるよ。あんたらは凝をもっと短時間で出来るように練習しときな。凝は四大行に入っていないとはいえ念能力者同士の戦闘の必須技能だからね」
そう言って、ルナは家へ戻って行った。アタシとルルは昼飯の準備が出来る間、凝の修行をしていた。
~後書き~
あらかじめ燃の方を知っていたからといっても、纏習得から凝習得まで半日。
なんというリリルルのチートっぷりw
ポンズの方が普通です。
ただ、あんまりポンズは受難を受けてない気がしました。
ぶっ倒れること前提で念をムリヤリ起こされたことぐらいでしょうか?
ルナの台詞がやっぱり難しい。
違和感とかありませんかね?
感想下さると嬉しいです。
では、また。