~不思議なお家の泥棒さん~
【リリ】
リクという男に半ば強引にこの家へ連れらて来てから3日が経った。どうやら少年兵として暮らしていた間に食べていた食糧は、アタシ位の歳の子にとって遥かに質素なものであったらしく、「まずは美味しいものを食べて元気になれ」とリクが言い、この三日間は家の中でおとなしく食事を取って過ごしていた。
分からないことは沢山あった、というよりもわからないことばかりだった。たった三日間他人様の家で過ごして何かをわかれというのも無理難題だが、それにしても不思議なことばかりであった。
今のところ分かっているのは、この家にはアタシ以外に3人が住んでいること。アタシを拾った薄紅色の髪に空色の瞳のリク、私と同じように拾われてきたらしい金髪に琥珀色の瞳の少女ルル、そして、リクの友人であるという黒髪に赤みのさした茶色の瞳のルナという女性。
このルナという女性が家事全般を行っているらしく、特に料理にかけては右に出るものも居ない程なのだろう。アタシは質素な舌の持ち主であり、あまりちゃんとした物を食べたことはなかったが、そんなアタシにそう思わせる程の料理の味であったのだ。そういえば、ルナの料理を食べてからもっぱら体の調子がいい。今までのアタシは岩場に打ち上げられた魚で、ルナの料理を食べてようやっと水を得た、とでもいうかのように元気になるのだ。これも不思議なことの一つだった。
しかし、今一番不思議に思うのはこの家のある場所だ。一度少しだけ家から出た時があった。その時、玄関から外へ出て見えたのは深い森。一階建てなので余り高くない屋根へとひょひょいと上り、辺りを見渡すがそこから見えたのもまた深い森であった。街の欠片も見えない。しかし、それでも一度リクやルナがどこかの街からアタシ用の衣料品などを買って帰って来たこともあったのだ。それに、気絶したアタシを、リクはスカ国からここまで半日もかからずに運んできたのだ。スカ国周辺の地図を見たことがあったが、このような森があった記憶はない。どれだけの距離がある? どれだけの速度でここに来た? 頭がこんがらがってショートしそうだ。……暫く考え、アタシの今までの常識では測れないと結論付けてその時は家の中へと戻った。
それから1ヶ月ほど経った頃には、この家の暮らしにも僅かずつ慣れてきた。ルナとリクが連れだって森の中へ入って行って色々な果物や牙の異様に大きな猪などを獲って帰って来たりしても驚くことはなくなったし、ルルが黙々と人形遊びに興じるのも見飽きてきた。ルナがルルとアタシに本を読んでくれたりもした。ルルが絵本の中で大きなクジラが船を丸のみするシーンで、「おおー」と大口を開けほわんとした感じで驚いている傍らで、アタシは淡々と絵本の朗読を聞いていた。今までの環境が環境だったから、そんなお伽噺に少し飽き飽きしていたのだ。
そんなある日の夜、いつものように食事を終え、リビングでルルは人形遊びに興じ、アタシは大切なコンバットナイフの手入れをしていた時、リクが唐突にいった。
「明日、仕事に行って来る」
その言葉を聞いたアタシとルルは大層間抜けな面をしていただろう。なぜなら、リクが仕事をするところなど見たことがなかったからだ。
ルルが何のお仕事するのかな~? と言っていたが、アタシも同じ思いだった。二人の感情を読み取ったのか、リクは悪戯小僧のようににかっと笑って言った。
「ちょっと宝石盗みにね」
ルルは無邪気に「リク兄ちゃって泥棒さんなの~?」と少しはしゃいだ様子で言っていたのを片隅で聞きながら、アタシは何の冗談だ、と思った。
しかし、ルナは何も気にした風もなく「気をつけてね」なんて言っていた。