~月夜の幻影~
【リク】
ルナに「いってきます」の一言を残し樹海の仮宿を出て、とりあえずは街へと急ぐ。派手好きな奴らの事だ、前夜祭でもやっているかもしれない。久々に騒げるし暴れられるな、そう思うと足も速まった。街への最速行軍の邪魔をする猛獣達には腰にさした二丁拳銃に軽く念を込めて撃ち出した弾をくれてやる。バズーカ程度の威力を持った弾は樹海に血の花を咲き散らかしていく。木の枝から枝へと飛び移り、ほぼ一直線に進んでいくと、一時間もしない内に木々が少なくなり、街が近いことがわかる。
「準備運動になりもしないな……」
軽くぼやきながらも来るべく狂宴に心踊らされ頬が緩むのがわかる。風となって鬱蒼とした樹海を抜け切るとすぐに街に着いた。
街の端にある少々治安の悪い地区のさらに裏路地に入る。頬のこけた顔、薄汚れ、所々にほつれの見える上等とは決して言えない服を着た少年が、体を軽く触れ合うようにして通り過ぎた。そのまま去ろうとする少年の襟首を掴み、財布を返してもらう代わりに餞別としてデコピンをくれてやった。スリや強盗、強姦など当たり前な場所であるが、わざわざそれに付き合ってやる程俺は寛容ではない。少年を放置してそのまま進み、粗方の荷物を預けてあるいつもの店に入る。禿げあがった頭に無精ひげの店主に代金を支払い、預けてあった黒い大剣と白いロングコートを受け取り、コートを羽織ったところで着信を告げるメロディが流れた。チップを渡して店を出た所で電話に出ると久方ぶりに聞く声。
「リク、メビル町のペンナホテルのロビーだ」
簡潔にそれだけを述べ、電話は切れた。相手は着信履歴を見なくとも分かる。裏路地を出て、適当なタクシーを拾うと先ほど言われた場所へ向かうよう運転手に告げた。
ペンナホテルに入ると黒髪黒眼の男がすぐに目に入った。男はソファーに座って本を読んでいたが、彼の方へ歩みながら軽く手を振ると向こうも気づいたようで、本を閉じ、微笑交じりに手を振り返してきた。
「久しぶりだな、リク」
「ああ、もう3か月位か? "仕事"の方はどうだい、クロロ?」
問えば、ぼちぼちだな、と苦笑交じりに返してくる。他の皆は? と聞くとこっちへ来いとジェスチャーで示し、ホテルから出た。互いに走った方が速いが、ここでは人目につく。再びタクシーを拾うと、クロロが行き先を告げた。
タクシーを降りた場所はやはり寂れたところで、地震でも起きようものならすぐさま平地になるだろう。乞食や春売りの姿も見かけられたが、俺もクロロも、それらに目をやることなくさらに裏路地に入り、走り始めた。
10分もしない内に目的の場所に着いた。その建物は、屋根の一部は崩れ、コンクリート剥き出しの所謂廃墟であり、一般人なら尻込みして入れないような有様であったが、俺たちは迷うことなくその中へ歩みを進めた。電気も水道も通っていないだろう建物の中を照らすのは、窓であったろうところから射す夕暮れ時の朱の灯りのみで薄暗かったが、瓦礫や、辛うじてまだその用途を果たす椅子などに腰掛けた見知った顔がいくつか並んでいるのはわかった。
「ウヴォーにフィンクスにノブナガ、シャルもか。……マチかパクはいないのか?男臭くて堪らないよ」
そう冗談交じりに零すと、建物の奥から黒いスーツを胸まではだけさせた女性が現れた。
「なんだ、パクもいるのか。よかった」
そう言って微笑むと、皆が笑った。
「女好きは相変わらずかい、リク? 聞いた話じゃ女の子2人も拾ったらしいじゃん」
「アレは気が向いたから拾っただけだよ。そもそも女好きなんて人聞きの悪いこと言うなよ。」
シャルのからかいをするりと避けて、皆に改めて再会の挨拶をした。が、パクノダの手がすっと伸びて俺の肩に触れ言う。
「本当に気が向いただけ?」
まったく、なんで俺は信用されてないんだか……と心の中で呟き、苦笑いを浮かべた。まぁ戯言はこのくらいにして仕事の話をしよう。その提案を皆渋々受け入れた。
「今回のターゲットはルペア伯爵の宝物庫の品全てだ」
凛とした声色でクロロが告げた。皆一様に頷くのを見てさらに続ける。
「邪魔する者を含め、館の者は皆殺しで構わん。ただし、お宝は傷つけるな」
以上が今回の仕事。完全無欠に簡潔だった。ルペア伯爵といえばここいら一帯を長きに渡って支配してきた貴族の末裔。警護も厳重だろう。ただ、人数だけ揃えてもらっても困る。量より質、だ。
「シャルはセキュリティの解除と逃走経路の確保。ウヴォーとノブナガは正面から入って派手に暴れてやれ。フィンクスとリクは裏口から侵入して邪魔者を消せ。ただし、ルペア伯爵は殺すな。一部の宝を隠している可能性があるからな。パクは裏口側から援護だ。俺も裏口から行く。」
クロロが慣れた様子で指示を出し、皆が了承した。
「今夜12時ジャストに決行する」
そう今回の仕事を確認し終えると、俺たちは暫し雑談に興じた。この前盗んだ本はとても興味深かったとか、ある富豪の家に盗みに行った時にはセキュリティがザルすぎてつまらなかったとか、最近は血が滾るようなやり合いがないとか、そんなくだらない事を話していた。俺は一通り話を聞くと徐に廃墟から出る。高く高く飛びあがり、その天辺に立った。まだ日は傾きかけた頃、暴れるまでまだまだ時間がある。久々に大暴れできる、そう思うと歓喜に震えながら未だ青い空の下で哂った。
翌日、ルペア伯爵の邸宅の宝という宝が全て奪われ、館に存在した人間はすべて殺されているている様が発見された。