~ルペア伯爵邸の惨劇~
その日、ルペア伯爵邸はいつになく厳重な警備が敷かれていた。ルペア伯爵は持ち得るすべてのコネを使って、優秀な警備員を集め、来るべく賊を捕らえる腹であった。屋敷の警護を任されていた者にとっては全く面白くない話だった。どこかの賊からご丁寧に予告状一枚が来ただけだというのに、というのが彼らの一様の思いであった。しかし、彼らはその差出人を知らなかったのであるから、これは当然の反応ではあった。
ルペア伯爵の下に届いた予告状は次のような内容だ。
『9月20日を迎えた時、貴殿の持つ全ての財産は月と幻影に奪われる』
途方もなく簡潔であり、性質の悪い悪戯だと、ルペア伯爵がこの文を見た時には一笑に付していた。しかし、捨てて置け、と伯爵の最も信頼する護衛の一人であるエンダーへと文が渡された時、彼の表情が変わった。彼にはこの「月と幻影」という名に覚えがあり、文から禍々しいオーラを感じ取ったのである。エンダーはすぐさま主へ進言した。
「この予告状は本物です。そして、差出人は本気で全てを奪うつもりです。彼らがどれだけの規模の集団であるかは知られていませんが、今の警備状態では大きな不安があります」
厳しい顔つきで言うエンダーの言葉に伯爵はいつもの飄々とした笑みを止め、彼へ問う。
「お前がいても駄目なのか?儂はお主を買っておるんじゃが……」
「無理でしょう」
即答だった。
「過去に数件、同じような事例がありました。月と幻影からの予告状が届き、警備を強化したにも関わらず、全ての事例で賊による強奪は成功されています。そして生き残った者はいません」
ルペア伯爵は愕然とし、言葉を失い、エンダーを見つめる。彼の瞳に誇張や否定の色が見えないのがわかると、短く息を吐き、新たに警備を雇うことに決めた。
【リク】
現在の時刻は23時50分、突入まであと10分程だ。気配を絶ち、裏口から比較的近いところにあった木に素早く上り、館を見遣れば、そこかしこに武装した者達が配置されているのがわかる。どうやら予告状が無駄になることはなかったようだ。まぁでも質が伴うかはわからないか、と胸中で呟きながら音もなく跳び下りるとフィンクスに話しかけた。
「能力者がいたら俺に譲ってくれよ?じゃないと遣り甲斐がないんだ」
「ああ?んなもん早い者勝ちに決まってんじゃねぇか。勝手に決めんじゃねぇよ」
「だって、フィンクスってば、相手の能力に構わず殺っちゃうじゃないか。それじゃあクロロが盗みたくても盗めないよ」
「リク、お前だって少し楽しんだらさっさと殺っちまうだろう?かわんねぇよ」
まぁそれもそうだね、と言葉を返した所できっかり一分前。全身が歓喜に震えるのがわかる。恐らく俺は隣にいるフィンクスと同じように笑っているだろう。時計の針はやけにゆっくり進んでいる。1分って、60秒ってこんなに長いものだったかと今更ながらに思い出す。そして、
――時間だ。
我先にと走り出すと同時に館の正面の方から銃撃音が聞こえる。どうやらウヴォー達もきっかり仕事を始めたようだ。こっちもしっかりやらなきゃな、と緩んでもいない緊張をさらに張りつめ、音もなく塀を飛び越え侵入する。軽く見た限り、敵はざっと20人。全員がマシンガンやらの銃器を持っているがオーラは垂れ流しの状態――能力者ではないか。そう判断するや否や一番近くにいる敵を黒い大剣≪ヴァンパイアエッジ≫で細切れにする。続けて獲物を構えさせる間もなく、ものの数秒で5人程をバラバラにした時、嫌な気配を感じ、横に跳ぶ。先刻まで俺がいた場所を弾丸が通過し、地面に当たる。と同時に氷の花が咲く。
――能力者か。ちらりと見た弾道から大凡の狙撃手の場所を見やりながらもさらに5人程切り捨てる。館の屋根の上にそいつはいた。小柄な男がその身の丈以上もある大きさのライフルを構えこちらを伺っている。微かに視線が合ったかと思った瞬間、また撃って来た。銃身から直線的に飛来して来る弾を難なくかわし、凝で観察。距離は80メートル程。恐らく弾丸に纏わせたオーラを氷へ変えている。放出、変化を同時に行ってはいるが、体に纏っているオーラは非常に薄い。大した使い手では無いな、と判断し、狙撃手の元へ跳ぶべく脚に力を入れようとしたところで、視界の端にナイフが映る。狙撃手の方は後回しだな、と身をかわすと飛び回るナイフ。どうやら新たな能力者が現れたらしい。
目の前にいるおよそ近接戦闘向きでないひょろりとした体躯を黒のスーツで身を包んだ男は、銃器の類は持たず、突き出した手の指が忙しなく動いている。その動きに合わせるようにしてナイフが俺目掛けて襲ってくる。――操作系か。瞬時に判断し、宙を踊るナイフの隙を衝いて男へ飛びかかる。と、同時にナイフが消えた。ちっ、と軽く舌打ちして地を蹴り強引に進行方向を変えると、男の目の前から10本のナイフが現われ、同時に真直ぐ飛んで行った。どうやら具現化系らしい。凝が習慣着いた者でなければ串刺しにされていただろう。だが、敵ではない。先ほど飛んで行ったナイフは5メートル程進んだところでオーラが薄れ、ナイフとともに掻き消えていた。クロロが盗むまでもない、そう判断すると先ほどよりも速く跳び、男の真横へ。勢いをそのままに左足を軸にして回転するように大剣を横薙ぎにすれば、あっけなく男は真っ二つになった。狙撃手のほうへ目を遣れば、こちらの速さに来れなかったようで、慌てて照準をこちらへ向けようとする。が、照準が合うより早く、空いた手で腰にさした拳銃を素早く取り出し、オーラを込めて撃てばあっけなく頭が吹き飛んだ。
能力者を二人殺したところで銃声がここ等一帯の銃声は止んでいた。周りを見れば、立っているのは俺とフィンクスだけだった。どうやら雑魚はフィンクスが片づけてくれたらしい。首やら体毎やらがありえない角度に曲がったヒトが10個ちょっと転がっている。結局ゴミ掃除にしかならなかったのが不服なのか、フィンクスのこめかみに青筋が浮かんでいる気がするがきっと気のせいだ。一応心の中で感謝。フィンクスに目配せすると、俺たちは館へと歩みを進めた。
「ああー、何だってんだ!うざってぇ!!」
「そうカリカリするなよ。カルシウム足りてないんじゃないの?」
こっそり侵入の筈が、声を荒げて暴れるフィンクスに、俺の方は苛立ちを隠しながらも軽口を叩き、甲冑の軍団を片っ端からぶっと飛ばしていた。
裏口から入ったところ、人の気配はまるでなく、俺達は足音をなるべく殺しながら宝物庫へと順調に進んでいた。ひとつ、ふたつと角を曲がって行きながらも何者にも出会うことはなく進んでいたところで、今まで過ぎてきた廊下より遥かに幅の広い、甲冑がずらりと並ぶ長い廊下へと着いた。シャルからの事前情報では宝物庫はこの先だ。やっとゴールか、と甲冑からのあるはずのない視線を受けながら、この廊下を抜けるべく赤いカーペットへ歩みを進めた途端に、事は起きた。左右にずらり並んだ甲冑達がひとりでに動き出し、襲ってきたのだ。その数ゆうに30体。それだけならまだしも、甲冑の兵士の持つオーラはそれなりである上に、斧や剣、槍などの物騒な獲物を軽がると振り回し、なおかつ華麗な連続攻撃を仕掛けてくるのだ。甲冑の元の素材もいいのか、敵の攻撃を避けながらで出来る最大限の攻撃をしても、吹き飛びはするものの、傷や凹みもなく体制を崩しただけの綺麗な甲冑が廊下の灯りを鈍く反射させながら、すぐさま連続攻撃に交じってくるのだ。円を広げ周囲を探るも、能力者は見当たらない。恐らく、重い制約と誓約をかけているであろうし、神字を用いているかもしれないが、強化、放出、操作の三系統を見事に扱う能力者らしい。すぐにでも見つけて≪ヴァンパイアエッジ≫で切り裂きたいのだが、どこにいるのか見当もつかなかった。俺のこの大剣は非生物は切れないため、二丁拳銃と己の肉体での戦いを強いられていた。さらに、本気を出そうにもこの奥に宝物庫があるため、少し加減を間違えれば甲冑が吹き飛んで行ってゴミ倉庫になりかねない。ここはどうやら時間稼ぎをしてクロロに術者を見つけてもらい解除を待つ他は無かった。
苛立ち交じりの甲冑との円舞が始まって15分程だろうか、ストンと甲冑から力が抜け、崩れ落ちた。いい加減本気でぶっ飛ばしてしまおう、そうしよう、とフィンクスと決めた矢先だったので、本当にギリギリのタイミングだった。動きは完全に停まったものの、未だ灯りを反射し鈍く光る甲冑を足で蹴飛ばしながら扉へと向かう。館の大掃除も終わったのか、ちょうどウヴォーとノブナガも合流し、手はず通りにシャルがロックを解除してあったのだろう扉はすんなりと開き、ようやく山のようなお宝を手にすることが出来たのだった。
宝の山を麻袋へ積め、力自慢のウヴォーに荷物を任せて仮宿に戻った後、結局大暴れ出来なかった事に苛立ちながらも、クロロと一緒にお宝鑑定団をしていた。しかし、どうやら、ルペア伯爵は散財家だったらしく、大物はあらかた売りに出した後だったようだ。俺はシャルにもっと情報収集はしっかりしろと、溜まった鬱憤を晴らす為に小一時間いびり倒し、こっそりパソコンに悪戯を仕掛けておいたのだった。
~あとがき~
今回は結構な難産でした。
ウヴォーとノブナガの暴れっぷりが書けなかったのは残念でしたが、リク視点だったのでしょうがないということにしておいて下さい。
感想頂けたら嬉しいです。
6/15 改訂
※念能力について
・狙撃手 ≪降りかかる氷華(アイスボルト)≫
愛用のライフルから打ち出した念弾を着弾と同時に凍らせる。
距離30メートル~可視範囲まででしか発動できない
・黒のスーツの男 ≪飛び交う不可視の刃(カッティングイリュージョン)≫
具現化したナイフを自在に操る能力。見える様に具現化したものを囮に、隠のナイフを本命として使われる。
ただし、自分の指の数までしか操作することは出来ない。
凝に慣れていないものには少々厄介な相手。
・エンダー ≪騎士達の宴(ドールズパーティ)≫
自ら神字を書きこんだ甲冑を操作する能力。
リク達は気付かなかったが、赤いカーペットの下にも神字が書き込まれているため、パワーも上がり、さらに変幻自在な連続攻撃をさせることが出来た。
制約として、ルペア伯爵邸内のみでしか使えない。3日間断食しなければパワーが落ちる。発動中本人は身動きが取れない上に絶の状態になる。などがある。