~転換期・ある少女との出会い~
物心ついた時には俺の世界は黒一色だった。
世界と自分の存在を証明するものは、俺に触れる何かと音と匂い、それと質素な食べ物の味だけだった。
「決して目を開いてはいけない」
言葉を理解出来るようになってすぐからそう言われ続けていた。
目の周りには分厚い布が幾重にも巻かれ、決して目が現れないようにされていた。
しかし、なぜこうまで目を隠さなければならないのかはわからなかった。
父親や部族の皆は俺を厄介者扱いし、物を投げつけられたり、殴られ蹴られたりは当たり前だった中、母親だけは俺を守ろうとしてくれていた。
人は目で物を見るらしい。
でも、俺は風の流れや触れた感触で世界を感じ続けていた。
そうしている内、気付けば実際に触れなくても物の存在とその形が朧気にわかるようになっていった。
黒一色の世界にも、目で見ることが出来ないだけで様々なものが存在していて、世界はには様々なものがあると知った。
そうして、自分一人である程度の事を出来る様になってきた時、悲劇が起きた。
その日は儀式が行われる日だったらしい。
慌ただしく動き回る集落の人々の中で、母親だけが俺に「ごめんね」と謝り続けていた。
まだ幼い俺にはその儀式というものが一体何なのかまったくわからなかったが、嫌な感じがしていた。
そして儀式が始まろうとする時、母親と長老の話し声が聞こえた。
「……私が生贄となった後、あの子は、どうなるのですか?」
「アレは忌み子じゃ。生かしておいたならクルタ族に大きな災いを生むであろう」
生贄、忌み子、クルタ族、災い、意味がわからなかった。
しかし、長老のその言葉を聞き、暫く押し黙った後、母は突然俺を捕まえると抱き上げて走りだした。
「生贄が逃げたぞ! 追え!」
母が走り出してすぐに部族の人達が怒号を上げて追いかけてくる足音が聞こえた。
母のが地を蹴ると共に揺れを感じ、風を切る音が聞こえる。
木々や葉の匂いがするから、森の中へ逃げて行っているのだろう。
そんな中、駆ける風切り音とは別の、もっと鋭い音が聞こえた。同時に温い音。それが何度か繰り返された。
母の体から血の香りが微かに届いて来る。
それでも母は走ることをやめなかった。
あの音は恐らく矢の飛んできた音だろう。そしてその後の音は母の体に矢が刺さった音。
それでも母は数時間にも渡って走り続けた。
そうしていつしか人が草葉を踏み散らす音はほとんど聞こえなくなった。
代わりに母の荒い息遣いが耳元に聞こえる。その音には、大丈夫だから、そう誰にともなく言い聞かせる声が混じっていた。
どれだけ走ったのだろう。いつしか森を抜け、腐臭漂う場所へ来ていた。
母はもう息も絶え絶えで、歩くことすらおぼつかないようだった。
と、抱えていた俺を母が不意に降ろし、目を覆う布を剥がしていった。
一枚、また一枚とはがされていく中で世界が黒一色から徐々に白を孕んで行く。
全てがはがされたが、俺は目を瞑ったままだった。
しかし、母が掠れた声で俺に話しかけてくる。
「……リク。もう……目を、開いて、いいの、よ? お母、さんに、あなたの、瞳を、見せ、て、頂戴……」
言われてゆっくりと瞼を持ち上げる。目を開くなんて初めてのことだった。
瞼を開き切ると、山から顔を出した灰色の光りが母の姿を黒に程近い灰色に染めていた。
母の姿を見れば至る所に矢が刺さり、そこから黒い液体が流れ出していた。
「……やっぱり、リクの、瞳は、綺麗、ね。もう、瞳を……隠す、必要なんて……ない、から」
母の言葉にコクリと頷く。すると、母は表情を変えた。目が細まり、唇の両端が持ち上がる。
暖かい気持ちが流れ込んでくるようだった。
「こん、な、ところに……一人で、置いてって、ごめ、んね?」
母の言葉に俺は首を振る。母の服に強くしがみつく。目から溢れ出る涙を堪える事は出来なかった。
「リクは、強い子だ、から……素敵な、人生を……」
そこで言葉は途切れ、母の体から一切の力が抜け落ちて崩れ落ちた。
俺は倒れ伏した母に縋りついて泣き続けた。
「夢、か……」
俺はソファーから身を起こすと横へ流れ落ちた涙を拭い、固まった身体を伸ばした。
此処は友人のアジトの一つで、元は使われていない空き家だ。外から見れば四角い箱の上にそれより少し小さめな同じく四角い箱が積まれただけのコンクリートで出来た簡素な建物だ。
当初、電気や水道は止められていたのだが、仲間内の誰かがどこかから引っ張って来たらしく、生活するのに不便はない。
どこかから盗んできただろう旧式の小さめの冷蔵庫から飲み物を取り出し、蓋をあけて飲む。と、髪をオールバックにし、額に十字架のタトゥーを入れた男が本を読んでいるのが目に入った。
「おはよう、クロロ」
声をかけると無表情のまま本を閉じ、顔をこちらへ向け口を開いた。
「こんな夜中におはようはないだろう、リク」
「俺は夜行性だからいいんだよ」
そう言って微笑んだ俺の顔を見ると、明らかに呆れた様子でクロロは短く息を吐いた。
「まったく、仕事を終えて帰って来た時にお前を見て少し驚いたぞ? よく、ここがわかったな」
「いやぁ、仕事すっぽかしちゃったから仕方なく今回の仕事場の近くのアジトに来てただけだよ。ただの偶然さ、きっと」
偶然か、そうクロロが呟きながら懐から何やら小さな包みを取り出し、埃がかったガラスのテーブルの上に置いた。
「今回の獲物の中に変わったものがあってな」
これもまた偶然、か? そんな声を聞きながらも包みを開くと、中に液体の入ったライター程の大きさのガラスの小瓶が入っていた。瓶自体には何の変哲もないが、その中の液体見て俺は眼を見開いた。
「……そこまで反応するとは思わなかったな。万病に効く、というのもどうやらデマではなかったようだな」
どこか満足そうに頷くクロロが視界の端に映っていたが、俺の目の前の小瓶の中の液体を凝視していた。
俺の世界、目で見た世界は、常に一(黒)と零(白)の狭間で揺らぐだけのものだった。
自分に全色盲という遺伝子欠陥があると知ったのも10年程度前のことであり、つまり、生まれてからずっと、俺の視界は一と零の狭間に捕らわれていた。
夜行性というのも、昼間に行動するには陽の光があまりに眩しすぎて世界が零に覆われ、ほとんど何も見えないからこそだった。
しかし、今目の前にある液体は一と零の狭間とはまったく無関係な異彩を放っている。
「"女神の血涙"というそうだ。試しに飲んでみるか?」
俺の世界での明らかな異物である液体を見つめる端で、クロロの唇が弧を描いた。
ただ、クロロの言葉も、表情も、"女神の血涙"に捕らわれた俺には届かず、導かれるようにして小瓶の蓋を開け、俺は液体を飲みこんだ。
途端、世界が変わった。
一と零の狭間で揺らいでいた視界が、色というものを持ちだした。寝転がっていたソファーはそれまで一に近い灰色だったのが、まったく別の色に変わっていた。あえて言うなら、先程飲んだ"女神の血涙"に近い色だった。
俺はそのまま部屋にある物を一つ一つ目を見開いて見ていった。全てが一と零の狭間から抜け出し、色というものを得ていた。
おもちゃ屋を眺めまわす子供のような俺の姿を笑いながらクロロが声をかけてきた。
「くっくっく。どうだ? "女神の血涙"の効果の程は?」
「黒と白とその間の色以外の色を初めて見たよ! これは何色なんだい?」
興奮を抑えられぬままにそう言って先程の飲み物を見せると、オレンジだな、とクロロは笑いを堪えながら返してきた。
その後もあれこれと色を聞き、覚えていく。
本当に夢中になってアレコレと聞いていたが、もとよりこのアジトには物が少ない為、すぐに聞き終えてしまった。
外へ出て他の色を見てみるのもいいかもしれない、そう思った時、疑問が浮かんだ。
「なぁ、クロロ。"女神の血涙"は誰の血なんだ?」
俺がそう問うと、クロロは暫く口元に手を当てて考え込み、口を開いた。
「わからない。ただ、アテは少しあるがな」
「アテがあるだけで十分だよ。さっさとシャルに調べさせてくれ」
「……血の持ち主を見つけてどうするつもりだ?」
「とりあえず会ってみたいだけ、かな?」
俺が悪戯っぽく笑って言うと、クロロは「そうか」と呟き、シャルを呼び出した。
シャルが"女神の血涙"の持ち主の居所を探すのには丸一週間が費やされた。
その一週間の間、俺は一と零の狭間から抜けだした世界を堪能していた。
珍しく昼間に起きて外へ出た瞬間、吹き抜ける様な青い空の色に感動した。
夕焼けも今まで見たものとは全く違うもので、まるで自分が今まで死んでいてやっと命を得たかのように感じた。
マチやパクと出かけてショピングも楽しんだ。
今までは白か黒で統一されたスタイルだったが、俺が色を見ることが出来るようになったことを二人は喜んでくれて、様々な色の服を買った。
その際、姿見で自分の姿を見て、俺は初めて髪の色が薄紅色で、瞳が空の色だと知った。嬉しさを隠しもせずにそれをマチに言うと、
「あんたの瞳は空の色で奇麗だって皆知ってたよ」
なんて頬を赤く染めて言い返された。
妙に嬉しくなって、昔よくやっていたようにマチを軽く抱きしめる。途端にマチは顔を真っ赤にして俺の腕を振りほどいた。
人の表情は形だけじゃなく色も変わるのか、なんて思い微笑むと、マチはそのまま暫く俯いていたが、すぐに手を取られ次の店へと連れて行かれた。
一人で森の中を散歩したりもした。
樹齢100年を超すだろう大樹には、これまで感じたことのない威圧感を感じたし、そこらに咲く花々の醸し出す微妙な色合いを楽しんだ。
虫や獣、様々な生物を目にしていったが、それらの持つ色は今まで知らなかった生命の輝きというものだと気付いた。
そうやって自然や人の作りだした色彩を堪能しているとあっという間に時間が経ち、シャルから連絡が入った。
シャルの調査の結果、まず"女神の血涙"はユベールゼ・ファミリーというマフィアから流出されていることがわかった。ここ数年でのし上がったファミリーらしく、マフィアンコミュニティーにも属している。
さらに、そのファミリーのボスのいる邸宅から"女神の血涙"が運び出されていることもわかった。
つまり、ユベールゼ・ファミリーに喧嘩を売ることになる。だが、俺はもともと盗賊の手伝いをやっているし問題はない。
クロロに誰か連れて行くか問われたが、必要ないと切って捨てた。
そして、今、俺は口元まで隠す白いロングコートに黒い大剣を背負い、腰に二丁拳銃を差してユベールゼ・ファミリーの屋敷の門の目の前にいる。
入口でギャンギャン吠えていた黒スーツの男達はさっさと殺っておいた。
格子状の月明かりを鈍く反射させる黒い門からは両脇にレンガ作りの塀が50mは伸びている。
流石、成金、いや成り上がりなだけあって、格子の隙間から見える屋敷は改装に改装を重ねたようだ。
屋敷は3つの棟に分かれているようで、中央にある慎ましい屋敷から左右に渡り廊下が伸びている。恐らく、この中央の棟が最初の屋敷だったのだろう。
渡り廊下を進んだ左側には派手な建造物がひっついている。右側は石造りの塔で、どちらも外側に入口は見えないため、どうしても中央の屋敷を通り抜ける必要があるようだ。
そこまで確かめて、シャルに事前に渡された屋敷のマップと俺が見ている屋敷に相違がないと確信する。ただ、どこに"女神の血涙"の持ち主がいるかはわかっていないため、虱潰しに探す必要がある。
すでに門の前の惨状は内部に伝わっていたようで屋敷から武装した黒スーツの男達が水攻めされた蟻のようにわんさか溢れ出て来るのが見えた。
俺は彼らへの挨拶代わりに門を派手に蹴り飛ばし、侵入を開始した。
中央の屋敷の掃除は至極あっさりと終わった。念能力者は2、3人いたがたいした使い手でなかったし、武装した人間がいたといっても40人程度だ。
3階建ての屋敷の部屋を片っ端から調べるのには少々時間がかかった。
しかし、中央の屋敷の探索を終えても特に何も得るものはなかった。護衛の人員が泊まる施設かなにかに利用されていたのだろう。
雑魚寝をするような部屋や個室、それと武器庫程度しかなかった。
そうなると次は左の派手な棟か、右の石造りの塔だ。考えるのも面倒だったので、友人達に作ってやたコインで決めることにする。
表なら左、裏なら右だ。
右手の親指でコインを弾く。
血の一滴も流れていない、40人余りが屍になって転がった静かな屋敷で、弾き上げたコインが凛と音を響かせる。
くるくると回転しながら落ちてくるコインをキャッチし、見る。
――表。
よし、と左側のやけに派手な棟へと歩みを進めた。
渡り廊下には何の仕掛けもなく、シャンデリアの類だけがここのボスの顕示欲を表していた。
5m程の渡り廊下を抜け、扉を開く。
目の前には3人の男がいた。
部屋の窓や扉は完全に閉じられていて、明らかにここで俺を迎え撃つ気だったのがわかる。
彼らの体から溢れるオーラが熟練の能力者であることを如実に示していた。
左の男はやや細身の体躯に赤いシャツを着て、その上から黒いスーツを着込み、黒いネクタイをきっちりと締めていた。手には何も持っていない。
真ん中の男は小柄で同じく黒スーツだが、灰色のシャツのボタンを開けて着ている。手には一丁の拳銃。
右の男はがっしりとした恰幅の男で、同じく黒いスーツをきっちり着ていた。こいつも何も持っていない。
俺が扉を閉じるとともに真ん中の男が口を開いた。
「イヒヒッ、残念だけどアンタはここでゲームオーバーさ! せいぜい楽しませてくれよっ」
言葉が終ると同時に銃弾が放たれた。まっすぐ俺の心臓目がけてくるそれを横に一歩動いてかわした。しかし、同時に銃弾の軌道がカクンと曲がり、俺の頭部に向かって来た。それをしゃがんでぎりぎりのところで回避した直後、床を蹴り、正面の男へ向かう。
再び小柄な男が銃弾を撃ち出す、が遅い。
射線から外れて飛ぶように男の斜め後ろに着地し、そのまま大剣を上段から振るう。と、いつの間にか右の男が右手を俺の方へ突き出していた。それに気付いた直後、男の手のひらからニードル状のオーラが高速で迫ってきた。首を傾けることで直撃は避けたが頬を掠められた。
デカイ男に気を取られたせいで小柄な男を仕留めることはできず、浅く傷を作っただけだった。しかし、一瞬で気を取り直し、こちらに向き直っていた小柄な男の後ろに跳ぶと同時に、右手を突き出したままのデカイ男に腰の拳銃を素早く抜きオーラを込め撃ち放つ。
しかし、男は避けることはせず、左手を射線へ入れると再び先程の技を撃って相殺させた。
なかなかやる、知らず口笛を吹いていた。
「アンタ随分余裕ぶっこいてんじゃねーのぉ!?」
こちらの攻撃を警戒して距離を取った小柄な男が口笛に反応してそう言うや否や、再び銃撃。先程見せた銃弾の動きからするとこいつは操作系の能力を使っている。銃弾も強化されているだろうが大した威力はない。そう判断すると左手に持ったままの拳銃にオーラを込めて銃弾を打ち払う。その時、中空に舞い泳ぐ奇怪な魚が二匹、目に入った。――左の男の能力か。
おそらく具現化された念獣だろうが、効果がわからないからにはただ注意を怠らない様にするしかない。と、再び小柄な男が撃ってきた。
正直コイツの攻撃にはもう飽きた。いくら中空で軌道を変える銃弾だろうがこちらの反応速度の方が勝っている。真っ向から飛び込む形で突き進み、銃弾を再び打ち払い、そのまま小柄な男を大剣で斬り、身体を左右に分かれさせてやった。
男が倒れる音とともに暫しの静寂が部屋に訪れ、大柄な男も俺を警戒して動かない。
そんな静止した空間で、舞い泳いでいた魚が倒れた男の肉を貪り食い始めた。不思議な事に喰い口からは出血も何もない。少し興味を引かれる能力だったので、赤いシャツの男は置いておいてデカイ男に躍りかかる。
先程の動きを見た限りでは俺のスピードには追いつけないと判断し、一瞬で背後へ回り、大剣を横薙ぎに振るう。と、男の背中から無数のニードル状のオーラが噴出し、剣撃を鈍らせられた。しかも、ここはニードルの射程範囲内。即座に大剣を放り出すと大きくバックステップし、かわした。
大剣は見事にすっ飛んで行って小さな窓ガラスを割ったところで落ちた。それと同時に魚が消え、小柄な男の喰われた箇所から血が噴出する。何かしらの制約を破ったらしい。あの念魚に関しての考察をしながらも素早く大剣を拾いに行く。
その間に拳銃にオーラを十分に込めておく。剣を拾うと同時に再び大柄な男へ向って飛び、オーラを十分に込めた念弾を放つ。最初にやったように右手を突き出し、ニードル状のオーラで防御するつもりだろうが、あの時とは威力が違う。男は右手からオーラを撃ち放つがこちらの念弾の威力で彼のオーラと共に右腕の肘から先が吹き飛んだ。驚愕して体が固まった男をそのまま大剣で切り裂き、二人目を殺した。
あと一人の赤シャツは? と見れば、手を挙げて降参のポーズ。呆れながらも素早く背後へ移動し首筋へ手刀を打ち放ち、気絶させた。
どうやら少し舐めすぎていたようだ。こうして怪我をするのも久しぶりだ。そう考えながらも、血が滲む頬に触れながら先の部屋へと歩みを進めた。
奥へ進み、手当たりしだいに部屋を回るが、"女神の血涙"の持ち主が見つからぬまま最後の部屋に着いた。黄金で出来たノブに鍵はかかっておらず、そのままノブを回し部屋に入ると、大量の絵画や黄金の像など、如何にも成金の好みそうな物が集めて置かれていた。
そんなてんでセンスのない部屋の奥には、でっぷりとした体躯に黄色のシャツをはだけさせ、紺色のスーツを着た男が革張りのソファーに沈み込んで座っていた。葉巻を持った手にはゴテゴテとしたデカイ宝石のついた指輪が3個もつけられていた。
彼は呆然と俺を見ていた。口元がわなわなと震えている。
「"女神の血涙"の持ち主に会いに来ました」
そう俺が告げると、彼はおもむろに拳銃を取り出し撃った。しかし、所詮素人の撃った弾で、俺にかすりもせず、黄金の像を破壊しただけだった。俺は笑顔を浮かべながら彼へと歩み寄る。
「素直に出してくれれば痛い目には逢わないよ」
プルプルと震えた銃口をこちらへ向けたまま、彼は掠れた声を絞り出した。
「ル、ルッツとヴェーアとアビスはど、どうした……?」
「この棟の入口にいた三人のこと? 二人は殺して一人は気絶させてあるけど」
「な、な……」
俺がここにいることでその位は予想できていたんだろうが、俺の口から事実が告げられると男は唇を紫色にしてわなわなとまた震える。
「で、素直に出す気にはなった?」
そう問いながら、男の持つ銃の銃身をぐにゃりと曲げる。
「だ、出す! こ、この鍵だ! これで向こうの塔の扉が開く!」
震える手で乱暴に机の引き出しを開けるとその奥に隠された鍵を取り出し、その鍵を使って別の引き出しを開け、やけに古めかしい鍵を取り出し、俺に差し出して来る。
俺は鍵を受け取ると、笑顔を消して男の指の爪を一枚剥ぐ。男が呻いた。
「本当に?」
「ほ、本当だっ!」
「ん、わかった。じゃあ楽にしてあげるね」
ほっと溜息をついた男の首を大剣で跳ねてやる。男から受け取った鍵を眺めながらスキップして部屋を出て、移動を始めた。
石造りの塔へ着くと、そこには重厚な鉄の扉があった。ご丁寧にも念で強化されているらしく、鍵を使って開けるほかはなかったようだった。
ここのボスから受け取った鍵を使うと、ちゃんと扉を開いた。中を覗けば、質素な石造りで中央に大きな柱があり、それに巻きつくようにして上へ昇る螺旋階段があった。
迷わずに階段を軽い足取りで上って行く。ドアの類は一切見えなかった。
そうしてちょうど塔の天辺辺り達した時、そこにはドアがあった。
ここに"女神の血涙"を持つ人間がいる。
そう思うと胸が高鳴った。なにせ、色のない世界を生きてきた俺に色を与えてくれた人だ。感謝してもしたりない。
心を落ち着けてノックをしてみたが返答がない。無遠慮だが、失礼します、と声をかけてドアを開けて中へ入った。中は薄暗かったが辛うじて中の様子が伺えた。
――そこには拘束具を嵌められ、無数の管が体に取り付けられた少女が横たわっていた。
なんてことを、そんな怒りが芽生え、ボスの男にはもっと痛い目をあわせてやった方が良かった、そう後悔をしながらも少女へ視線を戻す。
"女神の血涙"を飲んだ時以上の感動がそこにあった。
少女の髪は乱雑に短く切られていたが、シャルやパクとは比べ物にならない程の眩い金色だった。
肌は陶器のような滑らかさをもった透けるように眩い白。
導かれるようにして少女の傍へ足が進んでいく。と、少女が目を開いた。
その瞳は太陽を秘めたような琥珀色で、美しかった。同時に、この少女が"女神の血涙"を生みだしていると確信を持って思えた。
少女につけられた拘束具や邪魔な管をすべて取り払っていく。と、少女が俺の頬に手を伸ばしてきた。その手には管をはずす時に出てしまった血が付いていたが少女の行動を止めることは出来なかった。
少女が自らの血のついた手を俺の頬に当てると、ジンジンとしていた熱さが消え、代わりに温かさが伝わってきた。
――傷が癒えた? "女神の血涙"はこの小さな少女の血だったか。
知らず、身体が勝手に少女を抱きかかえていた。少女からの拒絶の意思は感じられない。
俺はそのまま部屋を出て、気絶させておいた男をクロロへのお土産についでに抱えて屋敷を出ていった。
「これが"女神の血涙"の元か?」
「そうだよ。ちょっとへまして頬怪我したんだけどこの子の血を当てられたら治ったしね」
クロロの元へ辿り着き、お土産も無事渡し終え、あとはこの少女をどうするかで、それをクロロに相談していたのだ。
その少女はと言えばおぼつかない足取りで部屋をうろうろしていた。
仕方のないことだ。あのファミリーがここ数年でのし上がったのは"女神の血涙"があったからこそで、この少女はあの場所にずっと拘束されていたのだから。
「名前はなんと言うんだ、こいつは?」
「……知らない」
クロロの問いに視線を逸らしながら答える。と、マチが横から口を挟んできた。
「リク、あんたが名前つければいいじゃないか。それと、ルナのとこで一緒に面倒見てやったら? ちゃんと家持ってる奴が預かるのがいいでしょ。料理も美味しいし」
マチの言葉に「ああ、そういえばルナがいたなぁ」と思いだす。しかし、名前か……。
「名前どうしよう……」
「名前なんてものは個人を特定する単なる呼称だ。適当につければいい」
「団長、それはちょっと酷いんじゃない? でも、案外パッって思いついた名前がいいとは思うけどね」
パッと思いついた、ねぇ……。
「ルル」
「ふぁ?」
「ん、返事もしたからルルで決定!」
俺がそう言うとマチが呆れて溜め息を吐いた。
「んじゃあ、さっさとルナに連絡とってルナのとこ行きな。こんな子供連れて仕事なんか出来ないだろう?」
「そうだね。じゃあルナに連絡するよ」
俺がマチにそう笑いかけるとマチははいはいと手を振ってどこかへ行ってしまった。
俺はルルに視線を合わせて言う。
「ルル、これから当分は面倒見てあげる。一緒においで」
「うぁ!」
そうルルが叫んで笑った。つられて俺も笑みを零した。
~後書き~
改訂版、初投稿です。完全に変わってます。
本当は序章纏めて書きなおした後に投稿しようかと思ったんですが我慢できず投稿しちゃいました。
ただ、リクのキャラとルルのキャラの生成過程は描けたと思ってます。
全色盲についてはちょこっと文献漁った程度なのであくまで作者が考えた妄想状態です。
あと、本当は夢から覚めた後にその後の流星街の出来事ちょっと書こうかと思ったんですが、書けませんでした。
改訂版どうでしょうか?
あえて改訂前も残してあるのですが、感想頂けると嬉しいです。
7/17 さらにちょこっと改訂