唐突だが異世界にきた。びっくりである。
『1話・平和な異世界』
それは突然だった。
友人と共に女子風呂を覗いていたら、目の前の風景がガラリと変わったのだ。驚いた。
その変化した風景は、どこかの城や砦といった内部の様だ。ゲームなどでよく見る光景だ。間違いない。ゲーマーもどきを舐めるな。
良く云えば余計な物がない、悪く云えば殺風景なその場所に、可愛らしい顔立ちをした少女が居た。部屋の真ん中にポツンと佇んでいた。
実に可愛いらしい。紛う事なき美少女だ。これで美少年とかだったら僕は泣く。ショタは中学と同時に卒業しました。
そんな事を考えていたら、目の前の少女が悲鳴を上げた。顔が真っ赤である。そんな顔も可愛いのだから美少女は素晴らしい。
しかし、何故に顔を両手で押さえて俯いているのだろうか。周囲を見回しても、特に変な物はない。
一応自分の姿も見てみる。
女子風呂を男子風呂から覗いていた為に全裸である。幻想郷を見ていた最中に此処に来たので、下半身の一部は未だに激しく自己主張をしている。うむ、我ながら中々の逸物である。
再び少女の方を向いてみる。未だに恥ずかしがって俯いている。困った。何に対して恥ずかしがっているのかが分からない。
少女の恥ずかしがる要因に頭を捻っていると、視界の端を影が掠めた。
なんだろうと少女の足元を見ていると、後ろから子猫がひょこっと顔を出した。
突然の予期せぬ子猫との出会いに固まっていると、子猫が鳴いた。
みー
その余りの可愛らしさに跳び上がった。自他共に認めるネコスキーな僕としては当然の反応である。ネコ可愛いよネコ。
その子猫に近寄る。必然、少女に近寄る訳だ。
少女が絶叫した。
「服を着て下さい!!!」
少女が恥ずかしがっている理由が分かった。
*****
その後、服を身に付けようとは思ったものの着衣がなかった。
どうしたものかと思っていたら、少女が服を持って来てくれた。気遣いの出来る女の子は素敵です。
流石に肌寒かったのでありがたかった。
服を着用して、少女が気持ちを落ち着け、子猫が鳴く。みー。
幾分、気分の落ち着いた少女が僕の現状を教えてくれた。
曰く、ここは僕の居た世界ではないこと。
曰く、少女のマジュツとやらの失敗で僕が召喚されたこと。
曰く、僕を元の世界に還す方法は、今のところ不明だということ。
曰く、少女は9歳だということ。幼女と少女の中間点である。
曰く、子猫の名前はジジだといういこと。三毛猫なのに。
結論、僕は異世界に来たのだ。びっくり。
へーそっかーと頷いたら、少女が恐る恐る尋ねて来た。
「……信じてくれるんですか?」
確かに荒唐無稽な話である。僕も男から聞いたら信じない。
しかし、それを告げたのが美少女……いや、美幼女? まぁ、どちらでもいいか。とにかく可愛い娘だから信じたのだ。子猫もいるし。
カワイイは正義である。正義は信じるものである。
その旨を伝えると、少女は頬をほんのりと赤くしながらも、呆れた様な目で僕を見た。興奮する。
そんな僕達の間に漂う微妙な空気などお構いなしに、子猫が近寄って来た。2本の揺れる尻尾がキュートである。素晴らしい。
じっと僕を見つめる子猫。とても可愛い。思わず口元が緩む。
だらしなく口元を緩めている僕を見ながら、子猫が口を動かした。
「お主、変わっておるのぅ」
子猫が喋った。それも美少女ボイスである。
なんと、昨今の猫は喋るのか。知らなかった。ネコスキーな僕とした事がなんたる失態か。
「んな訳あるか」
子猫に一蹴された。どうやら世間でも知られていないらしい。良かった。僕だけが知らないのかと思った。
「あの……」
そんな遣り取りをしていた僕等に、少女が遠慮がちに声をかけてきた。その謙虚な姿勢を見ると、こう云わずにはいられない。
萌え。
*****
少女に色々と情報を訊いてみた。快く答えてくれた。嬉しかった。
子猫に色々と言葉で弄られた。心地好くなってきた。興奮した。
少女は僕を召喚したことに負い目がある様子だった。
その負い目を利用して肉体を要求したら泣かれた。それを見た子猫が怒髪天になった。
すぐに冗談だと云った。
なんとか少女が泣き止んでくれた。子猫もそれを見て怒りを鎮めた。
美少女を悲しませてはいけない。紳士ならば当然である。
つまり、紳士の中の紳士である僕が美少女を泣かせる訳なかったのだが、なにぶんテンションが上がっていたのだ。舞い上がっていたのだ。
なにせ、異世界である。
それも召喚系統である。
召喚者が美少女プラス子猫である。
ズバリ僕が主人公的な冒険譚が始まるのである。
「異世界に召喚されたということは、僕になにか特別な力が発現しているということだね!」
「任意の召喚ならば世界の祝福があるが、お主の場合事故じゃから、それはないのぅ」
「僕は選ばれた勇者で魔王を倒す為に世界に喚ばれんだね!」
「魔王は、だいぶ昔に寿命で死んだ」
「実は僕が魔王という展開で魔族を率いて世界に平和を!」
「百年程前に魔族とは和平を結んだぞい。今では善き隣人じゃ」
「…これから僕は旅をして、様々な困難を乗り越えて英雄になるんだね!」
「英雄はもう居るのぅ。100人ほど」
「……僕が意味不明な魅力を振り撒きハーレムを築くんだね!」
「全裸で平然としておった輩に、それはない」
「………僕は転生者なんだよ!」
「その肉体は主の身体じゃないのか?」
「…………なんかの漫画や小説やアニメのオリ主なんだ!」
「異能ひとつ持たぬ、一般人な立場のか?」
「……………世界は今危機に瀕している!」
「一昨年、その問題は解決したな」
絶望に打ちひしがれた。
僕の物語が始まりを告げもせずに幕を閉じた。
これほどまでの理不尽があって良いのだろうか。
さめざめと泣いていると、少女が僕を慰めてくれた。
十も歳が下の女の子に慰められる僕。いと哀れ。
折角、異世界に来たのに冒険活劇や英雄譚が展開されないなど、なんたることか。
体育座りをして、指で床にモナリザを描く。
漫画なら、どんよりした雰囲気が出ていること間違いなしだ。
「あの、その、が、頑張ってください!」
なにを頑張ればいいのか皆目分からないが、少女による古典ポーズの励ましに元気が出た。
元気が出たので少女の腕を引張り抱きしめる。ぎゅー。
腕の中で、あわあわともがく美少女に性的な悪戯を開始しようとして、子猫に猫パンチを頂いた。爪が鋭く痛い。顔が裂かれた。業界ではご褒美である。ありがとうございます。
痛みによる恍惚を感じながら悶える僕。そんな僕から少女が抜けだした。慌てて子猫の後ろに下がる。
子猫は呆れる様に云った。
「お主は阿呆か……」
「アホびゃないモン!」
噛んだ。
僕が噛んだのが子猫のツボに入ったらしい。爆笑している。
勝った。何にかは知らないが。
ようやく笑いが治まり、再び子猫が云った。
「まぁ、あれじゃ。喚び出した責任もある。お主が元の世界に還れる術が見つかるまで、ここで暮らすがよい」
その言葉に、思わず子猫をガン見した。ウインクされた。興奮した。
少女も見た。少女は僕を見て微笑んで頷いた。とても良い子だ。今日から一緒のベッドで寝てあげよう。僕の感謝の気持ちである。
そんなこんなで、こちらの世界での住居が決まった。
*****
あれから一年経った。
最初は慣れない生活に戸惑っていたが、流石に慣れた。
この一年の間に色々な出来事があった。
ある時は、ドラゴンを討伐しに行った。
ある時は、獰猛な魔獣を退治に出掛けた。
ある時は、妖精族の里でフラグを乱立した。
ある時は、王宮魔術師にならないかと誘われた。
全部嘘だが、実に充実した一年間だった。
特に、この一年で劇的な変化もあった。
先ず、子猫を名前で呼ぶようになった。
次に、少女を名前で呼ぶようになった。
別に劇的でも何でもないが、気にしてはいけない。
ふう、と手を休めて一息吐く。
そもそも、たった一年で劇的な変化なんて起こらないのが世の常に決まっている。
この一年での変化など大したことのないものばかりだ。
例えば。
少女はさらに美少女ぶりに磨きをかけ、色んな意味でとても美味しそうに育っている。
そんな少女を見て、僕は息が荒くなる。そろそろ我慢と理性の限界かも知れない。
変化などこの程度である。特筆すべき点など存在しない。
さて、と鍬を持ち直し再び畑を耕そうとした。
みー
後ろから聞こえた鳴き声に振り返る。
そこに三毛の子猫がいた。ジジである。
「昼飯の時間じゃ。早うこい」
そう云って、もと来た道を戻っていくジジ。
僕も鍬を置いて、ジジの後を追う。
僕とジジは並んで聳え立つ城へと歩いて行った。
今日も異世界は平穏である。