恋に恋なんてしない! それが、僕だっ!
『4話・悪魔』
ある日のことであった。
その日、僕は畑を耕そうと鍬を持って畑に出向いた。
畑に向かう途中で小鳥の囀りを聴き、思わず足を森に向けた。
森の奥に存在する大樹。なんでも、世界樹のひとつだとかそうでないとか。そんな大樹だ。流石は異世界。
見上げても頂点の見えない大樹の太い枝に、鳥の巣があって、小鳥がピーチクパーチクと囀っていた。
僕は小鳥を視認して、大樹によじ登って行った。
囀る小鳥を至近で観賞し、ほんわか癒され、親鳥に突き落とされた訳であるが、喰われなかったことは僥倖である。親鳥の全長がゆうに50m越えているなんて、ファンタジー万歳である。小鳥はあんなに小さくて可愛いのに。
でも、親鳥好きです。カッチョエーです。ダイナブレイド万歳。
地面に落ちて、親鳥に追い立てられたので適当に走って逃げた。
迷子になった。
泣きながら彷徨っていると、メアが僕を発見してくれて、一緒に城へと帰った。
帰り着くまでメアは僕を慰めてくれた。本当にいい子である。癒された。
帰り着いてジジが僕を鼻で笑った。本当に酷い奴である。興奮した。
結局、畑を耕すことは出来ずに昼食となった。
そこそこ賑やかな食事を楽しみ、人心地ついている時である。
ある人物が来訪した。
そんな日の出来事である。
*****
来訪を告げるサイレンが鳴り響いた。
結構な大音量だ。この非常事態を思わせる音が堪らない。
一緒に広間に居たメアとジジは、このサイレンに耳を押さえながらも戸惑っている。
それもその筈だ。なんせ、本来は誰かの来訪時、普通のチャイムが鳴る筈なのだから。
そもそも、サイレンなんてつけていなかったのだから混乱は一入だろう。
メアの不安そうな顔に、本人は意識していない様だが涙が浮かんでいる。凄くテンパっているのだろう。可愛いなぁ。
ジジは煩わしそうに顔を顰めている。器用に前足で耳を塞いでいる姿が、実にキュートである。
そんな二人の姿を眺めて、うんうんと頷く僕である。
メアの可愛い姿も、ジジのキュートな姿も見れた。
わざわざサイレンを仕掛けた甲斐があるというものだ。
ほぅ、と溜息を吐く。二人の愛らしい姿に心が安らいでいく。
「ぼーっとしとらんで、早く止めんかっ!!」
ジジに叱られた。
メアも涙目で僕を見つめてくる。
仕方ないので、サイレンを止める。
サイレンの音が止み、静かになる。静かになったが、その静かさが耳に痛いという不思議現象が発生した。
音の暴力は恐ろしい。
ジジがサイレンによる苛立ちを僕にぶつけるのだから、音の力とは凶悪である。ジジの眼に確かな殺意を垣間見た。子猫は音に敏感なのである。
メアも恨みがましく僕を見る。音の力は純粋なメアにまで効力を発揮する様だ。そんな瞳で見られたお陰で気分が高まって仕方無い。音は偉大である。
「誰か居ませんかー?」
僕にとって居心地の悪い空気が蔓延し、僕が開いてはいけない扉を開きかけようとした時、外から声が聞こえた。
これ幸いと玄関口に向かう。
ジジとメアの責める視線に、開拓してはいけない悦楽を覚えそうになり、結果的にそれを防ぐことができた。
そのことに安堵の息を吐き、若干の落胆を胸に抱えている自分に驚愕する。
バカなッ! これじゃ、僕が変態みたいじゃないかっ!!
自分自身に戦慄する。
僕はノーマルだ。標準だ。そうだろう、僕っ!
頭の中で自分自身に言い訳する。
自分自身への言い訳から、自分自身を褒め称えるのに、そんなに時間は掛からなかった。自画自賛って良いよね。
とても良い気分になってきた頃、玄関口に着いた。
大きな正門が閉め切っている。
これ程の大きい物だと声なんか聴こえないと思うのだが、魔術とか魔法とかでどうにでもなるらしい。
素晴らしい。これだから異世界は大好きなのだ。ファンタジー万歳。
「おーい、ホントに誰も居ないんですかー?」
「今開けますよー。ちょいと黙れー」
大声を上げる相手に返事を返す。
閂を外して門に手をかける。
どうでもいいが、鍵の掛け方はレトロ方式なのは何故だろうか? 鍵も魔法とかのファンタジーでどうにかすればいいのに。
そんなことを思いながら、門を開ける。
「やあ」
「帰れ」
門を閉める。
なんだ、ただの悪戯か。
「ちょ、こら! 開けなさい!」
どんどんと門扉が叩かれる。
ポルターガイストが真昼に起こるなんて。これだからファンタジーは侮れない。
「……誰でしたか?」
異世界の不思議に感心していると、後からやって来たメアが僕に尋ねてきた。
「うん。悪戯だったよ」
「……いたずら、ですか?」
不思議そうに首を傾げるメア。可愛さここに極まれり。
さぁ広間に戻ろう。そう云おうとした時、再び声が聞こえた。
「魔女殿ですか? 私です! スティーノです! ここを開けて下さい!!」
「……スティーノさん?」
メアが外の声に反応して、門を開こうとする。
「メア、騙されちゃいけない。今のは幻聴だ」
「魔女殿! そいつにこそ騙されてはいけません!!」
「えっと……あの……」
メアがうろたえている。どうやら困惑しているようだ。
ここがふんばりどころだ。頑張れ僕。
「メア。さぁ、広間に戻ろう」
「えっ? でも……」
「大丈夫。今のは幻聴さ」
「でも……」
「幻聴だ。幻聴なんだ。幻聴以外に有り得ない」
「幻聴、ですか?」
「そうだ」
僕の剣幕に押されて、「幻聴……いまのは幻聴……」と呟くメアの可愛いこと可愛いこと。
よし、次で納得させられる!!
「メア。一緒に寝よう」
「なんでじゃ!!」
「ぎゃあああああ!!?」
思わず欲望を口走った僕を、何処からともなく現れたジジが引っ掻いた。
顔に赤い縦線が走る。僕は失明するかもしれない。
「メア、しっかりせい。こやつの言葉に惑わされるな」
「あ、ジジ」
ゴロゴロと石畳の床を転がる。
これ程の痛みを子猫に与えられるなんて、なんたる屈辱。
……たまらねぇ。
「それで、誰が来とるんじゃ?」
「あっ、そうだった」
僕が苦痛による快楽に呻いているのを無視して、ジジが事を進めていく。
そして、門が開かれた。
「ふぅー、やっと中に入れた……」
「うむ。久しぶりじゃな、スティーノ」
「お久しぶりです、スティーノさん」
「はい。魔女殿に聖魔様、ご無沙汰しております」
中に入ってきたのは、白い翼を持つ美青年。
その美青年が、ジジとメアに挨拶する。
「申し訳ありません。先程はすぐに門を開けませんで」
「ああ! 魔女殿は悪くないので謝らないで下さい!!」
「そうじゃな、悪いのは全部こやつじゃしなぁ」
そう云って、三つの視線が僕に浴びせられる。
………ぽっ。
「照れるな!!」
ジジに引っ掻かれた。
*****
「それで、何しに来た。早く帰れ」
広間に移動した僕達。
開口一番に、目の前の美青年に尋ねる。
ええい、白い翼が鬱陶しい。毟り取ってやろうか!?
「なんでお主は喧嘩腰なんじゃ……」
ジジが呆れたように云う。
子猫には分からないことだ。子猫は黙って僕に抱かれていればいい。
「どちらにせよ、用事を済ませたら帰りますよ」
苦笑しながら告げる美青年。その姿も様になる。
ええい! イケメンは全員悪魔だ!!
いつか成敗してくれる!!
「お茶です」
メアが人数分のお茶を注いできた。
気遣い出来る少女って素晴らしいよね。
「魔女殿、お気遣いありがとうございます」
「ふはははっ! 天より高く奈落より深く感謝するがいい!!」
「なんでお主が偉そうにしとるんじゃ……」
ジジが呆れた様にボヤく。
メアのお茶にはそれだけの価値があるのだ。
しかし、メアは全然偉ぶらないので、変わりに僕が偉ぶるのだ。
当然だろう?
「それで、スティーノさんはどんなご用事で?」
「ああ、はい。先日ご協力して頂いた魔獣討伐での報告と、騎士団長並びに魔術師団長、女王陛下より言伝を賜っております」
「なんとまぁ……。堅苦しいのぉ」
「御苦労さまです」
「はっ、公僕め。鳥のくせして国家の狗か? 種族の誇りを捨てるなんて、恥を知れ!」
「聖魔様そう仰らずに。魔女殿お心遣い感謝します。貴様とは一度決着をつけなければなっ!!」
何故か僕だけ怒鳴られた。
これだから理不尽なイメケンは嫌いだ。
「スティーノ、そやつは無視して良い」
「……そうですね。相手にする私が馬鹿みたいですし」
酷い云われようだ。
その後、僕を無視して三人の会話は進んだ。
会話が弾んでいる時もあったが、僕は無視された。
泣いてないもんねっ!!
*****
「悪魔め、やっと帰ったか」
白い翼を持った美青年が帰った。
もう来ないで欲しい。切実に。
「あの……」
清々しい顔をしていた僕にメアが声をかける。
なに? と続きを促す。
「どうしてスティーノさんが悪魔なんですか? 容姿なら、どちらかと云えば天使が近いと思うんですけど」
「うむ。それはワシも気になっておった」
メアの言葉にジジが同意の頷きを示す。
二人とも不思議そうにしている。
やれやれ、分からないのだろうか?
「そんなの決ってるじゃないか」
「どうしてですか?」
「スティーノがイケメンだからだ」
「……は?」
ジジが呆けたように言葉を洩らす。
「イケメンはモテるだろ?」
「……はい」
「スティーノは確かにモテるが……」
二人とも困惑気味だ。
どうやら、僕の考えが理解できない様だ。
しかし、この言葉を聴けば納得するだろう。
「モテるイケメンは悪なんだよ。その整った顔で人目を惹きつけ、その声で魅惑し、均整の取れた肉体で色気を振り撒き、世の女性を誑し込むんだ!」
「……はぁ」
「…………」
「然るに、イケメンは一般男性の惚れた女性を簡単に奪い去って行く事も出来る訳だ。そんなことされれば、平均顔の凡人に奪い返す術はないじゃないか!」
「…………」
「…………」
「それ以前に、モテモテな奴を見ると普通にムカツク。ムカツクという感情は負の感情だ。負の感情を想起させるのは悪魔だ。だからイケメンは悪の使途であり、悪魔そのものなんだよ!!」
「……無理矢理すぎません?」
「お主、単純にモテるスティーノが羨ましくて嫉妬してるだけじゃろ?」
「うん!」
理解してくれて何よりだ。
「お主は駄目じゃ駄目じゃと思っておったが、本当に駄目なんじゃのぅ……」
「……なんだか、悲しくなってきました」
憐憫の眼差しが僕に突き刺さる。
やめて。そんな目で僕を見ちゃ、らめぇぇ!!
自分の身体を抱きしめ、いやんいやんと身をよじらせる。
そんな僕を見て、冷めた眼をしたジジが云った。
「気持ち悪い」
今の言葉にときめいた僕は、もう駄目かもしれない。