「お前!何やってんだよ!」
上条は唸る。
再び訪れた静寂、ナイルは一瞬安心していた。だがすぐそれは憎しみに隠れていき、自分と言う皮を被る。
「なに?殺してんだよ!みてわかんねぇのか?人払いの結界内に入ったてことは、こっち側の人間でいいんだよな~!」
最後の晩餐を楽しむかのように、彼女は声を上げる。
「殺し……そんなことしたって、お前の両親は帰ってこないんだぞ!」
上条の言葉を聞いてナイルの顔が若干引きつる。
(こいつ……知ってる?)
「誰に聞いたか知らないが、そんなこと分かってんだよ。これはたんなる復讐!その終盤戦だろ?私の楽しみを奪うなよ!」
両手を大きく広げ、何かの演劇でもしているかのような動きで台詞を並べていく。
上条はただ話を聞いただけだ、深いことなんて何も分かりはしない、ただ少女が傷つくのを止めるためだけにここに来た。
だけど見てしまった、少女をトドメをさそうとする時の辛さと謝罪の混じった顔を、少女を助けたときの安堵の顔を。
だから止める二人を助けるために。
「バッカやろー!、復讐?殺し?そんなことして何になるっていうんだ!楽しみ?ならなんでセシリアを助けた時あんな顔したんだよ!本当は殺したくないんじゃないのか?止めてほしいんじゃないのか?本当に殺したいならそんな顔しないだろ!
俺はお前の憎しみがどれだけ辛いものなのか、人を殺したいほどの感情なんて分からない。分かりたくもない!
でも俺にも誰かを失った時の辛さなら分かる気がする。お前ほどじゃないにしても、俺にだって大切な人はいる。もしも失ったらと思うとそれだけで哀しい、それが自分のせいだったら、なおさらだ!俺だって誰かを憎むかもしれない、そうでもしないと、罪悪の感情に飲み込まれるかもしれない。だからって殺して何になる、八つ当たりでも何でもすればいい、でも、だからって、こいつを殺していい理由なんてどこにもないんだ!
一度しか会ってなくても、こいつが死んだらきっと俺は哀しい……そんなだれかが、悲しむようなことしていいわけないだろ!」
上条は叫ぶ。
「はぁ?そんな、ままごとみたいな正論に浸かって正義ごっこかよ!本当は殺したくない?自分が悪い?……そんなこと分かってんだよ!もう戻れないんだよ!憎しみが私を『私』たらしめているんだよ~!」
彼女は感情に任せて言葉を発する。
自分が悪い、セシリアを憎んでも仕方がない、そんなこと、とうの昔に分かっている。それでも大切なものを奪った存在、その憎しみは揺るがなかった。
上条はさらに唸る。
「憎しみが自分だっていうんなら、変わるんだよ!戻れないことなんて、ないんだ!あんな顔するお前が戻れないわけないだろ!お前の大切な人も、お前がそんな顔してほしくないはずだ。幸せを願っているはずだ!誰かを殺してほしいなんて思ってるはずないだろ!」
ナイルが上条を殺そうと思えば一瞬だ。
だが彼女は後ずさる。
両親をなくした当初彼女を慰めようとしてくれた人たちはいた。近所に住む人だったり、親戚だったりした。すべて無視した。
でも上条の言葉は痛かった、もう終わりだと思った後に言われたからだろうか、それとも失ってから年月がたったからだろうか、しかし、変わらない憎しみが今のナイルだから。憎しみのための力を手に入れる為に大勢殺し、力を自分の物にするのにまた大勢殺す、そして力を使うために殺した。最後を殺さないと『私』に終わりは来ないから。
だからこそ言う。
「それを殺さないと『私』は終わらないんだ憎しみから抜け出せないんだよ!お前が最後の障害となるなら、そいつと一緒にあの世にいきな!」
その手には先ほど、あらぬ方向へ飛んでいった血の付いたナイフが握られていた。
上条は血が滴り落ちる拳を強く握る。最悪のバッドエンドを迎えないために強く握る。
そして吼える。
「それが、お前のハッピーエンドだっていうなら……俺がその壊れた幻想をぶち殺す!!」