セシリアはまず、二人のうち片方の懐へと右足から飛び込み拳を振るう。
男はそれに対応するため、両腕でガードしようとしたところ、さっきの飛ばされた男の光景が頭に過ぎる。
慌てて後ろにバックステップをとろうとする。
だがその少ない迷いはセシリアの拳が男に届くには十分な隙だった。
ドスっと鈍い音がして男はガードもできずに腹の中心に拳を食らい倒れふす。
「がぁ……あ……おぇ」
男は口から胃の中のものを全て吐き出した。
「さて、残ったあなたには姫神さんの場所を吐いてもらいましょうか?」
「くっ……わかった……」
残りの男は潔く居場所を答えた。
どうやら彼らのアジトへと連れて行かれてるようだ。
(姫神さん大丈夫ですか~!)
心配をしながら、セシリアはまたも、走る。
今日は走ってばかりだ、今ならフルマラソンとはいかないまでも、町のマラソン大会程度なら優勝できそうな勢いだ。
今は魔術での肉体補正もあいまって、セシリアの走るスピードは相当な速さだ。
もうそろそろ、不良たちのアジトにさしかかろうといったところで、10人くらいの手下を連れた、大男が立っていた。
「いや~。まさかお前が、なかなか出来るやつだとは思わなかったぜ。
連絡受けたときは、まさかと思ったがな。
で? 能力は何なんだ? そのなりで男共より腕力があるなんていわないよな?」
「またファミレスの奴ですか……、姫神さんは無事なんですか?」
どうやら、さっき見逃した不良が仲間に連絡していたようだ。
とはいえ、今から向かうのが、奴らのアジトなら対峙するのは避けられる、なんてことは、どうせないのだ。
「無事も無事。 ずいぶん丁寧に扱わせてもらってるさ。
お前さんは気に入ってるんで、抵抗しなけりゃ彼女にでもしてやがるんだけどな」
大男は真顔でそんなことを言う。
「うるさいです! このロリコン! さっさっと姫神さん返さないと痛い目みますよ……多分……」
「ロリコンって……それに多分かよ」
セシリアの魔術は一度成功したからといって次もうまくいくとは限らない類のものだ。
ソレゆえの多分なのだろうが、ただ単に自身がないのかもしれない。
「二人やられてることだし、手加減はしないぞ。
やれ! お前ら!」
大男がそう言うと手下達がセシリアをジリジリと囲っていく。
(きたです~! ここで広範囲の術式成功させないと強がり言いましたけど、実際やばそうですよ~!)
セシリアはポケットから今度は2枚タロットを引く。
それと同時、周りにいた男共が襲ってくる。大男は静観を決め込んでいるようだ。
セシリアは目で引いたカードを確認しながら迫りくる拳や蹴りをかわす。
右から左からと来る攻撃の数々を紙一重でセシリアはかわしていく。
どうやら肉体強化の術式には純粋な力の強化のみでなく、反応などの神経系の強化も含まれていたようだ。
こういった、意図しない効果までもが、出てきてしまうのが、この魔術の利点であったり、失点だったりとする。
使いこなすことの出来る魔術師は、これらもわかった上で、好きなように術式を発動できるらしいが……。
セシリアは呪文を紡ぐ。
「ヨブ記40章、41章より抜粋。お前はレビヤタンを鉤にかけて引き上げ、その舌を縄で捕えて、屈服させることができるか。……彼のからだの各部について、わたしは黙っていられない。力のこもった背と見事な体格について。 ついてはその結末はパンとなりて民へと分け与えられん。」
(なんか、悪魔信仰とは違う気もしますが……まぁいいですか)
セシリアが引いたカードは、女皇帝と吊るし人、そのうちの犠牲と、霊感をもってして、全体的な術式を発動させようとする。
ちなみに今回の術式での信仰対象の悪魔はレビヤタン、英語読みではリヴァイアサンと呼ばれ有名だろう。
実際には悪魔かどうかは曖昧だ。
すると男たちの頭がグラッと揺らいだかと思うと何かに叩きつけられたかのように頭から吹っ飛んでいく。
大男だけは多少揺らいだが大丈夫のようだ。
マナはレビヤタンの頭を打ち砕いたものだ。
人々へと分け与えた。
そこからの、解釈として作り出した術式だったが、今回は、セシリアは攻撃を避けながらだったためか、なにか見落としていたようだ。
「うぐッです……魔力がほとんどない? 何かみおとしたんですか? これじゃあもうあまり大きいのは使えそうにないじゃないですか……」
エジプトを脱出したイスラエル人が40年間荒れ野を放浪していた時、絶対神が砂漠に降らせ、その糧としたという神のパン―マナ―の正体は、このレビヤタンの肉であるという。
女皇帝の将来への配慮の欠乏。
この二点があったため、将来的なこと即ちこの先の戦闘で必要である『マナ』魔力、体力がセシリアから奪われたのだった。
順応性の意味に従い、魔力調整をした、肉体強化をこの場面で行っていれば結果は変わっていただろう。
敵の数の多さに、広範囲の術式、もしくは全員一度に倒せるもの、を選んでしまった結果である。
セシリアは足元がおぼつかないようだ。
フラフラとしている。
「なんだ、さっきのはビビったが、相当疲れる能力のようだな。
もう一度は期待できないかね」
大男はセシリアへと向かって足を進める。
残ったのは自分一人だというのにずいぶんと余裕のようだ。
「やばいです~……ここはいったん引きましょうか」
「ん? 逃げんのか? それがいい! 女の子なんだからなー。 まぁ逃がすかどうかはこっちで決めるけどな。
あきらめは肝心だぜ」
「あきらめ……」
セシリアは思う。
いくらなんでも、ここであきらめるのは、かっこ悪いにも程があるだろうと。
(あきらめそうなとこなんて。上条さんに見せられないですよ 勝ち目が少ないからって諦めてるようじゃ上条さんに怒られます!)
セシリアはフラフラだった体を気合で立ち直らせて大男と対峙する。
彼女はなぜ戦っているのだろう。
姫神を助けるためか、上条への憧れのためか。
なにになろうとしているのだろう。
今のセシリアは、あいまいだ、助ける理由もなににしても。
だが、ここでは止めないとセシリアは思う。
それはただの男としてのカッコつけかもしれなった。