「……」
黒髪のショートカット、最近の流行だろうか、髪に段をつけた軽い髪型、疑呼(じつ)として動かないその顔は彫塑のように固く蒼褪めた冷酷さではあるが、漆黒の暗く冷たい瞳は、はっきりと見開かれ、正面の鏡をじっと見つめていた。
おかしいだろうか……
昨日の夜、上条にセーラー服を笑われた。朝になり寝巻きの浴衣から着替えたとたんに、それが気になってしまったのだった。
少女、東条歩は自分の姿を確認しながら数十秒悩む。思い悩むが代えの服がないことに考えが至り、それを放棄する。
セシリアは……まだ寝ているか。
歩達若い魔女にとって憧れの対象であるはずの魔女セシリア・アロウは、布団の上で大の字になって寝ていた。体は少女だが寝方はおっさんだ……それが歩の思ったところであった。
今日は面倒くさいので起さないでおこう。昨日の朝で、セシリアの寝起きの悪さを嫌というほど知った歩はそう意思を決め、部屋を出ることにする。何かがあって 部屋を出るわけではない、なにもないからこそ、部屋を出る。
「とうま~。とうま~。とうまが昨日の夜から帰ってこないんだよ~」
廊下に出ると青髪の修道服姿の青髪少年が、そんなことを女の子のような仕草で言いながら、右へ左へとウロウロしている、なんとも滑稽な光景が目に入ってきた。その少年は、とある魔術のせいで少年に見えているのであって、本当だったら銀髪の可愛い少女のシスターが、あたふたしながら歩き回っているという、なんとも微笑ましい光景のはずなのだ。
それを思うと朝から、嫌なものを見せられたこの魔術に歩は悪態をつきたくなった。
そんなことを考えていると、急に廊下に並んだ扉の1つが勢いよく開けられる。
ドンッと音がしたかと思うと、中から次々と人が出てくる。はじめに勢いよく飛び出してきたのが、今は先のシスター本人の姿になっている上条詩菜、続いて上条刀夜、最後に眠そうな目を擦りながら上条当麻が出てきた。
なにかあったのか? 歩はとりあえず3人の後を追うことにした。
そういえばさっきまでいた、青髪の少年はどこへ行ったのだろうか?
実は詩菜が扉を開けたときに、見事に扉の裏に青髪シスターは挟まれていたのだが、どうやら歩は気づいてはいないようだった。上条たちを追い、階段を下りて玄関へと向かう。3人の傍まで行くとなにやら話しているようだ。
「なにを、そんなに急いでるんだ?」
刀夜が玄関で、靴を履いて慌てている様子の詩菜に問いかける。
「玄関の鍵を掛け忘れてきちゃたんです。行って戸締りしてきますわ」
「電車で往復だと丸一日かかるぞ」
「夕方までには帰りますから」
どうやら、たんに戸締りが気になったので、いったん家に戻るとのことだった。
ずいぶんと几帳面だな。
なんら問題のないことを確認した歩は、飲み物でも買いに行こうかと、詩菜達から背を向ける。すると目の前にインナーに赤い外套を羽織ったミーシャが、階段の前に立っていた。
「問1、同行してもかまわないか?」
「ミーシャ……」
上条がミーシャに気づき声を発する。
「問1をもう一度。同行してもかまわないか?」
「あらあら、ミーシャちゃんったら私の話し相手になってくれるのかしら、いいわ、一緒に行きましょう」
ミーシャ・クロイツェフ……なにを考えている? お前の存在にその女性は有益なものではないはずだ。なぜこの状況で関わろうとする? 何かあるのか? あまり関わるつもりはなかったが様子くらいは見ておくか……
「ちょっと待ってください。私も行きます。連れてけ」
「東条まで」
「あらあら、歩ちゃんまで私の話し相手になってくれるの? おばさん嬉しいわ。3人で仲良く行きましょう」
歩は詩菜の了解を得たところで、靴を履き。詩菜とミーシャの後をついて行く。
玄関に残された2人はというと
「読めたぞ当麻。これは母さんの気を引いて今から嫁姑の確執をなくそうと、ミーシャちゃんが来たところに、それを阻止しようと東条さんが――」
「拾えない飛躍してんじゃねーよ」
「ふっ、昨日はなかなか、いい雰囲気だったじゃあないか」
「覗いていたのかよ! この変体親父! 見てたんなら分かってんだろ」
「冗談だよ冗談。それにしても今時珍しいくらい奥ゆかしい子だなミーシャちゃんは。なにしろお前の手に触れようともしないんだから」
それを聞いた上条は自分の右手を見つめ言う。
「ん?……手……俺の右手」
なんだかんだ、観光客が少ないといっても地元の人間が使うのだろう。電車の中は込んではいないが、席はさほど空いていなかったのだ。電車の中は歩から見たら 可笑しな光景そのものだった。
不良学生らしき老人。
老人らしき子供。
親子らしき中年男性。
なんとも混沌としていた。
離れてしまった……まあ、見える位置だしいいか。
歩は斜め前の席に座るミーシャと詩菜を見ながら思う。この位置では会話は聞こえないが、見るからに詩菜が一方的に話しているようなので、たいした話題ではないのだろう。一応ついてきてしまったが歩としては何をしたいでもない、見ているだけだ。自分で決めたこととはいえ、この先の長い移動時間、暇で仕方がなかった。
かといってセシリアのようなウザイのとも、一緒にいたくはないが……
3駅ほど行ったところだろうか、隣に座っていた学生らしき、制服姿のおばさんが降り。代わりに小学生くらいの女の子が乗ってきた。
仕草や格好からするに、運良くこの子は小学生の女の子同士で入れ替わってのだろう。そう思い歩は詩菜達に視線を戻す。
「おねーちゃん。いくつ~?」
「……」
「ねぇ、ねぇ!」
私に問いかけてるのか? 子供の相手はしたことがないんだが……
「16だ。聞くなよ」
「じゃあおばさんだ!」
「なぜそうなるんですか? まだ10代」
「私7歳だから、10年後17歳になったら、おばさんは26でおばさんだから」
「歳が離れているからということですか? おばさん言ってと殺すぞ」
なんとも、変な子供に絡まれたものだ。相手が不良でもあれば即生贄コースなんだが、まあ電車の中ということもあるし。
歩は一応どちらかといえば子供は殺さない主義だ。一応というところが大事だ。 それは主義とは言っても、子供が好きだからとかではなく、殺すなら厳つい男のほうが、殺った感じがして楽しいというだけだった。
「じゃあ、ババア」
「よけい悪くなってます。ああ死にたい?」
「じゃあ、カカア」
「それは、いくつです? はあ」
「30過ぎ?」
「曖昧ですね。わかんねぇのかよ」
「じゃあ、モカア」
「だれですそれ? もう呼び方じゃねぇよ」
「近所に住んでたお姉さんで、容姿端麗、才色兼備。町のアイドルと言ってもいい存在」
「はあ。それなら許す」
「だった人で。今ではただのオタクの引きこもり。ブクブク太り、見る影もなし」
「……。却下だ」
またバカが……バカが集まる宿命なのか? 神め……
歩は仮にも悪魔信仰者であることが今ほど嬉しく思えたことはなかった。
「で、おぱさん」
「結局それですか? 殺したらごめん」
「ぱって言ったから! 結局じゃないから! 殺しはなし!」
「くっ……。うぜぇ」
「はい! 私の勝ち! オパさん決定!」
「何でそうなるんですか? てか名前聞けよ」
「オパさん。オパさん。オパさん。オパさん!」
「もういいです。それ以上オパさん言ったら殺す」
「オハさん!」
歩は少女をその冷たい瞳で睨み付ける。
「オハさんだったから今の!! 殺しなし! 殺しなし!!」
「……はあ。しゃべんな」
どうやらバカはバカでも、セシリアと違って頭の切れるバカのようだった……そう考えるとまだセシリアはマシなのかもしれない。
こんな奴にあまり関わるのも面倒だ……
歩はそう思い席を立とうとする。当然だ、せっかくセシリアがいないのに、こんなのがいては、疲れるだけだ。
席を立ち詩菜達のところに行こうとする。すると電車が止まった。次の駅に着いたようだ。歩の隣に座っていた少女が席を立つ。
降りるのか……立つ必要がなかったな。
そう歩が思っていると少女はこちらに近づき小声で話してきた。
「様子見に来たら、だらだらやりやがって。さっさっと何かしら判断して報告しやがれガキが!殺すぞ!!」
少女はそう言って、電車を降りていった。
「努力します。あのバァバァが」
歩はとりあえず今のことはなかったことにして、席へと戻る。ミーシャにはどうやら感づかれなかったようだ。
面倒くさい……ん? こんなことばかり考えているとセシリアのようになりそうだ……
そんなことを思い歩は背もたれに体重を預け電車に揺られることにした。