建てたばかりの新築、だそうだ。大きいとまではいわないが一般的な家庭にとっては十分立派な家だ。庭付き一戸建てと言えば分かりやすいだろうか。新築のわりには庭の手入れは既に行き届いていて、色とりどりの花が見受けられる。
長かったな……
4時間弱。それがここに来るまでにかかった時間だ。目的の駅についてから一旦昼食のための休憩をとったので、移動時間のみというわけではないのだが……。
到着までに何か変わったことがあったかと聞かれれば、電車での一件を除けば、これといったことはなかった。しいて歩が気になった事といえば、ミーシャが意外と大食だったことに驚かされたくらいだろう。 そんなに驚くようなことではないと、思うかもしれないが、銀髪のシスターと張り合える程と考えてもらえば想像は難くない。
「どうぞ~」
「お邪魔します。ひどいな」
ここまで来たのだから、お茶でくらい飲んで、それから旅館に戻りましょう。と詩菜が言うので、歩とミーシャはお邪魔することとなったのだった。
歩が、ひどいなと言ったのは玄関に入ってすぐに見受けられる。外国のお土産と思われる物の数々のことだ。刀夜が海外に仕事柄よく行き、その度にお土産を買ってくるらしいのだが、その数が大量で玄関にまでも溢れていたのだ。しっかりと並べてはあるのだが、世界中の民芸品等が一箇所に隙間なく並べられている様子は不気味で、なにかしらの儀式場を連想させるようだった。
実際これは儀式場だな……いや、儀式場というよりは儀式場を作るパズルと言ったところか……
歩がそれらを見てひどいと思った本当の理由はそこだ。見た目に不気味だということもあるのだが問題はそこではなかった。置いてあるお土産の数々は、ほとんどがその国の神様やお守りの類だ。その全てが微量の魔術的価値があり、効果があるものだった。それがこれだけ集まると、塵も積もればというやつだろう。何が起こってもおかしくはない。
「こっちがリビングよ。どうぞ。どうぞ」
歩とミーシャは詩菜に促されリビングへと入る。やはりリビングもお土産で、棚やテレビの上は埋まっていた。
「……」
「ん? どうしました? 何だ急に?」
「結論1 犯人は判明した。」
ミーシャはそう言って部屋を飛び出して行く。ミーシャが見ていた棚の上の写真に歩は視線を移す。
なるほど……まあこの家ならありえなくはないのか? にしても多少人為的な何かは感じるが、まあいい、これでこの件は終わりだろう。お茶でも飲んでゆっくりしよう。茶菓子はないのかな?
写真には上条夫婦が写っていた。若くて綺麗な女性。もちろん銀髪の少女ではない。もう一人は刀夜、そう、歩が見ていた刀夜が映っていた。術者はエンゼルフォール影響を受けない。
犯人は刀夜。
それを確かなものとする証拠がそこにはあった。
詩菜がお茶といくつかの茶菓子をお盆に乗せてキッチンからやってくる。
「あらあら、ミーシャちゃんが飛び出していったわ」
「気にしなくていいと思います。それよりその菓子」
「あらあら、歩ちゃんはお菓子が大好きなのね、どうぞ、まだまだあるわよ」
歩は食卓テーブルの椅子に座り、詩菜の持つお盆から茶菓子を取る。饅頭のようだ。
和菓子は久しぶりだな……イギリスじゃなかなか手に入らない。ついてきてよかった。
包みを開けて口に運ぼうとしたその時。
慌しい音とともに、上条と土御門が部屋へと入ってきた。何事かと思い歩は一旦口元から饅頭を離す。
「母さん! ミーシャは!」
「あらあら、当麻さんたら、ミーシャちゃんなら、さっき飛び出していったわ」
「カミヤンこれを見ろ」
「写真? って父さん……なんで」
「一足遅かったみたいだにゃー。カミヤン、ミーシャは術者を始末する気だぜい。でもミーシャは歩きだ。今からならまだ間に合う」
歩はそのやり取りを座ったまま観察する。どうやら上条と土御門はミーシャを追ってきたらしい。
なぜミーシャを? まあ犯人と勘違いでもしたのだろう。
ところが、本当は刀夜が犯人だった。それで上条は驚いているようだ。
関係はない。今は目先の饅頭……
「東条! なんで止めてくれなかったんだ。」
「……」
またも口元まで運んだ饅頭を離す。
「急に飛び出したもので。関係ないから」
「カミヤン。しょうがないぜい。今は先回りだ。」
「くそっ!」
上条はそう言って部屋を飛び出していった。ミーシャに刀夜を始末させないよう、必死なようだ。それはそうだろう。いくら術者だったといっても、自分の父親だ。
頑張れ。
気休め程度に、そう、心の中で上条にエールを送った歩は、今度こそ饅頭を食べようとする。もう邪魔はないだろう。
「東条。一緒に来てもらうぞ。移動時間に魔女側からの、この儀式上についての意見が聞きたい。」
「……。まんじゅう」
「後にしろ。今は時間がない」
土御門は歩の手を取り無理やり外へ連れ出そうとする。世界規模の魔術だ。焦っているのは、歩にも理解は出来たので、されるがままに引っ張られる。
だが、引く力は強く、その勢いで手に持つ饅頭を歩は落としてしまう。
「ああ……。待った」
「後にしろ」
殺そう。
歩はそう心に決めながら、菓子1つで、ダダをこねるのも、バカらしいので土御門に引かれ外へと出ていく。
それを見ていた詩菜は
「あらあら、歩ちゃんあんなに、悔しそうな顔して。」
連れて行かれるときの、歩した表情を、唯一見ていた詩菜がそう言う。いつも無表情の歩だが、この時、詩菜が見た表情は歩が、セシリアと会ってから最も感情を表に出した表情、だったのかもしれなかった。
旅館へと向かうタクシーの中に、歩と土御門はいた。来るときは電車だったのだが、どうやら車の方が早いらしい。
そういえば神裂はどこなのだろう? 旅館に残ったのか? ……それにしても災難だ……せっかくの饅頭が
そう思いながら歩は車に揺られる。
「それで東条。あの儀式場どう思うにゃー。犯人は上条当夜で間違いないか? 風水的に見ても、あの家は異常だ。儀式魔術の専門としてはどう思う?」
「そうですね。儀式場と呼ぶにはどうかと思います。様々な儀式場を偶然に作るパズルのようではありますが。作ると言うよりはショートさせている。と言ったほうがいいかもしれません。たまたま回路同士が重なり合ってショートした。その結果であって、お粗末なものであり。不安定。儀式場というには繊細さに欠けすぎです。いつ壊れてもおかしくないでしょう。むしろあの家では、術式が発動したのが、人為的か偶然かも判断がつきにくい。まあ今回は偶然のほうが有力です。上条当夜は気づいていないでしょう。というか饅頭どうしてくれんの」
「やっぱりか……これじゃあ犠牲者は出さないと無理か……にゃー」
その会話きり、2人は無言だった。歩としては、この会話のためだけに、至福の時間を邪魔されたと思うと、イライラして仕方なかったので、できるだけ無心でいようと努力した結果。寝ることにした。
やることは、この魔術が終わってからの方がいいだろうしな
そう思い瞳を閉じる。
無防備と思うかもしれないが、歩にとってこの程度は無防備のうちには入らなかった。
「寝てるのかにゃー。世界が大変だってのに、何考えてるんだか」
歩にとってエンゼルフォールはさして重要ではないようだ。彼女には彼女なりの、ルールがある。それは魔女のものか、彼女自身のものか、でもそれは彼女だけのものであり、変えるのも彼女自身だった。
土御門は考える。この女は、なぜこんなにも冷静にしているのだろうか。世界の危機ということは、彼女自身にも厄災が降りかかるということなのに。関心が無いという点ではセシリアも同じだが、あれは考えていないだけのように土御門は感じたが、こちらは違うと思っていた。何かしらの切り札があるのか。それとも、世界をおいておいてもする事があるのか。どちらにせよ、彼女のルールが分からない限り、土御門には知ることのできないことであった。
そのころセシリアはというと……
「乙姫さん、これで私の勝ちですよ!攻撃!!」
「あ~!!やられた~!! てかタロットでデュエルってなんだよー」
乙姫と遊んでいた……。