夢を見た。そこはイギリスがロンドンの一角にある豪邸。使用人が何十人かいても、おかしくないような豪邸。古いつくりだった。これだけの豪邸、さぞ町の中では目立つほうだろうと、この敷地から出たことのない頃は思っていた。
歩が敷地の外に初めて出たのが10歳になった頃。外に出て驚いた。振り返ってもそこにあるのは唯の住宅街、人も出入りしているようだった。
どこにいったの?と質問すると一言。
「見つからないのが魔女だ。しかも敵の本拠地のど真ん中だ。笑えるだろう?」
そんなことを言われたのを今でも覚えている。
あの人は……
豪邸の一室。なにもないその部屋に、6歳になったばかりの歩と、黒いローブを着た、見るからに、御伽噺に出てくる魔女の格好をした女性が2人。片方は黒い髪の東洋人、もう一方は金髪の女性で、その格好に似合わずタバコを吹かしていた。
「この子には精霊魔術の才がある。テメェが、そんなことやらなくても十分に立派な魔女に成れるんだよ!」
「分かっています。ですがこの子には、あなたおも超える、魔女になってもらいます。そのためなら私の命などいりません。その結果が、この子の魔力を、ほんの少し強めるだけだったとしても、その少しのために私は命を捧げます」
「ちっ……テメェの身内が目の前で死ぬのは嫌いなんだよ。どうしてくれんだ」
「ではなぜここに?」
「身内の最後はできるなら見届けるのが私の流儀だ。」
そう不機嫌な顔で言い。紫煙を上に向けて吐く。
「ありがとうございます……」
黒髪の女性が部屋の中央にいる歩の元へ歩いてくる。
「さあ歩、もう準備は出来たでしょう?」
「でも……」
幼い歩はナイフを両手で持ち、震えながらそう返事を詰まらせる。これからすべきことに怯えていたのか、目の前の女性の言葉に恐怖したのかは今となってはわからないが、きっと、どちらともなのだろう。
目の前の女性は優しく歩に微笑みかけ、自分の胸をナイフの先へともっていく、そして歩の頭を、割れ物を触るかのように撫でる。撫で終わると女性の顔は母のそれから、魔女のものへと変わった。そして静かに、けして抵抗出来ない服従を強制させる声で言った。
「やりなさい」
そして歩は育ての母を殺した。
歩は目を開ける。
……旅館までは後もう少しか。あんな昔の夢を見るなんて……なれない場所で寝たからか?
タクシーに揺られながら思う。夢で過去を見るのはその過去が、それだけ印象的だったからなのだろうか。それにしては悪夢が多い気がする。人間は悪いことより嬉しいことのほうが、よく覚えていると、どこかで聞いたことがある。なのに夢に見るのは悪いことばかり。
それが歩には正義を気取った神の、悪質な悪戯のように思えてならなかった。
「カミヤンから聞いたんだが、ミーシャが昨日の魔女は精霊魔術を使っていたと、言っていたそうだにゃー。精霊魔術を使えるのは今ではジラだけのはずだ。となると、昨日の襲撃はやはりジラのものだな。精霊魔術に関しては、俺は知らない。禁書目録くらいなら知っているかもしれないが、現在でその詳細を知るものは少ないだろう。お前はジラの元にいたんだよな? 精霊魔術とはなんなんだ?」
タクシーの後部座席で歩の隣に座る、金髪にサングラス、アロハシャツ姿の男、土御門は、歩が起きたのを確認すると急にそんなことを質問してきた。
なにを急に……
そう歩は思ったが、話すことで夢のを忘れられるなら、それもいいと思い口を開く。
どうせ話したところでどうこうできる魔術じゃないしな……
「精霊魔術とは、精霊、つまり四大元素の精霊の力を借りる力のことです。我々が使う魔術と呼ばれるものは、異界の常識を無理やりもってくる。というものですが、精霊魔術とは、今この場に存在している精霊に語りかけ、力を貸してもらう術のことです。それには精霊と話し、感じることが出来なければなりません。そしてそれは、生まれた時からの才能でしかないのです。わかるか?」
「四大元素を操る才能か……魔術……能力者の間違いじゃないのか?」
「たしかに自分だけの現実(リアル)、という点では同じかもしれませんが、実際に精霊は存在し、力を貸してくれる……そうです。それが魔術と呼ばれるのは何かしら理由があるんでしょう。知らないがな」
「多重能力者だとでも思えばいいのかにゃー」
「そうですね。ですが四大元素を操る。というのは一般的な魔術にも沢山あります。精霊魔術の違うところは、精霊に力を貸してもらうというところです。そう……術に必要な魔力も何もかもです。能力者にも打ち止めはあるでしょう? ですが精霊魔術にはない。それが強みです。あきれるね」
「無尽蔵か……」
「ですが…ジラが使う精霊魔術は四大元素を操る、それだけではないような気がします。あのバァバァだからな」
「秘密が多いか……相手にはしたくないにゃー」
そう、ジラが使うのはそれだけじゃない……。
歩には分からない。
まだ超えるのは無理か……
そうこうと説明してるうちに旅館に着いたようだ。土御門は料金を払い、自動で開かない、自分が座っているほうのドアを開け、急いで出て行く。行く間際に
「邪魔はするな!」
と言われたが、元々邪魔などはする気がなかったので聞き流した。
土御門は砂浜の方へ行ったようだったが、歩は追いかけずに旅館へと入る。玄関を抜けて左に曲がったところにある食堂で、自販機に小銭を投じてジュースを買う。回りが慌てているのに自分だけゆっくりしてるのは、なんだか少し優越感があるな。などと、どうでもいいことを考えながら缶のジュースを飲み干す。歩が思う以上にのどが渇いていたのだろう、予想以上のスピードで空になった缶を、自販機の傍のゴミ箱に捨て次にすることを考える。
様子を見に行くか……
誰にも気づかれないように気配を消し、砂浜へと足を進める。その途中強大な魔力の反応とともに、綺麗だった夕日が沈み満月の夜へと変わったのだが、歩は大方の予想はついたので、慌てずに元凶がいるであろう方向へ進む。
それにしても一掃とは……死んだらどうする。土御門は何をやってるんだ。
軽くため息をつきながら歩いていると、歩の目に人外の戦闘が飛び込んできた。
片方は氷の翼を持つ天使。もう片方は大太刀使いの女。その戦闘はあまりに早く、あまりに凄まじかった。普通の人間なら氷の槍を放っている天使はともかく。 その驚異的な速さの槍を、それまた驚異的な速さの立ち回りで、切り刻んでいる女の姿は見ることは出来ないだろう。
神裂といったか……聖人か。厄介だな。上条達は……ここを離れたか、旅館だろうか? すれ違いか。聖人が上条の傍にいない今か……それでいてエンゼルフォールが破壊された後、条件が厳しいな。まあいい、まずは上条達の元へ行くか。
歩は旅館へと戻る。
旅館に戻り、まずはセシリアに話をしようと、セシリアがいるであろう部屋へと入る。歩がそこで見たのは寝ているセシリアと乙姫だった。
何者かに、薬か?
土御門だろうと思いながら、あっさりと眠らされているセシリアを見て結局こいつは何をしたかったのだろうかと、呆れながら、先ほどから人の気配がする。正確には 争そうような物音がする部屋の前まで行き中の様子を伺う。
どうやら術者である刀夜を土御門が始末しようとし、それを上条が止めようとして争そっていたようだった。結果上条が負け倒れていた。
これで終わりか……
歩がそう思った時、土御門は予想外にも魔術を使いだした。
「それではみなさん。タネもシカケもあるマジックをごたんのうあれ」
遠距離砲撃で儀式場を破壊するつもりか? この場で術者を殺せば早いものを……
歩がそう思っている間にも、土御門は呪文を唱え術式を完成させていく。だがその途中、土御門の口から血が漏れる。
そういえば上条の同級生と言っていたか、ということは能力者……どうしてそこまでする?
そう彼は魔術師であり、能力者だったのだ。そう聞けば凄そうにに思えるが実際は違う。
能力者に魔術は使えない。無理に使おうとすれば体が壊れる。
それが今現在、魔術側、科学側ともに知っている現実だ。
そう、土御門は無理に使っているのだ。ただではすまないだろう。
そして術式が完成し砲撃が空の彼方へと飛んでいく。数秒の間をおいて空は元の夕日へと戻る。
エンゼルフォールは破壊されたようだ。
歩は部屋の中をもう一度見る。殴られて倒れている上条に、刀夜、そして口から血を吐いて倒れている土御門。
丁度いいか……
歩はここにきて判断する。
どうするべきか。
殺すか、殺さないか。
結局は何もつかめなかった、ならば殺しておいた方が無難かもしれない。イマジンブレイカーはここで消しておこう。
唯それだけ、それだけで殺す覚悟を決め、セーラー服の少女は部屋へと足を踏み入れる。
「と……東条」
上条が歩を見て何とか声を発する。
「上条当麻、死んでもらいます。理由聞きたい?」
てめぇが判断しろ。
暗い瞳の少女は上条に判断を告げた。