「手を加えたせいか……原作通りにはいかないものだな……まあ目的はそこではないし。別にいいだろ」
壁のないビル。
閉ざされた空間であるそこに、神父姿の男はいた。中央にある円筒状のガラスから数歩離れた場所で座り込んでいる男は、そう言って欠伸をする。
「原作? 何の話だ?」
そう神父姿の男に問うのは、生命維持装置である、培養液で満たされた円筒状のガラスの中で、逆さまに浮いている、銀髪の『人間』アレイスターだ。その姿や声は、男か女か、大人か子供かすら分からない。
「なんでもない。アイツを戦わせないといけないんだが、なかなか上手くいかないものだな」
「ところで、その体には慣れたのか? 性別が変わるのは大変だろう?」
「ん? たいしたことはない。欲を言えばもう少し整った顔が好みなんだが……」
「いい整形外科を紹介してやろう」
「それは勘弁」
男は機器のモニターなどの明りしかない。その部屋で仰向けになって寝息を立てる。そして会話のなくなったそこで、アレイスターの呟くような声だけが聞こえた。
「ふむ。やはり似てなくはないのか……興味深い……」
長い黒髪に黒のワンピースといった見た目14歳ほどの少女、『元男』セシリアは眠い目を擦りながら、青髪ピアスの部屋で部屋の主である、青髪ピアスと朝食を食べていた。テーブルにあるのは、焼いた食パンにイチゴのジャムを塗ったものと、牛乳だ。なんともスタンダードな朝食だが、ここがパン屋ということもあって、食パンは市販のものより数段おいしかった。
「青髪さん……宿題終わってるんですか? 今日30日ですよ~」
セシリアは眠気を覚ますために、会話をしようとする。話題としては今日が8月の30日、つまり夏休みの最終日前日であることから、学生の最大の悩み、宿題についてを話してみたのだった。夏休み最終日前日、宿題について学生に質問した場合、答えは大きく分けて2つある。
終わったか、終わっていないか。
これは世間一般には、夏休み中、だらけていたか、そうでないか、という認識だ。上条のように、宿題が出来ないほどの壮絶な夏休みを過ごした。という人も中にはいるだろうが、あくまで一般的に。
「終わっとるで」
青髪ピアスは、一般的に見て、どうやら怠けた夏休みは過ごしていなかったらしい。
パン屋のバイトにも精を出しているようだし、その青髪に、ピアスといった外見から反して、根は真面目なのだろうか。
「でも、持っていかんよ。じゃないと先生に怒ってもらえないからな」
「……そうですか~」
一般的に見て青髪ピアスは、怠け者ではないが、変人か変態であることの確認を、セシリアは朝の会話から得ることができたようだ。
それから朝食を食べ終わると青髪ピアスは、バイトへと行ってしまった。今日は夏休みの最終日前日というのに、随分と頑張るなとセシリアは思う。それに比べて自分は年中夏休み状態だ。バイトすらしていない。
ニートシスターが上条宅にいるはずだ。セシリアはニート魔女、もしくはニートウィッチとでも呼ばれる日が来るのだろうか。セシリアはベッドに腰掛、欠伸をしながら今までのことを考える。
いろいろありました。本当にいろいろありました。
頭に浮かんでくる感想としてはそれだけだった。深く考えてもしょうがない。セシリアは自分で考え始めておきながら、そんな結論を早々と出す。とりあえず、今はゆったり過ごせればいいや。ということなのだろう。だがそんな考えも、明日の日にちを思えば少し揺らぐ。
気を付けなければ。
31日はセシリアの持つ原作知識によれば、事件が多数起きる日なのだ、いつ巻き込まれるか分かったものじゃない。
大人しくしていよう。
セシリアはそう思う、だがそれと同時に、巻き込まれる要素はない、気にしなくてもいいのでは? という思いもあった。
事実、原作には一度しか巻き込まれていない。巻き込まれるかどうかは定かではないが、今日のところはまだ大丈夫だろうと結論ずける。
「明日ですか~! まず上条さんが御坂さんと会ってそれから……!! は!!」
セシリアは急に何か思い出したようだ。問題でもあったのだろうか? おもむろに立ち上がり真剣な顔になる。
「2000円のホットドッグは食べなくては!!」
思いっきり、どうでもいいことだった。
でも明日は外には出ないほうがよさそうですし……今日のうちに御坂さんにタカリに行きましょう。
そう決意して、紐で縛ってある魔導書を肩から下げ玄関を出て行く。
ずいぶんと良い性格になったものだ。順応した。という感じではない。ふてぶてしいこと、この上ないだろう。
セシリアはビルの階段を駆け足で下る。青髪ピアスの部屋は、1階がパン屋のビルの2階にあり。入り口は裏側から、直接階段で2階に上がれるように出来ている。ビルの裏は路地になっていて、パン屋のある表通りに比べて、どこか薄暗く人影もない。セシリアはこの雰囲気があまり好きではなかった。何か起きそうと、雰囲気が語っているようで。
「うわっ!」
「のわっ!」
ドンッとセシリアは階段を下りて、路地に出たとたんに何かにぶつかり、その場で尻餅をつく。駆け足で下り、急に飛び出したせいで、誰かにぶつかってしまったようだ。セシリアは謝ろうと、ぶつかった人物を確認する。そこには、同じように尻餅をつく、空色の汚い毛布に身を包んだ、10歳前後の少女がいた。
「いったーい!! とミサカはミサカは叫んでみたり。飛び出しは危ないですよ。ってミサカはミサカは大人っぽく注意してみる!」
ミサカと名乗る。(正確には名乗ってはいない)少女の言葉をボーっと眺めていたセシリアは、突如頭を抱えて叫ぶ。
「家出て1分しないうちに関わったー!! これは運命ですか~! デステニ~!」
「急に叫んで大丈夫? 頭打った? とミサカはミサカは脳の異常を示唆してみたり」
セシリアは立ち、呼吸を整えてから、今だ尻餅をついたままの、ミサカに手を差し出す。
明日関わらなければ大丈夫なんですから今日のところはOKです。
「私は大丈夫ですよ~! ミサカさん? でいいですか? 大丈夫? ですか~? すいません飛び出しちゃって」
ミサカはセシリアの手を取り立ち上がる。その外見は、御坂美琴を幼くしたような感じだ。それもそのはず、セシリアの原作知識のよれば、御坂美琴のクローンなのだから。この少女は明日起きる事件の1つの関係者ではあるが、今日のところは危険はないはず。
「意外と礼儀が正しいお方だ! とミサカはミサカは外見から判断したことを後悔してみる。 大丈夫です。とミサカはミサカは現時点での体の状態を伝える」
とりあえず問題はなしですね。ではホットドッグ行きましょう!!
「では私はここで、2000円のホットドッグが待ってますから~」
そう言ってセシリアは立ち去ろうとする。彼女の頭の中は平和そのものだった。
「2000円のホットドッグ!! ミサカはミサカはその言葉にかなり興味を示してみる」
立ち去ろうとするセシリアの目の前に、毛布1枚の少女が、心底お腹を空かせた様子で立っていた。
う……ここで去ったらなんだか罪悪感が……ホットドッグが美味しく食べれなくなる!
食すことが出来るかどうかも、わからない物のことを真剣に考える。だが実際、お腹を空かせた少女を、見捨てた後に、食べたものを美味しく感じられるのは、ずいぶんと心の枯れた人間だろう。残念ながらセシリアはそうではなかった。
まあ、一緒に食べるくらいは大丈夫でしょう。
セシリアはそう考えてから、言葉を発した。
「ミサカさんも、食べに行きますか~?」
「ほ、ほんとに!! とミサカはミサカは突然の申し出に驚いてみる。でも会わなくてはいけない人がいるから、それどころじゃない。とミサカはミサカは現実的な意見も述べてみる」
「じゃ、いいですね~! さようなら~」
「まっ待って! 少しの時間ならだいょうぶとミサカはミサカは時間を作って、ホットドッグを食べることを、ここに宣言してみる。」
「じゃあ行きましょう! 待ちどおしい2000円!」
「おー!! とミサカはミサカは気合を入れてみる。ところで名前をまだ聞いていなかった。とミサカはミサカは人として大事な礼儀を少し遅れてする」
「セシリアでいいですよ~!」
「いい名前ですね。とミサカはミサカはお世辞を言ってみる」
セシリアとミサカは自己紹介を済ませる。ミサカはホットドッグが待ちどおしいのか、目を先ほどからキラキラと輝かせていた。
そういえば何も食べていないんですよね~多分。そう考えれば自分いいことしてるんじゃないでしょうか?
セシリアは思う。
しかし、今からセシリアが御坂美琴のところに行って、しようとしている事を考えれば、どちらかというと悪いことのような気もするが、そのことについては考えていないようだ。
「あ! そういえばミサカじゃ、名前が被るんでチビミサって呼びますね~!」
「うお! チビってなんだー! 出会って数分であだ名をつけられてしまった。とミサカはミサカはそのチビということに否定できない体を見る」
突っ込みは御坂の足元にも及ばないようだ。
「じゃあ行きますよ~! とセシリアはセシリアは宣言します」
「おー!! ってマネすんなー! とミサカはミサカは、突っ込みつつ、もう一度気合を入れてみる」
そして2人は、なぜか手を繋ぎながら歩いていく。その後姿はどこか微笑ましかった。