8月31日、午後3時03分
学園都市を囲む外壁の外には2人の人間がいた。1人は上下共に黒のスーツを着込み、おまけに黒のネクタイという、黒一色。無骨な筋肉を収めているのを容易に伺える大男で、瞳を涼しげに閉じている。
マフィアの人間か、マフィアの葬式にでも参加する人物にしか見えないだろう。
彼の名は闇咲逢魔(やみさかおうま)
「どうして付いてきたのだ?」
闇咲が、そう話しかけるのは、見た目、10代後半の少女。こちらは闇咲と対照的に白のジャケットに白のパンツという全身白一色だった。特徴的なのは、腰まで伸びる茶髪のところどころにキーホルダーみたいな、小さい鈴が括られている。その数は一目見ただけでも、ゆうに50以上はある。可愛いというよりも綺麗、どこか冷たさが感じられる。そういう少女だった。彼女の名前は紅瞠春(くれないみはる)
「あの子助けるために魔導書を見るんでしょウ? 邪魔はしないワ……私は、お金を稼ぎに来ただけ、仕事ヨ。でも、あの子が目覚めたら、お金は必要でしョ?」
「あんな女の為ではない、私の為だ。それに金銭に関係性はない」
闇咲の言葉を聞いた紅は、ポカーンと口を開く。すると今度は勢いよく髪を掻きむしる。鈴が大量に鳴り、その音色は全て違うのか不協和が耳に響く。紅は闇咲を指差して
「このツンデレがァァァァァァアアア! ちょっとは考えロ!」
「……なんなのだ?」
「うるさい!! 知るカー!! もういイ!」
紅は頬を膨らませて、そっぽを向く。大人な、雰囲気を出す、紅だが、中身は歳相応なところもあるようだ。 闇咲は、なにを言ってるのか分からないという、顔をして不思議そうにしていた。すると紅は、そっぽを向いて30秒としないうちに、闇咲の方に向き直す。まだ頬は膨れたままだが……。
「それで、どうやって入るわケ? 私は依頼主からIDもらってるけド」
「こうするまでだ」
「へ?」
闇咲は、学園都市のゲートに突っ込んで行く、警報が鳴り、警備員らしき人間が吹き飛ばされている。そして黒一色の男は学園都市内へと消えていった。
どうやら今の騒ぎで、学園都市の出入りは一時禁止されるらしい。学園都市内全てに放送しているのだろうか、紅のいる外壁の外側まで聞こえてきた。紅は、さすが科学の中心、仕事が速い! と感心しつつ。
「ID意味ないじゃなイ!! 結局強行突破?」
そう言って上下白の少女は鈴を鳴らしながら、ゲートへと向かう。
8月31日、午後6時24分
「今日は大丈夫そうでよかったですよ~。そういえば青髪さん、まだ帰ってこないんですね」
セシリアは青髪ピアスの部屋でベッドに寝転がりながら呟く。31日、今日が危険な日だと知っているセシリアは、一日中、部屋から出ないと決め、朝から、だらだらとしていた。夏休み最終日、宿題が終わっている青髪ピアスは、羽目を外そうと早朝から遊びに出かけている。セシリアも誘われたのだが、上記の理由のために、泣くなく、断ったのだった。
「……ツゥアァアアああ!!!」
セシリアは急にベッドの上で飛び起き、ファイティングポーズで叫ぶ。どうやら暇を持て余した結果、とりあえずテンションを上げる作戦に出たらしい。
「お嬢! うるせー!!」
隣の部屋から苦情の声が届く。セシリアは壁に向かい軽く頭を下げ、またベッドへと横たわる。
「寝よ」
ずいぶんと自由気ままな生活を送っているようだが、やることがないので仕方がない。セシリアは欠伸をして、寝る準備に入る。だがその時トントンと扉がノックされた。
「セシリア様。東条歩ですが、急な用件があるので開けてもらえませんか? 早くしろ」
「……」
セシリアは思う。
いやな予感がします……だって歩さんの急な用件ですよ? 絶対良いことじゃないですね~。カギ閉めといてよかったです。無視無視と……
無視を決め込んだセシリアの元に、さきほどより大きな音で、もう一度ノック音が届く。だがセシリアは反応しない。
「セシリア様? 居るのは分かってんだよ、出てこいオラ」
「……」
経験はないですけど、借金取りが取り立てに来るような気分です……早く帰ってくれないですかね~。
セシリアは毛布を頭からかぶり、そんなことを思う。そうしているうちも、扉は叩かれ、音も大きくなっていく。歩の呼ぶ声も更に言葉が悪くなっていき、このババアや、クソやろう等の、罵倒に変わってきたところで、もう一つ別の声が聞こえてきた。
「お! ベッピンさんが、僕の部屋の前におる!! 最終日にしてこれは!!」
「部屋の主様ですか? セシリア様に用があるので開けてくれませんでしょうか? あいつ居留守なんだけど」
「セシリア嬢のお友達かー。というかその制服はうちの学校?」
「明日から転入しますので、よろしくお願いします。 別に覚えなくて良い」
「そうか、そうか~。まま、とにかく中入り~」
ガチャっと鍵が開く音が聞こえた。
セシリアはその音を聞きベッドから飛び降りる。
なんてタイミングですか! あのやろーです!!
セシリアの中にタイミングの悪い青髪ピアスへの怒りが沸々と沸いてくる。そうこうしているうちに扉が開き青髪ピアスが入ってきた。
「ただいまー。友達来とるで~」
「アオカミィイイいいいい!!!」
「えぇえええ!!」
セシリアが青髪ピアス目掛けて、見事なドロップキックを決める。
「ぐはぁ!」
ごろごろと、青髪ピアスは部屋の外まで転がっていった。セシリアはというと、ドロップキックを放った後、頭から床に落ちたようで、頭部から一筋の血を流していた。そこに、いつもの無表情で歩が、部屋へと入ってくる。
「何をしているのですか? 意味不明」
セシリアは大きく溜息をつき、起き上がる。
「しょうがないですね……。何ですか? とにかく座りましょう。 あ、カギ閉めといてくださいね~」
扉の外から、「え! 僕は! なんで!」などという声が聞こえるが、2人は気にせずに、8畳部屋の真ん中にある、テーブルを挟むようにして座る。
「まず、学園都市に魔術師が2人、入りました。2人とも目的は違うようですが、 聞こえるかチビロリ?」
「へぇ~」
「片方の目的は、分かってはいませんが、もう片方は学園都市を裏切った、研究員に雇われたボディーガードのようです。まじめに聞けよ」
「 へぇ~、へぇ~」
いつものことながら、セシリアは興味がなさそうだった。
「今分かっているのは、2人とも神道系の魔術師ということがまず。 耳ついてる?」
セシリアは東条の言葉を聞いて思う。
神道っていったら闇咲さんですか? あの人はたしか、いい人でしたよね~。もう1人? 知らないですけど、闇咲さんの仲間ならいい人ですね。でもそれが何で急用?
セシリアは疑問を口にする。
「それがどうかしたんですか? 」
「はい、そこです、男女なのですが、目的の分からない、男の方は、私たちには関係ないのですが。もう片方、裏切り者のボディーガードをしている女のほうが、問題です。どうやら元魔女なんです。 メンドクサイケドね」
「元?」
「神社神道の巫女に登録されていました。死ねばいいのに」
歩が言うにはこうだ。元魔女、要するに、元とはいえ魔女を学園都市に渡すわけにはいけない。研究員の方は外部組織とつながっているらしく、何か企んでいる。 学園都市は早々に始末するつもりだが、その過程で元魔女、の魔術師が始末される可能性がある。学園都市としては、元魔女など興味はないかもしれないが、少しでも魔女の情報が、漏洩する危険があるので、私たちで先に始末しましょう。ということらしい。
魔女は魔術師よりも遥かに秘密主義だ。かといって、漏れない情報などないし、歩が全て管理できるわけでもない。だが手の届く場所で防げるなら。そうするべき、と思ってるようだ。実はそこに、歩の個人的な感情として、魔女になっておきながら、その名を捨てるような行為は許せない、ということが混じっている。これは歩が魔女と言う名に特別なこだわりを持っている故だった。
「それでセシリア様には、捜索と始末に協力してもらいます。わかったな」
「えぇ~! いやだ~! めんどい」
「基本セシリア様の命令に従うようには、言われていますが。ジラのババァに言うよ?」
ジラの名を聞いたセシリアは
え! ジラってあの、容赦なく私のこと殺すとか言ってた人? 死ぬのはいやです。
セシリアは、歩の言葉でしか聞いたことのないジラを、苦手としていた。歩もよく殺すと言うが、セシリアに対してはどこか、冗談な感じがする。それに対してジラの言葉は、まさしく本当の意味で殺すという言葉だったからだろう。
「謹んでお受けします」
2人の交渉がなったところで、またも部屋のドアが叩かれた。青髪さんか? とセシリアは思ったが、それは違った。
「セシリア。遊びに来た」
「姫神さんです!!」
そう、その声は、いつも巫女服姿の、不思議少女、姫神秋沙のものだった。