「なんのことでしょう? 能力者か?」
突如現れた白い少年に視点を合わせた歩は、さぞつまらないという風に言葉を発する。歩は、能力者を甘く見ている。確かに実際、歩に対抗できる能力者など、学園都市中を探したところで数人もいないだろう。そういう点では、歩の反応も正しいのかもしれない。だが間違っている。そう、今歩の目の前にいる人物は、学園都市第一位、一方通行(アクセラレータ)すなわち、学園都市最強の人物なのだ。
歩は思う。今はそれどころではない、セシリアたちを追わなくてはいけないのだから、邪魔だ。と
「能力者だってかァ? 何バカな質問してンだ」
一方通行は呆れたような顔になって歩を見る、自分にそんな質問をすることが、バカバカしいと言わんばかりだった。だがそんな反応も、お構いなしに歩は車から少し離れ、攻撃を放つ。
「ノーム」
ゴォ!! という音を立てながら、砕けたアスファルトが一方通行に向かって飛ぶ。
それは大きな塊だ、車一台分はある大きさ、人間に当たればひとたまりもないだろう。当たったのが『普通』の人間だった場合はだ。そう彼は『普通』ではない。
一方通行は自分に向かってくる塊を見つめ呟く。
「アァ? 分かってねェ、分かってねェよオマエ。誰に喧嘩売ってんのか分かってねェよ」
歩はもう、一方通行の方は向いていない。それは最後を見る必要もないと思ったからだろう。
歩は車に近づこうとする。
次の瞬間。もう一度ゴォ!! という音がして、歩は後方まで飛ばされていた。 それは自ら放ったはずのアスファルトだった。
歩はゆっくりと起き上がる。セーラー服に付いた埃をパタパタと払い落とし、視線を再び一方通行に向ける。
「防がれた? 能力者風情が!」
2人の距離は車を中心に、およそ50メートル。
「能力者風情? まさかオマエ、アスファルト投げといて、無能力者ですとでも言ウつもりかァ?」
一方通行は歩いてくる。今度は一方通行の方が、さぞつまらないという風に。
「私は魔女ですよ。わからねぇだろうな!」
「ア? なんだオカルトやろうか?」
能力者の中には、自分の能力が神に与えられた力だとか、と言い、オカルト方面に思考が偏る人物も稀にいる。一方通行は歩をそういう人物と解釈したようだ。それも間違いなのだが。
「サラマンダー、ウインディーネ」
炎の矢と水の杭が混ざり合うように、1つとなり一方通行に襲い掛かる。
だがそれはすべて『反射』された。
歩は自分の攻撃を受ける。
しかし傷はない。
歩は精霊魔術のお陰で、魔女が苦手であるはずの、近接戦闘を得意としている。とは言っても精霊魔術もそんなに都合のいいものではない。精霊魔術とは感覚。普通の魔術は方法が決まっているのに対して、精霊魔術にはそれがないのだ。だから、歩もジラに精霊魔術を習ったことなどない。使えると言われ続け、使えるようになった。それだけでしかない。技の威力に関しても、限界があった。それが何に起因しているのかも歩には分からない。ただ分かるのは一度見たジラの精霊魔術に遥かに劣っているということだけだ。
破壊力に限界のある歩の精霊魔術のほとんどは、歩の魔女としての防御力を上回るものではなかった。しかし今回はそのお陰で、無傷なのだから歩は複雑な気持ちだろう。
「何ですかあなたは? 邪魔なんだよ」
「邪魔はオマエだ」
一方通行の足元がロケットのみたいに爆発する。瞬きをする間に2人の距離は縮まっていく。一方通行の能力は『反射』ではない。『ベクトル変換』力の方向を操れる。
一方通行は凄まじい速度で歩の懐に右手を突き出し、飛び込んでくる。歩は咄嗟に、横に飛び退こうとするが間に合わない。一方通行の毒手が歩を襲う。
「がぁ…!!」
避けようとしたせいか、歩は真後ろには飛ばず斜め後ろの、壁へと突っ込む。
ドォン!! という壁を破る凄まじい音が何度も響き渡った。
何件目かの建物を破り瓦礫の中に歩は居た。
「く……許容量が限界ですか……。ふざけやがって」
立ち上がった歩は無傷ではなかった。全身に打撲の後が見られる。歩の作る魔女の秘薬は、防御力は絶大、魔術攻撃でも、物理攻撃でもだ。だがもちろん弱点はある。ダメージを蓄積する。そして一定以上のダメージが蓄積されると効果が切れる。といったものだ。紅との戦い、一方通行の一撃。効果は切れた。過剰分が打撲ですんだのは運がよかったのだろう。
フラフラと瓦礫に腰掛歩は携帯を開く。
見るのは、殺してはいけない人物のファイル。そこには一方通行の画像があった。
「学園都市第一位ですか。殺してやる!」
殺してはいけないリスト。その意味などもはや歩は気にしていない。能力者相手にここまでやられたのだ。
殺してやる。歩はそう思う。最大の一撃で決めてやると。
そして歩は一方通行の元へ走る。
この時点でも、歩は能力者を甘く見ていた、正確には一方通行をだ。『魔女は相手の防御の弱点を付く』歩自身が紅に言った言葉だ。だが相手が能力者、絡め手を使う必要なないと思ったのだろうか? 歩は知らない『ベクトル変換』にただ強い攻撃など意味はないことを。そして先の一撃は手加減されていたことを、一方通行は歩に触れた瞬間、血液の流れを逆流させて殺すことも出来たのだということを……。
一方通行は逆さまのスポーツカーの側まで来ていた。
「どうなってンだ?」
そう言い、扉に手を伸ばそうとする。
一方通行は車の中に居る少女を助けに来た。自分にも誰かが救えることを自分自身に証明するために。
そして扉に手をかける。
その刹那。またも大きなアスファルトの塊が飛んでくる。
「チィ! 時間がねェてのに!」
一方通行にそんな攻撃は効かない。だが車は、少女は違う。一方通行は車の前に飛び出し、塊を返す。だが返した先に敵の姿はなかった。
一方通行は振り向く。車の影から現れた歩の手には風で作られた剣があった。
四大元素を操れると言っても、相性というものがある。ジラは火、歩は風だ。そう風の剣は歩の精霊魔術中、最大の威力を誇る。相手は触れただけで粉々になる。以前事故でセシリアをこの剣で切った。その時は、セシリアの魔導書による、自動防御術式で、かなり威力が軽減されていたが、相手は能力者、それは出来ないだろう。それが歩の考えだ。
死ね。能力者。
風の剣が一方通行に迫る。
一方通行は避けようともしない。歩は勝ったと思った。
そう思い振り下ろす。
渾身の一撃。
最大の一撃。
「ホント分かってねェよ」
歩は見た。
振り下ろす最中、その間1秒あるかないか、不敵に笑う白い少年を。そして気づいてしまった。勝てないことに、『最強』の強さに。
(拡散しなくては)
咄嗟に魔術を解除しようとするが間に合いはしなかった。
爆発がした。
煙も光もない爆発がした。
一方通行は足元を見る。
「アァ? 生きてんのか?」
「ゴホォ……ガァ……」
口から血を吐き、全身に切り傷。歩は生きていた。解除には間に合わなかった。しかし軽減は出来たようだ。それでも衝撃は殺しきれず、肋骨が折れ、内臓に傷を負い。全身に切り傷を受けた。セーラー服も全体的に破れ、ところどころ肌が露となっている。
(全て跳ね返す……そう思った方がよさうか……)
歩は倒れたまま言う。
「今日は退くとしましょう、私の本領は近接戦闘ではないのですから……ゴホォゴホォ……。呪い殺してやる」
「そうかよ」
歩は魔女だいくら近接戦闘が得意とはいえ、本来の力はそこではない。
しかし一方通行は、そんな言葉など気にせず、車の扉へと向かう。
歩はしばらく倒れていたかと思うと、何事もなかったかのように立ち上がる。口から血を垂らしながら。
(今の目的は元魔女の始末……能力者は後で殺す……ああ服が……明日どうしよう……)
そしてその場を走り去る。
その手の中には一本の白い髪の毛が握られていた……。
魔女は人を呪う。