「え! やっぱり、しろりーたんじゃおかしいですか!」
ホントに……また何を言ってるんだ……。
歩は、そう思いながらも部屋へと入り。紅へと近づく。セシリアは、まだ、なにか考えているようだ。紅は、恐怖に怯えジリジリと下がっていく。
なんだ……セシリアは相手してくれないのか、途中でワザワザ生首、確保した意味がなかったな。まあ、今は怪我があるし、いいか。
歩はセシリアは無視して紅へと足を進める。セシリアは、まだ入り口付近で何か考えて、唸っている。その横を歩が通り過ぎる。とそこで、紅が声を上げた。
「セシリア! なにやってんノ?」
それは、何に、対してなのだろうか。もしかしたら、紅の精一杯の助けを呼ぶ声なのかもしれない。歩は、セシリアに助けを求めたところで無駄だと思った。
殺されそうになって、助けを求めるか……。セシリアが助けるのは、気まぐれだ、そんな声、届くわけがない。
だが、歩の考えとは裏腹に、セシリアは答えた。
「はい? どうかしました?」
「どうかしましたっテ! 今絶対絶命なのヨ!」
実は、紅はもう魔術が使えない。魔術を使うための力。魔力と言われるものは、個人の資質によって、精製出来る量が決まっている。それは、努力によって多くすることはできるが、それでも殆どは生まれたときから決まっているのだ。紅のそれは極端に少ない。一度寝て、体力を回復させない限り、魔術は、もう使えない。歩との戦闘で魔力は使い切った。魔力が極端に少ない。それは紅が黒魔術に手を出した時の、1つの理由でもあった。黒魔術は生贄を使うことによって、少ない魔力で大きな術を使うことができるからだ。
「絶体絶命ですか! あ! そういえば!」
今やっと、セシリアは状況を把握したようだ。歩はセシリアのその反応に、なんだかなと思ったが、口には出さない。とそこでセシリアは歩が左手に持つ、女性の生首に気づく。
「それ生首……?」
歩はいったん足を止めセシリアの方を向く。
「そうですが? いまさら?」
「生首は、知識によれば、女性、子供の方が魔術的効果が高いんですよね。そして、 まあそれは、生贄全般に言えることですけどぅうぇぇぇええええ~!」
歩は思う。
あ……吐いた。
「セシリアー!!」
紅が、セシリアのその様子に、驚き、歩の横を駆け抜け、セシリアの傍へと寄る。そしてうずくまるセシリアの背中を擦り、「大丈夫? しっかりしテ」と優しい声をかけた。
「はぁ……はぁ、ありがございます。紅さん。だけど……私はもうこれでおしまいです」
「そんナ! 友達になったばかりじゃなイ! そんなこと言わないで! 」
「闇咲さんに、よろしくです……」
「セシリアぁぁぁああああー!!」
歩はそんな2人を見て思う。
え……なにこの茶番……。
実際、セシリアと紅は大いに真面目なのだが、2人とも微妙に混乱気味なのか、言ってることは意味不明だった。
「セシリア様……もういいですか? 終わった?」
歩のその声に、セシリアは、ハッ! となり、顔を上げる。ちょっと口元が汚れているが、暗くて他からはよく見えないので、気にしない。
「やばいです! ということで、とりあえず防御~!」
セシリアは指を噛み、床に数滴、血を垂らし、自分と紅を包むように、結界を張る。それを見た歩はごっそりと、もぎ取られた、闘争心を少しだけ回復させる。
これだ……試してみるか。
「ではいきます。死ぬなよ!」
歩がそう言った次の瞬間、歩の持つ生首から滴り落ちる血が刃となって、セシリアたちを襲う。だがそれは結界に阻まれ消える。
「……血液の流れが関係しているものではないのですか? それが間違っていたとしても、今の術式は、結構な威力があったのですが、自分の血、数滴を代償に、瞬時に出したにも関わらず、その強度さ、さすがですね。 どんな術式だよ、年の功?」
そうセシリアが使ったのは、セシリアが唯一扱える魔導書の術式、血盾。その絶対防御力は絶大だ。
(だけどもう切れるんですよね~)
セシリアの結界が消える。欠点は時間制限。これでセシリアの手は尽きた。
歩は警戒していた。元魔女の始末はこの状況ならいつでもつけられる。だがセシリアの行動が不可解だと。結界を張ったと思ったら、もう消したのだ。歩には何がしたいのか分からない。
それとも、もうそいつを始末していい、という意思表示なのか?
歩はそう思うことにして、精霊魔術で紅を殺そうと感覚を研ぎ澄ます。紅は、セシリアをボーっと見ていた。先ほどの結界に驚いてでもいるのだろう。彼女も優秀な魔術師だ。しかも元魔女。セシリアの結界の凄さに、ひと目見ただけで気づいたのだろう。 歩は紅に術式を放とうとする。しかしそこでまた、セシリアがなにやら喋りだす。
「やばいですね~。でも、こんな時はもうこれしかない!」
歩は一旦術式を中止しセシリアを見る。
ん? 何をする気だ?
セシリアは大きく息を吸い。
「助けて!! 上条さ~ん!!」
「セシリア! 呼んだか!」
入り口から、ツンツン頭の少年上条当麻が現れる。
な! やばい!
歩は上条を見るなり。慌てて生首を持つ手を背中にまわし、上条から見えないようにする。
「紅、仕事はどうしたのだ?」
上条の後ろから現れたのは、全身黒のスーツを着込んだ男、闇咲逢魔だった。
「や……闇咲―!!」
紅は大量の鈴を鳴らしながら闇咲に抱きつく。闇咲は酷く困った顔をして、上条に助けを求めていたが、上条は苦笑いだ。
「紅さん、探しに来たんだけど、セシリアに東条、どうしてここにいるんだ? というか。東条! 大丈夫かその傷?」
上条が歩に近寄る。だが歩は上条が近づく分上条から離れる。
「あれ? 東条さん? なぜ逃げるんですか?」
とそこで、セシリアがまたも声を上げる。紅はまだ闇咲に抱きつき、今度は涙まで流していた。
「上条さん! 歩さんが、上条さんと約束したにもかかわらず、紅さんを殺そうとしていました!!」
「な! ……いえ……あの。元魔女だから」
歩はしどろもどろ、といった様子で、上条を見る。そんな歩の様子を見た上条は頭を掻きながら
「紅さんと戦ったのか? まあ、紅さんの怯えようからして、東条が勝ったのは分かるが……殺しはなしだろ? まあ気に食わないなら、喧嘩はいいと思うけどな」
そう、上条はニッコリと笑って、歩に言う。
「殺すつもりはありません……。ホント」
歩は俯きながら、上条に言葉を返す。とそこでまたもセシリアが。
「上条さん! でも、歩さんの左手に「セシリア様。今から帰って焼肉にしましょう。 好きなだけ食べろ」やった~!!」
「ん? セシリア今何か言いいかけた?」
「なんでもないですよ~」
上条は不思議そうな顔をしてはいたが、気にしても仕方ないと思ったのか、その疑問の顔もすぐに消えた。
「とりあえず、東条、約束してから、殺しやってないみたいでよかったよ」
上条はウンウン、と頷きながらそんなことを言う。事実を知ったら果たして上条はどんな反応を示すのか……。
「もちろんです。約束だからな」
歩は顔を上げ、無表情で、淡々と答える。
あぶなかった……危なかった……あぶなかった……危なかった……。
だが心の中は、いっぱいいっぱいのようだ。
上条は、セシリアと歩に説明する。闇咲と和解したこと。闇咲の助けたい少女の呪いをイマジンブレイカーで破壊するため今から、少女のいる病院に行くこと。その前に紅を迎えに来たことを。一通り説明した上条は最後に、宿題……。と呟いていたが、歩にはさっぱりだった。
上条は、今だに紅に抱きつかれて困っている闇咲の元へ行き、「行こうぜ」と言う。その間も紅は泣きながら、仕事に失敗したことや、死にかけたことを、闇咲にワンワン話している。
「紅、行くぞ」
闇咲がそう言うと、紅は気づいたように闇咲から離れ、顔を赤くして固まる。その様子に闇咲は戸惑うが、もう一度
「紅、行くぞ」
「…う、うン、闇咲、紙とペンあル?」
闇咲のもう一度呼ぶ声で、意識が返ってきた紅は、闇咲に、紙とペンを要求する。要求された闇咲はスーツのポケットから、メモ帳とボールペンを紅に差し出した。それを見ていた上条は「持ってるんだ……親近感あるな」などと言っていたが。それについて闇咲は、何も答えない。
紅はメモ帳に何か書き込んでいる。書き終わると、紅はセシリアの元に駆け寄ってきてメモ帳から、書いたページだけを破り取り、セシリアに渡す。
「セシリア! ありがとウ。 何かあったら連絡ちょうだイ。これ番号とメルアドだかラ。後今度遊びましょウ。じゃあネ」
「またですね~!」
上条、闇咲、紅をセシリアは手を振って、見送る。
歩は上条が見えなくなったのを 確認して、ハァーと溜息を吐いてから、生首を適当に投げ捨てる。そんな歩はどこか、先生に怒られた後の、生徒のような雰囲気だった。
「歩さん! ビーフ! ビーフ!」
そんな歩をよそに、セシリアはビーフコールを夜中の学園都市で声高々に叫ぶ。
「わかってますよ……。いつか殺してやる」
「ビーフ! ビーフ! あ!」
と、そこでセシリアのビーフコールが急に止まる。どうした? どうせ、たいしたことじゃないだろ? と歩は思ったが、とりあえず、ウザイ、コールが止んだことに感謝する。
セシリアは、先ほど貰った紅の番号とメルアドが書いてある紙を見つめながら、絶望に飲み込まれるかの様に膝から崩れ落ちる。
「携帯ないです……。歩さん、買って」
セシリアが希望を見つけたかの様に歩を見つめる。
「嫌です。誰が買うか! ゴホッ、ゴホッ」
歩は血を吐きながら、思う。
うん、やはりたいしたことじゃなかった。と