「雨宮さん!! 大変なんです!! みんなが! みんなが!」
雨宮が玄関のドアを開けるとボロボロになった大男が必死でそう言ってきた。何事かと思った雨宮は、とりあえず大男を部屋に入れる。
「どうした?」
「牧野達を追っていたら、変な女子高生にみんな、みんな……クソッ! すいません……」
どうやら大男は相当混乱しているようだった。雨宮は大男を落ち着かせるため、冷蔵庫から空けていない缶コーヒーを取り出し大男に渡す。今日昼間に買った缶コーヒーだ。いつも買っている缶コーヒーが売り切れていたので、他のを買ったのだが、どうにも飲む気にはなれず、冷蔵庫に入れっぱなしだったものだ。
「いいから、ゆっくり話せ」
大男は缶コーヒーに口をつけ、いくらか落ち着いたところで説明を始めた。
牧野達のグループを追っていた。状況は優勢だった。それから牧野達を追い詰め、そこで牧野達の仲間らしき女子高生が現れた。それからは惨劇だ。仲間の幾人かは一撃で息絶えた。怒った大男も健闘はしたが気絶させられたと。気がついたら、路地裏に1人倒れ、そばには手紙があった。内容はこうだ。
~雨宮慎吾へ~
仲間は預かりました。助けたければ指定の場所にきてね~!(笑
どうにもふざけた手紙だったが、大男は慌てて雨宮の所に来たと。ということだ。
「牧野の野郎……」
雨宮は話を聞いて、もちろん焦ったし怒りがこみ上げてきたが、1つ気になったを大男に聞いた。
「その女子高生、えらく綺麗な顔した、黒のショートカットじゃなかったか?」
「そ、そいつです!! なんで知ってるんですか!」
雨宮は思う。
やっぱりなと……。昨日会ったあいつなら、仲間がやられるのも頷ける。だが問題は牧野の仲間だったという事だ。どう考えても牧野などの手に負える人間じゃない……。指定の場所にはもちろん直ぐに向かう。だが情報が欲しい。
雨宮は携帯を持ち、ある人物に電話をかける。
「もしもし。今大丈夫ですか?」
「雨宮か、珍しいな。どうした?」
電話から聞こえる、コピー用紙を吐き出すような陰鬱な喋り方の男は、駒場利徳(こまばりとく)武装集団スキルアウトのボスであり、能力者を嫌っている人物なのだが、雨宮たちのことは認めており、雨宮も一目置いている。
「聞きたいんですけど、牧野達のグループにいる、女子高生の危ない能力者って知ってます?」
「……牧野のグループは全員昨日死んだ」
「な! ホントですか!」
雨宮は驚き、声を荒げる。それと同時に冷静に思う。
じゃあやはり、その女は牧野の仲間ではなかったということか。と
「その女の情報はこちらも掴んでいる。暗部の1人だろう。名前は……東条歩と言ったかな、発火能力のレベル3だ」
「暗部ですか……。レベル3?」
「発火能力のレベル3のわけがないです!!」
雨宮の電話を隣で聞いていた大男がそう、声を上げる。大男もレベル3だそれをいとも簡単に倒したのだ。それに仲間を一撃で殺した能力はどう考えても、発火能力ではない。そう思っての叫びだった。
「だそうですが?」
雨宮は電話の向こうの駒場に問いかける。
「情報が全て正しいとは限らない」
「そうですね。ありがとうございます」
「殺す殺さないは、こちらの領分だ。手を貸そうか?」
雨宮は何も事情を話していないのに、駒場はそんなことを言ってきた。
どこまで何を知っているんだ?
そうは思ったが雨宮は何も聞かないでおく。
「いえ、俺達の問題です。俺達がかたずけます」
「そうか……死ぬなよ雨宮……」
「ありがとうございます」
そう言って雨宮は電話を切る。そしてしばらく考える。自分を呼びつける理由、暗部……ということは学園都市そのものが自分に何か用がある。どういうことだ? 何もない、あるとすれば研究所関連か? たしかあいつが学園都市第四位になっていたはず。 どちらかというと研究所を追い出された自分より、狙うならあいつだろう?
結局、たいしたことは分からなかった。とにかく指定の場所に行くしかなさそうだ。雨宮が考え込んでいた時間は意外に長かったらしく、時計はすでに6時をまわっていた。大男はその間も拳を握り締め静かに座っている。
仲間、友達を助ける。これだけは譲れない。絶対に。必ず助けてみせる。
雨宮はそう決意し、携帯をジーンズのポケットに入れる。
携帯には姫神からの着信履歴がいくつかあったが、それどころではない。
あとで、謝ろう。そう思いつつ、雨宮は大男を引き連れ部屋を後にした。
指定された場所は学園都市第三学区にある1つのホールだ。第三学区には多目的なホールがいくつもあり、外の機関など学園都市の技術を紹介するときに多く使われている。
雨宮の住む第七学区から第三学区まではかなり距離がある。電車は学生の夜遊びを防止するために今の時間は、もう止まっている。ようするに徒歩でしか移動手段はない。焦る気持ちを抑え、雨宮たちは体力の温存も考え、早足でホールへと向かう。
と、途中で雨宮の見知った顔が脇道から出てきた。
「姫神……」
出てきたのは巫女服姿の姫神だった。姫神もこちらに気づいたようで、歩みよって来る。
「おい、走るぞ」
「はい」
雨宮と大男は姫神の横を駆け抜ける。
「あ……」
姫神は何か言いたそうだったが、あっという間に2人は遠くへ行ってしまう。
残された姫神はガクッと肩を落としトボトボと歩いていった。
8月31日、午後8時00分
雨宮と大男は、走っていた。もうそろそろ目的の場所は近い。
と、曲がり角を曲がった瞬間に、三毛猫が飛び出してき、その後から出てきたツンツン頭の少年とぶつかる。
「がぁ!」
「うわぁ」
ツンツン頭の少年は何をそんなに急いでいるのか、「すいません!」と一言雨宮に言って三毛猫を追うように去っていく。
急いでいるのは雨宮達も同じ。そこからしばらく行ったところにホールはあった。そこは、第三学区のホールの中では小さい方で中もステージなどがあるわけではなく、どちらかというと体育館のようなところだ。
雨宮たちは何事もなく中まで入ることが出来たが、その間も1人として人には会わなかった。罠の可能性も考えたが、目的が分からない以上、罠の心配も何もないだろう。
中は真っ暗だった。何も見えはしない。
とそこで照明が1つだけ点く。スポットライトの様な照明に照らされた場所には1人の人物が立っていた。
「だれだ? お前?」
「仲間はどこだ!!」
雨宮、続いて大男が当然の質問をする。
光の中にたたずむ人物は、神父の格好をした男だった。外見は至って普通の男だ。どうこう特徴もない。髪は短い黒。年齢は20代前半といったところの日本人。その神父の格好だけがどこかコスプレのようで、目立っていた。
「いや~! おそかったね。私も待ちくたびれたよ!」
ん? なんだ? 男の喋り方に雨宮は違和感を覚えた。というのも、喋り方イントネーションが男、というより女といった感じなのだ。
「オカマか……」
ボソッと雨宮が呟く。それが聞こえていたのか神父は、首を傾げて声を上げる。その仕草もどこか女っぽく、不気味だ。
「難しいな。なんであっちは、あんなにうまいんだろ? 私だって努力してるんだけど」
「?……そんなことより、俺に何の用だ? 仲間は無事なんだろな?」
神父は、ハァーと溜息をついてから質問に答える。
「無事だ。ほら」
神父が指差す。するともう1つ照明が点きホールの隅が照らされる。
そこには包帯で軽く治療されただけの、傷だらけの仲間がいた。彼らは雨宮が来ていることにも気づかず、ただ苦しんでいた。
「テメェ……治療くらいしろ……ふざけんなよ!!」
雨宮は酷く激しい怒気を発してそう言う。隣にいる大男はそんな雨宮の様子に少し驚いていた。きっとこんなに怒った雨宮を見たことがなかったのだろう。
「ああ……まあ、気にするな」
「……」
雨宮は無言で神父に近づく。そして拳を振り上げ、神父の顔面を狙い振り下ろす。
が、神父は紙一重でそれをかわし、後ろに飛び退く。軽く後ろに飛んだだけの様に雨宮には見えたがその距離は、一瞬で30メートル程も離れた。神父は何事もなかったように雨宮の方を向き言葉を発する。
「お前は神を信じるか?」
「はっ! 誰が信じるか!」
そう言って雨宮は神父へと駆ける。それに続く形で大男も駆けた。
神父は雨宮の返事に不気味に一瞬笑ったかと思うと
「さすが学園都市! いい答えだよ本当に!」
そう言った、神父はとてもうれしそうだった。