雨宮、大男の2人と神父の距離はおよそ20メートル。神父は動こうとしない。
と、神父との距離が5メートル程になったところで間に何者かが割り込んできた。
「チッ!」
すかさず雨宮は一旦距離を取る。大男が割り込んできた何者かに牽制の意を込めた風の刃を放つ。普段の喧嘩では能力を隠し、風の刃などというあからさまな能力など大男は使いはしないのだが、相手はこちらの情報をどうやら知っている。隠す意味はない。
ビュンという風切音がして、何者かに刃が当たる。
だがそれは、金属に当たったような鈍い音とともに消える。
「駆動鎧(パワードスーツ)か……」
雨宮がそう呟く。
駆動鎧(パワードスーツ)、おもに軍事目的に作られた、身体能力強化型の鎧(スーツ)。見た目は、灰色の甲冑を纏った。大きなものだが、その見た目とは裏腹に、鋭敏な動きができ、見ため通りのパワーもある。警備員(アンチスキル)では対能力者用としての採用もされている。
「私は相手はしないよ。順序ってのがあるしな」
神父がそう言うと、ホールの明かりが全て点き、全体が照らされる。
「雨宮さん……こりゃあ不利ですかね?」
「……だからどうした、銃を持ってないだけましだ」
暗闇がなくなったことであらわになったのは、雨宮と大男を囲むようにたたずむ。駆動鎧が4体だ。銃器類を所持していないだけ雨宮たちにとっては幸運なことなのだろう。
さて、どうするか……倒す必要はない、仲間を助けるだけだが……、結局は倒さないと無理か?
と駆動鎧に囲まれた雨宮が思っていると神父がなにやら話し出す。
「いやいや、君が何も聞かないからこっちから話すけど、自分が狙われる理由くらい知りたいだろ?」
雨宮は少し嫌な顔をしてから答える。
「なんだ?」
「アレイスターには聞かれていないから、大丈夫だよ。空気中のナノマシン? だったか? 知らなきゃ、筒抜けになるとこだったし――」
神父の話し方は、なにやら定まらない感じで聞きづらい。
「とりあえず私はね、計画があるんだよ。ちょっと予想外にも、時間が掛かるんだが……。運がいいことに、原作なんてものを知ってしまったからね。アークビショプは、まあ今更だけど。アレイスターが怖いんだよ。18巻だったか、そこまでじゃあ真意はわからなかったし。他にも神の右席があるが、あれは大丈夫だろ。とにかく、邪魔されたくないんだよ。仮に今計画の最終局面を迎えたところで、アレイスターの虚数学区で壊されるだろう?」
は? なにを言っているんだ? アレイスターは統括理事長。虚数学区? 原作?
雨宮には神父が何を言いたいのか分からなかった。大男も同じようで、駆動鎧をうかがいながら、「どうします?」という視線を雨宮に送ってきている。
だが、そんなことはお構いなしか、神父は頭に手を当て、芝居がかったようになおも話す。
「それでどうするか……どうするもなにも、全ての思惑を上から踏み潰した後で、計画を終わらせるのが、一番安全なんだよ。だがそれにはこちらも手駒がいる。魔術側はアレの他にも、いくらか当てはあるが、いかんせん科学側はね……放って置くのも、考えたけど、話からして、科学側がアレイスターの計画の要だろ? じゃあそちらを潰すのに手駒がいる。かと言って、原作キャラを使えば、アレイスターのプラン自体が変更になる可能性もある。ということでイレギュラーの君なんだよ。アレイスターによれば、レベル5なんて、いくらでも作れるらしいよ? 手順を踏めばね。 まあ居すぎても、困るから7人なんだろうけど……とまあそんな感じ?」
「意味が分からん……」
肝心の部分が抜けすぎで分かりづらい、神父の説明は、説明と言うより。頭の中にあることを話している。というだけの感じだ。理解ができるわけがない。
「……まあ、いいか」
神父がそう言ったとたん、雨宮達を囲んでいた駆動鎧達が一斉に襲い掛かってきた。
「近くに寄れ!」
「はい!」
大男が雨宮に近づく。雨宮は床に向かい拳を放つ。
ドンッ! という大きな爆発がし、駆動鎧達がよろめく。爆発は雨宮を中心にしたもので、たいした威力はないが、爆風は相当なものだった。
爆風の中から雨宮が飛び出してくる。その正面には一体の駆動鎧。
駆動鎧は一瞬たじろぐ、見た目は冷徹な機械に見えても実際は中に人が入っているのだ。先の爆発、その中から急に飛び出してきたことで、驚いてでもいるのか。 驚いているということは、雨宮の能力は聞かされていないのだろう。
「オラァ!!!」
雨宮の右手の拳が、手加減なしの一撃で駆動鎧を襲う。
駆動鎧相手に能力の出し惜しみは許されない。
雨宮の拳が駆動鎧の中心に当たった瞬間、爆発音と共に駆動鎧は吹っ飛び、壁を貫き動きを停止させた。雨宮の能力は触れた無機物を爆発させる。その威力に限界はあるものの、指向すら操ることが出来る。拳が当たった瞬間、最大威力の爆発を相手にのみ衝撃がいく形で放ったのだ。効果は絶大。相手が生身なら。粉々になっていることだろう。
大男は雨宮の背を守るように戦っていた。駆動鎧のパワーやスピードにはついていけずとも、得意の風の盾で、2人を相手に防御に徹していた。
どうやら、駆動鎧の中の人物は、手だれというわけではなさそうだ。
「さすがだ」
雨宮は大男の戦いぶりを見て呟く。自分のような駆動鎧を破壊できるだけの力がないのに、健闘している。やはり俺の仲間は強い。雨宮はそう思い。目の前の、もう1体の駆動鎧に目を向ける。
相手はこちらを警戒している。
神父の方は欠伸をかいて立っている。
雨宮は、駆動鎧に向かい拳を突き出す。
が、駆動鎧は右にステップを踏み。避ける。
(さすがに早い!)
雨宮はすかさず、後ろに下がる。
とその瞬間、つい1秒前まで雨宮が居た位置に駆動鎧の重厚な拳が振り下ろされていた。雨宮がその拳に当たったら、ひとたまりもないだろう。肉が潰れ、骨が砕ける。そんな一撃だ。駆動鎧は続けざまに雨宮の頭を狙いその金属の拳を打ち込んでくる。
「吹き飛べ」
雨宮はその拳が当たる寸前でしゃがみ、またも床を殴る。
けたたましい爆発音と共に床が砕け、その爆風および衝撃は、全て駒動鎧に襲い掛かる。
駆動鎧は衝撃に耐え切れず、ごろごろと転がっていき仰向けになる。そこに追い討ちをかけるように、雨宮は、駒動鎧の腹めがけ上から飛び込み、最大の一撃を放つ。
ドン!! という爆発音と共に、今度は衝撃を逃がしきれない、駆動鎧は、腹の部分を粉々に砕かれ、中の人間の腹までも吹き飛ばす。
駆動鎧から血が流れた。
雨宮は人殺しが初めてではない。研究所にいた時代。実験と評して、戦闘をさせられ、殺したことがある。だがそれは直ぐに、死体の処理の問題等で中止になった。誰かが警備員に通報した等のうわさも当時は流れたが、今となっては分からない。
雨宮は人殺しが好きではない。かといって、敵に躊躇するほど甘くもない。
(この駆動鎧は敵だ)
ならば、殺されても文句はないはず。これはもはや、楽しい不良の喧嘩ではないのだから……。
雨宮は、神父へと走る。
神父はそれに気づき不適に笑う。雨宮にはそれが楽しんでいるように見え、不愉快だった。それでなくとも、イラついている、怒っているのだ。拳に力が入る。
神父に、拳が届くまで残り3歩といったところで
パンッ!
という銃声がした。
「がっ……くそっ……」
神父は、こちらを見ている。その右手には銃があった。白の外装に、金の文字で装飾された。オートマチックの現代銃。学園都市内では旧式になるだろう。その銃を使い。雨宮の右足を撃った。
雨宮はその場で、倒れ、神父を睨み付ける。
「雨宮さん!!」
銃声に気づいた大男が、雨宮を心配して声を上げるが、駆動鎧2体の相手で精一杯。雨宮を助ける余裕はない。
「はいはい、注目」
神父はそう言うと、左の袖からもう1丁同じ銃を取り出し構える。
雨宮は、何とか起き上がる。
と神父が銃を連射する。
「神は罪人に罪を与える。 だが救いも与える――」
何発もの銃声と共に弾丸が飛ぶ。
「改心せよ! 跪け! 祈れ! 信じろ!――」
穴が空き、血が流れ、崩れ落ちる。
「何が正しい? 何が強い? 何が理想だ?」
銃声は止んだ。
「と、こういうかっこいいこと言いながら、撃つのに憧れてたんだよ」
そう言って神父は銃をしまう。
「おぉおおおおおおお!!!!」
叫んだのは雨宮だった。
銃の餌食となったのは、大男だ。
駆動鎧2体の前で血だらけで倒れている。いや、もう息はないのだろう。
雨宮は、足の傷のことなど忘れ、大男に駆け寄る。
駆動鎧は動かない。
「おい! しっかりしろ! 息をしろ!」
雨宮は大男を抱え、そう叫ぶ。だが返事はない。
そして、大男を静かに寝かせ。神父を怒りの形相で睨み付ける。
それを見た神父は、ニッコリと笑ったかと思うと
「もっといいもの見せてあげようか? ホラ!」
神父がそう言うと、駆動鎧を着た残りの2人が、駆動鎧を外す。
「なに……」
雨宮は驚いた。なぜなら、知っていたからだ。その2人を。
2人は体中傷だらけで、血を流しながら、どこか虚ろな目で、立っていた。
「お前ら……」
そう、雨宮の仲間だった。だが仲間が、雨宮を裏切るはずがない、それに様子がおかしい。
操られている。方法は分からないが操られている。
と、先ほど倒した、2体の駆動鎧を思い出す。2体とも生きてはいないだろう。
雨宮が殺した。
「お前が自分の仲間を殺したんだよ? 最悪だな」
神父が雨宮に真実を伝えるかのごとく、そんなことを言う。
「俺が殺した、仲間を……なんでだ……何でこうなる……ふざけるな…ふざけるなぁぁぁああああああああ!!!!!」
雨宮は叫び、涙を流しながら床を力の限り殴る。
大きな爆発だった。
ホールが吹き飛び。周りの建物も吹き飛ばした。
この中で生きていられるはずはない。
更地となった、ホールが元あった場所に雨宮は倒れていた。かすむ意識の中、見た。雨宮を見下ろす神父を。
殺したと思った。だが神父は無傷だった。
「あ~あ、これ凄いな。これでやっとレベル5? なのかな? でも凄いよ。君の仲間はあの爆発の中、無傷だよ? どうやったんだ? 科学の神秘だよ。ほんと。それで君は自分の力で傷を負ってるんだから本物だな~。そうそう、君はグループに入るよう手配しといたから。1人くらい増えたっていいでしょ。……でも覚えとくように、私が命令はアレイスターより優先だよ。仲間は預かっとくから、しばらくは楽しく暗部やってな。分かってるね? もしなにかしたら、仲間は皆殺しだ」
そう言って神父は去る。そして雨宮も意識を失った。
それから、どれくらいがたったのか、もしくはそんなに時間はたっていないのかもしれない。雨宮は目を覚ます。
そこは暗い部屋、窓もなく扉があるだけのアスファルトの部屋。
「起きたかにゃー?」
「……」
「今日2人目だ。こういう日もあるのかにゃー?」
「……」
雨宮は、学園都市の闇へと引き摺り堕ろされた。
それは、なんの理由あってのことか。いや雨宮自身にそれに対しての理由はない。ただ利用されているだけ。だが、雨宮には、まだやるべきことが残っている。
生きている仲間を助けることが……