麦野沈利(むぎのしずり)の朝は研究所から始まる。
茶髪の長い髪をボサボサにした彼女はベッドから上半身だけ起こすと眠そうな目をしながら辺りを見回す。
汚い部屋だ……。
起きて始めに思うことは大体これだ。それというのも散らかっているのが原因だ。流行の服に化粧品、鏡や鞄までとにかく床に散乱しているのだ。部屋の中は棚などない。白い8畳ほどの部屋にキレイなベットが1つ。後は上記の通りな散らかり具合だ。
昔はこうじゃなかった気がしないでもないけど……。
まだ目が覚めないのか、虚ろな表情でそんなことを考えてしまう。彼女は気分屋だ。
それがこの惨状を産み出していた。しかし彼女自身が思ったように昔はここまで酷くはなかった。最近は特に怒りっぽくなった。
気に入らないことがあると片っ端から叩き潰したくなる衝動に駆られる。たしかに前からこのような性格ではあったが限度が違う。
どうしてこうなった?
いつもは考えないことを空虚な夢のように考えてしまう。
あいつがいなくなってからか……。
彼女は、自身がドンドンと、自身がかつて望んだ人間らしさから離れて行っているような気がしてならなかった。そんなことを思うのも、ホントにわずかではあるのだが……。かつては誰かに優しくすることで保っていた何かがなくなったからなのかもしれない。いや、正確にはある人物に向けていた一定以上の感情が消え失せていったからなのかもしれない。
彼女は辺りをもう一度見回してから一言。
「胸糞悪い……」
そう言ってベッドを降りる。髪を梳(と)かし、床に落ちている時計を見るともう昼過ぎだった。
下着姿で寝ていた彼女はパッと床を見て、明るい色のTシャツにそれに合ったスカートを合わせ、ストッキングを履いて入り口に脱ぎ捨てられていた靴を履く。
部屋から出てすぐに白衣の男性が声を掛けてきた。
「調子はどうだい?」
「いつもどうり。な~んも変わんない」
「そうか」
そう言って2人はすれ違う。研究所からは子供たちの声がところどころ聞こえた。
だが、それはけして楽しそうな声ではない。彼女は研究員ではないし大人でもない。やっと少女ではなくなった女だ。だが彼女は研究員でもないのに唯一、研究所内、研究所外、両方で自由を認められていた。彼女は一直線に研究所を出て行く。
麦野沈利。彼女はここが嫌いだ。寝る為だけに帰って来ているようなもの。
外は暑かった。それはそうだろうもう8月半ばだ暑くて当たり前。今日、いつものような仕事は入っていない。
「あれ? 日焼け止め塗るの忘れたんだけど」
プールに行くのもいいと彼女は思う。しかしたまには散歩でもと思った彼女は歩く。それでいい店でも見つけられれば儲けものだ、そう思った彼女は欠伸をかいて、歩き出す。
30分ほど歩いただろうか。繁華街まで出てきた彼女は突然現れた、黒い髪の外国人少女にぶつかる。背の低い14歳位だろうか。ぶつかるといっても相手が一方的にぶつかってきたのだから麦野に非はない。
「危ないじゃないの~」
「すいません! あ! 100円くれません?」
「ウン、ウン、そうかそうか。いろいろ間違ってるよねそれ?」
と、麦野は少女を払い倒すように拳を振るう。単にムカついただけだった。
「とうぃ!!」
だが少女はそう掛け声を上げて、スッとかわし、そのまま人込みに紛れて消えていった。
何だったのかな? あれ。変な子
麦野はそう思ったが、追いかける気もないのでブラブラと歩く。
と、いつの間にか繁華街を抜けたところにある公園。噴水の前まで来ていた。
「ここ……」
彼女は急に憂鬱になった。思い出。いい思い出。だけど思い出したくはないない思い出。それが頭の隅に過ぎった。当てもなく歩いていたせいで、いつも避けていた場所まで来ていたのだ。とにかく憂鬱な気分になった。
どこかコンビニで弁当でも買って食べよう。
とにかく他の事を考える。今日はどの弁当にしようかと。
シャケ弁? いや、昨日もシャケ弁だったし。 あ、でももしかしたら今日のシャケ弁は何か違うかも。
たわいもないことを考えながら。最寄のコンビニにを目指す。
コンビニへと入ると中は外と違い、涼しかった。冷たい冷気が火照った体を冷やしてくれる。彼女は適当に飲み物を選び。シャケ弁を持ってレジへと向かった。
店員は夏休み中のバイトだろうか、高校入りたてです。と言わんばかりの女の子がなにやら、あたふたしながらレジを打つ。
すると急にレジからブザー音がなり、女の子は慌ててなにやら操作する。だが詳しい操作の仕方など知らないのだろう。何度もブザー音が鳴る。その異変に気づいた店長らしき男性がレジの奥から慌てて出てきた。その頬にはご飯粒がついている。きっと昼食でも取っていたのだろう。客足も少なそうだ。少しの間だけ新人に任せたらトラブルが起きてしまった。と、いうところか。
「すいません! お客様! もう少々お待ちください」
「い~よ、い~よ。 でも早くしてね」
麦野はそう言いつつガラスで出来た自動ドアの外を眺める。そこは夏の太陽の攻撃をくらい空間が歪んでいた。
なんとなく外を見ていた彼女の視界に、コンビニを通り過ぎる1人の人物が目に留まった。
「え!? ……生きてたんだ?」
彼女は目を見開く。信じられないものを見るかのように。目に留まった人物はオールバックに柄シャツといった、なんだか古めかしい格好をしている、少年とも言えなくもない男だ。彼女が知っている時の彼の格好ではなかったが確かに彼だった。
かつて、彼女の居る研究所に居た彼だった。同じ頃に引き取られ。同じように努力をし。自分の気分で優しくした彼だった。
だが、後を追うことはしなかった。再会を果たそうとは思わなかった。
もう違うから……。
彼女はもう彼女の中の何かをなくしたあとだ。会う気にはなれない。出来るならあの頃の自分を覚えていてもらいたい。今の私など知らなくてもいい。
そこでコンビニの店長が謝罪の言葉を入れながら彼女に話しかけてきた。
「あ~はいはい」と軽く返事をして、お釣りを受け取りコンビニを出る。憂鬱な気持ちに変わりはない。彼を見たせいでよけいにだ。だがこの感じは心地いいと思った。
今日一日この気分でもいい。そう思った。だがそれは一本の電話で壊された。
「もしもし、つかぬ事をお聞きしますが何の用でしょう?」
『いや、仕事に決まってるじゃない! 何その質問!』
「今とてもいい気分だったので、最悪のタイミングですね」
『仕事、仕事! 今すぐね。 とりあえず1つ邪魔な研究所が見つかったから潰してきてほしいのよ。もう1人くらいは
向かわせるからさ~』
「1人で十分でしょ」
『一応ね。能力者囲ってるみたいだし』
「みな殺し決定」
『ついでにバラバラにしちゃて、私もいい映画見てた途中で気分害されてイラついてんのよ』
「管理者がなにをいってるんでしょう?」
そう言って電話を切る。彼女の仕事は。統括理事会を含む上層部暴走の阻止を主な業務とすること。そして彼女はそのための学園都市の暗部組織『アイテム』のリーダーである。
それから30分後……学園都市のとある研究所内。
逃げ惑う研究員達。抵抗する能力者達。
それを追う形で麦野と、フワフワしたユニットのワンピースを着た12歳くらいの少女が歩いていた。
「これは駄作なB級作品くらいな超蹂躙ですね」
少女がそう言う。彼女を狙って、研究員が銃を先ほどから撃ってはいるものの、彼女に傷はない。先ほどから彼女は適当にその辺の物を掴んでは、ものすごいスピードで投げつけて一掃していた。
彼女の後ろを歩く麦野の表情は、ブチブチと引き裂くように笑っていた。
「あ~……いい気分だったのに……ホントこれどうしてくれるんだろ? あれだよね取り返しつかないよねこれ?」
そして一言。
「ブ・チ・コ・ロ・ス」
麦野を中心に、真っ白で不健康的な光の筋が、四方八方に飛び、研究員、能力者、建物全てを巻き込み襲い掛かる。惨状が生まれた。
彼女の能力は『原子崩し(メトロダウナー)』あいまいなままの電子を物体にぶつけ破壊する。正式な分類は『粒機波形高速砲(りゅうきはけいこうそくほう)』第三位の超電磁砲とは違い、波も粒子も使わずに電子を操る『超能力者(レベル5)』光線の1本1本は金属を紙くずのように吹き飛ばし、厚い壁を溶解させる。
麦野沈利(むぎのしずり)学園都市の頂点、7人のレベル5が1人。学園都市第四位。それが彼女だ。