聖ジョージ教会。
世界的な教会と比べれば小さく、しかしそこそこ大きな教会。
その内部、隠された一室には2人の本来なら相容れぬ関係であるはずの人物がアンティークなテーブルを挟み。それまたアンティークな椅子に座って対峙していた。隠された一室と言っても、地下のシェルターなどではなく、ただの部屋、窓からは「良いお天気ですね」と言いたくなるほどの清々しい木漏れ日が部屋を照らしている。
だがここが隠された部屋というのには訳がある。見つけることができないのだ、外からも教会内からも、物理的にではない、なぜか目に留まらないのだ。古くからこの一室はあることの為だけに使われてきた。『御伽の魔女ジラ』、魔女で唯一世界に関わりを持つ彼女。あまりにも強大すぎる彼女。その彼女とイギリス清教は『本当の魔女狩り(戦争)』の末、ある種の協力関係にある。それは魔術側と科 学側の関係に近いものであり、そうでないものだ。
各々が境界を踏み外さないこと、それでいて友好であり続けること。今のイギリス清教のトップであっても、なぜ強大な力のある魔女がそんな協定まがいのものを今も続けているのかは分からない。遥か昔にどんな約束事をしたのか誰も知りはしない。
しかしこの協定まがいは有効活用すべきものであり、けして忘れてはいけない。このことを知っているのはイギリス清教内ではほんの数人。そして魔女を狩るのもイギリス清教の裏の顔の1つ。
「今日は来ていただいて、本当にありがたきのことなのよ」
そう言うのはこの隠された部屋にいる人物の1人。『イギリス清教、最大主教(アークビショップ)、ローラ・スチュアート』。簡素なベージュの修道服に身を包んだ、見た目18歳ぐらいの少女。光り輝く白い肌に、透き通った青い瞳。黄金の長い髪は身長の2,5倍はあり何度も折り返して大きな髪留めで固定している。
大変美しい少女なのだが、奇妙な日本語を話したせいかバカっぽく見えてしまう。
「なんだ? その日本語は。気でも狂ったか? 小娘」
そう紫煙を吐きながら話すのはもう1人の人物。『御伽の魔女ジラ』。黒のローブで身を包んだ、見た目20代後半のどこか風格漂う女性。口には紙タバコを咥え、だるそうな顔をしている。彼女もローラに負けず劣らずの、美しい流れるような長い金の髪を持つが、その印象は正反対で大人の魅力に溢れている。
「なんと! やはりおかしけるのね……先ほどステイルにも言われたるに、つちみかどめ。それはそうと、わたしは小娘でなくのことよ」
「私から見りゃ、どいつもこいつも、ガキにしか見えないんだよ。よかったじゃないか? 実年齢知っても、小娘なんて言ってくれるのは私くらいだろう?」
「年齢の話は関係なきのことよ!」
ローラはガタンッと椅子から立ち、そう言う。年齢の話はどうやらタブーらしい。
「落ち着け小娘。それより話は何だ? 『法の書』の件か? ずいぶんと回りくどい情報が飛び回っているが……手でも貸して欲しいのか?」
ローラは椅子に座り直し。
「どうしてそれを知ってふるのことなの。情報が筒抜けだと交渉もできふるというに」
「私に交渉など300年は早いな」
紫煙が部屋中を覆う。
「しかし、それではなきよ。ローマ正教のそれはある意味、陽動。重要ではあるのはかわりなきにも、もう一方のほうが大事けるの」
「ほう……。それは初耳だな」
「われらとて努力してふるの。ローマ正教が日本で『ソロモン』を発掘したそうなのよ」
と、そこでジラの顔つきが変わる。たいそう不機嫌ですと言わんばかりに顔をしかめる。
「あれは日本人にあげたはずだが? 発掘だと?」
「いつの時代の話をしているとのこと。その家系はすでに滅んでいふるに。それで『ソロモン』は行方不明になったけれど、ローマ正教が発掘したるのよ。あれはあなたが作った霊装なるに、手を出していいか迷いけるの」
ジラは新しいタバコを咥える。するとライターも使わず1人でに火がつく。この部屋で魔術は使えない。しかし彼女は確実に使った。ローラはこの程度の結界で封じることができないのを分かってはいたが驚き、目を見やる。
ジラはそんなこと気にも留めずに話す。
「ああ……死んだのか、いい日本人だったのになぁ……わかった。手を出すな『グリゴリ』も試して見たかったところだ。私が奪い取ろう」
「然るに『ソロモン』はイギリス清教に渡してもらうのよ。『ソロモン』などと冗談めいた名前の物を持たしておくことはできぬでしょう。あれはイギリスという国家を破壊するものであるに」
「……まあ、普通はそうなるな、いいか、どうせ冗談で作ったものだ。いいだろう。」
「ではお任せするのよ。実際こちらもそこまで手が回らないのが現状なるに助かる」
ふぅーとローラは息を吐く。それを見てジラは手を違う違うと振る。
「?」
「ただでやるわけがないだろ。魔導書の原典を一冊もらおう」
「くっ……仕方なきのことなのね……」
9月8日。
艶のある漆黒の長い髪、透き通る様な白い肌、黒のワンピースの少女、セシリアはタロットカードが散乱するテーブルに向かって唸っていた。
これは魔術の訓練である。実際に魔術を行使する訳ではないのだが、タロットカードの『偶然の中の必然』による解釈を高める為のもので、重要な訓練なのだ。
朝起きてから1時間の訓練。それがセシリアの日課だ。
「ただダラダラしてるだけだと思ってた人は残念ながら不正解です」
誰に向かって言っているのか、そんなことを机に向かって、1人呟く。時刻は午後2時を過ぎたところだ。今セシリアのやっていることが起きてからの日課であるというのなら、十分にだらしない生活のような気がするのは、気のせいなのだろうか?
部屋の主である、青髪ピアスはもちろん学校だ、近頃は学園都市の運動会、『大覇星祭(だいはせいさい)』の準備に追われ忙しいようで今日も帰りは遅くなるとのことだ。
『大覇星祭』とは言ってしまえば大運動会だ。100万人単位の学生すべてが参加する運動会。それはスケールが大きくなるのも頷ける。しかも『大覇星祭』の競技中は能力の全力使用が推奨されているのだ。
この日限りは、消える魔球や燃える魔球、それに対して氷の壁に風の壁といった、能力の衝突が見ることができる。
期間中の1週間は学園都市が一般公開され、テレビの中継も入る。普通のスポーツで見ることができない派手な試合は、かなりの視聴率を得るらしい。
「最後にシュミレーションですね」
セシリアは思い浮かべる。絶体絶命の状況を、けして逃げることのできない状況を。
「場所は路地裏……人気はなく、昼というのに薄暗い……」
より正確に思い浮かべる。
「後ろは壁……そして目の前には……」
そしてセシリアは最強の敵を思い浮かべる。
「そう目の前には……狂乱! 狂乱! 言ってバズーカ片手に歩み寄ってくる凶華様……」
まあ……イメージなので、敵は誰でも言いといえばいいのだが。ずいぶんと現実離れしてしまっているようだ。
「そして凶華様はとうとう宴を開始されたー!! とうっ!」
と、テーブルに散乱するカードからテキトウに1枚手に取る。
「愚者のカード……運命、めぐり合わせ、終末。術式は攻撃系ですかね~。まあ運命なんてものを言うなら、力を借りるのは偶像神タゴンってとこですね。というか何やっても凶華様に勝てる気しないんですけど!! ということで今日は終わりです!!」
そう言いカードを片付けると紐で括った漆黒の魔導書を肩からぶら下げ、おもむろに玄関を出て行く。
散歩もセシリアの日課だったりする。毎日いろいろと発見があるそうな。しかし学園都市は学生で出来た都市だ。下校時刻になるまで外は異様なほどに静かだったりする。
いつも通りに目的もなくブラブラとセシリアは歩く。空に浮かぶアドバルーンには布状の看板ではなく、最新の超薄型画面がぶら下がっており、電光掲示板のように下から上へ『備えあれば憂いなし 大覇星祭の準備 がんばりましょう! ――風紀委員』という表示が流れていた。
それを見てセシリアは思う。
もうそろそろ原作で言う次の巻なんですかね~。正直ここまで来ると、日にちまでは覚えてないんで分かんないですけど。まあ、次も関係なさそうなんでいいんですけどね。気を付けるは、また魔女関係でどうやらこうやらってとこですかね~。
はぁー、とセシリアはため息をつく、セシリアは今回も上条当麻の活躍には関わらないつもりらしい。無難といえば無難だが、なんだかなという感じだ。
ちなみにセシリアの原作知識によれば、オルソラ・アクィナスというローマ正教のシスターが『法の書』と一緒に天草十字凄教という日本の小さな組織に攫われた。それを上条はイギリス清教、ローマ正教と共に奪還するが、実はローマ正教はオルソラを捕まえるのが目的だった。オルソラは攫われたのではなく、助けを求めただけだった。そして上条はオルソラを助けるため今度は天草十字凄教と協力し、拳ひとつで立ち向かい見事ハッピーエンドということのようだ。
「上条さんはロリすら殴る!!」
なんてことをセシリアは拳を突き上げ人気のない道で叫んでいると、目の前から知った顔の人物が歩いてくるのが見えた。
その姿はどんどんと鮮明になっていく。赤い髪、咥えタバコ、目の下のバーコード。そして神父服。
「自称14歳のステイルのアニキです」
「自称じゃない!!」
ステイルはセシリアの前まで来てそう抗議する。彼は大人びてはいるが本当に14歳なのだ。
「どうしたんですか? 久しぶりですね~」
セシリアは久しぶりに会ったステイルにニコニコと笑顔を向ける。
「魔女セシリア。僕は君になど会いたくはなかったよ。 では僕は急いでるんで」
ステイルはその場を去ろうとする。
が、その時
「ていぃ!」
「あ?」
スパーン! とセシリアは魔導書を左手に持ち右手で紐を鞭のように振りステイルの咥えているタバコを叩き落す。
「……では僕は用があるんでね」
ステイルは眉間にしわを寄せながらも新しいタバコを咥え、何事もなかったかのようにその場を去ろうとする。
しかし、セシリアは許さない。
「ていぃ!」
ステイルのタバコがまたも叩き落とされる。
ステイルはセシリアの10センチ手前まで急接近しセシリアを見下ろす。そしてセシリアもステイルを見上げる。
異様な空気が漂ってくる。
そして2人は恋に落ちた……。
「落ちるかぁああ!! なんでそうなる僕は怒ってるんだよ!」
「ですよね~」
「もう邪魔をしないでくれ。僕は急いでるんだ!」
「とりあえず、ちょっと行ったところの公園で休憩しましょう。 ジュースおごって下さい」
「……君は話を聞いてるのかい?」
ステイルはまたも新しいタバコに火を付ける。
「ていぃ!」
が、セシリアによって阻止される。
「……」
「いいじゃないですか~。じゃないとインデックスさんにステイルさんが好きって言ってました! って言いますよ! そして気まずい雰囲気になるんですよ?」
「な……なにを」
ステイルは意外にもあからさまにうろたえる。インデックスについてのことは彼の弱みなのだろう。
2人は公園へとやってきた。
ステイルはベンチに座り、やっとタバコを吸う。やっとのことで吸うことが出来たタバコを少し味わっているようにも見えるのは気のせいだろうか。
セシリアは缶を2つ持ってステイルへと駆け寄ってくる。
「はい、これアニキのです」
「その呼び方は何とかならないのかい? ん? 僕が渡したのは1人分の料金のはずだけど?」
「私が出しましたよ。1人分くらい持ってますよ」
セシリアはシレッと言う。
「……じゃあ僕は何のために……」
そう少し肩を落としステイルは呟く。そして缶に手をかけ、一口飲む。飲み物を飲む際も口に咥えたタバコを離さないのが、タバコ好きを心底表していた。
「……なんだいこの苦い飲み物は」
「緑茶ですがなにか?」
「僕がイギリス人だと知っての嫌がらせかい?」
「私は普通に飲んでますよ?」
セシリアはステイルと同じく緑茶の缶を、ステイルとは違いゴクゴクとおいしそうに飲む。セシリアも見た目は外国人だが、心は日本人なので緑茶くらいではどうってことはない。
ステイルはその様子に不思議なものを見るかのように、セシリアを見つめる。
セシリアもそれに気づき見つめ返す。
そして2人は恋に落ちる……。
「落ちるかぁぁぁああああああ!!」
ステイルは口からタバコを落とし、盛大に手に持つ缶を地面に叩きつけながら立ち上がり叫ぶ。
「だからどうしてそうなるんだ!! おかしいだろ!!」
「ですよね~!」
「……じゃあ僕は失礼するよ」
ステイルは新しいタバコを咥えなおしそう言う。
「ていぃ!」
が、叩き落される。
「……僕ももう我慢は出来ないよ……」
「上条さんによろしくです~!」
ステイルがもう我慢はしない、と思ったのもつかの間、セシリアはそう言ってすごいスピードで、走り去っていった。
「時間の無駄だった……」
残されたステイルは新しいタバコに火をつけそう呟く。もちろん周囲には万全の警戒を張りながらだ。
もう空がオレンジ色に変わりつつある時刻。
セシリアは青髪ピアスの部屋に戻っていた。十分に散歩は堪能できたということなのだろう。セシリアは玄関で靴を脱ぎ、中へと入る。セシリアは少しだけ安心していた。ステイルが学園都市にいるということは今日が事件の日なのだ。気にしないとはいえ、やはり原作の事件に魔女絡みで何かしら関わるかもしれない。だがもう夕方。ステイルと会ったが何もなかった。今日はあと夕飯食べて寝るだけだ。大丈夫と。
セシリアは部屋のベットに飛び込む。
そしてゴロゴロと何回か転がった後、横を向く。
と、テーブルの上にA4くらいの封筒があった。
「あれ? いやな予感です……」
セシリアはベットから下り、テーブルの封筒を手に取る。
そこには『セシリア様へ』と、大きくマジックで書かれていた。