封筒の中身は手紙と書類だった。
セシリアはとりあえず手紙に目を通す。そこにはシャープペンででも書いたのだろう綺麗な文字で文章が綴られていた。
『詳しいことは後で聞いてください セシリア様にはグリゴリの指揮を執ってもらいます 学園都市ゲート付近のバス停からバスに乗ってください 西東京第四停留所で下りてください そこにグリゴリのリーダーが待っています 行かなければ即死です(ジラ様命令) 東条歩 』
「……」
しばらくセシリアは動かない、動けない。こうもあからさまに怪しすぎる内容の命令文だとセシリアにも思うところはあるのだろう。考えにふけっているのか驚いているのか、とにかくセシリアは時間が止まったかの様にしばらくの間止まっていた。
「ああ……避けきれない。避けきれないです。御都合主義全般はどうやっても避けられない。フラグ自体はきっと避けられるんですよ。うんきっと。でもプラス御都合主義となるとね~。 もう少し順序があってもいいと思うんです……」
ガックリと肩を落としてセシリアはそう言う。ここで叫んだり、喚いたり、無駄に突っ込みを入れてみたり。挙句の果てに泣いたりしないのは成長なのだろうか? しかし、むしろ初めからどちらかと言うとこんな感じでは、なかったか。と、と思わせる最近のやる気のなさを考えれば成長ではなく慣れなのだろう。
書類の方にセシリアは目を通す。それは外出許可証だった。学園都市は言ってしまえば機密の塊だ。誰一人として用意に学園都市外には出られないように厳重な審査の元、外出には許可証が必要となる。その為、歩がなんらかの手回しでセシリアの外出許可証を取ったのだろうが、夏のエンゼルフォール時の簡単な外出を見てみれば、そんなに厳重でもなかった気がする。
セシリアが学生ではないことが関係しているのか、それともセシリアのIDにはなんらかの権限があるのか。セシリア自身にも分かりはしないがとりあえず今回はその書類を使えといったとこだろう。
「はい、はい。わかりましたよ~」
セシリアは赤い紐で括られた魔導書を肩から掛け玄関を出る。
もちろん、行かない。という選択肢もあるにはあるのだが『即死』というところがどうにも、それだと避けきれない気がするのでセシリアは行くことに決めた。とは言ってもセシリアに何らかのヤル気を期待するだけ無駄だ。
(適当に行って何か知らないですけど適当にやって帰りましょう)
と、これがセシリアの心の内なのだから。
西東京第四停留所付近の喫茶店。
ちょうど覗けばすぐそこに停留所が見え誰が降りてきたか分かる窓際のその席に2人、黒のローブを羽織った人物がいた。明らかに怪しいのだが、その2人が銀髪に赤毛、その上外国人とあって、何かのコスプレ、または趣味だろうと店員は解釈していた。
「ナイルさん。セシリア様ってどんな人なんですか? ナイルさんの師匠なんですよね?」
そう言うのは黒のローブの肩くらいまであるフワフワとした赤毛の14~15歳位の少女。明るい表情がなんとも印象的で、見ている方も笑顔になりそうなくらいだ。 『明るい可愛い女の子』を黒のローブさえ除けば絵に書いたような少女だった。
「ああ、セシリアねぇ……分かんない奴だよ。今も昔も……」
そう答えるのは銀髪のショートカットの少女の面影が薄っすらと残る女。顔には蛇の刺青が這うように何匹も彫られている。声は透き通るような高い声。スラッとした体系をし、顔も刺青さえなければ相当な美人だろう。
赤毛の少女がなにやらメモ用紙を取り出す。
「買出しの紙か~?」
銀髪の女は語尾を妙に延ばす喋り方が癖のようだ。
「はい。その為に一緒についてきたんですから」
「で? 100人分全部、お前任せにしたのかあいつら……」
「まあ、あんまりぞろぞろ行くのも怪しいですしナイルさんもいますし」
「私がパシリしてどうすんだよ~」
「まあ、ナイルさんも怪しいですからね」
「それ嫌味?」
はぁ~とため息をつく銀髪の女に、赤毛の少女はたしなめる様に「ま~ま~」と声を掛ける。
「何買うんだ~?」
赤毛の少女はメモ帳をパラパラとめくり。
「え~と、お寿司が34人。天ぷらが25人。すき焼きが20人。蕎麦が19人。とりあえず何でもいいいからアニメ関連の食品が1人です。ちなみに私はお寿司です」
赤毛の少女はそう言った後「どこで買いましょう?」と首を傾げる。
「うおぉぉぉおおい!! 観光気分か! 観光気分なのか! そんなもん買ってられっか~!! パンだ!パンにする! 箱買いだ! それ以外は認めねぇ!!」
銀髪の女はそう言ってテーブルを叩く。
周りのお客が何事だ、と2人を見る。ただでさえ目立つ2人が騒ぐとさらに目立つ。
赤毛の少女はそんなこと気にもせず口を開く。
「はい。じゃあナイルさんのパン好きのせいで強制的にみんなパンにしましょう」
「……なぁ。お前私のこと嫌いか?」
「でもナイルさんって美人ですよね~」
赤毛の少女は無垢な笑顔で何の脈絡もなく銀髪の女を褒める。が、女は喜ぶわけもなく
「やっぱ嫌いだろお前!!」
セシリアは学園都市から2キロほど離れたバスの停留所へと向かっていた。もう9月だというのに外はずいぶんと暑い。夕方で太陽も沈みかけているとはいえ、今だ太陽の猛威は確実にセシリアの体力を奪っていく。もともと行く気もない所へ行くのだから、セシリアは余計に疲れる気がしてならなかった。コンビニを通り過ぎる時飲み物を買おうかどうか迷ったセシリアだったが、バスの料金のことを考えると手持ちの少ないセシリアは足らなくなったらどうしようかと思い、買うのを諦めることにしたのだった。
コンビニを少し過ぎた所にバス停はあった。停留所は小さく、ベンチが2つに雨除けの屋根が付いているだけ。ただ老朽化が進み、プラスチック製の屋根は所々バキバキと割れていた。
と、セシリアは停留所に誰かいるのに気付く。猛暑のなか長袖の真っ黒な修道服を着た少女だ。セシリアよりいくつか身長が高く上条くらいだろうか。彼女はフル装備といった感じで、両手は白い手袋で覆われ髪も見えなかった。インデックスが付けている様なフードの他にウィンプルが髪全体を隠している。が、よく見ると肩口や膝上20センチの高さで横一線するように銀のファスナーがついていて袖やスカートは着脱式になっているらしい。
セシリアはそのシスターさんらしき少女を見て思う。
(オルソラさんですね~。確実にオルソラさんですよ~!)
そう、そのシスターこそが今回の上条が関わる事件のヒロインことオルソラ・アクィナスだ。
とはいえセシリアには今のところ何の関係もない訳で気にすることでもない。
オルソラはバスの時刻表をジッと見つめている。セシリアも時刻表は見たいので隣に立って見る。がそこで結局時間が分からないのでただ待つしか道はないことにセシリアは気付く。
「時計くらい誰か買ってくれればいいのに」
そんないろいろと間違ったことをセシリアが呟くと、隣のオルソラが話しかけてきた。それはとてつもなく丁寧な日本語だ。
「恐れ入りますが、学園都市に向かうにはどのバスに乗ればいいのでしょうか?」
学園都市へのバスはない。一部の許可証を持った業者以外は、正式な手続きを取った上で歩いて入ることになる。オルソラはそのことについて知らないようだ。ちなみに原作ではそれについての会話が上条とオルソラの出会いになる。
(上条さんとの出会いを潰すのも可愛そうですね~)
そう思ったセシリアはそのことについては答えないことにした。
「私もよく分かんないですね~」
「そうでございますか」
オルソラは落胆したような顔になる。
が、ここで会ったのも何かの縁ということか、オルソラはセシリアに世間話を持ちかけてくる。
「ところであなたも日本人ではないようですが、日本語がお上手で」
「そんなことないですよ~。あ、喉渇きません?」
「では他の誰かに聞くしかないのでございますね」
「そうですね。誰かに聞かないと。コンビニそこですよ?」
「いえいえお上手ですよ。私なんてまだまだです」
「……じょうずですよ~」
「確かに暑いのでございます」
セシリアはよし! と思う。
「じゃあ飲み物を」
「バスの路線図を読めればいいのですけど……」
「……参りました」
セシリアは古びた停留所のベンチに腰を掛ける。
オルソラは会話が巻き戻る。とはいえそれは思考回路がおばあちゃん的なだけであり。今のセシリアとの会話ほど酷くはないはずなのだが……。案外わざとなのかもしれない。
「麦茶ならございますよ」
オルソラは修道服の袖から魔法瓶を取り出し中身を蓋に注ぐ。
セシリアはそれを受け取り口をつけ。
「あつ!! 夏なのに!!」
「冷たいのはお腹に悪うございますよ」
「でもこんなに熱くなくても……」
「コンビニとは何でも売っていると聞いたのですがそれは本当なのでございましょうか?」
「わ~あついのおいし~!」
セシリアは麦茶を飲み干すことに専念した。そうこうしているとバスがやってくる。ここが終点なので、これ以上は行くことはない。後は戻っていくだけなので、とにかく乗ればいいだろうとセシリアは思う。
セシリアはオルソラに魔法瓶の蓋を返し、お礼を言ってからバスのステップを上がる。
そこにオルソラが、セシリアの後に付いてくるようにステップを登ろうとする。
「これじゃあ学園都市行けないですから、後で来るツンツン頭の人に聞いたらいいですよ」
「さようでございますか。では」
「さようならです」
オルソラはバスを降りる。
セシリアは一番奥の席に座ろうとする。が、そこでまたもオルソラが上がってきた。
「だからこれじゃだめです!! なんですかもう巻き戻るとかじゃないないんですけど! 話し聞いてますか? ワザとですか! ワザとなんですか!」
「あ! そうでございましたね。 ではまたいつか」
オルソラが今度こそバスを降り扉が閉まる。
(強敵だった……)
セシリアはそう思いつつもバスの中のある路線図を見る。『西東京第四停留所』は4つほど先のようだ。
それから20分ほどして目的の場所にセシリアは着く。なんとか料金的には大丈夫だったことにセシリアは安心したのだが、そんなことよりも誰かが待っていると手紙には書かれていたのだ。セシリアは辺りを見回す。ほとんど住宅街といったところで何もない。
と、振り返るとそこには小さな喫茶店があった。住宅街にひっそりと佇む喫茶店こういう店が隠れた名店などになるのだろう。
(だれもいないんなら帰りましょうか……)
セシリアがそう思っていると。喫茶店から見るからに怪しい2人組みが出てきた。2人とも見るからに魔女といった黒のローブを身に付けている。1人はセシリアと同じくらいの身長の赤毛の少女。
そしてもう1人はセシリアの知っている顔だった。
顔の刺青。銀髪。
ナイル・アウソン。
セシリアが学園都市に住んでまもない頃、セシリアを殺しに来た魔女。セシリアの腕を切り落とした魔女。
「……帰ります」
ナイルはセシリアを見て声を上げる。明らかにニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべながら。
「セシリア~。久しぶりだな~。腕の調子はどうだ~?」
セシリアは思う。
やっぱり歩さん関係はろくな事がないと