アリス達3人はグレゴリのメンバーが待つとある港にある大きな倉庫へと来た。
潮風に晒され老朽化の進んだその倉庫は、しかし今だ健在だと言うことを主張しているかのように堂々と建っている。そんな倉庫の大きな鉄で出来た扉をナイルがゆっくりと人一人が入れるくらいに開け、入っていく。それに続きアリスとセシリアも中へと入る。
中は真っ暗とまではいかないが暗い。所々儀式用なのだろうか蝋燭が立てられそれがある種の薄気味悪さをかもしだしていた。倉庫内の広さは一般的な体育館と同じくらいで港の倉庫としてはさほど大きい方でもないだろう。
「帰った」
アリスの数歩手前を歩いていたナイルがそう言う。するとただ広いだけの空間にいる多くの人間達が声を返してきた。
「姉さんお帰りなさい」
「セシリア様どこ~?」
「うるさいのが帰ってきやがった……」
アリスが声のする方へ視線をやると黒のローブを着た者と灰色のローブを着た者が数十人単位でグループを作っていた。
黒のローブを着た者はなにやら蝋燭を囲みブツブツと何か言っている。そういった光景は倉庫のあちこちで見られる。
準備は上々だね。
とアリスがその光景を見て思っていると、アリスの後をチョコチョコと付いてきている偉大なる魔女セシリアが声を掛けてきた。
「何か暗いですね~」
「人間的にも暗いですよ」
「うわぁ~……」
そうアリスが苦笑いしているセシリアに話していると、ナイルがセシリアに向かいグレゴリのメンバーについて説明をし始めた。
グレゴリのメンバー。20人の魔女と80人の悪魔信仰型魔術師の集団。魔女は御伽の魔女ジラのこだわりらしく、全て女。悪魔信仰型の魔術師の方は男女が半々といったところ。20人の魔女とはグレゴリにおける天使長の数を模している。
黒のローブを着ているのが魔女。
灰色のローブを着ているのが魔術師だ。
「実際魔女20人も集めるのは苦労したらしいですよ。過激派ではない魔女は個人主義が多いですからね。その上実力者となると……」
アリスはセシリアに補足の意味も込めてそう言った。
「はぁ」
セシリアはそんなことどうでもいいといった感じだ。
セシリア様にとってはその程度のことなのかな?
アリスはセシリアの様子を自分の中だけで完結させる。と、アリスはそこで気づく。倉庫内の人物たちの視線が全て自分に向いているのだ。
え? なに?
アリスは一瞬戸惑った。セシリアを見ているのなら分かる。しかし自分なんか別に見てもしょうがないだろうと。アリスはナイルに「何ですこれ?」と小声で言ってみたがナイルは首を傾げるばかりだ。倉庫中の視線がアリスに注ぐ中1人の魔女がアリスに駆け寄ってきた。
その魔女はアリスよりもひと回り身長が低く真っ黒な後髪を地面すれすれまでに伸ばし前髪もまた顔全体までに伸ばしている。アリスもその魔女の歳は知らないがその身長から10くらいなんじゃないだろうか? と予測をつけている。
「アリス、アリス、買って来てくれた? どこにあるの?」
「はい?」
アリスはその小さな魔女の言葉にナイルと同じく首を傾げる。
アリスは考える。
買ってくる? 何を? ああ……買出しするんだった。
そこまで思い出したところでアリスは小さな少女の視線があるであろう高さまで腰を下ろし、首を横に振る。そして目の前の少女の肩をポンッと叩きひと言。
「残念」
「そ…ん…な…僕のお寿司がぁぁぁあああああ!!」
小さな魔女は叫ぶ。すると今までその様子を見ていた他のメンバーが騒ぎ出した。
「ふざけんじゃねぇぇえええ!!」「私日本食楽しみだったのに!!」「死ね! マジ死ね!」「殺す……」「家に帰りたい」「腹減った!!!!」「最悪」「コンビニ行ってきていい??」「私チョコ持ってるよ~!!」「なぁどうする?」「こんなこともあろうかとカレーの材料は持ってきてある!!」「キャンプ気分!!」「気合でなんとかなる!」「人間一回や二回食事抜いたからって大丈夫だよ」「お前おいしそうだな……」「来るなぁぁああ!!」
それを見かねたナイルが大声で叫んだ。
「だまれぇぇええええ!!! 飯なんか作戦が終わったら好きなだけ食いやがれ!! いいから黙って準備進めろ!!」
「「「「チッ……」」」」」
全員が舌打ちをした。
「ああ?」
ナイルは周囲を睨みつける。
「「「「……シクッ……」」」」
今度はみんなして涙目になった。
「……あぁ。怒鳴って悪かったよー。終わったらみんなでうまいもん食おう。だからとりあえず今は作戦を優先してくれー。 ホラ! アリスも忘れてんだから謝れ」
そう言われアリスは「自分も忘れてたくせに」と小声でナイルに言ってから仕方なく謝ることにした。
「ごめんね!」
思いっきり笑顔で。
「……」
しかし他のメンバーはそれぞれやるべきことがあるのかアリスの謝る姿は誰にも見られなかった。
「どんまい」
セシリアがアリスにそう言った。
「セシリア様!」
なんとなくセシリアと、より親密になった気がしたアリスだった。
「セシリア、セシリア」
と、アリスの前に呆然と立ち尽くしていた長い前髪で顔の見えない小さな少女が、セシリアに近づき名前を呼ぶ。
様くらい付けろ。とアリスは思ったがこいつはいつもこんな感じだし、まあいいかと思い言うのは止めた。
「ん? 何です? ああ初めまして。セシリア・アロウです」
「僕はエクセル・マドック」
エクセルはそう言うと、どこからともなく大きな辞書のような物を出し調べだす。
「あった……セシリア・アロウ……今月の相性はバッチリ!!」
「何ですそれ?」
「雑誌」
「そんなに大きな!!」
「超マイナーな雑誌なんですけどね」
アリスはまたも補足の説明を言う。
エクセルのこれが本当にめんどくさい…… とアリスは思う。
エクセルはそのマイナーな雑誌にハマッているらしく、相性が合わないと書いてある名前の人間には恐ろしく冷たくなるのだ。アリスは相性が良いと書いてあるらしく、さして問題はないが冷たくされている人間を知っているので、可哀想と思っていたのだった。
「エクセルさん……」
「なにセシリア?」
「どうしました? セシリア様?」
なぜかセシリアが神妙な面持ちでエクセルを見ているのでアリスも問う。
「これは……」
「「?」」
アリスもエクセルも『?』だ。
どうしたのかな?
などとアリスが思っているとセシリアは急にエクセルの前に両手を出す。
「「?」」
と、セシリアがエクセルの前髪をバッと、左右に分けた。
「わぁぁああああ!!!」
エクセルが叫び声を上げる。
「おぉ!」
セシリアは唸る。
アリスも驚いた。なにせアリスもエクセルの顔は初めて見たのだ。興味はあった。
その顔は整っていた、整いすぎていた。まさに人形のようなとしか言い表せないくらいだ。しかしけしてその顔はかわいいとはいえなかった。カッコいいのだ。恐ろしく綺麗でありながら、凛々しかった。
エクセルは慌ててセシリアから離れて顔を隠した。
「以外な結果ですね。かわいいかと思ったらかっこいいなんて」
セシリアはなにやらブツブツと言っていた。
セシリアの行動でエクセルの素顔を見れたことに感謝していたアリスの耳に、なにやら口論している声が聞こえた。その声がする方を見てみるとナイルと魔術師の1人がなにやら言い争っていたのでそばによって聞いてみることにした。
「なあ姉さん。いいだろ?」
「だめだ」
「お願いだから!」
「ふざけんなぁ!」
「いいじゃん!」
「死ね……お前よぉ、舐めてんじゃねぇよ!」
「そこを何とか」
ナイルと口論しているのは昔からエクセルとコンビを組んでいたという魔術師。ジュリエット・マーキュリーだった。10代後半、背が高く、後でひとつに縛った痛んだ茶色い髪と眼鏡が特徴的な女性だ。
「何してるんですか?」
アリスは2人に問いかけてみた。
「アリス! お前からも頼む!」
「なにを?」
「秋葉原に行く許可を!」
「……」
「ほら見ろぉ! アリスでもこの反応だー」
何を言ってるの?
アリスは気を取り戻しもう一度聞く。
「何で?」
「聖地の雰囲気を味わいたい」
「死ね!」
「アリス!」
「はい、やっぱ却下な。 任務前だろぉ-。いかせられるわけねぇ」
「そこをなんとか!」
ジュリエットはまだ食い下がる。
すると突然ジュリエットからピピー! と、アラーム音が聞こえてきた。
「時間だ」
そう言って携帯を取り出す。
魔術師は科学を嫌う傾向にあるが、こういった便利な物は意外と魔術師や、魔女にも人気は高い。
「なんの時間ですか?」
アリスはジュリエットが言った『時間』という言葉に反応して問いかける。
「ん? リアルタイムでアニメがはいる時間だけどなにか?」
「……」
ジュリエットはそう言って、携帯の機能でアニメを見だす。
「ナイルさん……」
「人の趣味をとやかく言うな」
「まぁ良いですけど」
セシリアがエクセルと仲良くやっている様なので離れてもいいかと思い、アリスはナイルがセシリアを迎えにいっている間、代わりに指揮を執っていた魔女に作戦の進行具合を聞きに行くことにした。
作戦。ローマ正教は魔女の襲撃に備え、魔女狩り十字軍の1部隊を伴って来ているらしい。そして今夜ここの港から出航するそうだ。これだけ情報が入っているのだ。後は作戦しだい。しかし魔女がいくら魔術師を伴い襲撃したところで相手は接近戦のプロ。しかも力でねじ伏せ魔女を狩ることを得意とする騎士達だ。正面からでは分が悪いし、そんなものは魔女の戦い方ではない。
きっと今はまだ相手は移動中。それを探知術式で見つけ船に乗ったところを魔女の得意な呪術爆撃によって木っ端微塵にし、残りをこちらの魔術師が片付け。最後に『ソロモン』を回収しようというのだ。
準備とは呪術爆撃の準備と探知だ。
呪術爆撃、儀式魔術になるのだが実際数日掛かる術式なのだが、相手が近くにいることと、数十人がかりで準備し、やることによって探知してから最短20分で砲撃が可能なのだ。その威力は、『グレゴリオの聖歌隊』にも負けず劣らずの威力だ。
アリスは目的の魔女を見つけそばによる。しかしどうやら彼女は電話中のようだ。
「まだ、パパ帰って来てないの? ああ時差があるんだったわ。 お昼食べた? おやつは冷蔵庫の中に入ってるから。仲良く2人で分けるのよ。えぇーじゃないの! お兄ちゃんなんだからしっかりしなさい!」
なんだかものすごく生活観あふれる内容がアリスの耳に入ってきた。見た目20代にしか見えないその魔女は、『グリゴリ』ないで唯一の既婚者のリリーである。愛称のようなものか、その名前以外はアリスも知らない。
「じゃあね。いい子にしてるのよ!」
リリーの電話が終わったようなのでアリスは進行状況を聞いた。
「まだ敵は港に入っていないようね。砲撃に関して言えば。今撃てば大爆発。もう30分もしてから見つかって撃つことになれば超大爆発といったところかしら?」
「何かアバウトですね」
「細かいことは気にしない!」
「だから歳も気にしないんですね30過ぎのおばさんが……」
「アリス! なぜ私の年齢を……」
「結婚したときの年齢自分で言ってたじゃないですか。それと子供の年齢も、そうすれば少なくとも今いくつかくらい分かりますよ」
「しまった!! つい思い出話なんかしちゃったから!!」
「惚気たのが運のつきですね」
「……無念」
そんなことをアリスが話していると今度は集団の方からワーワーと騒がしい声が聞こえてきた。
今度は何?
アリスが騒ぎの方に行ってみると、2人の魔女が一触即発といった感じで睨みあっていた。他のメンバーはそれを面白がって周りを囲んでいる。
「てめぇ! こっちはもっとこうした方が良いだろうが!」
「ハ! 馬鹿じゃないの? ここはこうでしょう?」
どうやら術式の準備を数人ごとにやっているため、術式の構成、やり方でもめたらしい。我の強い魔女どうし譲らないといった感じの様だ。
バコッ! と片方の魔女がもう片方の魔女に殴りかかった。
あ! やっちゃった……。 まあいいか。
どうせ魔女同士の喧嘩なら魔術なしの喧嘩で、学校の喧嘩となんら代わりはない。これが魔術師同士の喧嘩となったら話は別だが。
喧嘩をしている2人は殴り合っていたのを止め。そばにある術式用の様々な道具を投げ合っている。
アリスがふと後を向くとナイルが頭を抱えていた。その横には既婚者のリリーが「大丈夫? 薬飲む?」とやさしく連れ添っていた。
そういえばセシリア様はどこだろう? とアリスはあたりを見回してみると。喧嘩をしている2人の魔女の近くで、小さな魔女エクセルと共に観戦しているようだった。すると飛び交う術式用の道具の1つがエクセルの頭に直撃したのが見えた。
「うわっ!」
アリスは思わず声を漏らした。エクセルは痛みに頭を抱えて蹲っていたかと思うと立ち上がり叫びだした。
「てめぇらぁぁあああ!!! ふざけてんじゃねーぞ!! ぶっ殺してやる!!」
その声に喧嘩中の2人の魔女は
「ガキが黙ってろ!!」
「チビ!」
「チビって言ったなぁぁああああ!! 僕にチビっていたなぁああああ!!!!
ジュリエット!!」
小さな魔女エクセルは先ほどナイルに「秋葉原に行きたい」と懇願していた魔術師ジュリエットの名を呼ぶ。
その呼びかけにジュリエットは嬉しそうにエクセルの前に現れた。
「エクセル! やっと仲直りできる!」
「それは無理! お前相性最悪だから」
「そんな……」
小さな魔女とオタク魔術師がそう会話していると喧嘩をしていた魔女2人が叫びだす。
「魔術師はズルイだろ!!」
「じゃあこっちもだ!! 誰か協力してくれる魔術師いない? 勝ったら体でも何でも上げるわよ!」
「マジか! じゃあ私も!!」
その魔女2人の声に魔術師組の男たちがどんどんと集まってきた。
それを見ていたアリスは、なんだかなと思いながらため息を付いてみた。
ふとナイルさんはどうしているだろうと、アリスは後を振り返ってみると、相当キレているナイルの姿がそこにはあった。
「テメラァァアアアアアア!!! 静かにしやがれ!!」
ナイル声を張り上げる。しかし誰も止まろうとはしなかった。
その反応にナイルは
「ジャック!」
そう言うと魔術師組の中から真っ黒の西洋甲冑を身に着けた怪しい人物がナイルの傍にやってきた。
あいつか……
アリスは思う。ジャックと呼ばれた人物は言ってみれば正体不明だ。誰も話したこともなければ実際女か男か、魔女か魔術師かすら誰も知らないのだ。しかしなぜかナイルの言うことだけは聞き、なぜかナイルの耳元でだけは喋るそうだ。
ナイルがジャックに何か指示を出している。
するとジャックは騒動の渦の中心へと歩いていった。そして騒動の2人をいともあっさりとつまみ上げナイルの元へと連れてくる。
それで騒動の元凶がなくなったためなんとなくみんな解散して各自のすることへと戻っていった。
捕まえられた2人はナイルに相当叱られていた。
「ナイルさんも大変ですね」
そうアリスが呟いたのもつかのま。急に魔女の1人が大きな声で叫ぶ。
「敵! 探知しました!!」
いい知らせだとアリスは思った。後は爆撃を食らわせるだけだ。
しかし声を上げた魔女はなぜか顔が青くなっている。それに気づいた既婚者の魔女リリーとナイルが問いかける。
「「どうした!」」
問われた魔女はなぜか震えだす。その光景に他のメンバーもただならぬことだと思ったのか倉庫内は静まり返った。
数秒間の静寂が流れた。
蝋燭が少しだけゆれる。
そして震える魔女は口を開く。
「敵……およそ150……ここを囲んでいます……」
「「な!」」
全員の顔に驚愕が走った。