赤毛の魔女アリスは思う。
囲まれている? ……絶体絶命というやつ……逃げるにしても、こちらは足の遅い魔女が20人もいる。戦うにしても正面からでは勝ち目は少ない。どうしよう?
倉庫内にいる誰しもがその考えに思い至る程の緊急事態だ。(セシリア以外)みな黙り、沈黙が数秒間続く。誰かが声を上げた。
「爆撃をここで行ったらどうだ?」
襲撃用に準備をしていた術式を今使えないかという声だ。声を上げたのは魔術師の誰かだろう。それを聞いた魔女たちの顔は浮かない。ナイルが魔女の代表としてか質問に答えた。
「無理だ……結界で数分は守れるが術式発動までの20分は到底稼げないだろう。」
それにはアリスも同意見だ。もう爆撃の方は諦めて魔女たちは防御に徹したほうが得策だろうと。しかし何か手はないものか。アリスは考える。今は時間がない少しでもいい手段を考えないと全滅なのだから。
と、そこでアリスの視線の先に偉大なる魔女、セシリアを発見する。
そうだ! セシリア様なら何とかできるんじゃ?
時間がない。その考えをすぐさま声に出す。
「セシリア様なら何とかできるんじゃないですか?」
アリスがそう言った瞬間。グリゴリ全員の注目がセシリアへと集まる。セシリアは何か考え込む素振りだ。そしてゆっくりと口を開いた。
「自分の身は自分で守りましょう!」
なぜかガッツポーズでセシリアはそう言う。魔術師の中から「実際はたいしたことないのか」とか「噂は噂か」などと声を上げたが、アリス含め魔女達はそう思いはしなかった。
自分の身は自分で……セシリア様はあくまで1人の魔女と言うことなんだ……多少の協力はしてもそれ以上はしないと……。 だけど私たちは1人ではこの状況を突破出来ない……。
アリスはセシリアに尊敬と畏怖を込めもう一度セシリアを見た。なにやらセシリアはナイルとコソコソ話をしている。アリスのいる位置からは聞こえそうにない。
「(おい! セシリア。お前魔術の記憶はバッチリじゃなかったのかよー)」
「(そうですよ~! でも生贄ないと使えないんですよ。こんな状況突破する術式なんて)」
「(ああ。何人ほどだ?)」
「(300人くらい?)」
「(なもん使えるか! 役にたたねぇなー)」
「(そうですよ~! どうせ役に立ちませんよ~!)」
「(……てめぇ!)」
ナイルはセシリアとの話が終わったのか。頭を掻きながら
「しかたねぇ。とりあえず相手の頭潰して終わらせる。おい! ソロモンの現在位置は判明したのか?」
魔女のうち1人が答える。
「ここから2キロ先にある船のようです」
「よし。じゃあ少人数だけ何とか包囲突破して、ソロモンと一緒にいるであろうビアージオとかいう司教様を殺す」
アリスはナイルの意見に少し疑問を持ち問うことにした。
「それで敵が引きますか?」
「さぁ? やってみてのお楽しみだろ?」
「……はぁ」
「じゃあ突破組のメンバーは私にセシリア、アリスにジュリエットとエクセルだ。後の指揮はリリーに任せる」
アリスは思う。何か選ばれちゃたし……。どうしよう?
というかナイルさんが行くって……指揮放棄じゃ?
アリスと同じことを考えたのか後の指揮を任された唯一の既婚者である魔女リリーがその、ほんわかとした様子の顔でナイルに話しかける。
「ナイルちゃん指揮放棄じゃない? それ?」
「ああ? 指揮とかリリーの方が得意だろ? 私は前線派なんでよー」
「……仕方ないわね」
アリスはまたも思う。
それで良いのか……しかしいくら精鋭といっても寄せ集めだし……そんなもんか。
と今度はセシリアがなにやらナイルにコソコソ話している。アリスは聞き耳を立ててみるがやはり聞こえそうにない。
「(何で私も突破組なんですか~!!)」
「(じゃあ誰も守ってくれないここで野垂れ死ぬかー?)」
「(お願いします!!)」
「(……プライドとかってない?)」
「(食事の時はお茶じゃないと許せません)」
「(こだわりじゃなくてさ……)」
セシリアがコソコソとナイルに話しかけている間に、突破組のメンバーがナイルの下へと集まってきた。アリスも時間がないのは分かっていることなので、ナイルの傍へよる。
「ようし集まったなー!」
とりあえずアリスは突破方法について聞いてみることにした。
「どう突破するんですか?」
「何とか突破する」
「具体的には?」
「慎重かつ柔軟な対応でだ」
「ああ……なるほど」
要するに行き当たりバッタリということだった。アリスとしてはこれで生きていられるかが心配なのだが、他のメンバーはそうでもないようだ。長い前髪で顔を隠した小さな魔女エクセルは
「めんどくさい、めんどくさ、めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい、めんどうくさい、めんどくさい、めんどうくさい? めんどくさい? どっち?」
という感じで。
隣に立つ、背の高い眼鏡が印象的なオタク魔女ジュリエットは
「ここからの展開だと熱血キャラでいくかキレ者キャラで行くか……それとも裏切って敵になるのもありか?」
そしてセシリアは真剣な表情で固まっていた。(絶賛混乱中)
その光景にアリスは。
まじめなのはセシリア様くらい……もうどうにでもなれ。
と、少吹っ切ることが出来たようだった。そうしているうちに「結界が破られる!!」という声が聞こえてきた。それを聞いたリリーがナイルに変わり指揮を執る。しかしその様子は今までのリリーと一変していた。凶悪な形相に荒い言葉遣い。そして不敵な笑みだ。
「魔女は全員個別の結界に切り替えて生贄確保まで防御に徹してろ!! 魔術師はとりあえず戦え!! 殺せ!! 生贄を持って来い!!」
そのリリーの様子にグリゴリのメンバーの様子が邪悪な物へと変わっていった。
「殺す、殺す、殺す、殺す」「死んじゃえ~…みんな死んじゃえ~」「出てこいやぁ!」「ヒャハ……血を見るよ血だよ……ハハ」「祭りだー!!」「まずは腕それから頭、最後に心臓」「サーチアンドデストイロイ! サーチアンドデストロイだ!」「承知した。マスター」「教会の奴らなどグチャグチャだー!!」「壊れろ~壊れろ~世界よ壊れろ~」
ともかくみな相当やる気のようだった。
その時
激しい爆発音と共に倉庫が崩れた。魔女達は結界で身を守り。魔術師たちは落ちてくる瓦礫を破壊する。アリスは「一緒に入れてください」と言うセシリアを自分の結界の中にいれ周りを伺う。瓦礫を破壊している魔術師達から悲鳴が聞こえた。 あたりに血がどんどんと広がっていく。
「異端者共を逃がすな!! 全員殺してかまわんと命令が出ている!」
騎士の誰かがそう声を上げた。魔術師たちは魔女を守るように戦う。相手の騎士は眩しかった。黄金の甲冑を身に纏い。その重厚さとは裏腹に俊敏な動きで魔術師達を切り刻む。
「異端者が!!! 神に反する所業の数々!! 死に値する!!」
「十字軍なんて古いんだよ!!」
「由緒ある我々に勝てると思うか!!」
「うるせぇ!!!」
魔術師たちとて負けてはいないある者は、血が乾いたようなドス黒い大きな斧を振り回し、騎士を甲冑ごと押しつぶす。また、ある者は細身の剣を巧みに操り、甲冑の間を縫って殺していく。グリゴリのメンバーである正体不明の黒の甲冑を纏った人物、ジャックに至っては騎士を片手で投げ飛ばし、拳で敵の甲冑を砕いていた。戦いだけを見れば戦士の戦いに見えるがそれは違う。騎士も魔術師も、各々が各々の持つ術式、霊装を使い筋力を上げ、反射速度を上げ、相手の術式を妨害し、自分の術式を保つ。という高度な戦いなのだ。この接近戦の応酬、魔女の出る幕は今だない。あたりは死体が増え無残な姿の者たちが横たわる。
切られた右腕を抱えながら、負傷した魔術師が魔女の下に来る。
「誰か生贄よこせ!!」
リリーが叫ぶと、誰かが傷つき動けない騎士を魔女たちに下へ放り投げた。
魔女の1人が不可思議な模様の描かれたレジャーシートのような物を敷き、その上に他の魔女が動けない騎士を乗せ、傷ついた魔術師を横に座らせ切れた腕を断面同士合わせる。レジャーシートの前にいる彼女は、グリゴリ内でも3人しかいない治癒の得意な魔女だ。
「腕一本の対価はあなたの命……」
動けない騎士は甲冑を外され血に染まった体で目の前の魔女を見つめる。
「この魔女が……悪魔め……」
「ミスタ、褒め言葉をありがとう」
魔女はそう言って手に持つ果物ナイフを騎士の心臓に突き刺した。すると赤黒い発光と共に隣の魔術師の腕がつながる。
「助かった」
そう言って魔術師は戦場へと戻って行った。
と、魔術師達に守られる中ナイルが一番騎士の数が少ない場所を指して言う。
「あそこを突破する! 付いて来い!」
え? とその言葉にアリスは言葉も出なかった。一番少ないと言ってもそこには少なくとも30人は騎士がいる。大変だと。
アリスは不意にセシリアの方を向いてみる。
「オエェ……」
吐いていた。
思いっきり。
アリスはセシリアのその様子に気持ちが悪いのかな? 今更車酔いが来たとか?
などと軽く思い、気にしないことにした。
ナイルが駆ける。それに続き突破組の残り4人も続く。
そして騎士達を目前にナイルが呟く。
「亡者を見張れ、罪を罰せよ」
術式『マーレブランケ』かつて地獄を旅したと言われるダンテの神曲を元にした術式。泡立つ瀝青に漬けられている罪人を監視する悪の爪一族達。その全てに共通するのはその傲慢さ、その邪悪さ。
『それらの醜い魔女どもを見よ、其の者
占いのため、縫い針を、紡錘を、糸巻き棒を取り引きしたのである』
そして人の、魔女の内をも見ている。
大きく黒い爪が騎士達を吹き飛ばす。その瞬間ナイルの表情は走りながらも、苦痛に歪み。脂汗がダラダラと垂れる。
アリスは知っていた。この魔術は危険だと。代価のない黒魔術など存在しない。では今ナイルの差し出した代価は何か。それは精神だという。心の弱い者が使えば一度で正気を失うだろうと。ナイルのあの表情、正気を保つのに精一杯と言った様子だ。もう一度はしばらく無理だろう。
5人が騎士達を突破する。騎士たちは追おうとするが、グリゴリの魔術師たちはそうさせないよう攻撃の手を緩めない。
グリゴリの指揮を任された魔女リリーは5人が無事突破する様子を見て表情を緩め、安心する。
そしてすぐさま戦いに思考を戻す。
「ナイルちゃん達も行ったことだし……生贄は集まったか!!」
「はい!!」
リリーは凶悪な笑みを浮かべ叫ぶ。
「グリゴリの力を見せてやれ!! 名前だけじゃない!! グレゴリだからこその力をだ!! 」
リリーは大きく息を吸い。
「術式『ネピリム』を発動する!!」
およそ100人の『グリゴリ』とおよそ150人の『十字軍の騎士団』との全面対決が始まった。