「魔術師は味方よ!!」
大量の攻撃が渦巻くその台風の目とも言える場所でグリゴリのリーダー代理である魔女リリーは目の前のセーラー服姿の少女にそう叫ぶ。
グリゴリである魔術師も、敵の騎士達も今は見えない。渦巻く攻撃の嵐でその姿は魔女達からは窺うことが出来ないでいる。
「魔術師が味方ですか? それはよい笑い種になることでしょう。 いいからセシリアの場所を吐け!!」
「うっ……」
魔女リリーは無表情に威圧をかけてくる少女に畏怖を感じた。リリーは彼女を知っている。東条歩(とうじょうあゆむ)、『御伽の魔女ジラ』唯一の弟子。一度顔を合わせただけ。その時はなんとも思わなかった。ジラの弟子と言うからには才能があるのだろう。くらいにしか思っていなかった。しかしどうだろう、この完全魔女至上主義。そして目の前で繰り広げられる攻撃の数々。そしてそれを行使しながらも何事も無いかのような無表情を保つ姿勢。
そこにいる魔女誰もが思っただろう。「彼女は魔女だ」と。
「セシリア様なら敵の頭を潰すためにナイルちゃん達何人かと、ここから2キロ程離れた所に停泊している船まで行ったわ」
それを聞いたセーラー服の魔女、歩は軽く溜息をついてから。
「敵の頭を潰せばこの騎士達が退くとでも? 羊飼いの手を離れた子羊の群れは暴走すると相場が決まっているんですが……。またなんか馬鹿やらかしたのか?」
歩がそう言って足を進めようとした時。
リリーの横で目を見開き歩を見つめていた若い魔女が叫んだ。その内容はリリーや周りの魔女。ある程度魔女というものを理解し、俗世から逸脱した考えを持った者たちには馬鹿らしく。また懐かしいモノだった。
「魔術師の皆さんは仲間なんです。助けてください!!」
リリーを含め若い魔女以外はその言葉を歩が聞くはずがないと思った。歩ほどの魔女至上主義者がそんな望みを叶えるはずがないと。むしろ負けているグリゴリの魔女をこの場で制裁しなかっただけ幸運なんだと。しかし、リリーにも若い魔女が言う言葉は分かる。残念ながら魔術師にリリー自身仲間意識は無い。他の魔女相手でもだ。楽しく会話をしたり、ふざけてはいるが、死んだところで涙のひとつも流れはしない。だけど若い魔女の気持ちは知っている。ここにいる魔女誰もが知ってはいる。
魔女は堕ちて成るものだ。
堕ちて堕ちて、行き着く先が魔女なのだ。だからリリーは知っていた。若い魔女は堕ちてはいるがきっとまだ堕ち切っていないのだろう。どういう気持ちで咄嗟に『仲間』と言う言葉を使ったのかを。
「それは友達と言うことでしょうか? そうなのか?」
意外な反応が歩から返ってきた。歩が使ったのは『友達』。
リリーは気づいた。そして言葉を選び歩に投げかける。
「そう友達よ。だから助けてあげて」
そんなこと実際には思っていない。しかしそれでグリゴリの被害が少なくすむのならそれに越したことはない。
「そうですか……仕方がありませんね。チッ!」
歩がそう呟いた次の瞬間。次々と魔術師たちが攻撃の渦から、魔女達の方へ弾き出された。魔術師たちは体中傷だらけ、中には五体が満足でないものもいる。みなうめき声を上げ倒れていた。
「……騎士のほうは随分と固いですね。クソ面倒だな!!」
攻撃の渦から今度は騎士が3人歩の足元に弾き出されてきた。騎士は魔術師と違って怪我という怪我の様子がない。どうやら歩の攻撃で身動きはとれないものの、その頑丈な甲冑によって守られていたようだ。
リリーを含めまだ動ける魔女は身構えた。歩が何のために騎士を助けたかは分からないが無傷の騎士が3人、危険だと。
「貴様の仕業か!!」
騎士の1人が起き上がって歩に剣を向けた。騎士からは只ならぬ焦りと緊張がリリーにも伝わってきた。残り2人の騎士も立ち上がり剣を構える。そしてその剣を歩に向け振り下ろす。
「危ない!!」
リリーは咄嗟に叫んでしまった。今の状況で彼女を失ってしまっては大変なのだ。そう思ってだった。しかしリリーは失念していた。この状況を作ったのは歩自身だということを、そしてこの程度でやられる魔女ではないということを。
「な…に?」
「ローマ正教の誇る魔女狩り十字軍もこの程度……やはり魔女には誰も勝てはしないのです。 ハッ……虫けらが!!」
騎士3人、3本の刃を歩は受けていた。肩に、頭に、胴体に。しかしその刃は彼女を切ることはなく止まっていた。
「すごい……」
リリーの横で若い魔女が呟いた。
「では生贄になってもらいます。死ね」
歩は手から肉眼視出来るほどの高密度の風の剣を作り出し、騎士の1人に振るう。騎士3人は呆気に取られたかのように動かない。彼らはすでに歩の、その無表情な表情の奥、暗い瞳に囚われていた。
風の剣が騎士に当たる。その瞬間、騎士はいなくなった。跡形もなく吹き飛んだのだ。何も残ることなく。
「加減を間違えたようです。脆すぎだろその鎧」
歩はそう言ってもう一振り。
次の瞬間には残りの騎士2人の首は宙を舞い、黄金の体は地へ崩れ落ちた。
「では儀式の準備を手伝ってください。この騎士どもを粉々にしてしまいましょう。 さっさと終わらせてセシリアのところに行きたいんだよ」
リリーは思わず聞いた。
「たったこれだけの生贄で? しかも死んでいるのに……」
セーラー服の魔女歩はまたも溜息を吐いて
「これだけあれば十分です。 テメェらと一緒にすんなよ!!」
その言葉はその場にいた魔女全員に恐怖と希望を植え付けた。
一方、アリス、ナイル、セシリアの3人は目的の船の前まで来ていた。
船は豪華客船とでも言うのだろうか、随分と巨大でなにやら威圧感がある。ここに敵のリーダー、司教ビアージオがいるはずなのだが。
しかし、3人はそれどころではなかった。
「貴様ら、包囲を突破してきたのか?」
「ではここで死んでもらう!!」
「ここまで来るとはいい度胸だ」
「逃げなかったことは褒めてやろう」
3人は船の目の前まで来た。来たはいいがそこには見張りだろうか、10人ほどの騎士がしっかりと出迎えてくれたのだ。
本来なら、姿を隠してこっそりと侵入し、司教を殺す。という方法のほうが今のアリス達の戦力からいって得策ではあるはずなのだがこうなったのには訳があった。
「セシリア……勝手に先行って勝手に見つかってんじゃねぇよー!!」
顔に蛇の刺青をした魔女ナイルがこんな状況にも関わらず大声でそう言った。
まぁ、仕方ないですよね……。
アリスはナイルの様子を見ながらそう思うことにした。なぜならセシリアが勝手に先に行ったというのには語弊があったからだ。
実際にはナイルが怒ってセシリアを追っかけていたら、敵の前まで来ました。というのが真実なのだから。
「と言うかナイルさん状況ヤバくないですか?」
「そうですよ。今は私なんか怒ってる場合じゃないと思うんです」
「ハァ……そうだな……」
ナイルさんは苦労人だ。
アリスがそう思った時にはナイルは敵へと黒のローブを靡かせ突っ込んでいた。
そのスピードは先ほどまでアリスと一緒に走っていた時とは段違いで黒い塊とかしていた。
ナイルは魔女でありながら近接戦闘を得意とする珍しい魔女だ。本来なら、その動きは聖人に匹敵する。しかし今はその半分も力を出せないが、禁術によって魔女ではありえない動きをする。
しかし敵の拠点を守る騎士達は実力が高いのか、ナイフを巧みに操るナイルを人数で攻める。
およそ5対1。5本の剣をナイフでいなし、隙あらば甲冑の隙間にその刃を突き立てるナイル。その攻防は激しかった。
残されたアリスとセシリアも5人の騎士と対面していた。アリスの手には人骨が連なる紐。セシリアの手には何枚かのタロットカードが握られていた。こちらも攻防は激しい。
「七つの刃に七つの頭。凶悪な微笑に羊は泣くがいい!!」
アリスの横でセシリアが呪文を唱える。
すると風の刃が騎士5人に向かって飛んでいった。
しかしそれはカンッという音と共に甲冑によって阻まれる。
「あ~なんか無理っぽいですね……」
「セシリア様……普通の魔術なんて今更使おうとするからじゃあないんですか?」
「いや、成功するかと思ったんですよ」
「この状況で試すことじゃあない気がするんですけど?」
「……そうですね(これしか使えないからしかたないじゃないですか……)」
セシリア様は遊んでいるのかな?
アリスはセシリアの心境を知りもせず、そう結論を出して迫り来る騎士に向けて自らの目の前にあるのと同じ、黄色い円状の結界を出す。
5人の騎士は結界によって行くてを阻まれる。結界を破ろうと剣を振るが結界が壊れるよりも早く、結界が騎士達を押し、後退を余儀なくされる。
でもこれじゃあやられはしないけど、倒せもしないんだよな~。ナイルさんまだ終わらないかな?
アリスは魔術が敵に効かなくてガックリと肩を落としているセシリアの横で、新しい結界を幾重も作りながらナイルを見た。
ナイルは敵の数を4人に減らしてはいたが苦戦の模様だ。
ナイルさんカッコいいな……。この戦いが終わったら褒めてあげよう……。
赤毛の魔女アリスは不気味に微笑んで結界を作り続けていた。
アリスたち突破組が狙う敵のリーダー、司教ビアージオはアリス達の戦いを船から眺めながら心底イラついていた。
「騎士共は何をしている!! 十字軍の一団と言っても役にたたんとは……時間が掛かりすぎだ」
そう言う。数十の十字架を取り付けられた4本のネックレスをつけるビアージオ。その右手には、真っ黒な刃のない剣が握られている。
そんな彼の元に、慌しく騎士の1人がなにやら報告をしてきた。
「申し上げます。この船の前で交戦中の魔女の内1人が『魔女セシリア』と判明しました」
「……なに? 異端者の筆頭がわざわざあっちから来てくれたか。これは運がいい!! お前たちは役に立たんな?」
「……なっ」
「私が異端者を押しつぶしてやろう」
「……」
ビアージオは船の入り口、丁度アリス達が戦っているのを一望できる場所まで足を運ぶ。
彼の目に映るのは3人の魔女。彼には見ずとも誰がセシリアであるかが分かった。見て取れる。魔力の量が他の2人と段違いだったからだ。
しかし、異端者の筆頭といってもたいしたことがないな。
ビアージオは3人の魔女の戦いぶりを見てそう判断する。
そして身に着ける十字架のうちひとつをネックレスから引きちぎりセシリアへと投げた。
彼は十字架の持つ意味を開放することが出来る。
船の上からセシリアに向けていい小さな十字架が落ちていく。
それは急に巨大な十字架となってセシリアの上空に現れた。
その十字架に1番早く気づいたのはアリスだった。咄嗟にセシリアを押しのけ、自身の目の前に展開される。もっとも強固な結界を頭上へと移動させる。
彼女の結界は優秀だ。物理攻撃なら相当な耐久力がある。魔術攻撃にしてもそのはずだった。
そのはずだったのだ。
頭上の結界と巨大な十字架が接触する。
バリッという音と共に結界が破られる。
「え? 嘘?」
アリスの目は見開かれた。
ビアージオが開放したのは『十字架の重さ』それは質量等の重さではない十字架が持つ意味としての『重さ』
巨大な十字架は少女を潰し。その下のアスファルトにめり込んでも、止まらずに堕ち続けた。
少女は十字架によって殺された。不快な音をあたりに響かせ、何事もなかったかのように・・・・・・
黒髪の魔女セシリアは呆然とその光景を見ていた。セシリアにとって『親しくなった人物の死』は初めてのものだった。
刺青の魔女ナイルは舌打ちをして戦闘を続ける。
そしてもう一度セシリアの下に十字架が落ちてきた。
「セシリア避けろ!!」
ナイルは戦いながら叫んだ。
「アリスさん?」
虚ろな瞳でセシリアに反応はない。
しかし今度は青白い壁によって十字架は阻まれる。それは結界だ。『十字架の重さ』ごときでは破られることのない結界だった。
「セシリア様大丈夫ですか? 何で避けないんだよロリ魔女!!」
「?……歩さん?」
セーラー服の魔女歩は咄嗟にセシリアを助けたはいいが戸惑っていた。
どうした? なにがあった?
セシリアの今までにない様子に戸惑っていた。
虚ろな瞳に、力のない声。いつものセシリアではない。
「歩さん……アリスさんが死んじゃった……」
「はぁ……。そんなことか」
歩は落胆した。
その程度で、親しくなった人物が死んだ。その程度でこの様かと。
なんと心の弱いことか、これが最強の魔女だと?
だが歩は考える。
いや、しかし悲しみの果てに生み出された黒魔術などいくらでもある。セシリアのこの心の弱さこそが、もしく力なのか?
「わぁぁああああああああ!!!……殺してやる!!」
セシリアは泣き叫び、そう言って騎士達に飛び込んだ。手にはタロットカードを持って。
歩から見てもその様子は滑稽だった。
悲しみを憎しみに変えるのはあまりにも簡単で、あまりにも滑稽。
嘆きを呪いの呪文に変えるのはあまりにも容易だ。
なんと弱い心の魔女か……。
歩は加勢しようかどうか一瞬迷ってしまった。セシリアを守る。これは誓ったはずだった。
しかしあまりにも弱いセシリアに、落胆し迷ってしまった。
セシリアは騎士達に切られ弾き飛ばされた。
「アリスさんが……殺してやる。殺してやる。死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねしね……」
そして歩の足元まで転がってくる。
迷った間の出来事だった。
幸運なことにセシリアは五体満足で生きていた。幸運なことに。
だが背中は大きく切り裂かれ血が流れ出している。
「私としかことが……。クソッ!!」
歩は歯噛みし目の前の騎士を倒すべく意識を集中させた。
だがその時。
セシリアが立ち上がった。
背中から血を流し、立つのもつらいはずだがその表情は作り物のようだった。瞳に色は感じられない。先ほどまであった『憎しみ』さえもない。
人形のように、糸で操られているかのように。
次の瞬間。
騎士達の影が騎士達を捕縛した。彼らの影が触手のように伸び彼らを縛ったのだ。ナイルの方も同じようだ。
歩は目を見開きセシリアを見る。
何かが違う……この威圧感は何だ?
セシリアが本気を出すのか?
多くの疑問が流れたがそれはセシリアの言葉によって遮られた。
セシリアは魔導書を開いて右手に持つ。
左手は手のひらを返して問うように。
歩とナイルを一瞥してから。
「状態ガ初期段階ニ入ッタノデ術式、『血の聖書』ヲ発動シマス。ドナタカ封印コード、操作コード、解除コードノ掲示ハオアリデショウカ?」
歩はセシリアの声に恐怖した。まるで本当に悪魔に囁かれているような、聞くだけで引き込まれる。魅了される。そんな声だった。