「ドナタカ封印コード、操作コード、解除コードノ掲示ハオアリデショウカ?」
東条歩はセシリアの言葉の意味を考える。
封印? 操作? 解除? 何のことだ? ……それにしてもこの様子、そしてこのテレズマの量……セシリアの本気なのか? ならば見極めなければ……私はセシリアをも越える魔女になるのだから。
歩はセシリアから目を離さない。同じく拘束されていないナイルもセシリアを見つめ呆然としていた。
拘束された騎士達はまったくといっていいほど歩には抵抗がないように見えた。もしくは声も出せないほどの、何らかの圧力が加わっているのかもしれない。それこそが悪魔の力なのか、もしくは他の何かか。
セシリアはしばらく何かを待つように黙っていた。動かず、片手に漆黒の魔導書を持ち、背中から血を流しながらも静かに立っていた。その様子は歩から見て不自然。しかし、それがなぜだかまで分かりはしない。
そしてセシリアは口を開く。
「デハ、ナイヨウナノデ所定ノ手順ニ従イ封印ヲ行ナイマス、魔導書ノ現状確認、自動防御術式ニ物理的ダメージニヨル破損がミラレマスノデ修復シマス……修復完了シマシタ」
セシリアの背中から流れていた血が止まる。
物理的ダメージ? 確かにセシリアは魔導書を雑に扱っていたようだが……。
歩は心の中で反論する。
魔導書の原典とは、誰も破壊できない、壊れるなどありえないそれこそが特性のひとつである。それを物理ダメージで破壊ということはないはずだ。
船の上、セシリア達魔女を見下ろせる位置で司教ビアージオは焦っていた。セシリアの持つ堕天のテレズマ、それが多すぎる。テレズマの量で敵の強さが決まるわけではない。しかし個人が扱える量ではない。それが出来るのは特別な人間であり
。強い存在の証明。
「あれでは神の右席にも匹敵するではないか!!……まあいい、ソロモンはこちらにある。船を出せ!!」
ビアージオの傍で1人の騎士が答える。
「しかし異端者の討伐に向かった仲間が戻ってきていません」
「役立たずは放っておけ!!」
ビアージオの乗る豪華客船は大きな汽笛をあげ港を後にする。
歩は目の前の船が出港するのを見て咄嗟にナイルに声をかけた。今現在ソロモンを奪還した様子が見受けられない。ならばあの船にある。歩としてはついで程度だが、ソロモンは奪還するべきだろうと思っていた。
「ナイルさん。ソロモンは? 奪還してねぇのか?」
「あの船にあるはずなんだが……」
チッ……まずは足を止めるしかないか……。
歩は船を止めるべく、精霊魔術行使のため精神を集中させた。精霊との会話。それにより四大元素をありえない形で操ることが出来る。
しかしそれは急に中断させられる。
「がぁ……。セシリア……」
歩は黒い影に拘束され地面へと叩きつけられた。歩は体中に不可思議な重圧がかかり、声すら発せなくなる。その重圧は精神的なものでもあり物理的な何かでもあった。
「精霊ヘノ働キカケヲ確認。危険度Bノ精霊魔術ト判断。対象ヲ排除認定トシマス」
「セシリア!! なにやってんだよ!!」
ナイルは慌てて叫ぶ。何をしているんだと、歩はソロモンの奪還を優先しただけではないのかと。ナイルは歩が精霊魔術を使えることにこの時、状況もあって気づきはしなかった。
「……大キナ拒絶反応ヲ確認。記憶ヲ照合シマス。東条歩。『友達』危険度ガ少ナイト判断。排除対象カラ拘束対象ニ変更」
歩の体から重圧が消える。今だ拘束はされているが声も発することが出来た。
「戦いの邪魔はされたくないと言うことでしょうか? 友達か……」
「目前ノ敵、ローマ十字軍騎士ノ排除ヲ行イマス」
どんな魔術を使う? これだけのテレズマ、どれだけ強大な魔術を使うのか…… 召還した悪魔の正体はわかるか?
歩は見逃さないためセシリアから視線をはずさない。セシリアの強さを見つける。そして超えるために。
「――rg亜sh銀mdp」
セシリアは人外の言葉で一言。
次の瞬間には黄金の甲冑から赤い液体が流れ出していた。
な! 歩は絶句する。
こんなもの魔術ではない、『悪魔の囁き』だ!! それは術ではない。天使が神の代行をすることが許されているのと同じ、それは悪魔の特性だ。技などではない!!
『悪魔の囁き』、悪魔は人の隙に付け込み人を罰し、その魂を得ることが出来る。
悪魔の力を借りる黒魔術にはその危険性が常にまとわりつき、隙を見せた者またはその親族が『悪魔憑き』となり、破壊をもたらした後死に至る。これは下級悪魔の力を借りる妖術師でも同じこと。それ故に、魔女は誰でも成れる分けではないし、今だ魔術師に比べ圧倒的に数が少ないのだ。教会に所属する『現代魔女』はこの危険性を取り除き凡用性に秀でた結果だ。
しかし『悪魔の囁き』は未熟な魔術師ならいざ知らず。仮にも十字軍の騎士に効果を示すほどのものではないはず。
それにそれをセシリアが使ったとなると
「強力な囁き。セシリアは悪魔憑きか?」
歩は考える。
いや、それはない。悪魔憑きとは違う。セシリア自身が悪魔になっているのか? ……それも違う。本当の意味で悪魔が憑いている? しかし人に取り憑ける悪魔だと…そんなものは……いや、ひとつある、体を持たない悪魔、人を罰する権利を神から与えられた悪魔。……が、そんなはずはない。あれは総称の方が有力。しかしもしそうだとしたら、仮にそうだとしても人が操れる類ではない。
答えは出ない。歩はその考えを保留にしておくことにした。
「封印ヲオコナイマス。……歩さん? 何寝てるんですか~?」
「?」
いつの間にか歩を拘束していた影は消えていた。
セシリアが戻った? それにしてもいつも通りだ。いつも通りすぎるのだ。それは別に気にすることではないはず。だが歩は違和感をぬぐいきれない。
「もう大丈夫なのですか? 泣いてたじゃねぇか」
セシリアは首を傾げ、
「ん? アリスさんが死んじゃって悲しかったんですよ~。でも今はなんかスッキリですよ~!」
おかしい。そんなに早くあの状態から立ち直るものなのか? 戦闘を挟んだからか? たしかに、そうかもしれないが……分からない……。
ナイルもセシリアの下へ疑うような目で歩いてきた。
しかし、歩としては今セシリアにどうしても一言言いたいことがあったので、立ち上がる。
「無事でなによりです。物理ダメージで破損とかありえなくね?」
「そこより突っ込むとこあんだろぉぉおおおおおお!!」
「おお!! ナイルさんがキれた!!」
ナイルが思わず歩に突っ込みを入れる。
「ところで歩さんなんでここに?」
「それは……。あとで話す」
「今話してくださぁ……はへ?」
セシリアがバタッと倒れる。傷による貧血だろうか。たしかに今現在、血は止まっているが、それまでに流しすぎていたようにも感じる。ナイルはセシリアをすかさず抱きかかえ呟く。
「セシリア……」
「貧血ですか? ああ傷ですか。 救急車? ソロモンは……まあいいか」
こうしてローマ正教とグリゴリの戦いは幕を閉じる。
セシリア達のいる港から数十キロと離れた海上。甲板の上では司教ビアージオが数人の騎士を従え、聖職者とは思えないような凶悪な笑顔で笑っていた。
「クッハハハハハ!! ソロモンは手に入れた! これでイギリスの異教徒達を亡き者に出来る!!」
「それについてはローマ教皇は乗り気じゃないそうじゃ」
「何者だ!!」
暗闇から現れたのは女の子だった。金髪のポニーテール、歳は10程だろうか。ボロボロで真っ黒なドレスを着た少女の手には真っ赤な携帯ゲーム機があり。ずっと画面を見ながら操作していた。それは今の状況があいまってあまりにも不自然な光景だ。
ビアージオと騎士3人は構える。
「何者だ! 魔女か?」
騎士の問いに少女はゲーム機から目を離さずに答える。
「ソロモンは渡してもらおうか。教皇もイギリスと戦争はしたくないらしいからの、教皇と話はついておるぞ? ……? なにじゃ、わしか? お前たち風に言って『魔女狩りを生き残った魔女』と言った方が分かり易いかのぉ?」
騎士の内1人がうろたえた様な声で呟いた。
『魔女狩りを生き残った魔女(ロストウィッチ)』それはかつての戦争を生き残り、今だ生き続けている3人の魔女。
他の騎士2人も後ずさりをしてた。
「お前、『探求の魔女イレーネ』か?」
騎士の言葉は教皇と話すことの出来る唯一の魔女。その名を彼は知っていたのだ。
「おお、わしも有名じゃの~。けっこうけっこう。それにしても何じゃその霊装は? 十字軍も質が落ちたのぉ……収集する身としては製造元には品質を保って貰いたいものじゃ」
それまで黙っていたビアージオが口を開いた。彼は出世欲が強い。イレーネの言った教皇という言葉に考えるところがあったのだろう。
「教皇ならば言いそうなことだな、しかし異端者には渡せん!!」
ビアージオの言葉に騎士達もみな我に帰り、今だゲーム機から手を離さないイレーネに剣を向ける。
「取引相手は殺せんのじゃ……めんどいのぉ」
「死ね!! 異端者!!」
イレーネに巨大化した十字架が迫る。
しかしそれはカンッ! という音と共に叩き落されただの十字架へと返る。
ビアージオと騎士はありえない状況にいた。
「なんだ?」
彼らを囲む、10人の騎士がいた。かつては白銀だったろうボロボロの甲冑をまとう騎士。ビアージオ達がありえないと思ったのはそのマントに描かれた赤い十字架。
それは十字軍の歴史上最強であり最高の汚点でもある騎士団。
ビアージオが呟く。
「聖堂騎士団(テンプル騎士団)……噂通りの死霊使いか…」
小さな少女イレーネは今だゲーム機から目を離しはしない。
「戦利品じゃ。この頃の十字軍は強かったぞ。ああ、ちなみに司教殿、お前の右にいるのがわしの彼氏じゃ。まぁ死体じゃから夜のお供はできんがのぉクククッ」
「我々をどうする?」
「ん? 船のほかの騎士同様しばらく寝てもらうとするかのぉ」
イレーネがそういうとほぼ同時に、ビアージオの視界は黒く染められた。