セシリアがまだグリゴリのことを知らず青髪ピアスの部屋で魔術練習をしていたそんな頃。今や学園都市の1学生である東条歩は来たる学園都市の大運動会こと、大覇星祭に向けての準備をしていた。
「歩。もう並べ終わった?」
「はい終了しました。もう帰ってもいい?」
歩に話しかけたのは背が高くスタイルのいい、分けた前髪から覗くおでこが印象的な女子。吹寄制理(ふきよせ せいり)。彼女は大覇星祭の実行委員をやっており。準備も彼女が仕切っている。
歩は任された、30個ほどのパイプ椅子をグラウンドに並べるという女子にも出来そうな力仕事を終え、その椅子に座っていたところだ。歩はなんだかんだと言って仕事はすばやくこなすので、結構頼りにされていたりする。
「じゃあ。あそこの上条当麻を手伝って来て」
吹寄は指差す。その先にはツンツン頭の男子。上条当麻がテントを1人で建てようと悪戦苦闘している姿が目に入ってきた。
「了解しました。よし!」
「素直ね……」
「なんのことでしょう? あぁ?」
歩が上条を特別視しているのはもはや周知の事実なので今更言うことでもないが吹寄は軽くため息をつく。
(他もこれくらい素直だったらどれだけ楽か)
歩は仕事も早く頼りになるが任せるまでが大変なのだ。というか大抵の人間は話しているうち語尾に脅され仕事を任せる前に歩の目の前から去っていく。何とか話をつけられるのは上条を除いたら、吹寄くらいだろう。
歩は椅子から立ち上がり。上条の下へ向かおうとして吹寄に呼び止められる。
「歩、今日放課後『メルヘン』ていうケーキ屋さん行かないか? テレビで宣伝してたんだけど1人はさすがに恥ずかしいのよ」
吹寄は歩を誘う。それと言うのも歩が上条を特別視しているのと同じくらい歩が菓子類を好物としていることは有名だったりする。
まだ9月と暑い中、アイスを大量に買ってきて昼休みに食べようとしたところ、全て溶けいて、その日1日ふてくされて寝ていたのは吹寄もつい笑ってしまった事件だ。
「行くの? どうなの?」
さらに吹寄が問う。
歩は考える。
今日はグリゴリの下へセシリアを連れて行かなければならない……しかし『メルヘン』か……あそこのケーキは好きだ。どうしよう? グリゴリとかソロモンとか実際どうでもいいんだが……
歩はもう少し考える。そして閃く。
任務はセシリアをグリゴリに連れて行くこと……私は必要ないだろう。ならば合流場所だけ伝えればいいか? ……うん、そうしよう。
「ご一緒させていただきます。すっぽかしたら殺すぞ?」
「じゃあ帰りそのまま行く?」
「いえ、少し用事があるので待ち合わせでお願いします。マジさっさと終わらせるから」
「分かった。じゃあまだ今日の準備がいつ終わるか分からないから終わったら
待ち合わせ時間を決めましょう」
「はい。絶対な」
そして歩は上条の下へ向かった。
上条はまだテントと悪戦苦闘しているようだ。
その上条の横では青髪ピアスと金髪にサングラスの土御門が机を2人で運びながら上条と話している。
歩はとりあえず上条に声をかけることにした。
「上条様。手伝いに来ました。めんどくさいけど」
「おう! 東条手伝ってくれるのか? ありがとな! いやぁ、さすが東条! 土御門と青髪ピアスなんて運んでるフリしてるだけで手伝いなんて夢のまた夢なんだからな」
「酷いにゃー、こうしてカミヤンに話しかけて精神的フォローはしてるぜよ」
「僕はこうでもせえへんと小萌先生に怒ってもらえんのですよ~」
「おまえら……」
歩はそのやり取りは無視してテントの組み立てへと入る。それに気づいた上条が歩に話しかける。
「悪いな」
「いえ、この程度かまいません。お前の手伝いなら何だってしてやる」
「ありがとな!」
と、そこで傍にいた金髪と青髪の2人が
「「うおぉおおおおおい!!!」」
「なんや今の!! 男なら言われて嬉しいトップ200には入りそうな言葉は!!」
「しかも明らかな好意を華麗にスルーするカミヤンはもう犯罪ぜよ!!ありえないにゃー!!」
2人は上条の顔面すれすれまで顔を近づけ一言。
「「死ねばいいのに」」
そうして2人はその場を去っていった。
そして上条はというと……
「なんで? はぁ~。不幸だ」
上条がそんなことをやっている間にも歩は黙々と作業を続け。テントは完成した。
しかしその後、女体育教師から『ごめっーん。やっぱテントいらないじゃん』と苦笑いで手を合わせられ(この時点で歩はキレたが上条になだめられた)、テントを片付けた所で女ミニ教師から『あーっ! なにやってるんですか上条ちゃん! テントはやっぱりいるって連絡入りませんでしたかー?』と上条が怒られ、とうとう歩が女ミニ教師に『また建てるんですか? テメェも組み込んでやろうか?』と脅し、テントの件は終わりとなった。
歩はケーキ屋『メルヘン』の目の前まで来ていた。学校から一度帰り、セシリアのいる青髪ピアスの部屋に行ったのだが留守だったので、机の上に必要書類と書置きを残してから吹寄との待ち合わせ場所まで来たのだった。
「ちょっと遅かったわね。3分の遅刻だ」
「……はぁ。こまか!!」
2人はお店の中へと入る。中はお店の名前でもある『メルヘン』そのもので、白とピンクを基調としたファンシーな作りとなったいた。ケーキ屋といっても持ち帰り専門の店ではなく、ゆっくりとくつろげるよう席を完備した、喫茶店のような構造だ。客はやはりテレビで宣伝されるだけあってほぼ満席、その客のほとんどが女子中高生だった。
歩と吹寄は店の奥。ギリギリ空いていた席に案内され座る。横では中学生らしき女子が2人ケーキを食べながら話していた。頭に大量の花飾りをつけた方は黙々とケーキを食べ、髪の長い女子の方はなにやらキョロキョロと落ち着かない。
「ん?……どこかで見たような?」
歩は自分たちが座る席そのさらに奥、1人で座っている巫女服の女子を見つけそう言う。(吹寄からは見えない)
どこで見かけたか?
そう思ってその女子を見ているとその女子はなぜか少し嬉しそうな顔をして歩を見て来た。
なぜ見る? 敵か? いや、そんな感じは……
歩は答えが出なかったので目を逸らし席に着く。
その瞬間バタッと巫女服の女子がテーブルに倒れたが歩には関係のないことだった。
「歩はこのお店来たことあるの?」
「はい。常連です。学園都市で多分1番だな」
「へぇ~楽しみね」
吹寄はメニューを見ながら『1番健康にいいのは』とか言っているが歩としてはケーキ屋に来てそれはないだろうと思っていると。
「お客。ご注文はどうする?」
「うげぇ!!」
吹寄が妙な声を上げたのには理由があった。注文をとりにきたウェイトレスの姿だ。
可愛らしい服を着てはいるが男。それもゆうに2メートルは超え。筋肉は隆々、まさにプロレスラーだ。頭にはコック帽、それも顔半分を覆い隠しており見えるのはそのサメのように鋭い口だけだ。
「店長ですか。珍しいな」
「店長!? 店長なのか!! この化け物が店長だと!!」
「フフッ、常連である東条様には店長自ら注文を聞きに行く!! それがこの俺メルヘン店長!!」
店長は顔に手を当てカッコをつけてそう言った。
「なんだそれはぁぁぁああああ!!」
なんだか吹寄が騒がしいが歩は気にしない。確かに店長の身のこなしは只者ではないが、今気にすることではない。そう思い歩は注文しようとする。だがそれは隣の女子中学生によって遮られる。
「いたー!! 初春!! ほらほらメルヘン店長!! 都市伝説はホントだったのよ!!」
「ちょ……ちょと佐天さん! 人を指差しちゃ駄目ですよ~!」
髪の長い女子が店長を指差し、花飾りの女子はあたふたとしている。
「ディス イズ メルヘン店長!!」
「佐天さん!! 間違ってます! 間違ってますから!!」
「……じゃあ初春正解分かるんだよね?」
「え……分かりますよ!!」
「なに?」
「言いません!!」
「何で! 言いなさい初春のくせに~!!」
「自信がないだけ、自信がないだけなんですよ~!!」
歩はその話を聞いて少しだけ考えた。
都市伝説? 何でそんなところに店長の噂が? この店はできたばかりのはずだが……。
歩は店長の目があるであろう場所を見る。
店長は気づいたように口を開いた。
「さすがは東条様。気づかれたか。そう! 何を隠そう噂を広めたのはこの俺」
「なるほど宣伝ですか……。やるな!」
「テレビに新聞、インターネット、都市伝説から怪談話まで全て宣伝に利用する!! それがこの俺メルヘン店長!!」
そして店長はまたもカッコをつける。
「そうですか……。見事だ!!」
「見事だ!! じゃないだろぉぉおおおおお!! なんだ!! おかしいだろ!! すごく変だろ? そして店長!! いちいちカッコをつけるな!! はやく注文をとれ!!」
「ヌゥ……」
吹寄がなにやら爆発しているので歩は吹寄と共に店長へと注文を言う。店長は注文を聞くと店の奥へと去っていった。
ケーキはすぐに2人のもとへとどく。この店の定番はショートケーキ。シンプルかつ上品。ただのショートケーキに見えてただのショートケーキじゃない、一口たべれば夢の国へとご招待。そんなケーキだ。
「歩……それ全部食べるのか?」
「はい。なに?悪い?」
「見てて胸焼けがするんだけど……」
吹寄が一皿食べ終わるまでに歩は注文した20皿を余裕で食べていた。吹寄にしては見てて気分のいいものではなかったらしい。
吹寄は黙々と食べる歩との会話に困ったのか急にこんなことを聞いてきた。
「歩。上条当麻が好きなのか?」
ドスッ!! という音を立てて歩がテーブルへ突撃した。
「おい! 大丈夫か? 私が悪かった、しっかりしろ!!」
歩はゆっくりと座りなおして
「いえ、問題ありません。何も聞いてないよ?」
「うん、そうだな……」
歩は焦っていた。正確には焦っているとしか表現できない感情に襲われていた。
好き? なに? いや……好きなのか? いや…好き? なに? ああ好きか……あれ? 好き? なんだそれ? 好きは好きだろ? ……あれ、うん、あ~……なに?
「うおぉ! 東条に吹寄偶然だにゃー!」
「歩ちゃんこんなところで会えるなんて運命感じてまうわ~」
歩が『好き』について混乱中の中。さっきまで横の席に座っていた女子中学生がいなくなったかと思うと、入れ替わりに見覚えのある顔ぶれが隣にやってきた。
「土御門! 青紙ピアス! あんたら男子2人でケーキとは……」
「差別や!! 男だってケーキ食べたいんや!!」
「そうですだにゃー。好きなもんはしょうがないぜよ」
「……。好き?」
「吹寄……東条はどうしたんだにゃー? なんか遠くを見ながらケーキをこれでもかと解体してるぜよ」
「何も聞くな……」
歩はその後も心の中で混乱し、周りは騒ぐ。そんな中、土御門が歩に耳打ちで何かを伝えてきた。
「(セシリア嬢が今大変らしいぜよ? 助けに行かなくていいのかにゃー?)」
さすがに周りの言葉はもう聞こえるようになっていた歩は答える。
「(別に関係ないです。セシリアなら心配いらねぇだろ)」
とそこで土御門はにやりと笑い。
「(じゃあカミヤンの方はいいのかにゃー? さすがに今度はやばいぜよ?)」
「(そうですか。マジか? 今どこだ?)」
「(カクカクシカジカだにゃー)」
歩はテーブルに現金を置き店を飛び出る。吹寄が『おい!! 金額が多すぎるだろ!!』などと叫んでいたが気にしない。上条が危ない。助けなければ。上条はセシリアと違い右手が特別なだけのただの高校生なのだ。弱い魔術師相手でも殺される危険は十分にある。
と、店を飛び出してしばらくしたところで歩の脳裏に吹寄の言葉が過ぎる。
『上条当麻が好きなのか?』
足が止まる。
やばい……なんだ? 熱い……助けに行かなくては……しかし今はなんか会ったらヤバイ……どうしよう…。
歩は右へ左へウロチョロしながら考える。
そして名案を思いつく。
『そうだ!! セシリアも一緒について来てもらおう!!』
という訳で歩はセシリアのいる、グリゴリのもとへと向かった。