この記憶はまだボクが『わたし』だった頃の記憶。
楽しいはずの誕生日の思い出が理不尽に蹂躙された絶望の記憶。
わたし達『シュナイザー劇団』は総勢十数人の小規模な旅の劇団です。
小さな町や大きな都市を巡回しながら歌や踊りの興行を生業にしています。
今は移動中で昨夜から大きな湖の畔を野営地にしています。
骨休みも兼ねて2~3日此処に留まるそうです。
「お早うございます。パパ、ママ。お早うございます、みんなさん」
「ああ、お早うアンナ」
「お早うアンナちゃん。今日は少し早起きさんですね」
『「「「「お早うアンナちゃん」」」」』
わたしの家族は沢山います。
血の繋がっているのはパパとママに小さい頃に離れ離れになった異母兄だけですが、わたしにとって劇団の皆さんは大切な掛け替えのない家族です。
「だって今日からわたしは11歳のれでぃーだもん」
わたしはママに抱き付きながら頬にお早うのキスをしました。
「そうね。アンナちゃんも今日で11歳……もう立派な淑女ね」
ママが嬉しそうにわたしを抱き上げながらくるくるとステップを踏んでいます。
わたしは為す術もなくママのお胸に埋もれながらされるがままに振り回されるしかありません。
助けを求める様に視線を向けると、皆さん微笑ましそうに母娘のスキンシップを眺めています。
そんな中でパパは一人羨ましそう見詰めていました。
そんなに羨ましいなら代わってくださいぃ~~!?
はぅ!? さすがに眼が廻るよぉ~~!?
あの後パパにも振り回されてしまいました。
パパ、貴方もですか!?
あまりの激しさに綺麗なお花畑が見えました。
ママとお姉さん達が止めてくれなかたら今頃は綺麗なお花畑がある川の畔から向う岸へ渡っていたかもしれません。
気が付くとパパが心配そうにわたしの顔を覗き込んでいました。
「大丈夫かいアンナ? ごめんよ」
パパが涙で顔をくしゃくしゃにしながら抱き付いてきました。
昨日までなら“パパなんて大嫌い!!”と言うところですが、今日からわたしはれでぃーです。
「許してあげるよ、パパ。今日のプレゼントを奮発してくれたらね♡」
れでぃーは転んでもタダでは起きません!!
男の人に貢がせるのが良いれでぃーの使命だとお姉さん達に教えられました。
「りょ、了解しましたお嬢様。飛び切り豪勢な誕生日にしような……」
パパは何故か引きつった笑みでわたしを見ていました。
大道具のおじさんがパパの肩を叩きながら慰めています。
わたしナニか間違えたのかな?
不思議そうに首を傾げていると衣装のおばさんが苦笑しつつ手招きしてきました。
「アンナちゃん。朝食の準備が出来たからおいで」
「はぁ~い」
背中が煤けているパパと大道具のおじさんを残して、ママ達と朝食を美味しくいただきました。
朝食の後片づけも終わり、皆さん思い思いに休暇を楽しんでいます。
パパは狩りに出かけて大道具のおじさんは離れた場所で釣りをしています。
わたしはママとお姉さん達数人と湖で水遊びをしています。
ママを始め皆さんとてもお胸やお尻が大きくて水着から零れそうです。
その上、腰も細くて羨ましいです。
わたしはまだ成長を始めたところなので殆ど膨らみや括れがありません。
自分の胸を押さえながら俯いていると頭から水を浴びせ掛けられました。
「隙有りだよ、アンナちゃん」
顔を上げるとママがにこやかに微笑みながら更に水を浴びせてきました。
「えい、お返しだよ!」
わたしはママのお顔に水を掛けて反撃しました。
お昼は大道具のおじさんが釣った魚やパパが狩ってきた獲物でバーベキューをしました。
何のお肉か判らなかったけど美味しかったです。
そして日が沈みお誕生会を始めようとすると野蛮な男の人達が現れました。
男の人達は卑しい笑みを浮かべながらこちらを窺っています。
「なんだね、君達は!!」
パパがわたし達を庇う様に男の人達へと立ち向かいました。
「見ての通りの野盗さ。金目のモノと女達をよこしな」
言葉と共にパパに沢山の武器が向けられました。
「断る!! 君達に渡すモノなど何もない!!」
パパの躰からナニか危険な感じがするモノが放たれました。
こちらに向けられている訳でもないのに酷く寒い様な感じがします。
ですが、男の人達は涼しげな顔で佇んでいます。
「ほォ……念能力者か。なかなかのオーラだな、面白い」
リーダー格の男の人が楽しげにパパを見下ろしています。
そして男の人達からパパと同じ様なナニかが立ち上りました。
「まず貴様から遊んでやろう」
その言葉を合図にパパに男の人達が躍り掛かりました。
わたしは隙を見てテントの中に逃がされて衣装箱の中に隠されました。
わたしは神様に祈る様に眼を瞑ることしか出来ませんでした。
暫くすると男の人達がママ達を連れてテントへと入ってきました。
そして始まる獣欲の宴。
箱の外で行われている悪夢を耳を押さえ眼を瞑り震えながら追い出そうとします。
不意に一人の男の人がナニかに気付いた様にこちらに歩み寄ってきました。
「見ぃつけ~た。こんな所に隠れてたんだ。さあ、隠れん坊の時間は終わりだよ♡」
男の人は卑しい笑みを浮かべながらわたしを引きずり出しました。
わたしは恐怖に戦くことしか出来ませんでした。
男の人はわたしの服に手を掛けて破り捨てました。
「いっ、いやぁああ~~!!?」
満天の星空に悲鳴が響き渡りました。
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◇ ◆ ◇
目覚めるとそこはとある病院の一室だった。
そこで自分自身があやふやではっきりせずにただ日々を過ごした。
聞こえてくる会話やTVのニュースなどで此処が『HUNTER×HUNTER』の世界だと理解した時は更に混乱した。
頭に流れ込んでくる所謂『原作の知識』とあやふやな前世の記憶。
そして堰を切った様に忘れていた……いや、忘れている振りをしていた記憶が溢れ出した。
大切な家族が穢された上に殺され、自身も穢された記憶が――――
その後死を選ぶのに時間は掛からなかった。
だが死ぬことは出来なかった。
自身を包むモヤが念だと朧げながら理解出来た。
それでも死のうと発作的に幾度と無く手首を掻き切る日々が始まった。
拘束具で躰を固定されても紙の様に引きちぎり手首を掻き切る。
数え切れない程リストカットを繰り返したある日、病院を抜け出して当てもなく彷徨ってお師匠様になる人物と出会った。
そのお師匠様とは――――
☆ ★ ☆
~ビスケside~
偶々立ち寄った町で奇妙な少女と出会った。
痩せこけ虚ろな表情。
手首に巻かれた血で染まった包帯がかなり痛々しい。
今にも消えて無くなりそうな儚い少女。
だが瞳の奥底には強い煌めきが燻っている。
「ねえ、そこのお嬢ちゃん。あたしと一緒に行かないかい?」
あたしはかなりの値打ちモノを拾ったのかも知れない。
この娘を鍛え上げたならば何処まで高みへと昇っていくのか想像するだけで心がときめく。
このくすんだ原石を磨いたならばさぞ美しい宝石になるだろう。
☆ ★ ☆
この出会いは偶然なのか、それとも必然なのか。
この少女の名はアンナ=レイ・シュナイザー。
二面性の魅力を持つ少女。
彼女が路傍の石で終わるのか、それとも完全に調和して至高の宝石となるのか。
その物語は今始まったばかりである。