文弥の死体が発見されると、保守派の中には動揺が広がった。
正確には、聖夜によって広げられた。
リーダーが仲間の死に嘆く姿を見せることで部下の信頼を強める、一つの作戦である。
その証拠に、聖夜が文弥の死を聞いたとき彼が舌打ちしたのをリンは見ている。
リンはニット帽を深く被り直すと、飛行船を下りてトリックタワーへと降り立った。
「しかし面白いな。殺された相手が原作キャラなんて、名誉なことじゃねーか?」
「不謹慎だよ、リン。それに、彼が死んだのは痛手だ。僕らにとっても」
後ろに立ったレインはため息をつく。
彼らは戦闘員なので作戦については詳しく聞かされないが、文弥の能力を知っていれば事態が面倒なことは容易に分かった。
「まーな。地味だけど、あの転移能力は便利だった」
「便利どころじゃない。本来ならトリックタワーだって安全に全員が合格できたはずだ」
「ま、過ぎたことだ。犯人があのキルアじゃ、誰に責任を追及することもできねえ」
「……いくらキルアでも、念能力者を一瞬で八つ裂きにできるものかな」
「一瞬とは限らないだろ? あの惨殺死体じゃ、生前どんな状態だったかまるで分かりゃしねー。
どっかに血が落ちてたわけでもねぇ、……なによりもう飛行船下りちまったしな。調査のしようがねー」
リンは苦笑を浮かべ、あくびをした。
レインはまだ何か言おうとしていたが、足音に気づき後ろを振り返る。
「レイン、行くのが早いですわ。私のことも考えてくださいな」
後ろに留まっていた飛行船から下りてくるのは、レインと同様に金髪碧眼の少女。
よく目立つ漆黒のドレスは、レインの漆黒のタキシードと対になっているらしい。
端から見れば貴族の息子と娘がお遊びで参加しているようだが、ここは三次試験会場。
彼らもまたハンター試験を受けるに値する能力を持ちこの場に立っているのだ。
「ミストが起きるのが遅いんだよ。緊張感がなさすぎ」
「あら。休息は大事ですわ。なんせ、今日から三日間寝られないのでしょう?」
「三日かけてゴールするつもりか、てめーは」
「リン、いたのね」
「いるよ! こんな派手な格好したやつ他にいねーだろ!」
「確かにその少女趣味な服は目立つけれど、痛々しくて視界から外れてしまうのよね」
「おめーが言うかゴスロリ」
「言いますわ、幼稚園児」
ミストとリンが睨み合う様を、レインは呆れた顔で見つめる。
そうしているうちに受験生は集まったらしく、ビーンズがトリックタワーの説明を始めた。
おおよそ把握しているリンは暇になり、辺りを見渡して受験生の顔ぶれを確かめる。
二次試験合格者から一人減って80人。
原作ではこの時点で40人ほどが残っていたと考えれば、半分が転生者ということになる。
そしてここから先、おそらく念能力者の割合が増えるだろう。
マラソンやキノコ狩りは念能力があまり役立たないが、三次試験以降は使える場面が増える。
四次試験で原作キャラの席を多く取るためにも、この場である程度の人数を絞るべきだろう。
(保守派の連中もな。……文弥が死んだのは幸いだ、誰がやったか知らねーが。
ここで保守派が減れば、四次試験で殺しまわる手間が省けるってもんだぜ)
リンは残忍な笑みを浮かべ、拳を握る。
ちょうどビーンズの説明も終わったらしく、リンは改めて辺りを見渡した。
すでに80人よりは減っている。おそらく説明の途中にも床を探っていた人間がいたのだろう。
「はは、さっそく床を調べ始めたな。受験生の察しが良すぎて試験官もびっくりだろうよ」
「できれば頂上で数人削っておきたかったけど、まあ露骨なやつでもなきゃゴンたちと同じ穴に入ろうとはしないか」
「そうでしょうか。心情的には、ここでゴンたちと同じルートを通りたいものではないかしら?」
「まあ、他のルートは描写されてねーからな。自信がないやつほど残りたがるかもな、トンパの席を狙って」
「二人とも」
レインは二人を呼び、後ろに視線を流した。
その先ではゴンたちが床を探り、ちょうど隠し扉を見つけたところのようだった。
「思ったよりはえーな。怪鳥に食われるロッククライマーの人まだ降りてないんじゃねーのか。
ん? ……あれ、ロッククライマーの人いねーじゃん」
「たぶん露骨に隠し扉使うやつが多いから普通に中に降りていったんじゃないかな」
「そんなことより、そろそろあの辺りに立っていた方が良いのでは?」
言うが早いか、すぐさまミストはゴンたちの方へと向かった。
どうやらその選択は正しかったらしく、ゴンたちが隠し扉を降りた瞬間に人々の動きがそちらへ集中する。
リンは髪をなびかせ、手のひらにオーラを集め始めた。
「たぶんあいつらは革新派じゃねーぜ。少なくとも思想は」
「分かってるよ。僕だって殺しはしない。言葉で注意して、まずは――」
レインはそこまで言って、口を閉ざした。
視線の先では、隠し扉の上に立ち転生者を防ごうとするミストが突き飛ばされ、転びそうになっている。
リンは苦笑いを浮かべた。
次の瞬間にはレインがその場から消えていたからだ。
「危ないな、レディを突き飛ばすなんて男として最低の行為だよ」
レインはミストを抱きかかえ、ミストを突き飛ばした男を注意した。
その光景を見た人々がざわめく。
「バカ野郎、言ったそばから殺してんじゃねーか!」
小走りで寄ってきたリンがレインの頭を叩く。
その横には、レインの能力によって頭を切り裂かれた死体が血をまき散らして倒れていた。
レインは言われて初めて気づいたらしく、ミストを落として声を上げる。
「いたあっ!?」
「またやってしまった、……まさか勢いで殺しちゃうなんて!」
レインは頭半分を失った死体の前で腕を組み、黙祷を捧げた。
腰を打ったミストは声にならないうめきを上げており、リンはその妙な光景に首をかしげる。
「相変わらず狂ったやつだな……理解できねーよ。ほらミスト、起きれるか?」
「ありがとう、リン。お姫様だっこから落とされるのって、突き飛ばされて転ぶのより痛いのね」
「当然だろ」
リンはミストを立ち上がらせると、レインの奇行で近づくことをやめた人間たちを見回した。
未だに結構な数の人間が残っているため発見者は多いが、少なくとも主要人物はいない。
原作キャラに干渉しようとするとどうなるか知らしめる脅しにはなっただろう。
むしろ面倒なのは、身内だ。
「レインッ!!」
三人の元に怒号が飛び込む。
視線を返せば、怒りに青筋を立てた恭介がレインを睨んで走り寄ってきていた。
恭介はレインの胸ぐらをつかみ上げる。
「てめぇ、あれほど人を殺すなと言ったはずだろうが! お前は中毒者かなんかか? あ!?」
「……僕だって好きで殺したわけじゃない。作戦に支障をきたすミスをしたのは謝るけど」
レインは恭介の腕を叩き上げ、無理矢理離させた。
恭介は大きく舌打ちすると、隣に立つリンやミストにも視線を送る。
「お前ら、こいつが人一人殺したのに叱責の一つもなしか?」
「……今更だろ。作戦についてなら、これでゴンたちに近づくやつが減ると思えば悪かねー」
「そういう問題じゃないだろ。俺たちは転生者の考えを正すためにいるんだぞ」
「母数を減らすのは考えを正す方法の一つじゃねーか?」
「違う! 人が殺し合って解決する問題なんてないんだよ!」
「めんどくせーやつだな」
未だに怒りの姿勢を崩さない恭介にリンは辟易し、きびすを返した。
確かに恭介の思想は倫理的で道徳的で、保守派の中でも常識を持っている方だと言えるだろう。
だが、戦闘員のリンたちには面倒なだけだった。
殺すより説得する方がよほど難しい。
ゆっくりと歩きながら、リンは恭介に言葉を返す。
「お前に監督不行届の責任がないとは言わせねーからな」
「それは……確かに、そうだ。だが俺のフォローにも限界がある」
「さて、どうかな? 私には聖夜の腰巾着として――うわぁっ!?」
「え?」
歩いていたリンの体が沈み込む。
誤って強く踏み込んだため、隠し扉が回転したのだ。
あまりに間抜けな姿にレインは助けることもせず、塔の中に吸い込まれるリンを見送っていた。
静寂。
「あの穴、五人ルートの入り口ではなかったかしら」
「……これじゃゴンたちと同伴するためにルートを殺して奪ったみたいじゃないか」
レインとミストは顔を合わせ肩をすくめた。
「で、僕たちはどうするの? そもそも聖夜が見当たらないけど」
レインが振り返ると、恭介は舌打ちをして頭をがりがりと掻いた。
「あいつは先に降りたよ。周りを見ろ、もう20人くらいしか人がいないだろ」
「文弥が死んでまだ傷心の演技してるのかな。あるいは急な作戦変更に動揺してるのか」
「演技じゃない。俺だってそうだ。俺たちは……修行してたときから一緒に過ごしてきたんだから」
「へー、まあどうでもいいんだけどさ。
ところで幸か不幸か五人ルートを見守る必要がなくなったし、僕らも行っていいかな」
「……ああ」
レインは恭介を鼻で笑うと、ミストを連れて隠し扉を探し始める。
取り残された恭介は、陰鬱な表情でただ死体を眺めていた。