16日昼過ぎ。 キャプテンブラボーら、NGL組がカピトリーノの開拓街に駆け込む。 元開拓組のキメラアント、ジョーに遅れることわずかに20分。予定より半日も早い到着だった。 この早さにはわけがある。 ミテネ連邦から海峡を渡り、飛行船を乗り継ぐ時間待ちをしていた時、偶然キメラアントと思しい集団の北進のうわさを聞きつけたのだ。 確認を取ったが、海峡付近の観測所では、キメラアントは発見されていない。「アズマ。どう思う?」「見間違いなのかもしれませんが、見過ごすにはリスクが高すぎます。それに念能力なら何でもありうる。この際敵が先行していると考えましょう」 ブラボーの問いに、黒髪仏頂面の少年はそう答えた。 ここからの手際は迅速極まりない。 小型の飛行船を借り受け、手早く航路を確保すると、即座にカピトリーノを目指し出航した。 ちなみにチャーター代を出したのはアズマだ。物欲の薄い彼は、天空闘技場で稼いだ金にほとんど手をつけていなかった。 この飛行船は、順風時の航行速度に倍する速さで空を駆けた。 金髪碧眼セーラー服少女、ツンデレの髪にとり憑いている幽霊幼女、ロリ姫の念能力(マスタードリラー)で、プロペラを超高速回転させた結果だ。 船を降りてからも、借りたワンボックス車をブラボーの念能力、“最大強化(パワーブースター)”で性能強化し、ほとんど飛ぶような速度で駆け抜けた。 急ぎに急いでカピトリーノにたどりついた一行は、丘の中腹に人が集まっているのを見つけ、車を乗り捨てて駆け寄り――絶句した。 カミト、海馬、レット、変態仮面、ニセットなどカピトリーノ防衛組に、別ルートを行った元同胞のキメラアント、ジョー。その他集落の若い衆勢ぞろいの真ん中で、Greed Island Online系コミュニティーのリーダー、ソルがロープでぐるぐる巻きに縛り上げられていたのだ。「やあ」 しかもそんな状態のソルが、にこやかに挨拶してくるのだから、ブラボーたち一同、言葉を失うのも無理はない。「……どういう状態だ?」「いや、ふざけた顔して手伝いに来たよとか言いやがったから、とりあえずふん縛っといたんだけど」 戸惑いながらブラボーが尋ねると、カミトも腑に落ちない口調で答えた。 無理もない。ゲームのラスボスが主人公の家にお茶をしに来るようなものだ。「どうしてこうなったかは、こっちが聞きたいくらいなんだけどね」「ソルさん、空気読んでください。アンタこっちじゃ敵意バシバシなんだから」 冷や汗を浮かべてニセットが言った。 この、ユウとそっくりな黒髪猫目の美少女は、助けてもらった恩もあって、まだソルたちに対して友好的である。 平和そうなソルの態度が、一同の神経を逆なでしている様を見かねての忠告だった。「あー。とりあえず、一から説明した方がよさそうだな」 激発しそうになるツンデレやミコをさりげなく抑えて、アズマが前に出た。 ソルの様子は、事情を知る者としては明らかにおかしい。とぼけている風もない。 ――ひょっとすれば、ソルは蚊帳の外にされている。 思いながら、その推理が正しいか確かめるためにも、アズマは事情をぶつけてみることにした。「その前に場所を移そう。とりあえずセツナの家を借りていいか?」 街の人間にまで聞かせるような話ではない。アズマはそう提案した。 セツナの家の大テーブルを囲んだ中で、アズマは説明した。 開拓組の一人、エルフの少女マツリが、ソルたちが来た日の深夜、街を飛び出しNGLに向かったこと。 そして、それをさせたのが、ソルの片腕、黒髪の優男レフであること。「あり得ない。誤解だ」 驚いて口を開いたソルは、それからあわてて弁護を始める。「確かにレフの念能力なら、そういうこともできるかもしれない。だけど、ボクは彼を信じている。信じてほしい。レフはけっしてそんな奴じゃないんだ」 切々と説くソル。その声音には真が込められており。 しかしアズマの心を打つことはない。むしろアズマはこの発言から、レフの関与を確信した。 その理由を、アズマは説明する。「マツリの胸のなかには、種状のオーラの跡があった。その質は、レフのものとそっくり同じだ」 そこまで言うと、ソルは青ざめた顔でうなだれた。「あんたは、知らなかったのか」 アズマはあえて尋ねた。 その実、すでにソルは無関係だと確信している。「そうでしょうね」 横から口を出したのは、カミトだった。「もしソルが謀略に携わっているなら、ここのキメラアントの始末を、こんなに早くつけさせるわけがないわ」 カミトは説明する。 カピトリーノを攻めたキメラアントの師団長を屠ったのはソルである。 ソルの助けがなければ、敵師団長はやすやすとカピトリーノに侵入していたかもしれない。そうなれば、街の被害は甚大になっていただろう。なにより、戦いはもっと長引いていたはずである。「わたしなら自分たちを恨んでいる人間に、考える時間なんて渡したりしないわ。彼に関しては、信じてもいいと思う」 この事実があったからこそ、カミトたちはソルの処遇に困っていたのだ。「まあ、この時期にこんなところに居ること自体、こいつが謀略に関わってないって証拠みたいなもんだし」 アズマはさりげなくソルを擁護した。 アズマの推測が正しければ、謀略の焦点はリマ王国に置かれており、だったら不確定要素の多いキメラアントを使う以上、策を巡らせる人物がリマ王国を離れていいはずがない。 体よく追い出されて蚊帳の外にされたのだ。 ――すると謀略の主はレフか、あるいはダークか。 アズマは推測した。 それぞれソルの片腕と、相棒だ。彼らがリーダーであるソルを排して、謀略を練っている。 ――これは、思ったよりも入り組んでいる。 そのことに不吉な予感を覚えざるを得ない。「ソル。奴らは何をするつもりだ? いや、そこまでは推測がついている。アンタ以外の能力者が念能力を使えば、どんなことができる?」 アズマはソルに尋ねた。 それがわかれば相手のもくろみも自然と見えてくるはずだ。 ソルは答えなかった。 長い間、黙然と考えている様子だった。「丸ごと、盗るつもりか」 ふいに、ソルがつぶやいた。 瞳から迷いが消えた。かわりに悲しみがあふれている。「止めなくては」 言って、ソルが立ちあがる。 体を縛っていた縄が、一瞬で解けた。 不意の行動に一同身構えた。 しかし、つぎにソルがしたことは、皆への深々とした、礼。「すまないが急いで戻らなくちゃいけない。この責任は必ず取る。どうか行かせてほしい」 不意を衝けば逃げることもできたに違いない。 しかし彼はあえてそうしなかったのだ。誠意にあふれた態度は、だからこそ哀しい。 こんな人間だからこそ、利用され、また裏切られるのだろう。「わかった。このキャプテンブラボーが承認しよう」 皆を代表して、ブラボーがうなずいた。「すまない。ありがとう」 ソルはもう一度頭を下げた。 それからソルは部屋の窓を開くと、桟に足をかけ、飛び上がった。 アズマが追って見上げると、天高く舞い上がったソルが、炎の尾を引きながら北東の空へ飛んでいく姿が見えた。「なるほど、それで“氷炎”ね……」 つぶやきの意味は、当人にしか分からない。 キャプテンブラボーは、窓の外を見つめていた。 その背中はどこか寂しげで、おのれの無力を嘲っているように見えた。 その背中を、セツナは知っていた。「ふっ。キャプテン・ブラボー」「同志・セツナ。その怪我はいいのか?」 よいはずがない。 腕と、胸から腰にかけての裂傷は、縫ったばかりなのだ。 いかに常人より頑強な念能力者とはいえ、すぐに動ける怪我ではない。 それでもソルのことが気がかりで、術後無理やり帰宅した。 医者にはしつこいほど、安静にしているよう言われた。 だが、あの背中を見てしまった以上、セツナは寝ているわけにはいかない。「あらためて礼を言わせてもらうよ。ありがとう。キミの、キミたちのおかげで、だれも死なずに済んだ。そればかりか、ジョーまで戻ってきてくれた」 銀の髪をかき上げると、セツナは腕を優雅に交差させ、一礼した。 痛々しい包帯巻きの姿で、それでもセツナは苦痛を見せなかった。「だから、もう、十分だよ」 セツナは言った。 ブラボーを見たとき、彼は察した。 彼はリマ王国へ行きたいのだと。 だが、ブラボーは約束した。このカピトリーノを守ると。 一度は退けたものの、ふたたびキメラアントがこの地を襲わない保証はない。 カピトリーノという、セツナたちという荷物を背負わされ、身動きできないブラボーは、己の無力を嘲っていたのだ。 親友を失い、キメラアントの脅威にどうしていいかわからなかった、かつてのセツナのように。「キミに助けてもらわなくても、ボクたちは、もう自分の足で立てる。 もしまたキメラアントが来たって、ジョーが居るんだ。負けやしないさ」「その通りや」 ジョーがセツナと拳をぶつけて見せた。 その横で変態仮面がポージングして自己主張する。「ボクたちはもう貴方の荷物じゃあない。だから、ブラボー。キミは自分のやりたいことを、やるべきことをやってほしい」 セツナは、拳を前に突き出した。 ジョーと変態仮面も、それに倣う。「同志・セツナ、ジョー、キョウスケ……その通りだ! 無辜の民を巻き込んだふざけた謀略など、この俺が許しては――ならない!」 三人に拳を突き出して、ブラボーは部屋を出ていく。 目深にかぶった帽子の内には、秘めたる決意を宿した瞳が光る。「そうっス! ヒーローだったら!」「見過ごすことなんて、できませんわ!」 レットとミコ。さえないヒーローと無邪気なお嬢様がブラボーに倣い、セツナたちに拳を突き出し部屋を出ていく。「――ま、礼を言っとくよ」「ありがとね。ブラボーをわかってくれて」 黒髪仏頂面のアズマが片手をあげ、鎖使いのカミトが、片目をつぶってそれにつづく。 金髪ツインテール制服姿の少女ツンデレが、シスターメイが、虹色髪の少女ライが、海馬瀬人がそれぞれ三人と言葉を交わしながら出ていく。 部屋に残ったのは三人と、ニセットだけだ。 三人の視線がニセットに集中する。「な、なんだよ」「……いや、キミも行かないのかなーって」 なんとなくノリで彼女も行くのだろうと思っていたセツナは、頬をかく。 ニセットがあわてた様子で両手をわたわたさせた。「居ちゃいけないのかよ? 役に立つぞ? ほら、レーダーとか! それから、日雇い労働してたから土建関係けっこう詳しいし!」 焦ってまくし立てるニセットに、三人は目を見合わせる。「……ひょっとして、ここに残ってくれるのかい?」 おそるおそる、セツナは尋ねた。「悪いのかよ」 ニセットがむくれ顔で答える。「いや、居てくれるのなら、ホントに、本当に歓迎するよ。ニセット――ようこそ、ボクらの街へ」「っ……へへへ。こちらこそ、よろしく」 セツナの手を差し伸べると、ニセットは顔を赤らめて、どこか照れくさそうに握り返してきた。 ダーク。 傲岸不遜に軍服を着せたようなこの男がソルと出会ったのは、この世界に飛ばされて間もないころだった。 場所は、アイジエン大陸東はずれの波止場。 ふと顔を合わせたふたりは、何気なく立ち話をして、互いが同胞だと知った。 どちらも元の世界に帰ることを望んでいた。それゆえふたりはごく自然に仲間になった。「ボク達が帰るためには、おそらくグリードアイランドが必要だ」 と、ソルは言った。 同名のゲームが原因で飛ばされたのだ。 鍵はグリードアイランドにある。これは推論として的を射ている。「だけど多くの人間は、グリードアイランドについて本当に正確な情報を持っているとは言えない。そこでボクは、同郷の人間にだけわかる電脳ネットサイトを作って情報を共有しようと思う」「それが、何の得になるんだ」 ソルは原作に詳しい。 グリードアイランドの指定ポケットカードもほとんど把握していた。 である以上、そんなサイトを運営する意味は希薄で、ダークにすればほとんどボランティアとしか思えない。 だが、このまぶしいまでにつややかな金髪の美青年の視点は、より広い。「そうだね、少なくとも不要な争いが減るかな」 怪訝な顔を作ったダークに、ソルは説明する。 たとえば挫折の弓。“離脱(リープ)”を十回撃てるこのアイテムの存在を知らない者にとって、一回のクリアで元の世界に戻れるのは二人までだ。これではろくに協力もできず、ゲームの奪い合いになってしまう。 だが、一回のクリアで最低二十人の帰還が保証されるなら、大人数での協力も可能になる。無用な争いを避けられる。「ダーク。ボクは無知ゆえの悲劇を無くしたいんだ」 ソルの青い瞳には、曇り一つない。 ダークはため息をつかざるを得なかった。 ソルは基本的に甘い。お人よしだ。だが、ただのお人よしではない。頭も回るのだ。 ソルの提案に、ダークは賛成した。 彼にもメリットがあるということもあったが、理由としてはこのどこか危なっかしいお人よしを助けてやりたかったというのが大きい。 口では愚痴もたれるが、ダークも根っこのところではソルに通うところがあったのだ。 こうして電脳ネットサイト“Greed Island Online”を作ったふたりは、帰るための算段を図りつつ、このサイトを管理することになった。 そのうち、サイト内でのコミュニティーで知り合った幾人かが仲間になり、彼らは帰還のための具体的な方策を練った。 まず、最初の困難はグリードアイランドの入手。 これは数人の仲間がハンターライセンスを売り払うことで解決した。 難航したのは実際プレイするメンバーの選別だった。 誰も命の危険があるグリードアイランドなどプレイしたくはない。 それでもメンバーの主導的立場にあったソルとダークは率先して名乗りを上げた。しかしそれ以外のメンバーは、だれも手を挙げようとしなかった。 とくにライセンスを手放した数名はそれだけでもう義務を果たしたといわんばかりに、他者を責める。結局グリードアイランドに入ったのは、ソルとダークだけだった。 ふたりを危険に放り込んでおいて、残ったメンバーはぬくぬくと過ごし、ソルたちをねぎらうことなく、カード収集が進展しなければ非難しさえした。 さすがにダークは怒り、何度か投げかけたが、それでもソルはダークをたしなめ、文句ひとつ言わず懸命にカードを集めていった。 そして彼らはクリアした。たった二人で幾多の困難を乗り越えた。 王宮でふたりはゲームマスターの一人、ドゥーンから、特例として指定ポケットカードであれば、フリーポケットからでもカードを選べることを伝えられた。「同胞がゲームをクリアすることがあれば、便宜を図ってほしいと、最初のクリア者に頼まれてな。境遇には同情するし、それならまあ、手伝ってやろうと思ったのさ」 ボサボサ髪をかきながら、この気さくそうな男はそう言って笑った。 ふたりは思いがけず3枚の“挫折の弓”を手に入れることができた。 だが、仲間たちは愚かだった。帰ってきたソルたちのねぎらいもそこそこに、ふたりが血を流して手に入れた大切なカードをまるでおもちゃのように扱い、挫折の弓を何度も空撃ちした。場所を選らばなければ効果がないことなど、すこし考えればわかるはずなのにだ。「大丈夫。人数には余裕があるさ」 ソルは青ざめた仲間を、それでも励ました。 だがそれは間違いだった。彼らは勝手に人を集めていたのだ。 皮算用で集めた人数は、すでに挫折の弓で帰れる人数を超えていた。 窮した彼らは最も愚かな手段を選んだ。 ソルとダークに睡眠薬を盛り、挫折の弓を持ち去ったのだ。 目が覚め、“挫折の弓”を盗まれたことに気づいたダークは、今度こそ切れた。 追って殺す腹を決めたダークを、ソルはそれでも止めた。「こちらにはグリードアイランドもあるし、クリアする実力もある。また取りなおせばいいじゃないか」 だが、探すまでもなく彼らは見つかった。 ――むざんな死体となって。 集まった人間に、たったひとり分足りなかった帰還枠。 それがために争いは起こり、ほどなくして殺し合いに発展した末、皆死んだ。 挫折の弓”戦いのなかですべて壊れていた。 報われない。 だが、それでもソルは正しい道を歩む。弱者の庇護をやめない。 ――だから願ったのだ。 彼に、ふさわしい報酬を与えてやりたいと。 身を削らずとも善を為せる権力(ちから)を与えてやりたいと。 そのためなら、奴らがそうしたように、ほかの者など踏みにじってやると。「どったの? ダークさん」「――いや、なんでもねえよ。アフォー」 お気楽な青年に尋ねられ、ダークは回想を振り払った。「ダークさん、朗報だよっ! 国境付近でキメラアントたちが確認されたってぇ話だ!」「そうか。レフからは何もねぇのか?」「残念ながら、こっちはなーんも」 ――死んだか。 ダークは目を閉じた。 相手はキメラアントである。その危険は常に付きまとう。 だが、夢に手が届く、その寸前になってのリタイアは痛恨だった。「博士のほうは?」「動けないってさ。偉くなるってのもかんがえもんだーね!」 博士とはダークたちの仲間である。 発明が趣味で、念関係の発明品を多数作り、そのため協会に歓迎されてけっこうな地位に居たのが、つい先日、ひょいと重役についた。 キメラアント討伐戦での不始末で首を飛ばされた副会長派の人間の後釜に収まったのだ。 朗報ではあるが、人手がほしい今は痛し痒しだ。「――頃合だな。よし、連中を広場に集めやがれ」「よう、お前ら」 だらだらと広場に集まってきた同胞たちを見下ろしながら、ダークは言った。「いま、情報が入ったぜ。キメラアントがこっちに来るらしい」 ざわめきがさざめいた。 当然だろう。ほとんどの人間にとって、キメラアントは危険を超えて死の代名詞である。 構わずにダークは続ける。「奴らは首都を狙う。俺様たちはこれからキメラアントを狩りに行く。テメェらもだ」 ざわめきが強くなった。 なぜ。いやだ。なんで俺が。わけわかんねえ。そんな声が漏れてくる。「――黙れ」 ぴたりとざわめきが鎮まった。 ダークに威圧されたわけではない。 今のダークの剣呑さがわかるほど、この連中の危機意識は発達していない。 言葉を封じられたのだ。ダークの念能力によって。 青ざめる彼らを、ダークはあざ笑う。「“一言実行(ワンブレスコマンド)”。平たく言やあ俺様の命令を能力(ちから)づくで従わせる能力だ。言葉が短いほど、実行時間が短いほど、強制力は増す――と、これは今は関係ねえ」 すでに念の効果は失せているが、だれも口を開かなかった。 これほどむき出しの悪意を向けられたのは、彼らにとって初めての経験だった。 おびえ静まり返った同胞たちに、ダークは最後の追いうちを与える。「俺様のもう一つの能力を教えてやろう。“尽忠報恩(インビジブルコントラクト)”。恩を受けたお前たちは、すでに俺様の部下だ。今まで売った恩、まとめて返してもらうぜ」 悲鳴が上がった。 それを一言で黙らせて、ダークは歩き出した。 悲鳴をあげながらも、哀れな同胞たちは従わざるをえない。レミングスのごとき悲壮な行軍が始まった。「さて、向かうは首都リマだ――英雄になりに行くぜ」 フォックスは、もともとソルたちの仲間の一人である。 ソルが構築したキメラアント監視網のうち、彼はNGL内という最も危険な地域を担当させられた。 仲間内で飛びぬけた武闘派だった、わけではない。所在を隠ぺいする念能力の持ち主だったからだ。 彼の役目は、二つ。一つは表向きの目的。キメラアントを監視すること。 そしてソルの知らない裏の役目は、女王死後にキメラアントと接触し、キメラアントたちをリマ王国に誘導することだった。 その目的は、フォックスの死で一度頓挫したはずだったが、彼が“キツネ”として生まれ変わったことで、ふたたび実行に移されようとしている。 だが攻め入るのはフォックス本人である必要はない。 カピトリーノでそうしたように、師団の一つも送れば、本来事足りるのだ。 なのにフォックスは今、ありったけの兵隊を連れて、北へと向かっている。 その数90におよぶ異形の軍団は、わき目もふらず、ただ王都のみを目指していた。