Side 涼
電車から降り、体を伸ばす。
固まっていた筋を解していく。それと一緒に関節もボキボキと爽快なくらい鳴った。
さてとさっさとホテルに行くか。と、その前にトイレに行っとくか。
この時間だともうホテルでご飯は食べられないよな。となると、道中でどっかに寄るか、コンビニで何か買うなりしないとな。
トイレを出て改札口へと向かう。
「…………」
しばらく歩いたところで、ある場所の異常に気付く。
そこはある場所を境に全く人がいなくなっているのだ。確かに今いる大きな駅みたいな所でも人が疎らにしかいない場所と言うのはある。だが全くいないと言うのは明らかにおかしい。
改札口へ行く道を変更して、人目の付きにくい場所に行った。人っ子1人いない。これは明らかに異常事態だ。だとすれば、何かしらの仕掛けがあるはず。
……あった。これは札か? ふと辺りを見回せば、柱の影や天井の隅などに大量に貼ってあった。この状況から察するに、人を寄せ付けないようにする結界みたいなものか? だとしたらこれは刹那達じゃないな。こんな事をする意味がない。
「…………」
肩に担いでいたスポーツバックを下ろし、その札に手を触れようとした時、
「それには触らんでもらえます~?」
ひどくのんびりとした口調の女の子に止められた。そちらに顔をやる。刹那達と同い年くらいの子で、フリルの付いたワンピースを着ていた。ニコニコとしながらこっちを見ている。一見すれば普通の女の子にしか見えないが、目だけは違っていた。
それに―――
「ずいぶん物騒なモノを持ってるな」
「あれ~何で分かりはったんですか?」
2本の木刀に見せ掛けた真剣を持っているんだからな。
まさか京都に着いてすぐに敵と遭遇する事になるとはな。
「強いて言えば君が判断材料かな。木刀なんて優しいモノを持ってる様には見えなくてね」
「あは~鋭いですな、おにい――」
言い終える前にその女の子はかなりのスピードで抜刀しながら踏み込んできた。 その場で落とされた鞘が床に落ちるより速く、オレを射程距離に捉えていた。
「さん!」
速い。普通の人間が出せる速度ではなかった。オレが普通の人間だったら何をされたのか分からない内に意識を刈り取られていただろう。
だが生憎と目に見えない様にスピードを出す連中と戦った事のあるオレにとっては、対処出来る範囲でしかなかった。
「遅い」
速度に差を付けながら左右から振るってきた刀の一撃を上半身を傾けさせながらかわし、もう一撃を上半身を前に沈み込ませながらかわす。そのままかわした時に移動させた重心を加えながら、腕を振るった。
が、当たると思ったそれは素早く返され、腕に沿うように構えられた刀によって防がれた。防がれた事にオレは内心驚きながらもそのまま踏み込み、殴りつけた。
「つっ!」
その女の子は呻き声を出しながらも、押し込まれた時に後ろに傾いた重心を利用して大きく飛んでいた。それでもダメージはあったらしく、腕をさすっていた。
「……驚きましたわ~。かわされた上に反撃でダメージを貰うなんて」
「こっちも驚いたけどな。当てるつもりだったから」
「名前聞いてもいいどすか? ウチは月詠いいます」
「高槻涼だ」
「聞かん名前ですなぁ~。まあ強いならどうでもええですけど!」
さっきより速いスピードで突っ込んでくる月詠。
さて、どうする? 恐らくこいつが学園長の言ってた奴だろう。もしくはそいつの仲間か。どちらにせよ、こいつがここで戦闘の準備をした状態で待機をしているって事は、こいつが援護に向かう途中だったか仲間がこちらに向かって来るのを待っているってところだろう。
顔の横を刀身が奔る。
だとしたら、もしかしたらネギ君達が近くにいるのかもしれない。だが目的は何だ?
刀が天井の蛍光灯の光を反射させながら、顔面目掛けて振るわれてきた。最初の攻撃より速くなってる。たぶん殺す事に躊躇が無くなったからだろう。その速度は刹那より速かった。が、残念ながら目に見える攻撃なら、どうって事は無い。
踏み込みながら月詠の腕に自分の腕をぶつけて押さえる。同じ腕同士をぶつけたため、どちらかが下がらない限り、攻撃は出来ない。
「ビックリしましたわ。全然当たらんですな」
「それよりずっとタチの悪い刃物と遭ってるしな。ところで君は何処かへ向かう途中かな。それとも誰かを待ってるのかな?」
「そう言えばそろそろ千草はんの所に行かんと。でもお兄さんともっと戦ってたいんやけどなぁ」
分かった情報を整理する。こいつが言った『千草』と言うのは恐らくさん付けなのを考えると上司に当たる人物。そしてそいつはもうすぐか、もしくは既にここの近くに来ている。この区画から外に通じているのは――戦闘に入る前に見た光景を思い出す――あの大きな階段だけだ。
「礼を言うよ。おかげで色々分かった」
「ほえ?」
押さえ込むために掛けていた力を抜く。それで拮抗状態にしていたバランスは崩れ、月詠の体が前傾姿勢になる。オレは体を沈み込ませながら腕を取り、そのまま一気に背負い投げをした。
月詠がどうなったかを確認せずに階段の方へ走り出した。
しばらく走ると階段が見えてきたので壁際に寄って外を確認する。
そこには予想通りの光景があった。状況は分からないが刹那が1人突出しており、変な生き物に襲われている後ろのネギ君と神楽坂の方を顧みてなかった。何を慌てているんだ? 視線を移してみると、刹那の先にいる女の手には木乃香が抱えられていた。
敵の狙いは木乃香か! 刹那が突出しているのも木乃香が原因か。
ARMSを起動させながら、窓枠に足を掛け高速移動で2人の前に一気に移動した。
「え?」
「涼さん?!」
驚く2人を尻目に、目の前にいるデカい猿の腹にARMSをぶち込み、熊の方にARMSを回した左手で同じ様に腹を思いっきり殴りつけた。
2体が吹き飛んでいくのと同時に刹那がこっちに飛んできたので、受け止めた。
「木乃香が攫われて焦るのは分かるが、そんな時こそ冷静でいなくちゃな」
「涼さん!」
そう言って嬉しそうにオレを見上げてくる刹那だったが、何故かは分からんが服装がかなりヤバかったのですぐ下ろした。
「りょ、涼さん何でここに?」
「て言うかその腕何?!」
「その質問は木乃香を取り戻したから答える」
上にいる2人を見上げる。あの着物を着ている女が千草って奴か。
……何だ? あいつの目をオレは見た事がある気がする。いや、あいつには会った事なんて無いから気のせいだろう。
それにしても木乃香の服装からするともしかして、ホテルに乗り込んで攫ったのか? ずいぶん大それた事をやる。しかし、そこまでするあいつの目的は何だ?
「月詠はん。あの人は誰どす?」
「高槻はん言います。めっちゃ強くて、一撃も当てられへんかったです」
「アンタ達! このかを攫って何するつもりなのよ?!」
「フン」
神楽坂の質問を鼻で笑いながら、胸の内にある憎しみを吐き出そうとするかの様に口を開いた。
「復讐や。西洋魔術師共にな」
「ふ、復讐?!」
「アンタそんな事のためにこのかを!」
「そんな事のため? フン、日向で過ごしてきたアンタらには分からんやろうな。自分の大切な人、肉親を殺された時のあの―――」
「喪失感、か? 分かるよ」
敵と味方両方から驚く声が聞こえた。
どおりであいつの目に見覚えがあるはずだ。あの目は、カツミを失った時の、オレの目なんだ。
「……何やて?」
「自分の大切な誰かを殺された時、初めはどうしようもない程の喪失感が襲ってくる。そしてそれは次第に激しい憎悪に変わっていく」
「あんさん……まさか」
「殺したい相手が個人ならまだいい。だが、組織に殺された時は誰を殺せばいいのか分からなくなる。憎しみをぶつける事が出来る相手がいないからな」
「…………」
「オレはそれを遂げた事がある。それで何人もの人間を殺した。だけど、だからこそ言える。復讐をしても何も変わらないんだ。それで手に入るのは、ただ人を殺したという重みと虚無感だけだ」
「…………今更や。今更止められへん!」
「その復讐に木乃香を使うんだったら尚更止めてやる。刹那! ネギ君!」
「はい!」
「契約執行(シス・メア・パルス) 180秒間 ネギの従者(ミニストラ・ネギィ) 神楽坂明日菜! アスナさんアーティファクトを!」
2人が走り出すのと同時にARMSを伸ばし、千草の視界を塞ぐ。それを見た2人が千草目掛けて跳躍する。
「覚悟!」
「何でハリセンなの?!」
2人は空中から千草に接近しようとしたが、それを巨大な影が防いだ。
さっきのオレが殴り飛ばした猿と熊だ。ダメージがある様には見えない動きをしていた。あれは生物じゃないのか?
「涼さん!」
「分かってる!」
「させませんで!」
月詠! オレのARMSに沿う様に、刀を構えながらこちらに向かって真っ直ぐ突っ込んできた。
月詠の進みを遮るモノは何も無かった。だが悪いな、こっちにはまだ頼りになる後衛がいるんでね。
「魔法の射手(サギタ・マギガ)!! 連弾(セリエス)・光の7矢(ルーキス)!!」
顔の横を光の矢が飛んでいく。良い援護だネギ君。
月詠からしたらネギ君はオレに完全に隠れてしまっていたため、意識に昇っていなかったのだろう。突然飛んできた魔法の矢にギョッとしていた。月詠はその不意打ちの魔法の迎撃が刀では間に合わないと判断したのか、その場から大きく横へ飛んでかわした。
「まだです!」
さらに追尾してくる魔法を今度はその場で迎撃するが、ネギ君も簡単に堕とされまいと、バラバラに追尾させていた。月詠を離してもらったおかげで千草への道が開いた。ARMSを高速移動に合わせて縮ませながら千草の目の前まで接近する。
視界が開けたと思ったら、目の前にオレがいたため千草は目を見開いていた。
「悪いな、木乃香は返してもらう」
左手で肩に素早く当て身を食らわせ、ふらついた時に出来た木乃香との隙間に手をねじ込み、強引に引き剥がした。
後は……!
「神楽坂! そいつの足を払え! 階段の上でならそいつは簡単に崩せる」
オレの声に反応した神楽坂は、下の段に置かれていた足を払うと言うより思いっきり蹴り付け猿のバランスを崩し、倒れた猿に振り上げたハリセンを叩き付けた。
「え?」
神楽坂の放った一撃で猿は煙の様に消えていた。千草の反応からすると、今のは消滅させられたみたいだな。神楽坂自身それが信じられなかったのか、ハリセンと猿が消えた場所を交互に見ていた。
「斬空閃!!」
刹那も神楽坂が猿を倒したのとほぼ同時に熊を倒していた。
「よし、2人とも引け!」
月詠の方を向くと矢を全て迎撃し、ネギ君へと接近しようとしていた。
ARMSをレールガンに変え、牽制のために月詠の目の前に向かって撃つ。オレが撃つ直前にこちらに気が付いたのか、着弾するよか速く離脱していた。
千草の方を牽制しながらネギ君達と合流する。
「お嬢様! ……よかった」
「もう退け。これ以上は戦っても無意味だろう」
「…………くっ」
千草の歯噛みするような声が聞こえたと思ったら、突然2人の体が沈みだした。魔法か? 見上げる形のオレ達には上で何が起こっているのか分からなかったが、たぶん逃げているのだろう。
2人の姿が完全に見えなくなってから少し経って、漸く張り詰めていた空気が弛緩―――
「!!」
しなかった。
誰かがオレの事を見てる。気配は感じないのに、視線だけを感じる。しかも尋常ではない冷たさだ。こいつはヤバい……。
オレはほとんど無意識のうちにARMSを起動させていた。
どこだ……どこから見てる。視線は感じているのに、その場所が分からない。辺りに視線を巡らすも見つける事は出来ない。
「ここだよ」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
視線を上げる。駅の屋根にそいつはいた。酷く無機質なそいつは、同じく無機質な、何も感じ取る事の出来ない目でこっちを見ていた。
視線が合う。間違いない、この戦い、あいつが一番厄介だ。
「涼さん?」
ARMSを起動したきり何もしなかったオレを怪訝に思ったのか、刹那が声を掛けてきた。一瞬だけ意識を逸らすと、すでにそいつはいなくなっていた。
「3人共、気を付けろ。かなり厄介なのが敵側にいる」
息を吐く。今までで会った事の無いタイプだったからか少し緊張していたみたいだな。ARMSを戻し、刹那に木乃香を渡した。
「あの、涼さん。さっきあの女に言ってた事は……」
「その話は後だ。とりあえず今後の事を話しておかなきゃマズいだろ」
歩きながら話そうと思い、荷物を置きっぱなしにしてきた事を思い出した。刹那にその事を言おうと思って振り向いたら、まだ服装は乱れていた。あまりに乱れ過ぎていて、男のオレが注意するのはマズいんじゃないかと思う程だった。
どうしたもんか……。
神楽坂に目配せをする。これで気が付いてくれなきゃ、オレが指摘しなくちゃいけなくなるから、どうにか気付いて欲しかった。
神楽坂はオレの細かな視線の動きに気付いてくれたのか、ハッとした表情になった。
良かった、気付いてくれたか。
「オレは構内に置きっぱなしの荷物を取りに行ってくるから、それまで待っててくれ」
小走りしながら階段を昇っていく。既に人払いの結界はなくなっており、構内は普段の喧騒を取り戻していた。
窓の傍を通った時に、外から刹那の悲鳴が聞こえたのでとりあえず色々見てすまん、と心の中で謝っておいた。