Side 涼
「彼は戦えるのか?」
「ああ。そしてかなり強いぞ。こいつが出てきた時、油断していたとは言え一瞬で詰まれたぞ。少なくとも今の私では茶々丸がいたとしても勝てないかもしれん」
「何と?! それは本当か?」
エヴァが言った事に対して、かなりの驚きを見せる学園長。エヴァが誰かに負けるって事がこの人にとってはかなりの事らしい。
エヴァはオレと戦って勝てないかもしれないって言ってるけど、オレだってあいつの実力は全く分からないし、そもそも魔法使いなんかと戦った事なんてないのだ。
そこまでいってふと魔法使いと言うものどういうものなのか気になった。
「あの、話の腰を折る様で悪いんですけど、そもそも魔法使いって言うのはどんな存在なんですか?」
「そう言えば説明しとらんかったの。魔法使いとは読んで字の如く、魔法を使役するものじゃ。魔法には様々な種類があっての、そこにいるエヴァは氷属性じゃ」
「で、魔法使いってのは『立派な魔法使い』ってのを目指してる」
そこからエヴァが説明を引き継いだのだが、その立派な魔法使いってところに存分に嫌みが籠もっていた。もしかしてそれを言いたいがために説明を引き継いだのか?
「その立派な魔法使いってのはどんな存在なんです?」
「それも読んで字の如くじゃ。世の為人の為に魔法を使う者達の事じゃ。その者達の事をマギステル・マギと言うのじゃ」
マギステル・マギ、立派な魔法使いか。確かに魔法を使えば様々な事で役に立つんだろうな。ここにいる生徒なんかは立派な魔法使いに対して尊敬とか羨望と言った純粋な感情を持ってるんだろうな。自分の力を世の為人の為に使える事に誇りを感じる事が出来てんだろう。
でも力ってのはそんなに単純なものじゃない。力は良くも悪くも人を変えてしまう。立派な魔法使いを目指していても、ふとした拍子に考えが変わってしまう。自分の持っている力が強大であればあるほど、その影響は計り知れない。ジャバウォックみたいに意志なんか無くても、人が力に操られる事だってある。だからこそここの先生達はその事をしっかりと教えて欲しい。
「まあ世の中はそこまで純粋じゃないがな」
「そりゃそうだ。人が人である限り無くならないだろう。力ってのは良くも悪くも人を変えられる事が出来る。その力が強大であればあるほど、その持ち主はちょっとした事で簡単に道を踏み外す。自分の力の強大さを認識出来てないなら尚更そうだ。だからこそそれを教える事が出来る大人が必要なんだ」
オレだって親父やお袋みたいな導いてくれる存在がいなかったら、この力をどう扱って良いか分からなくなってただろう。
と、学園長がオレの事を驚いた、と言うような表情で見ていた。何かと思い尋ねてみると、その表情どおり驚いたと言ってきた。
「さっきの遣り取りでも思ったんじゃが、高槻君は高校生とは思えん様なしっかりした考えを持ってるんじゃの」
「経験談ですよ。オレがそうだったから、そう言えるんです。実体験無しに今みたいな事は言えませんよ」
「なるほどの。もしかしたら君が適任かもしれんな」
「? 何の事です?」
「んん、時期が来たら伝えるので少し待ってもらっても良いかの?」
「はあ」
こんな得体の知れない相手に何を任せるって言うんだ。オレが出来る事なんて、高がしれてるから、学園長が期待するような事は出来ないと思うんだけどな。
「では説明に戻ろうかの。どこまで話したかの……。おお、そうじゃ、後は従者の事を説明しよう」
従者って言うと確かこっちに来る途中でエヴァが茶々丸の事をそういう風に紹介してたな。
「従者は『ミニステル・マギ』と言ってな、戦闘時に前衛として戦うのじゃが、何故か分かるかの?」
サポートかと思ったんだけど、従者が前衛なのか。……やっぱり呪文関係なんだろう。一回魔法を使うのにどれくらいの呪文が必要なのかは分からないけど、戦闘時にネックになる程のモノなんだろうな。
「たぶん、呪文の関係じゃないかと」
「その通りじゃ。魔法の発動には始動キーを含めると結構な長さになるんじゃ。魔法使いが1対1で戦うなら問題は無いのじゃが、従者を伴っている相手とでは1人では絶対的に不利なのじゃ」
つまり魔法使いは固定砲台みたいなものか。強力な魔法を唱えて、相手の従者を倒す。そうすれば、学園長が言っていたように呪文を唱えられなくなるわけだ。と言う事は呪文は中断出来ないって事か。
「魔法使いに関しての基本的な事は以上かの。で、警備員の話に戻っても大丈夫かの?」
「大丈夫です。説明ありがとうございました」
「構わんよ。で、警備員と言うのはここに侵入してこようとする者共を撃退、もしくは捕獲する事が目的じゃ」
侵入してこようとするって事はここは何かの重要な施設なのか。しかし、学生がいる所に侵入ってのは穏やかじゃないな。魔法がこの世界の裏の顔って事は一般人は知らないって事なんだろう。
「侵入しようとする目的って何なんですか」
「今の日本は関東魔法協会と関西呪術協会とに分かれていての、昔から溝があったんじゃ。ワシの娘婿が長になってからはだいぶマシになったのだが、過激派は今だに因縁を付けてきての、ここを襲撃しようとするのじゃ」
どの世界でもこういう奴はいるんだな、と思わず呆れてしまった。自分と相容れなければそれは倒すべき敵だって考えてる奴らが。この世は敵と味方で分けられる程単純に出来ちゃいないんだけどな。それが分からない奴らには、この世界はどう映ってるんだ? 全ての者と物が白と黒で分かれて見えてるのか? 少し見方を変えてみれば良いんだけど、それが出来ないんだよな。
それにしてもさっきの娘婿の話から考えると、この人自身も相当な位って言うかトップなんだろう。飄々としてるけど、実際はかなりの人なんだろう。雰囲気だけじゃあまり分からないけど。
「それを撃退もしくは捕獲を行うのが警備員って訳ですか」
「その通りじゃ。警備員は慢性的な人手不足での、生徒にも頼ってる始末なんじゃ。エヴァが推す程の実力を持ってるのなら、是非ともやってほしいんじゃが」
生徒もやってるのか。てっきり魔法使いってもっといるのかと思ったんだけど、結構少ないんだな。でも良いのか? 学園長やエヴァならともかく、直接会った事の無い人には相当怪しまれると思うんだけどな。戸籍とか無いし……って、
「あの、良く考えたらオレ仕事するのに必要なもの何も無いですよ。戸籍とか家とかそう言えばお金も全くないんだ」
一旦思いついたら一気に問題が出て来た。戸籍とかかなり重要なものじゃ、って言うかこの後オレ野宿か?
「心配はいらんよ。こう見えてもワシは結構な権力を持ってるんでな、かなりの無茶は出来るぞい。で、やってもらえるかの?」
凄くありがたいんだが、大丈夫なのか? 犯罪に片足どころか思いっきり犯罪だと思うんだが……。でもそれをやってもらえないと、路頭に迷う事になるから遠慮なんて出来ないんだけど。警備員の事は断るつもりも無かったし、これから多大にお世話になるんだし断れるはずもない。
「すみません。ご迷惑をお掛けします。警備員の件は引き受けさせて貰います」
「本当かの! 助かるぞ、高槻君。では詳しい事はそこにいるエヴァから聞いてくれ」
「エヴァもやってたのか。だとしたら先輩か。よろしく頼むぞ先輩」
「なら存分にコキ使ってやろう。覚悟しておけよ後輩」
と悪そうな顔をしながらとても楽しそうにエヴァは言った。分かりやすいけどこいつって絶対にSだよな。
「……珍しいの、エヴァがその日に会った者とそこまで親しくするのは。と言うか初めて見たぞい」
「なに、化け物同士で気があったんだよ」
「さっきも言っておったが、化け物とは何のことじゃ?」
「オレの能力の事を指してるんでしょう」
「? どんな能力なんじゃ?」
オレとしては一般人でなければ見せる事にそこまでの抵抗は無いので、素直に見せる事にした。それに学園長なら驚きこそするだろうけど、そこまで狼狽えないだろう。
「!! 何と……!」
息を飲むのが分かる。まあ外見も決して良いとは言えないしな。変形の過程も結構グロテスクだから気の弱い人なら失神するかもしれない。
「確かにこれは魔法ではないの。名前とかはあるのかの?」
「ARMS。ジャバウォックです」
その後、ARMSの事を少し説明してお開きとなった。と、そこでオレは今夜どこで寝泊まりをすればいいのか決まっていない事に気付いた。
流石に野宿とかは勘弁してもらいたいんだが。さて、どうしようか。
「学園長。オレは今夜どこで寝ればいいですかね?」
「家でいいだろ」
と、学園長に聞いたらエヴァからあまり歓迎したくない答えが返ってきた。いくら外見がああとは言え、女性の家に泊まるのはどうも気が進まない。
「エヴァがそう言うなら任せたいんじゃが、高槻君はどうかね?」
「え、えーと、あまり気は進みませんけど、学園長の手を煩わせるのもあれなんで」
と言うわけでエヴァの自宅に行く事になった。オレが泊まる事を渋っていたのをエヴァがしつこくからかってきた事以外は特に何もなく、エヴァ宅に着いた。丸太を使った所謂ログハウス。結構豪華だと思う。で、中に入るとぬいぐるみがたくさんあった。エヴァは慌てて茶々丸と一緒に片づけていたが、別に気にはならなかったんだが。
「そんなに慌てなくてもいいだろ。別にそこまで気にならないし。それに悪い趣味でもないだろ」
「そ、そうか? なら良いが。それより私はさっきの仕返しでもされるかと思ったんだが」
こっちに来る最中にも思ったんだが、こいつは年相応の雰囲気を醸し出している時と外見相応になる事があるな。からかわれるのを気にするって……。
「……何だ?」
苦笑していたのを気付かれたらしい。正直に言ったらまた色々言うだろうから、適当に誤魔化した。
オレが寝る所は地下室らしく、今茶々丸が用意しているとの事。後でお礼言っておこう。
「警備員の事エヴァに聞けって言われたけど」
「大体じじぃが言っていたからな。特に言う事はないんだが」
「先輩としてのアドバイスとか無いのか?」
「お前の実力なら何も問題は無いだろ」
基本的には学園長からの要請で現場に向かって迎撃を行うらしい。その時のバディは恐らく生徒だろうとの事。と、そこまで言った時に何かに思い当たったのか、しばらく思案顔になっていた。そしたら唐突に
「その生徒の中にお前と仲良くやれそうな奴がいるな」
と言ってきた。が、言ってる事は良いんだがエヴァの顔がどうも胡散臭かった。と言うか何かを企んでいるといった顔だった。あまりよろしくない雰囲気だったが問い質しても素直には答えないだろうと思い、特に何も言わなかったが。
「高槻様、寝具の準備が整いました」
「だそうだ」
「ありがとう、茶々丸。後、その様付けは止してくれないか? くすぐったくて仕方ないんだ」
「畏まりました。では高槻さんでよろしいですか?」
「それで頼む」
茶々丸に地下室に行くための階段まで案内してもらう。
「お休み、エヴァ、茶々丸」
「ああ」
「お休みなさいませ」
階段を降りて、ベットに腰掛ける。途端に眠気が襲ってきた。大きな欠伸をして、ベットに横になる。何かこんなにゆっくりと休むのは久々な気がするな。妙な事になったなとか、あっちはどうなったとか、横になってからも少しの間は考え事をしていたがすぐに意識が遠のいていった。
こうして異世界での最初の日が終わった。