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No.16654の一覧
[0] 【習作】麻帆良在住、葛木メディアでございますっ!(ネギま!×Fate)【チラ裏から】[夏色 / 冬霞](2012/07/13 00:55)
[1] Prologue~1[夏色](2010/02/23 17:41)
[2] Prologue~2[夏色](2010/02/22 11:18)
[3] Prologue~3[夏色](2010/03/03 20:08)
[4] Prolouge~4[夏色](2010/03/03 20:38)
[5] Prolouge~5[夏色](2011/03/28 19:21)
[8] Prolouge~6[夏色](2012/05/24 01:12)
[9] Prologue〜7[夏色/冬霞](2015/01/30 22:30)
[10] Prologue〜8[夏色/冬霞](2015/02/09 21:10)
[11] Prologue~9[冬霞 / 夏色](2015/09/29 02:41)
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[16654] Prologue〜7
Name: 夏色/冬霞◆0b2da6b5 ID:478e2d57 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/01/30 22:30





「申し訳ありません宗一郎様,今朝は簡単な食事しか用意できませんでした‥‥」

 
 朝日は上りぬ、日は出でぬ。
 まだまだ食材も家具も完全には揃っていない女子寮の管理人室で、キャスターは出来る範囲で用意できる朝食を宗一郎に振る舞っていた。
 昨夜はマスターである佐倉愛衣と――流石に真名に関わる話であるため高音は帰された――交流を深めたキャスターと宗一郎。寮母としての仕事がすぐさま始まるわけでもないので、のんびりと優雅な朝の時間を過ごしている。
 のんびりとはいっても、寺で過ごしていた二人の朝は十分に早い。食事を済ませても、学生達の登校の時間には十分に間に合うはずである。
 しかし間に合ったから、何かあるわけではない。むしろ通学ラッシュに巻き込まれてしまうぐらいで、普通に出てしまえば二人は昨日その目で見た麻帆良の通学ラッシュの洗礼を受けることとなる。
 短距離走全力疾走で各々の学校までの道を駆け抜ける生徒達。あれはさながら水牛が大移動しているかのようで、つまるところ人の群れというよりは津波か何かと思った方がいい。その中を巧みにすり抜けていくことは決して不可能ではないが、近右衛門からは余裕をもって午前中にくればいい、と連絡を貰っていた。

 
「構わん。これで十分だ、礼を言う」

「そうですか‥‥ありがとうございます。お代わりはいかがですか?」

「大丈夫だ。準備をする。そろそろ時間だ」

「では私は後片付けをしますので、どうぞお着替えください」

 
 前任の管理人夫妻は几帳面な性格だったらしく、ある程度の保存が利く食料は整理して残しておいてくれていた。具体的には米や漬け物などであり、寺でしっかりと小姑から日本食の指導を受けていたキャスターは、何とか出汁をとって茶漬けを拵え、漬け物とメザシの干物を添えた朝食を用意していた。
 二人分の食卓の片付けなど、大した手間ではない。宗一郎が先日用意されたスーツに袖を通している間に、洗い物を済ませたキャスターはゴミをまとめて外へと出た。
 この寮ではゴミ出しの曜日などは決まっていない。ゴミ庫にまとめておいたゴミを業者が回収に来る曜日こそ決まってはいるが、ゴミ庫に出す曜日が定められているわけではないのである。
 
 
「そういえば、ここの掃除も私の仕事だったわね。来週からでいいという話だったけれど――」

「――お、おはようございますっ!」

「‥‥あら、マスター」

 
 もう少し動きやすい格好をしなければね、などと独り言を漏らしながら掃除用具のチェックなどをしていると、背後からかけられた元気のよい声。振り向くと其処には麻帆良女子中の制服を校則通りに着込んだ彼女のマスター‥‥佐倉愛衣が立っていた。
 もし彼女に尻尾がついていたなら、きっとブンブンと振られているだろう機嫌の良さ。微笑ましさに、思わずクスリとキャスターからも笑みが零れる。

 
「おはよう、随分と早いのね。これから登校かしら?」

「はい! あの、今日はご一緒出来なくてごめんなさい。流石に二日連続で授業をサボるわけにはいかないので‥‥」

「いいわよ、気にしないで。子どもじゃあないんだから、最初に案内してくれただけで十分よ。学生の本分は勉強だと言うらしいじゃない。しっかりと自分の仕事をなさいな」

「は、はいっ!」

 
 ふと気がつけば、今日の愛衣は昨日までとは違って化粧をしていた。しかし残念ながらお世辞にも上手ではなく、隠し切れていない目の下の隈が見て取れる。
 やれやれ、とキャスターは再び笑みを零した。
 昨夜、彼女にだけ打ち明けたコルキスの王女としての自分の話。大雑把にしか話してはいないが、どうやら未だ幼い少女には随分と堪えたようだ。一晩中、考え事でもしていたのだろう。
 話すのは早かったか、という考えが浮かび、すぐに頭を振って何処ぞへ追いやった。
 この街に来てからは絶望と感動の反復横跳びをしているかのようで、驚くほどに心がおおらかになっている。この小さなマスターは信用に値すると、裏切りの魔女である自分自身が認めたではないか。
 いずれは話さなければならないこと。そして虚偽は概ね疑心を生む。
 今の関係は、とりあえずは理想的な状態だ。誰かを騙しているわけでもなく、誰かに騙されているわけでもない。分からないことは山のようにあるが、悪意で以て隠されているわけではない。
 出来る限り好意的に接するべきだ。慎重に、分かりやすく、誤解のないようにこちらの意図を伝えなければならない。

 
「‥‥登校までは、まだ余裕はあるのかしら?」

「え?」

「お茶でも飲んでいかないかしら。そのぐらいの時間は‥‥あるでしょう?」

「は、はいっ! 喜んで!」

 
 愛衣にとっての憧れの人、といえば勿論、彼女が契約を交わした高音・D・グッドマンを誰もが挙げるだろう。実際に愛衣にとっての高音は高潔であり、克己心に溢れ、慈愛の精神を持ち、リーダーシップがとれ、魔法使いとしても同年代の中では抜きん出て優秀という理想的な先輩だ。
 キャスターは能力で言うならば高音の遙か上をいく神代の大魔術師であるが、人格はというと決して高潔とはいえないだろう。
 優しい人だ、とは思った。それは間違いない。
 しかし彼女自身が、自分が魔女であったこともまた間違いない事実なのだと哀しげに語った。目を曇らせるな、事実を見よと。
 逆に愛衣には、それが新鮮だった。愛衣の周りの魔法使いはと言えば、誰も彼も少なからず高潔で、自分の正しさを信じて疑わず、前へ前へと進み続けるような人達ばかりだったから。
 自分の過ちを認めない、というわけでは断じてない。ただキャスターのように、明確に己を悪であると断じた人なんていなかった。それが新鮮だった。
 ああいや、そういえば一人だけ誰もが畏れる悪の魔法使いが――

 
「あれ、誰だろ。新しい寮母さん?」

 
 まるで母に接するかのような浮かれ具合から一転、思考の海へと沈みかけていた愛衣の耳に、すっとんきょうな声が飛び込んできた。
 ベリーショートの茶髪に、見るからに健康的で活動的な引き締まった手足。アスリート、という言葉が非常に似合う雰囲気をまとった少女。
 愛衣は何度か面識がある先輩であることに気がついた。学園の教会でシスターをしていた‥‥ような。魔法生徒だった‥‥ような。というのも彼女は高音や愛衣のように、学園で魔法生徒としての仕事はしていないのである。

 
「春日さん‥‥ですよね、二年生の?」

「そういうアンタは‥‥あぁ、帰国子女の一年生」

「佐倉愛衣です。こちらは新しい寮母さんの‥‥」

「キャスターよ。よろしくね、元気なお嬢さん」

「あ、よろしくッス‥‥じゃなかった! 麻帆良女子中二年の、春日美空ッス! あらためて、よろしくおねがいします!」


 美空はお辞儀をしながら、上目遣いで目の前の女性を観察していた。
 明らかに寮母さんが着るようなものではないドレスを纏った女性は、端的に言って不審であった。あまりにも不審過ぎて、一人でいたなら声もかけずに立ち去ったかもしれない。
 しかし色物揃いの麻帆良女子中でも最近話題の目立つ生徒。帰国子女の一年生がやけに親しげに、まるで娘と母親であるかのように話しているのを見ると警戒心も少しだけ和らぐというもの。
 もしや魔法関係者か? という警戒自体は残っているが、面と向かって聞きたいわけでは断じてなかった。

 
「これからお茶をする予定なのよ。貴方もどうかしら?」

「‥‥あー、ご一緒したいところなんですけど、ちょっとこれから急いでいかなきゃいけないところがあるんで、今回はご遠慮させて下さい。また今度、御願いしてもいいッスか?」

「勿論よ。気をつけていってらっしゃいな」

「ありがとうございます! それじゃ、また!」

 
 実は今日は随分と寝坊であり、日課である教会の掃除をサボってしまった美空。お茶は魅力的だが、今から急いで教会に向かえばシスター・シャークティに謝る時間もあるだろう。
 大きく手を振って二人と分かれた美空は、物陰の死角に入ると、ポケットから取り出した“なにか”を翳して、すぐさまその姿を消した。
 もちろん二人には、その一連の流れは見られなかった。

 
「元気な子ね。先輩?」

「はい、確か二年生だったはずです。それよりキャスターさん、意外に時間がないみたいなんで、お茶はまたの機会で御願いします」

「あら、そうなの。ごめんなさいね無理に呼び止めてしまって」

「いえ、声をかけたのはこちらの方ですから。また放課後に学園長から私も呼ばれると思うので、そのときに」

「えぇ。貴女も気をつけていってらっしゃい」

「はい、いってきます!」

 
 愛衣もキャスターに見送られ、元気に寮を飛び出していった。もちろん時間に余裕を見ているので美空のような無茶はしない。しかし麻帆良の学生の例に漏れず,小走りで通学路を進んでいく。
 何故かどうにも、用事がないときは遅れがちになってしまう。そういう呪いが麻帆良の学生にはあるようだ。

 
「‥‥さて、宗一郎様。私達も出かけますか?」

「そうだな」

 
 やれやれ、と笑顔で彼女を見送って、キャスターは部屋へと入っていった。
 宗一郎は既にスーツに着替え、卓袱台の前で新聞を読んでいた。麻帆良専門の新聞社のものだ。持ち回りであちらこちらの学校の新聞部が記事を書いているらしく、内容は右にいったり左にいったりと節操がない。
 近右衛門はのんびりでいいと言ってはいたが、区切りもいいことだし出かけて構わないだろう。
 キャスターと宗一郎は普通に準備をして普通に出たつもりであったが、学生達にとって朝の五分や十分というのは非常に忙しく矢のように過ぎ去るものだ。もうほんの少しだけ早く出ていたら学生達の津波にもみくちゃにされていただろうが、今は比較的空いている。
 比較的、ということはつまり、遅刻確定の学生が目の前にいるだけの数、存在するということでもある。
 先ほど愛衣は時間があると言っていたが、あれは無理していたのだろうなとキャスターは少し反省した。

 
「――おお、よく来たの二人とも。さぁさ入りなさい」

 
 路面電車に乗り込むと、あちらこちらで遅刻を悔やんで落ち込む学生や、これから病院に行ったりなどで余裕のある学生、そもそも大学なので講義が始まるのが遅い学生など様々な人で殆ど満席であった。
 そのまま暫く電車に揺られて学園長室に着いた頃には、中高では一時間目の授業も始まる頃。一応は静まり返った校舎に、落ち着きのある近右衛門の声が響く。

 
「失礼します」

「失礼するわ」

 
 片方はどこまでも几帳面に、しかし無愛想に。片方はどこまでも不遜に、そして無愛想に。
 対照的でありながら何処か似通った二人の来客の声に少し目の端を緩ませながら、近右衛門は彼らを出迎えた。

 
「まぁ座りなさい、朝早くからご苦労様じゃったの。寮の部屋はどうだったかね、葛木先生?」

「問題ありませんでした。よくしていただいて、ありがとうございます」

「なに構わんよ。あすこはキャスター殿の仕事場でもあるんじゃからな。何か気がついたことがあれば教えてくれ。もう生徒達とも何人かとは会ったかね?」

「あまり外に出なかったから、一人だけしか会ってないわ。寮母の仕事、詳しくは誰に聞けばいいのかしら? いつ始めればいいのか分からないから、準備のしようがないのだけれど?」

「それについては今日の昼過ぎに、寮全体の管理をしている者を呼ぶようにしておるよ。その者から詳しい話を聞いて、まぁ明日あたりから順番に始めていけばよかろう。その辺りも、よく話しておくように頼んでおいたから心配あるまいて」

「‥‥まぁ家事や雑務だったらやったことがわけではないし、構わないけれど」

 
 近右衛門手づから淹れたお茶を啜る。流石はこの巨大な学園都市の責任者、かなり良いお茶だ。
 相変わらず無感動で表情というものが変わらない宗一郎はさておき、キャスターは未だ慣れずに不出来な茶を出す事を強いられている己の未熟さを噛み締め、かなりの渋面である。

 
「学園長、失礼します。高畑です」

「おぉタカミチ君。すまんな急がせてしまって。入りなさい」

 
 と、キャスターが真剣に自分の茶の腕前について考え始めた時、落ち着いたノックの音がして、一人の男が姿を現した。
 高畑・T・タカミチ。麻帆良女子中2年A組の担任であり、麻帆良学園の魔法使いの中でも最強戦力に数えられる歴戦の戦士である。グレーのスーツをだらしなく着込んでいるが、一見するとサイズの合っていないブカブカのスーツは鍛え上げられた肉体を隠すカモフラージュだ。

 
「ホームルームの方は大丈夫かね?」

「ちょっと長引いてしまいましたが、なんとか終わりました。彼女達は元気が余っていますからね、おとなしくさせるのは一苦労ですよ」

「若いうちは元気が一番じゃ。まぁ、もうちょいと勉強を真面目にやってくれれば心配もせんですむのじゃがのう」

「それは僕が一番言いたいところですが‥‥あぁ学園長、話の方は?」

「おぉそうじゃった。いや、まだじゃ。だから君を呼んだのだよ、高畑君。君はそうじゃな、申し訳ないが」

「えぇ、僕はこの辺りで聞いてますよ。どうぞおかまいなく」

「すまんの」

 
 タカミチは学園長室の壁に背中を預けるとポケットに手を突っ込んで立つ。いか~にも気安い様子で、およそ勤め人のするような格好ではない。
 ‥‥キャスターは気がつかなかったが、宗一郎は僅かにそちらへと鋭く視線を動かした。タカミチも合わせて、僅かに目を細める。
 気怠そうな格好のタカミチと、背筋を伸ばして微動だにせず座る宗一郎。二人の間だけで、張りつめそうで張りつめない糸のような空気が一筋。それも一瞬のことで、すぐに宗一郎は視線を近右衛門の方へと戻した。
 むしろタカミチには、それが不思議と恐ろしかった。座る姿に隙こそないが、それはあくまでも自然体で、備えというものを感じない。

 
(‥‥薮をつつくと蛇が出てきそうだなぁ。これはやっぱり、キャスターさんよりも葛木先生の方が厄介かもしれませんよ、学園長)

 
 戦士ならば、お互いに共通の空気を持っているもの。ある意味では意思疎通が非常に楽で、お互いに相手の意図することが手に取るように分かる。
 実際の戦いの中での駆け引きにおいては当然ながらその限りではないが、例えば「戦う」「逃げる」「時間稼ぎをする」などの空気の共有というものがあるのだ。
 宗一郎にはそれがない。相手のペースに構わず、自分のやりたいことをやる。そういう我侭さがある。いや、我侭ではなく、必要なことを必要な一瞬で終わらせるという意識がある。
 そういうことをするのは、いわゆる暗殺者の手合いだ。
 魔力も気も感じない一般人の教師に対して、タカミチは警戒のレベルを密かに一つ引き上げた。

 
「さて、問題は葛木先生の方じゃな。麻帆良学園の方から、穂群原学園の方に確認をとってみた結果が昨夜返って来たよ。すまんかったの、君自身に連絡させずに我々でやってしまって。どんな処理が向こうでされているか、分からんかったのでな」

 
 そう言いながら、近右衛門は小冊子程度の厚みの紙の束を机の上へと投げ出した。
 何かのフォーマットに従ったようなものではなく、とりあえず手短かに何かの結果を列挙したもののようで非常に雑然としている。取り急ぎの報告書、程度のものだろう。

 
「‥‥結論から言わせてもらうと、我々は穂群原学園なるものを、少なくとも日本においては確認出来なかった」

「なんですってッ?!」

「‥‥‥‥」

 
 一瞬で空気が変わる。
 先ほどまでの和やかな空気は消え失せ、近右衛門はキャスターの声と共に死を予感させる程の圧倒的なプレッシャーを噴きつけられた。冷や汗も流れず、瞬時に背中を壁から浮かせたタカミチを、手で制止したのが精一杯。
 なんとか態勢も顔色も崩さず、泰然と長の顔を保ち続けることが出来たのは、流石の年の功か。

 
「どういうことか、説明しなさい」

「そう興奮するでない、キャスター殿。しかし、事実じゃ。我々の手の及ぶ範囲で調べたが、日本には穂群原学園などという教育施設は存在せん。私立も公立も、果ては塾や類似の名前を持つありとあらゆる施設も」

「‥‥貴方達の不手際ではないのかしら?」

「否定は決して出来ん。何事にも完璧というものはないよ、確かにじゃ。しかしの、キャスター殿。そもそも冬木なる地名も存在せん。我々の調査によれば君達は、おそらく神戸の辺りをそう呼んでおる。何とも不思議なことじゃ」

 
 近右衛門は昨夜、密かに愛衣を呼び出して話を聞き出していた。
 とはいっても当たり障りのないことばかり。具体的には、キャスターの真名などの本人が隠したがっている部分については紳士的に聞かずにいた。愛衣もマスターとして精一杯の自覚を持った以上は、聞かれても頑として答えなかったことだろう。
 彼女からの話で、概ね冬木という街がどういうところなのかは把握出来た。そのときには既に穂群原学園の存在が確認出来ない旨の報告は受けており、学園長自ら情報機関の指揮を取って更なる確認を急いだのである。
 つまり余談だが、可哀想に愛衣は普段より遥かに短い睡眠時間を強いられていたのである。

 
「君達から得られた冬木という街の特徴は、神戸市を中心にあちらこちらに散らばっておった。細かい確認こそとれてはおらんが、やはり君達のいた場所というのが、どうにも我々では発見できなかったことは間違いないのじゃ。それがどれだけ異常なことか、分かるじゃろ?」

「どういうことなの、まさか私達の認識が間違っていて、あそこは日本でありながら日本ではない別の場所だったとでも言うの?」

「率直に言えば、君達が嘘をついている、という可能性が一番高い。もちろん、安直にそのような結論を下すつもりはないよ。君達の人と形は、儂なりに見極めさせてもらったつもりじゃ」

 
 尋問を受けた捕虜が虚偽の情報を喋る技術は多岐に渡る。
 全くありもしないことを、全くのでたらめを喋ることは意外に難しい。どうしても情報のつながりに矛盾が生じるし、中々それらしい情報は捻り出せないものだ。
 そこで実在するものをモデルに、少し加工をして現実味のある虚偽の情報を作り出すテクニックがある。この場合だと神戸市そのものではあまりにも分かりやすいため、他の場所を混ぜて架空の土地を作り上げたのだろう、と考える者もいるはずだ。
 しかし近右衛門は自らの言を軽々しく翻したりはしない。彼が信用のおける者だ、と認識したならば、それは尊重されてしかるべきなのである。他人による判断においても、彼自身の判断においても。

 
「となると、考えうる可能性はそんなに多いものではない。先ず、君が誰かに記憶を操作されている可能性」

「そういえば貴方、随分とおめでたい形の頭をしているわね?」

「まぁ待て慌てるでない! あくまで可能性の一つとしてあげたまでじゃ!」

 
 ひやりとした空気が流れるが、冗談と分かっているからかタカミチも動かず、近右衛門も大袈裟に慌ててみせて一旦話は戻る。
 近右衛門がキャスターの能力と人柄を信用しているように、キャスターも近右衛門の人柄と能力を信用していた。彼女なりに、限定的にではあるが。
 今までの彼女の振る舞いを知る者からすれば驚愕の事態であろう。例えば彼女と相対した冬木の|管理者《セカンドオーナー》、遠坂凛などやその共闘者であった衛宮士郎なら。

 
「例えば全て君の勘違いなら。地名、人名に至るまで、全て」

「流石に目にする全てを勘違いすることもないし、意図的に全て書き換えられていて、知り合った人達も全部が私を騙していたなんてことはないでしょうね」

「例えば我々の知らない、何処か山奥、あるいは孤島での出来事を君が日本の中でのことと錯覚していたら」

「それは貴方達の調査ではっきりしているのではなくて? そもそも冬木はそれなりに大きい街だったわ。少なくとも、海岸線を見る限りは日本列島の何処かだったでしょうね」

「例えばこれが全て君の見ている夢だとしたら」

「だったらそもそもこの問答の意味がないわ」

 
 考えられる可能性を挙げていき、否定する。
 近右衛門は自ら淹れた茶を啜り。机の引き出しから取り出した見事な細工の煙管に葉を詰め、指先から出した微かな炎で燻すと、ゆっくりと煙を吐き出した。
 風の魔法により、紫煙はキャスターへは一筋も届かず窓の外へと流れていく。タカミチも倣って煙草に火をつけた。赤いパッケージはスーツの中でくしゃくしゃになってしまっていた。


「ならばこれしかないのう。‥‥キャスター殿、平行世界という概念に覚えは?」

「‥‥あるわ。勿論、ある。けど、私ですら手を触れることも出来ない高い次元の神秘よ。私の知る限り、神代の昔から現代にかけて、たった一人のみがその階に足をかけた程の」

「ありえん話ではないんじゃないかの?」

「いいえ、ないわね。平行世界というのはね、無限に存在するわ。しかし非常に近しい存在よ。あるべきものが跡形もなかったり、法則そのものが違ったり。そんなものでは断じてないわ。
 今になって漸く気がついた。貴方達の使う術式、あまりにも私の知る現代の魔術師からは外れ過ぎている。なんて浅薄。貴方達がマイナーなのだと勘違いしていたけれど、どうやら異端だったのは私達の方なのね」

「同感じゃな。儂も君達の語る魔術の在り方に、どうにも合点がいかんかった。君が神代の魔術師であるとしてもじゃ。無論、出来る限り歴史を遡って調べてもみたが、遙か昔に於いてもやはり、冬木という場所も、穂群原という言葉も確認出来んかった。言葉遊びを除いて、の話じゃよ」

「では、やはり平行世界なんて考え方はナンセンス。‥‥どうやら、思ったよりも厄介な事態かしら?」

 
 キャスターの魔術師としての力量は誰もが認めるところである。彼女に会った、誰もがだ。そんな彼女が誰かに操られている、なんて仮定は、考えることすらおぞましい。
 全ての可能性は等しく検証されるべきである。しかし出来ることには限りがあり、情報もまた同じ。
 学園長室を重々しい沈黙が包み込んだ。

 
「異世界、という概念には覚えはあるかね? キャスター殿や」

「‥‥結界、外と内を区切る魔術の延長線上としてなら知識にあるわ。妖精郷、幻想郷、地上からでは辿りつけない神々の国々。あぁ、コノウエモン、貴方の言わんとすることは分かります。けれど私の知る限り、私の知る異世界というものはこの世界の範疇に属するものに過ぎないわ」

「ふむ、なるほどのう。‥‥実は我々が知る異世界は、|魔法界《ムンドゥス・マギクス》と言ってな。この世界とは全く違う、それこそ大陸や海を持つ、それはそれは広い場所じゃ。キャスター殿の言うところの異世界とは少々毛色が異なる。故に、平行世界の概念を逸脱した、それこそ全く違う世界が存在する可能性も否定しきれん」

「‥‥ホント、とんだ非常識」

「そう言ってくれるな。‥‥儂とて立場ある身。この街への責任もあるが、同じように前言を翻すことなど出来ん。そこでじゃ」

 
 いつの間にか机の上に置いてあった火鉢に、煙管の雁首を掌に打ち付けるようにして灰を落とす。
 居住まいを直し、煙管を盆に戻して近右衛門は口を開いた。

 
「魔法使い・佐倉愛衣のサーヴァントであるキャスターよ。君が此処に来た原因の究明を、君自身に強く要請する。これは麻帆良学園都市の長としての依頼、いや、命令と思ってくれて構わぬ」

「‥‥人間の魔術師の分際で、この私に命令を?」

「体裁としては、この街に君を迎え入れる代価ということじゃな。君にしてみれば原因など分からずとも、此処に住むことが出来るならそれでよい、というところもあろう。しかし我々にしてみれば大きな問題じゃ」

「でしょうね。本当に呆れる程お人好しだわ、貴方達」

「それが我々の在り方じゃからな。そう目くじら立てるものもおらんじゃろうが、しかし解決せねばならぬ問題じゃ。儂も出来る限りのサポートはしよう。我々の調査も引き続き継続はする」

「‥‥まぁ、私としては構わないわ。マスターとの契約は聖杯戦争の絡まない、魔術師と使い魔との契約の儀式。とはいえ何が影響するか分かりませんからね。此処に来た原因をはっきりさせなければいけないのは、言われるまでもないことよ」

 
 なんでもない風を装いながらも、キャスターは内心では我が意を得たりと笑みを浮かべていた。
 これで麻帆良の中で公に魔術を使う口実を得た。魔術を使う、ということは準備をする、ということでもある。キャスターにとっての準備とは,先ずは工房の建設、ゆくゆくは神殿の構築。
 自らと宗一郎、そしてマスターである愛衣の安全を保証するためにも戦力の拡張は必須。それがやりやすくなったのは、ありがたいことである。

 
「ではキャスター殿に関しては以上じゃな。葛木先生については、来週から赴任が出来るようにしなければならぬ故、女子中等部の職員室で詳しい説明を受けてもらおうかの」

「ちょっと待ちなさい、私はどうすればいいのよ」

「特にはないが、さっき話した通りじゃな。昼過ぎには寮に来客があるじゃろうから、それまでには戻っていて欲しいというぐらいじゃ。葛木先生との新居は未だそう片付いてもおらんじゃろう? 掃除でもしておったらどうかね」

「宗一郎様との新居‥‥ッ! え、えぇそうね。まだ埃っぽいところもあるし、家具も食材も足りませんからね。確かにその通りね。その通りだから、そうさせてもらうわ。えぇ」

 
 近右衛門とタカミチは、なんとなくキャスターの扱いが分かって来た。同時に、宗一郎に何かある事態は断固として回避せねばならぬと内心誓った。
 自らの伴侶に何かあれば、この神代の魔術師は原因を絶対に許さない。絨毯爆撃か何かで麻帆良が灰と化しても許さないだろう。
 そして二人の予想は紛れもなく真実であり、実際に彼女が神殿を構築した暁には麻帆良を灰にするのにものの一時間もかからないのである。
 今は恥ずかしさからか照れからか、一旦は上げていたフードを目深にかぶり直して気色悪く身体をクネクネさせている彼女は、紛れもなく麻帆良最強となり得るだけの実力を備えた怪物なのであった。
 
 なお、葛木は途中から我関せずといった様子で、静かに茶を啜っていた。


 


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