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No.25651の一覧
[0] ツーサウザンドマスター(ネギオリ主転生憑依)[超冷奴](2013/06/05 18:54)
[1] プロローグ[超冷奴](2013/05/19 14:37)
[2] 第一話[超冷奴](2013/05/19 14:39)
[3] 第二話[超冷奴](2013/06/05 18:59)
[4] 第三話[超冷奴](2013/06/05 19:17)
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[25651] 第二話
Name: 超冷奴◆c8d18498 ID:fb3377ba 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/06/05 18:59
「ネギ・スプリングフィールドです。若輩……というのも憚られる身でありますし、その点皆様にも多々ご迷惑をおかけすることになろうかとは思いますが、よろしくお願いします」

 夏休みの真昼間とはいえ、流石に週明けには新学期が迫っている平日、その上中等部のみとってさえ700人超のマンモス校だけあって、職員室には数十人の教師たちが何やら忙しなく動き回っていた。


 それらの視線を一身に浴びての自己紹介というのは、なんと言うかその、流石に身が縮む思いがする。

「話には聞いていたけど、本当に子供なんですね。はぁ、流石に驚きました」
「務まると判断されての抜擢なんでしょうが……いや、本当に大丈夫なんですか? これ。私の息子よりも幼いですよ?」
「不安ではありますなぁ。ただでさえ2-Aは問題児の多いクラスですし」
「いやいや、2-Aは問題児の多いクラスとは言われていますけど、実際はクラス委員長の雪広を筆頭にしっかり者も多いクラスでもあります」
「ああ、そう言えばさっちゃんも2-Aでしたか」
「確かに。出張の多い高畑先生が、自分の居ない間も大丈夫なようにとよく指導されてますからね。そう考えれば、むしろ2-Aしか考えられないのでは?」
「話が摩り替わっては居ませんか? そもそもこんな子供がクラス担任をするということこそが……」
「摩り替わり、結構ではありませんか。決まった話を私たちが覆せる訳でもなし、当人の前でする話でも無かったですし」

 当たり前ではあるが、十歳にもなっていない子供の教師就任を好意的に受け止められるほど能天気な大人はこの場には居なかったらしい。


 それにしても、何とも巧妙だ。
 子供が教師をすることに対して当たり前の不安、疑問は皆感じているというのに、そもそも子供が教師をやることなどあり得ないという常識はどうやら誰もが忘れさせられているらしい。

「まぁ、気にすることは無いよ、ネギ君。真面目にやっていれば、彼らだって評価してくれる」

 タカミチが、僕の肩にぽん、と手をあてて励ましてくるが、心中の不安は晴れなかった。
 実際、職員室に入って彼らの姿を眼にして、自分があまりに場違いであることを強く理解させられた故だ。


 彼らは、全員が大人である。
 高校、大学を卒業し、社会的義務を果たす社会人たちなのだ。
 その自負もあろうし、教職を務めていることの矜持もあろう。
 翻って僕はどうか。
 通算すれば24歳。
 まぁぎりぎり大人の範疇には入るだろうが、実際は中学卒業前にリセットをかけられ、ゼロからやり直した9歳のガキに過ぎない。


 魔法使いは、良い。
 少なくとも僕には才能があった。
 一から学び基礎はほぼ完全に修めた。
 学校も卒業し、一人前になるための修行も始まる。
 正しい道のりを、正しい歩みで踏破しているのだ。
 間違いなく胸を晴れる。
 だが教師としては、そうでは無い。
 確かに学んだ。
 反則とはいえ、資格も取った。
 むしろ知識面だけで見れば、少々口幅ったいが、おそらく普通の新任教師よりも優秀でさえあろう。
 それでも、子供なのだ。
 逆の立場だったとすれば、僕は間違いなく胡散臭いものを見る眼で教師となった子供を見るに決まっている。
 生徒としてさえも、そうだ。


 皮肉だった。笑いたいくらいに。
 何せ、この場で子供の教師というものに一番疑問を覚えているのが、その当人である僕だっていうんだから。
 素直に認識阻害にかかってれば良かった、何てことすら思ってしまいそうである。
 でも。そうだな。

「真面目にやれば、ね。分かってる。タカミチだって出来てるんだから、僕に出来ない筈ないし」
「はは、酷い言い草だね。でもまぁ、その意気だ」

 結果だ。
 結果を出せば良い。
 奇しくも、タカミチの言うとおりでもある。
 それに、そうせねば。
 僕を何とも言いがたい目つきで眺めてくる大人たち。
 マギステル・マギになるための修行でなりたくもない教師になる僕とは違い、教師になるために学び、教師として真面目に働く彼らの視線に……。


 いや、流石に耐えられないとか弱音を吐くわけじゃないが、その、ちょいと気まずい。
 出来るなら、払拭しといた方が精神的に安らかに暮らせそうだし、というか暮らしたいし。
 僕は別に求道者を気取っている訳ではないのだ。
 必要だからこそ心身をすり減らすことも厭わず前に進もうが、必要の無い苦労は真っ平御免である。




 僕が受け持つクラスは、2-A。
 前任はタカミチ。
 出張と称して、何でも大戦の裏で暗躍していた組織の残党狩りに精を出しているらしい彼が受け持っているクラスということで、一応クラス内の自治はしっかりしているとのこと。

「ただ問題児も多くてね。新田先生には随分とご迷惑をおかけしています」

 流石に学校とはいえ教師としての赴任で、おまけにこんな中途半端な時期ともなれば一人一人の自己紹介などされはしない。
 先の挨拶のあと、大体の教員は自分の仕事の方が大事だとばかりに僕への興味を失って、僕としても流石に数十人もの教師たちが相手では一人一人挨拶をする気にはなれなかった。

「いやいや、高畑先生はよく勤めておられます。NGOへの出向と並行しての教職など、私には務まりそうもありませんからな」

 タカミチもその辺は考慮していたのだろう。
 幾人かのこれからの僕と関わりの多そうな――つまり2-Aに直接教鞭を振るっている教師たちの下に僕を案内してくれた。

「そう言えば。ネギ先生が2-Aの担任になられるということは、高畑先生はあちらでの仕事が多くなるのすか?」

 そして彼らへの一応の挨拶を済ませた僕らは、ある程度時間に余裕のあるらしい数人の教師たちを伴って進路指導室でお茶を楽しんでいた。

「まぁ、そうなるでしょうね。一応、ネギ先生の研修期間が過ぎるまでは僕もあまりここを離れることは無いでしょうけれど」

 いや嘘です。
 ぶっちゃけ、僕だけは正直楽しんでいるとは言いがたい状況だ。

「子供とはいえ、教師という立場にある以上責任は伴います。期待していますよ、ネギ先生」
「は、はい、頑張ります」

 この場に居る僕以外の五人の中で、最も教師としてのキャリアが長いだろう壮年の教師の言葉に緊張した声を返す。
 新田教諭。広域生活指導員という何ともお堅そうな肩書きに見合った、随分と強面の男である。
 正直、僕が中学生だった時に苦手としていた先生に似ていて、どうにも萎縮してしまう。
 さぞや生徒たちから恐れられている、もしくは苦手とされていると思われる。

「まぁまぁ、新田先生もそうプレッシャーをかけなくても良いでしょう。そもそも担任って言っても、始めは研修なんですし」

 とりなすように口を開いたのは、瀬流彦教諭。
 新田教諭とは対照的に、若く人付き合いの良さそうな柔和な顔立ちの先生だった。
 少々、頼りなげな風貌ではあるが十分に美男子だ。
 さぞや生徒たちからモテていると思われる。
 若干魔力を感じるということは、彼も魔法使いだろうか。
 どうにも、感じる魔力が微量な所を見るにたいした腕では無さそうだが。

「いえ、新田先生の仰られることは尤もです。僕としても、出来れば子供ではなく、その、出来れば新任教師程度に見てもらえればと思っています。無茶なこと言っている自覚はありますけど……」
「その志は立派ですぞネギ先生。勿論、私も最低限のフォローはさせて貰うつもりですがね」
「僕だって別にネギ先生を子供扱いするつもりは無いです。一応、同僚になるんですから」
「でもあまり気負い過ぎるのも良くないですよ? 何かあったら、必ず私か高畑先生に相談して下さいね?」

 9歳の子供である以上、どれだけしっかり受け答えしようが所詮背伸びに過ぎないということか。
 確りとした受け答えをしたつもりだった僕に、気遣うような声音で声をかけてきたのは源しずな教諭。
 2-Aの副担任である彼女は、そのまま僕の指導教員として2-Aの副担任に着き続ける。
 正直、僕の2-A担任着任に一番心中穏やかでないのは彼女だろう。
 そう、僕は思っていたのだが、本人は全くそんなことを気にしていない素振りで僕を気遣う発言をする。
 ただ良い人なのか、それとも不満を表に出すことを我慢できる大人なのか。
 読心魔法を使ってでもそれを読み取りたい誘惑はかなりのものだった。

「ありがとうございます。多分、僕が一番迷惑をかけるのは源先生だと思いますので、そう言って頂けると心強いです」

 とはいえ、何の正当性も無く人のプライバシーを侵害する読心魔法を使うのは流石に憚られた。
 上辺だけ取り繕った言葉を返しながら彼女の表情を伺うが、彼女の微笑みからは善意以外の何物も読み取れはしない。
 しかし、まぁ、なんだ。
 それはそれとして、彼女は何ともグラマラスな体型をしていらっしゃる。
 流石に精通前のガキである僕は劣情を催したりはしないが、眼の毒ではあった。
 さぞや生徒たちから羨望の眼差しを向けられていると思われる。

「しっかし、見た目は子供なのにしっかりしてるわね。まぁ中身まで本当に子供のままだったらそもそも教師になれる訳ないんだけどさ」

 ただただ感心したような声を上げたのは二ノ宮教諭。
 2-Aの体育教師という立場であり、中等部の新体操部の顧問でもある。
 随分とフランクな性格をしているらしい、この場で丁寧語を用いない唯一の人物。
 体育教師らしいって言えばらしいのかも知れない。
 新体操部の顧問というだけあって、源教諭と比べると何とも対照的な……いや、これ以上はよそうか。
 この場に居る教師たちの中で、私見を除けば最も親しみ安そうな人物は瀬流彦教諭だろうか。
 無論、同姓という要素を加味しての判断であって、女生徒たちに選ばせれば二ノ宮教諭に軍配があがると思われる。

「私との付き合いは浅いかなー。ま、暇があったら体育教官室に来なさい。2-Aの子も一人新体操部員が居るしね。来てくれたらコーヒーくらいなら出すわよ? あ、でもコーヒー苦手だったりするかな?」
「イギリス人は紅茶だけでなくコーヒーも楽しめるんですよ? 日本人はイギリスといえば紅茶好きを連想するんでしょうけど」
「ははは、こりゃ失礼。いや、うん。本当しっかりしてるわあなた」

 露骨な子ども扱いへの遠まわしな抗議に、二ノ宮教諭はけらけらと笑う。
 周りの大人たちも、何とも微笑ましいものを見る目つきでくすくすと笑った。
 それにしても、本当に、楽しめない。
 自意識過剰の自覚はあるが、一挙手一投足、一言一句に至るまで観察されている気がして。
 がからこそ、僕は気を使う。
 完璧な自分を演じるために。
 タカミチのような例外を除けば、大人たちを相手にする時、僕は何時もそうしてきた。
 しかし、これはしんどい。
 何せ、これまでの僕にとって接する大人というものは学校の教師が殆どで、必然接する機会というものも多くない。
 日常会話なんて交わす機会など無いのだから当然である。
 だがこれからは違うのだ。
 僕は教師として彼らの同僚となり、公私に渡って彼らと接する機会はかなり多くなる。
 おまけに、教師という立場で接する以上、生徒たちに対してもそれは同様でなければならないのだ。
 ええい、覚悟していたこと、望んでいたことじゃないか。
 弱気になるな、僕。

「週明けの新学期からでしたっけ、着任は。日本に着いたのは今日なんでしょう? 授業の引継ぎやら教材の準備やら、大丈夫なんですか?」
「引継ぎは済ませていますよ。ネットとは便利なものですね。世界中どこに居ても、回線さえ繋がっていれば情報のやり取りが出来るんですから」

 実際は引継ぎも何も済ませていない。
 教材はタカミチのを貰うだけだし、引継ぎ自体は読心で一分もかからない。
 全く便利な魔法である。
 接触距離に近づき、一切の抵抗の意思の排除、読み取れるのは表層意識のみということを差っぴいても、その有用さは計り知れない。
 問うた瀬流彦教諭も魔法使いである以上そんなことは百も承知だろうが、黙りこくった僕を心配して話題を振ってくれたのだろう。

「ウェールズの大学を出て、ええと、日本の教員資格は麻帆良大学の通信課程で取得されたのでしたか。いやぁ勤勉ですなぁ。私がネギ先生ぐらいの時分には、勉学よりも遊ぶ方が大事でしたがね」
「いえ新田先生、普通はそうですわ。それを考えると、ネギ先生は正真正銘の天才児なのですよね」
「過ぎた評価と謙遜するつもりは無いですけど、改めてそう言われると照れますね」
「私としては、子供は遊ぶのが仕事だと思うけどね。でもまぁ、偏見なのかしらこれも。確かギフテッドって言うんだっけ?」
「日本じゃあまり一般的じゃないですけど、欧米ではGATEやらTAGなんて言葉があるくらいですしね」
「ありがたく思っています。何せ、同年代では会話さえ中々あいませんし」
「ネギ先生は昔から大人びていたからねぇ」
「あら、高畑先生はネギ先生とは昔からお知り合いなんですか?」
「ええ。彼の父親とは旧交がありまして」

 タカミチの迂闊な発言に、認識誘導魔法を少し。
 と、使う前に既に発動されていた。発信元は瀬流彦教諭。
 ウインクされ、目礼で返しながら僕は少々彼の評価を上向きに修正した。
 タカミチに関しても、僕に望ましく無い会話の流れを修正するつもりで口を挟んでくれたのだろうから、テーブルの下ですねを蹴り上げるだけで許してあげよう。
 尤も、それで選んだ話題が体外的には行方不明扱いの父という気まずくなりそうな話題だったのは頂けない。
 その上タカミチはかなり“かたい”から、割と全力で蹴らせて貰うけど。

「っ……」
「おや、どうしました高畑先生?」
「何でも、ありません。ははは」

 ……やべ、折っちゃった。




「見事なものだね」

 既に部屋にはネギとタカミチ以外の姿は無い。
 ようやく肩の力を抜けるとばかりに机に頬を付けたネギに苦笑しつつ、タカミチはそう声をかけた。
 初対面の彼らには分からなかったろうし、ネギも表に出してる自覚は無かったのだろうが、タカミチの目からすればこの新任教師がずっと酷く緊張していたことくらい一目瞭然だったのだ。
 週明けには新学期ということもあって多忙の中、ささやかな茶会に付き合ってくれた先生方には申し訳ないとはいえ、安堵のため息くらいは許されるだろう。

「どっちが?」
「どっちもだよ。話には聞いていたが、本当に猫を被るのが上手なんだね、ネギ君は」

 タカミチにとって、ネギ・スプリングフィールドという少年の印象は、まさしくサウザンドマスターの子供時代がこうであったろうという想像のそのままである。
 つまり、相当の悪ガキだ。
 最も、彼よりは多少頭は回るのかも知れないが。
 少なくとも己の評価を決定するのが大人たちだということは理解しているし、彼らを前にしては猫を被り、それが実際にばれていない。
 この時期には既に魔法学校を中退させられていたナギと比べるとえらい違いである。

「まさか折られるとは思っていなかったし、それにこれは……」

 言いながら、先ほどネギに折られ、そしてその場で直ぐ治された右足を摩る。

「治癒魔法。それに無詠唱とはね」
「そんなに意外かな? これ。僕くらいの魔力があると、むしろ詠唱が必要なほどの魔法を求められる機会の方が少ないんだけど」

 事実だろう。
 最も、魔法の発動は魔力の最大放出量――つまり魔力容量と精神力の双方が関わってくる訳で、一概に魔力容量の高さのみで決まる訳では無い。
 それにそもそも詠唱という工程は自己暗示といった側面の他に、言葉が生来持つと言われる力を表出する為の術式である。
 勿論、言葉である以上態々口に出さずとも頭の中で考えるだけでも良いと言えばそうなのだろうが、彼が言うほどに簡単なことでも無い筈だ。
 無詠唱体質のため魔法は使えないタカミチでも、それくらいの知識はあった。
 無詠唱魔法に一縷の望みを託した過去だってあるのだ。

「メルディアナ魔法学校は普通の学生には優秀な教育機関だよ。おかげで普通では無い僕は暇で暇で。でもまだまだ肉体を鍛えるには体が幼すぎるから、精神面の強化にばかり取り組みましたとさ」

 言いながらネギは体を起こし、すっかり冷めてしまった紅茶に口を付けた。

「なるほど」

 なんとも皮肉気な口調だが、別に生意気だと咎めだてたりはしない。
 事実としてネギは特別なのだし、そして特別だといっても気を抜ける相手は必要だ。
 少なくとも現時点で、この麻帆良に彼が気を抜いて話せる相手は、連れて来ているだろう使い魔を除けばおそらくタカミチくらいしか居ないのだから。
 それに。

「ならもう基礎は飽き飽きかな。だとしたらこの麻帆良は君にとって良い環境になるだろうね」
「まさか。いろいろ知識を深めるって意味じゃ、メルディアナよりもここが良い環境っていうのは同意だけどね。基礎はまだまだ……と言うか、僕は基礎だけで十分なんだよ」
「その心は?」

 タカミチはネギの夢を知っている。
 彼が思い描く未来の彼の姿がどんなものかを知っている。
 そして、それを実現させるのだという、強固な意志を知っている。

「今度戦ってよ。口で説明するのは面倒だからさ。タカミチにだからぶっちゃけるけど、僕は現時点で――」

 そこで一旦口を閉じ、ネギは笑った。
 釣られるように、タカミチも笑みを浮かべる。
 牙を剥く。
 いっそそう言った方が相応しい、9歳の子供とは到底思えない獰猛な笑み。
 きっと、タカミチも同じような表情を浮かべていることだろう。

「――地力だけならたぶん父さんより、強いよ?」

 彼はサウザンドマスターでは無い。
 彼の息子、ネギ・スプリングフィールドである。
 だからこそ。

「……なら、その手合わせ、今直ぐにってのは、どうかな?」

 サウザンドマスターを超える。
 理想になる。
 生意気な、いっそ大言壮語ともいえる言葉がこれほどに似合う男も他に居まいと、タカミチはそう思っているのだ。




 今直ぐに戦おうなどと言っても、まさかここでおっぱじめる訳にもいかない。
 しかし、では何処ならば可能なのかというと、それも難しい話である。
 魔法を使えないとはいえタカミチの戦闘は咸卦法を用いた大規模なものだし、僕なんてそもそもウェールズの山を一つ更地にしてしまった過去があるぐらいだ。
 最も、半分はアーニャのせいでもあるが。
 先生たちに無茶苦茶に怒られた、学校時代の僕らの唯一と言って良い汚点。
 あんま思い出したくないな。
 あれのせいで以降は修行場所にえらく苦労するようになったし。
 とはいえ。

「僕もまだ麻帆良に来たばかりで詳しくは無いけどさ、実際僕らが全力で戦える場所なんてあるの?」

 折角気分が乗っているのに、力を制限したままごとなんて冗談じゃない。
 わざわざ口には出さなかったが、汲み取ってくれたらしい。
 タカミチは苦笑を浮かべると、携帯を取り出した。

「それについては任せて欲しい。もう少し先にしようかとも思ったんだけどね。けど……」


 ナギより強い、なんて言われたらなぁ。


「――――――」

 少しだけ、体が震えたのを自覚する。
 恐怖か、怒りか、興奮か、感動か。正直僕には判断の付かない理由だったけど。

「知り合いがその手の問題を解決してくれるマジックアイテムを持っているんだ。僕も昔は良くそこで修行したものさ」
「ふうん。じゃ、任せるよ。もしダメだったら、どっかの海上にでも跳んでそこでやろう」

 だって、初めてだったのだ。
 高畑・T・タカミチという、所謂“本物”を相手に、勝利を得るために戦うということが。
 そしてそれは、今の僕にとっては最も喉から手が出るほどに欲しい“実績”でもあった。

「いや、流石にそれは――っと、もしもし。エヴァ、ごめん、少し良いかい。うん、悪いんだけど、君のところのアレをまた貸して欲しいんだ。……まぁ、そう言わないでくれよ。それに、君だって興味はある筈だろう? ああ、やっぱり知ってたんだ。そう。なら話は早い。それで、どうなのかな?」

 だから、残念だった。申し訳無くも思った。

「え? こっちに来てるのかい? どうして……え、いや、生徒指導室だけど。は? 今? ここに? ……分かったよ。それじゃ」

 僕にとって、タカミチは所詮好敵手の一人だ。
 扱いとしてはアーニャと一緒で、結局のところ、僕をより高みに導くための当て馬に過ぎない。
 仕方ないじゃないか。
 タカミチだって悪い。わざわざこのタイミングで教えてくれなくても。
 少なくとも、教えてくれるのがこの一戦が終わった後であれば、“前菜”扱いなんてしなかったって言うのに。

「タカミチ、今の電話の相手って?」
「ああ、うん。エヴァ、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。知っているだろう?」

 勿論知っている。知っていない筈が無い。
 僕の目標。理想。至るべき姿。
 僕の知る限りにおいて、ある意味では父よりもそれに近い存在。
 存在を、そして現存を知ったときには小躍りしたものだ。
 闇の福音。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

「封印された場所って、ここなんだ」

 意図して、平坦な声を返す。興奮を、察せられぬよう。
 “前菜”扱いはもう変えようが無いが、それで僕にとってタカミチとの戦いが、その勝利から得られるだろう価値が減じるという訳でも無いし。
 もし萎えられでもしたら台無しである。

「ねえタカミチ。それってつまりさ、これから闇の福音に会いに行くってこと?」
「会いに行くというか、どうやら彼女も学校に居るらしくてね。今からここに来るらしい――いや、もう来た」
「え?」

 は? ちょっと待って、その、心の準備を……。
 ガラリ。
 僕の背後、教室の引き戸が開けられた音がした。

「待たせたな」

 たった一言でも、その異様さは十分に理解出来た。
 幼子特有の高い、反面人生の隅々まで理解したとでも言いたげな重厚な響きを持つ、そんな矛盾を体言したような声。

「……はぁ、なんだかんだ言って、あんたも興味津々なんじゃないか、エヴァ」

 応えるタカミチの言葉で僕は瞬時に悟る。
 話題渦中の人物が現れたのだということを。
 一瞬躊躇して、でも結局僕は振り向くことを選んだ。
 正直、覚悟が決まったとは言い難いが。
 それが何ほどのことである筈もない。
 演技は得意の、つもりだ。
 それはつまり、ネギ・スプリングフィールドであれば良いというそれだけなのだから。
 そこに居たのは、闇の福音。
 無造作に突っ立っている。
 存外、小さな少女だった。
 背は僕よりも低く、魔力も露ほどにも感じとれない。
 例えば、今朝ここに来る途中に出会った少女と比してさえも低すぎる。
 なのに冷や汗が滲むのは、僕が彼女を知っているからか。
 それともガキの僕でも感じ取れる程のナニカを彼女が全身から表出しているからなのだろうか。

「――――」

 彼女について僕が知ることは、実は然程多くない。
 禁句、とでも言うのだろうか。
 縁がある分、周囲の人間たちは僕の前で彼女のことを口にすることを避けていたように思う。
 何せあの冬の日の襲撃は、サウザンドマスターに恨みを持つ何者かの襲撃だったのは間違いないとされているのだ。
 周囲が僕を気遣うのは、まぁ当然といえば当然かもしれない。
 僕が彼女の存在を既知としているのは、短い手なりに過去の父を探った結果で、それでも直ぐに知れる程に著名な存在だったというのが大きい。
 容姿も知っている。手配書を見た。
 組織関係の公式HPからは既に取り下げられていたが、有志の作成したソレには未だに賞金額に×線の引かれた手配書が残っている。
 6百年に渡って積み重ねられた悪行の数々。
 例え封じられたところで、恨み持つ人間が減る訳も無い。
 かなり風化はしてるようだったが。


 その、かつて見た手配書に載った姿と、今僕の目の前に居る少女の姿が重なった。

「ほう、そいつが奴の息子か。随分と平和ボケした間抜けな面をしているな」
「…………っ」
「どうした? 結界は乗り越えたんだろう? ……ああそうか。だからこそ、か。まぁ安心するといい。別に今直ぐキサマをどうこうといったつもりは無いさ」

 彼女は、微笑んでいた。
 完全なる上位者が己が足元にも及ばぬ愚者を嘲笑う姿そのままに。
 それを見て、僕もまた笑みを……いや、これは最早笑みなどと呼べる代物ではなかったのかも知れない。


 僕は知らなかった。これほどまでに人の感情を揺さぶるものがあるということを。
 正しく人知を超えた人外の所業。
 果たして。
 もし彼女がかつて600万ドルもの懸賞金をかけられた大罪人でなかったら。もし彼女が真祖の吸血鬼という最上級の魔物でなかったら。もし彼女が、己が不死を利用しきって魔法を極めた魔人でなかったら。もし彼女が……。
 どれか一つがかけていたとしても、それだけでは不足だったろう。
 それほどに、闇の福音、不死の魔法使い、人形遣い等数多くの異名をとったエヴァンジェリン・A・K・マグダウェルの実績は凄まじい。
 理想を掲げて以降、僕がこれほどまでの醜態をさらしたのはきっと初めてだった。
 固く誓う。
 もう二度と、こんな無様を晒すことの無いよう強く自分を律することを。

「おい? いい加減、何とか言ったら……」
「ぷっ――」

 衝動を堪えきれず、硬く引き結んでいた筈の口から空気が漏れ出た。
 手配書にあったそのままの顔が、怪訝そうに僕を眇める。


 麻帆良学園女子中等部の制服を着た、その格好で。
 あーダメ。もう限界。

「――――ぷっはっはっははははは!!」
「んなっ!?」
「っちょっえ!? くっくくくく……! 待て、待って! いや、無いから、似合いすぎだからっ! 闇の福音がっ不死の魔法使いがっちょっくくくっ駄目っ無理っ我慢できなひははははは!!」
「はぁ、やっぱり……」
「ええい! いつまで笑っているのだこのガキが!」

 流石に笑い声こそいい加減止めようとはしているのだけれども、思いっきり相好を崩したままに腹を抱えてヒーヒー言ってる僕に、闇の福音が拳を振り被ってきた。
 僕はそれを無造作に払いのけようとして、失敗した。
 眼前まで迫ったそれに、目を見開く。

「……っ!?」

 シュルシュルと、まるで蛇のように僕の手を掻い潜って迫る小さな拳。
 何だコレ? ゆっくりな癖に、なんでこんな読めない動きを。
 障壁を破る威力も無さそうだが、それでしか防げないと思われるのも癪だった。


 一秒にも満たぬ交錯。
 僕の腕と彼女の拳が、空中で鍔迫り合う。

「――――ほう?」

 パシッと音を立てて、最終的に僕は彼女の手を打ち払うことに成功した。

「なんだ、意外とやるじゃないか、ぼーや。……ん?」

 感心したように声を上げる、制服を着た闇の福音。

「ぶふっ……くくく!」
「こ、このガキ!! コロス! 今コロス!」

 その時、傍観していたタカミチが僕と闇の福音の間に割って入った。
 表情が、硬い。
 それを見て、僕は笑いを即座に引っ込める。

「何を――!」

 タカミチは食って掛かる闇の福音を見下ろして、冷えた目で告げた。

「おいおいエヴァ。彼と戦うのはね、僕が先客なんだよ」
「……ふん」

 白けた、そう言わんばかりに肩を竦めて引き下がったエヴァから視線を外し、タカミチは僕を見据えた。

「ネギも、いい加減にしてくれないか?」

 呼び捨て。
 これは相当怒ってるな。
 気持ちはわかるし、どう考えても悪いのは僕なので、素直に謝罪する。

「わかったよ。ごめんタカミチ」

 言いながら、闇の福音に対しても軽く頭を下げる。
 どうせ彼女とは直ぐには戦えないし、そもそも全力でない彼女に勝っても得られるものも多くない。
 切り替えろ。
 タカミチに勝利することで得られるモノを、その重要さを思い出せ。

「頼むから、手加減しないでね? そうでなくちゃ意味が無いんだ」
「それで良い。じゃあエヴァ、案内頼むよ」
「……はぁ、まぁ良いが」

 ついて来いと、闇の福音が先頭に立つのを追いながら、胸に拳を当てて、握りこむ。
 振って沸いた興奮を、抑えるようにぎゅううっと。
 何だかんだで、今日の僕はツイている。
 こんなに直ぐに、僕を縛る無数の鎖の一つを引きちぎる好機を得られるなんて。
 絶対に勝つ。勝利する。
 そうして初めて、僕は初めて悪夢から解放されたのを実感出来るのだ。
 あの雪の日の、以来ずっと続いている、酷い悪夢から。




 闇の福音の先導でたどり着いたのは、常夏の砂浜だった。
 なるほど、と一人ごちる。
 確かに、ここならば幾ら大暴れしたところで問題は無いだろう。

「魔法界のミニチュアか」

 同時に、年齢に比してタカミチが老け気味の理由も判明した。まぁ、下らないことだけど。

「というか、何やってんの? アルベール・カモミール」

 ここに入る前、闇の福音の住処だというロッジで手渡された鳥かご。
 その中に入っている己が使い魔に、呆れた声で問いかけた。

「へへ、すまねえな、兄貴。だがいくらおれっちでも、闇の福音を相手にするのは流石にキツいぜ」
「やはりぼーやの使い魔だったか。なに、結界を乗り越えた小動物がオコジョ妖精だったのでな。戯れに従者に捕まえるよう命じておいたのだが」
「闇の福音じゃないじゃんその従者じゃん」

 闇の福音の傍らに控えるようにして立つ緑髪の少女が、僕に向けてペコリとお辞儀した。
 彼女も、麻帆良の制服を着ている。
 そして、微量の魔力を感じるが、気は一切感じ取れない。

「人形か、ドールマスターの。なるほど、ならカモが捕まるのも仕方が無い、のかな?」
「だろ!? ならとっとと出してくれよ兄貴ぃ!」
「やることはやったんだよね?」

 彼には、僕が挨拶周りなどで自由に動けないのを見越して学園をよく観察しておくように別行動させていた。
 川越で部屋を取る前に別れたのでそもそも麻帆良の結界を乗り越えられたのかすら不明だったが、その辺は流石に妖精といったところか。


 タバコを吹かして、明後日の方向を向いたカモにため息を一つ吐いて扉を開けてやる。
 彼は鳥かごから跳び出ると何か威勢の良い言葉を闇の福音に吐いていたが、彼女に一睨みされるとぴゅうっと擬音を残して逃げ去った。
 それを、闇の福音の肩に腰掛けていた小さな人形が追っていく。
 何とも情けない姿だったが、別に僕が彼に求めている役割はそんなモノじゃないので構わない。

「茶番は終わりか?」
「ああ。それじゃ開始の合図を頼むよ、闇の福音」
「……キサマは、さっきから一体何様のつもりだ? ガキが」
「ははは、まぁネギ君は基本的に私では口が悪いからね。切り替えがしっかり出来てるだけマシ、いやむしろ質が悪いのかな? それはともかくエヴァ、僕としてもそうしてくれると助かるよ。本気の仕合だしね」
「ホント楽しそうだな、お前。このガキがそれほどのモノか?」

 ぶつくさ言いながら、闇の福音は右手を振り上げた。
 彼女を中心として、僕とタカミチは両端に立つ。
 距離は二十メートルほど。
 どちらが意図するでもなく、自然とそうなった。
 とすると、タカミチも近距離タイプでは無いのかな?


 タカミチが、両手を胸の高さに上げる。
 バスケットボールくらいの大きさの球を抱えるようにして。
 直後、凄まじい量の魔力と気が、タカミチより吹き上がった。
 気と魔力の合一。
 一度だけ、見せて貰ったことがある。
 天才である僕をして、かかる時間の多さに習得を度外視せざるを得なかった高等技術。
 なるほど、本気だと。僕は唇を軽く舐めて湿らせる。
 だから、直後の行動は予想していなかった。

「じゃあ、始めようか」 

 そう言って、タカミチはあっさりと両手をズボンのポケットに戻してしまったのだ。

「……えっと?」

 意図が読めずに、少々戸惑う。
 ここまでしておいて、まさかとは思うのだけれども。

「舐めてるって訳じゃないんだよね?」

「気持ちは分からないでもないが」

 タカミチは苦笑しつつも、じろりと僕をにらみ返す。

「こっちの台詞でもあるよね、それ」

 まぁ対する僕も、右手に杖を持っていると言っても結局は棒立ちで、それもそうだと頷くしかない。

「なんかしまらないなぁ」

 言いながら、ちらりとエヴァに目線を移す。
 ニヤニヤと笑っているのは果たしてどちらの意味なのか。

「まぁいいか」

 杖を掲げる。
 魔力を、練り上げる。
 僕という巨大な容器にマナを吸い上げられて、空間がビリビリと震えた。
 エヴァが、掲げた右手を振り下ろす。

「――はじめぃ!」

――――魔法の射手 連弾 光の1001矢!

 僕が無詠唱で放てる最大数の魔弾。
 視界一面が白色の光に包まれる中を、風の転移魔法で上空まで跳ぶ。

「ラ・ステル・マ・スキル・マギステル 光の精霊二千一柱 集い来たりて敵を射て」

 詠唱しながら、軽く目を瞠る。
 タカミチは、一歩もその場を動いていない。
 大砲の集中砲火を受けたかのごとくタカミチの周囲の砂浜は穴だらけなのに、彼が立つ箇所だけは凪いだようにきれいなままだった。
 如何なる手段で補足したのか、視線は間違いなく上空に居るこちらを射抜き。

「魔法の射手――!?」

 パパパ、と気の抜けた音と共に障壁が何枚か弾けた。

「連弾 光の2001矢!」

――――魔法の射手 連弾 光の1001矢!

「っ収束!!」

 何をされたかは分からない。
 だがどうやら、タカミチは高速の魔法の射手を、正確に己に命中する分だけを打ち落とせ、加えて数十メートルの距離を抜いてこちらに攻撃する手段を持っているらしい。


 にしてもどういう威力だ今の攻撃!? 常時展開障壁って言っても、僕のソレはたった一枚で大砲程度なら防げるのに!

「流石にっ、これは受けられないな」

 動きも速いなっ!

「追跡!」

――――魔法の射手 連弾 光の1001矢!

 目で追うのが精一杯だった。
 一瞬でこちらの背後に回ったタカミチに、振り向きざまに魔法の射手を放つ。

「っく!」

 魔法の射手の幾つかが吹き飛ぶのと、僕の障壁が数枚弾けるのは殆ど同時だった。
 これは、拳圧か。
 ズボンのポッケに入れた両手を、まるで居合いのように打ち出している。
 なんて馬鹿みたいな技術だ。
 どれだけ精緻に気を操れば、ソレを為すことが出来るというのか。
 連射速度も凄まじい。

「おっと」

 迫る追撃を、慌てて右に跳びつつ躱し今度は雷の暴風を放つ。
 追跡させている魔法の射手計3002本との挟み撃ち。

「すごいな、誘導しながらこれか!」

 再び、消えたかの如き速さで移動される。
 それも僕の進行方向の真上に。

「近接は苦手かな?」
「まあね――!」

 顎を目掛けて蹴り上げられる。
 障壁を一枚抜かれたが、同時にその衝撃でタカミチの体勢も崩れた。

「この!」

 突き出した杖は軽々と躱されるも、同時に発動した白き雷の余波までは殺せなかったようで、タカミチは大きく吹き飛んだ。

「ぐ!?」
「発動補助! 魔方陣展開 展開 展開!」

 叫びながら無詠唱で雷の暴風を装填し、杖を突き出す。

「そら!」

――――雷の暴風 四重 開放!!

 三面の魔方陣と僕の杖、それぞれから魔法を放つ。
 一撃で山を削り取る威力を持つ雷の暴風の、4発同時発動術式。
 威力を求めてというよりも、いやにすばしっこい動きをするタカミチに躱されるのを防ぐのが目的だった。

「はぁっ!?」

 だから、それが相殺されて、あまつさえ突き抜けてこちらに届く攻撃なんて想定もしていなかった。

「嘘……だろこれぇ!」

 一瞬で障壁の凡そ七割が吹き飛んだ。
 慌てて張りなおしつつタカミチの死角に転移する。

「変わった障壁の使い方だね」

 補足されてる!?
 扉は確かに転移する先の場所が丸判りだけど、それにしたってこうもやすやすと!

――――魔法の射手 連弾 光の1001矢!

「追跡!」

 叫びながら再び転移。
 次の瞬間、寸前まで居た場所を巨大な空気の塊が駆け抜けた。
 さっき食らったのはこれか! っていうかこれも拳圧かよ!

――――風障壁!

 理解する暇もあればこそ、再びその攻撃が迫るのを今度は風障壁を用いて防ぐ。
 常時多重展開障壁はかなり自信のある術式だが、流石に一瞬で七割も吹き飛ばされては再展開が面倒すぎる。
 いや別に不可能とかでは無いのだが、いかに僕とて脳のリソースは常人より遥かに優れているといっても結局は人の範疇なのだ。たぶん。

「っだから、連発は勘弁して欲しいなあ!!」

 ズガガガガ、と凄まじい音と衝撃が空間を揺らし、まるでビームのようなタカミチの拳圧と僕の障壁が鬩ぎあう。
 転移する余裕も無く、何とか空中を高速機動しつつ振り切りながら無茶苦茶に追跡性能付きの魔弾をばら撒いた。
 魔法の射手の誘導精度は実際それ程高くない。
 あの転移のような一瞬の移動を、二回もされれば振り切られるだろう。
 だが、この空を埋め尽くす量の魔弾。
 合計で一万発を超えようか。
 流石にこれら全てを振りれはしまい。


 予想通り、タカミチは何度も移動しながら振り切れない分を威力の低い方の拳圧で打ち落としていた。
 もっとも、その拳圧の量もかなりすさまじい。一瞬で千は放射しているんじゃないか何だあれ。

「うわ!」

 お陰でいまだ魔法の射手の連発は途切れさせれず、それでも一瞬出来てしまった間隙に馬鹿げた威力の拳圧が迫るのを慌てて転移で回避する。

「ええっと……、どうするかなぁこれ」

 タカミチの戦闘方法について理解出来たことは多い。
 先ず動きが信じられないほどに速いということ。
 移動というよりも転移といったほうが近いような動きと速さで、ややもすると見失いそうになる。
 通常の空中移動の速度はむしろ遅いくらいなようだが、この移動術のせいで捉えるのは非常に難しい。
 次に遠距離に飛ばしてくる風の塊。
 正体はどうやらただの拳圧のようだが、威力は小さいほうでも恐らく僕の魔法の射手と互角以上。
 連射が可能な上に、壱千前後の同時発射も可能。
 でかいほうにいたっては雷の暴風を突き抜けてくる威力。
 低威力と違って多少貯めが必要っぽいがそれでも十分な速度で連射が可能、っと。
 何それすっごいうらやましい。僕も覚えたいぐらいだ。
 って、ああもう!

「使い勝手が良すぎだよねそれ!」
「苦労して身に付けたからね」

 雨霰と魔法の射手をばら撒きながら何とか脳のリソースをやりくりし、ようやく数回分の風障壁をストック出来たので攻勢に移ろうとして。
 そう考えたのを見計らったかのようなタイミングで、僕の正面にタカミチが現れた。

「っ近接が得意なのかな!?」
「そうでもないが、あれほど魔法の射手を連発されれれば近接で戦いたくもなるさ」

 殆ど反射的に雷の暴風を放つが、今度はひらりと躱される。

「くそっ」

 ズガン、と高威力の拳圧が僕の風障壁に激突した。
 一発、二発、三発。

「調子に――!」
「む!?」
「――乗るなぁ!!」

――――雷の斧!

 頭上からの振り下ろし。
 やはり拳圧に吹き飛ばされたが、上空に放った分隙が出来た。
 正直、殆ど苦し紛れに過ぎない行動だったけど。

「へぇ、なるほど」
「くっ!」

 掴んだぞ、その攻撃の欠点!
 パパパ、と威力の低い拳圧が僕の障壁を破るが、気にせずに再び雷の斧を、今度は間を置かずに連発しつつ、口を開く

「発動補助」
「まさか――!」

 僕のやろうとしていることを察したのか。
 この戦いで初めて顔色を変えたタカミチが超高速移動で逃げようとするが、それを僕も追うように転移して補足し続ける。


 タカミチの放つ拳圧は、先ほど考察したようにかなり優秀だ。
 威力の低い方でもその連射速度は僕の魔法の射手を打ち落としつつこちらに攻撃を届かせる程だし、高威力の方に至っては雷の嵐を突き抜ける威力。
 だがそれは、こちらが馬鹿正直に真正面から魔法を使うからこそ攻防一体になっているのであって。

「魔方陣展開 展開 展開」

 魔方陣を展開しつつ、雷の斧を上下左右から放ちまくる。
 真正面から撃たれない限り、相殺されようと威力の高い風弾は僕を捕らえることは無く。
 そして威力の低いほうの風弾は、よほどの速度で連発されない限りは僕が障壁を張りなおす速度を上回れない。

「近接は得意じゃないって言ってなかったかい!?」
「あれだけピョンピョンピョンピョン逃げまわられたら、近接で戦いたくもなるさ!」

 最早、形勢は定まった。
 未だ双方共に殆ど無傷ではあるのだが、僕はもう殆どタカミチを詰ます姿勢に移っていた。
 それが、油断になったといえばそうなのだろう。
 あまりにもタカミチの戦い方には隙が無さ過ぎた。
 僕みたいな、中威力の魔法を無詠唱で連発出来る例外を除いて、彼に勝てる者は居ないのでは無いのかと思わせる程の強さ、完成度。
 それを打ち破った。打ち破る道筋を見出せた。
 だから、戦法を破られたのなら次の一手を打つという、当たり前の行動を予測出来なかった訳だ。


 障壁が轟音と共に吹き飛んでいく。
 タカミチが雷の斧への相殺を止めて、こちらへの攻撃に切り替えたのだ。
 それだけで、再び僕は障壁の大部分を失った。

「……何それ?」
「っがぁああ!!」

 だが、その行動に何の意味があるというのか。
 白光放つ雷撃に包まれ、獣のような咆哮を上げるタカミチに、白けた声で問いかけた。


 雷の斧が中威力と言っても、そう馬鹿に出来たものではない。
 僕の魔力の篭められたそれは殆ど理論上の最大威力を誇り、例えばタカミチと同じくらいのコンクリート塊を蒸発させるくらいには強力な代物だ。
 それに耐え、あまつさえ倒れなかったのには驚かされたが、それがどうした。
 確かに僕も障壁の殆どを失ったが、例えもう一度高威力の拳圧を僕に当てたところで、同時に当たる雷の斧には耐えられまいに。

「終わりだよ」

 少々、不機嫌な声が出たかも知れない。
 僕の想定した詰みよりも、拍子抜けた終わり方になってしまった故に。
 だから、はい止めと、振り下ろされた雷の斧を相殺される所までは予想していても、その隙に僕の懐に潜り込むように近づかれたことに、はっきりと動揺した。
 してしまった。
「な――」
「……格闘は、得意かな?」

 殆ど、同時に三発。
 拳が迫り、同数の障壁が弾ける。
 タカミチの攻撃はとまらない。

「ちょっ……!」

 どれだけ自失していたのか。
 先ほどの風弾で失った分と合わせ、この戦いで初めて僕の体が無防備となった。
 なってようやく、僕は硬直から立ち直る。

「でもそれは迂闊だったね!」

 叫びながら杖を横向きに薙ぐ。
 身を沈めるようにして躱され、顎先に拳が迫るのをこちらは仰け反るようにして回避。

「素人同然の動きだ」
「だから弱い……なんて思うなぁ!」

 追撃で放たれた蹴りを左手で受け止めつつ右手を突き出し、杖による大振りではなく掴んだままの拳を見舞ってやる。
 手首を掴んで受け止められ、同時に振り下ろし気味の拳が迫るのをようやく張られた一枚目の障壁で防ぎ、左手から白の雷を放射。
 肘から蹴り上げられ、明後日の方向に放たれるそれに視界が眩む隙に、拳が腹部に突き刺ささった。
 この戦いで、初めてタカミチが僕に触れた瞬間である。
 格闘に持ち込まれたのは想定外だったが、それぐらい僕は優位にことを運べていた。
 ようやく届いた拳も、所詮はこの程度。

「む――!?」

 まるで大木を殴ったようだ、なんてタカミチは感じたに違いない。
 障壁を失えば、見た目どおりのヒョロ餓鬼だとでも思っていたのか?
 優位さを見せ付けるように嗤って、思いっきり頭突きを見舞ってやる。

「ぐぅ!?」
「っち――!」

 脳を揺らせればそれで勝負を決められたのだが、そこまで柔では無いらしい。
 追い討ちで放った雷の暴風を瞬間的な加速で躱し、僕の左上に移動しつつ放ったタカミチの拳を障壁で受け止め、転移する。

「逃がさないよ!」
「逃げられてるのはこっちだよね!?」

 連続で転移をかけるも、まるで読まれているように転移先に現れるタカミチにそう悪態をついた。
 距離を取るのは諦め、再び格闘の応酬。
 タカミチが指摘したとおり、僕の格闘術は素人その物だ。
 それでも一応打ち合えているのは、僕が並外れた魔力で身体強化を行っているからに過ぎない。
 加えて、僕の多重障壁術式は再展開の速度も優れている。
 流石に格闘しながら無詠唱魔法を連発している今の状況ではその速度も大分劣化はする。
 それでも数回打ち合う頃には僕は一枚目の障壁を張りなおせて、そこで攻勢に移れる故にタカミチは僕を攻め切れない。


 拮抗は、唐突に終わった。

「……なるほど」

 タカミチが何かに納得したように一つ頷き、至近距離から抜けて数メートル距離を取ったのだ。

「その移動術も便利そうだね。僕にも後で教えてよ!」

 叫びつつ、何のつもりかと一瞬戸惑って。
 答えは直ぐに出た。

「やべ――!?」
「その障壁の再展開速度、常識外れではあるようだけど、実際はどんなものかな?」

 ばれた!?


 僕の、この常時多重展開障壁は、恐らく世界でも僕くらいしか出来ないだろう。
 少なくとも、アーニャには無理だったし、僕が知る限りの伝聞含む魔法使いにも、似たようなマネと思われる例は見つけられなかった。
 正体は、本当に酷く単純なもので、一般的な魔法使いの誰もが普段周囲に張っている障壁に過ぎない。
 僕はそれを有り余る魔力と天才的と自賛する頭脳の計算速度を用いて強固にそして多重に張り巡らしているだけなのである。
 そう、ネギ・スプリングフィールドが天才である所以は、父譲りの莫大な魔力を持つというだけじゃない。
 物事を一瞬で把握し、理解し、思考し、そしてそれをすぐさま行動に移せ、しかもそれを複数平行して行える。
 その並外れた有能さを持つ頭脳もまた、彼が天才である所以なのだ。
 莫大な魔力と、天才的な頭脳。
 この二つが揃っているからこそ僕は常に障壁を多重に展開なんてマネを出来るし、或いは殆どの魔法を無詠唱で、しかも一瞬で発動できる。
 だが、当然僕の頭脳が如何に天才的といっても限度は当然にある。
 その限界の一つ。
 無敵の筈の多重障壁の、恐らく現状でタカミチが取れる唯一の攻略法。
 先ほどの格闘を行った時に気付いて以降ずっと危惧していたソレ。

「ああもう、うざったいなぁ!!」

 ようは、僕の障壁再展開速度を上回る拳圧の高速連発!


 本来ならそれは不可能なはずだった。
 僕は別に、この多重障壁を過信している訳ではない。
 恐らく精々が砲弾の一発を防ぐのが限界であろうそれは、敵の攻撃を防ぐというよりも牽制や余波に意識を取られないようにという意図の方が強いのだ。
 躱せる攻撃は躱すし、障壁で防げない威力の攻撃は風障壁で防ぐ。
 だが、一端障壁を全て失い、現状でも一割にも満たない程度しか張りなおせていない今のこの状況は。

「相性良いって思ったんだけどなさっき!」
「それが僕にも言えただけのことだろう――!」

 転移で逃げても回り込まれ、試すまでも無いが風障壁を張っても同じだろう。
 このままでも、後一分は持つ。
 逆に言えば、一分で僕は障壁を全て破られる。
 苦し紛れの魔法の射手も、障壁の余命をほんの数秒先延ばしにするだけだ。
 連発しても、その分脳のリソースが割かれれば結局それじゃジリ貧じゃぁないかくっそ!

「どうしよう、どうすれば……」

 いや、ぶっちゃけ一つだけ手立てはある。
 タカミチのあの転移染みた高速移動は、転移と違って始めと終わりに硬直を生じているのだ。
 僕の反応速度を以ってしても付け入れないほどに小さな、隙とも呼べぬ程のモノではあるが。
 だが反面、それ以外のタカミチの通常の移動は僕と比べれば全然大した速度じゃない。
 つまり転移を用いずに全速の空中移動で逃げれば、タカミチは僕を捕捉出来ないわけだ。
 そうすれば障壁を張りなおす時間は容易に稼げる、けど。

「…………」

 却下だ。
 僕が欲しいのは完全勝利。
 そんな卑怯な真似をして勝っても、それじゃあ僕自身が勝利に価値を見出せない。


 さてじゃあ、この場で僕が取れる最善とはなんだ?
 雷の斧を使うか、タカミチはどうする? 防ぐか、躱すか、それとも相打ち覚悟で高威力の拳圧?
 どれをとってもダメージは避け得ない。
 防いでくれても、躱されても、この速度じゃ結局ジリ貧。
 ならその隙に至近での格闘に戻すか?
 ダメだたぶん逃げられるだけだし、そうならずとも決め手に欠ける。

「なら、どうする?」

 呟いて、ごくりと喉を鳴らす。
 そこで初めて、痛いくらいに喉がひりついているのを自覚した。


 例えもう一発、相打ち覚悟で雷の斧を見舞ったとしてもそれではタカミチは倒れないだろう。
 先ほど一撃を喰らわせた時に比して、随分と動きにキレが戻ってきているように思う。
 それは別に、このまま回復されたら対応しきれなくなるという程のものでは無い。
 現在あと三十秒ほどに迫った障壁の寿命を、更に一秒縮めるかというそれだけだ。
 だが、一撃で仕留められないというのは非常に苦しい。
 僕の体は、あの高威力の拳圧を何発耐えられる?
 低威力の拳圧を顔面に喰らいながら、僕は果たして平静を保って魔法の発動が出来るのか?
 後二十五秒。


 いや待て、あるじゃないか! 一撃で決める方法が!

――――逆巻け 春の嵐!

 障壁の再展開に全リソースを振り分けていた魔力を全てカットしつつ、タカミチを見据えながら両手を顎を覆うように突き出す。
 衝撃が両手に響くのを何とか堪え、春の嵐が発動したのを確認して限界距離まで転移。
 見失ってくれてたら最高だったが、タカミチの両の目はしっかりを僕を捉えていた。
 直後、その姿が掻き消える。

――――雷の斧!

 その音速すら飛び越えているだろう常識外れの移動を何とか目で追い、進行方向に合わせて雷の斧を振り下ろす。
 僕の言えた義理では無いが、一体どういう反射神経と判断力を持っているのか。
 当たる直前で強引に進行方向を捻じ曲げたタカミチに呆れつつも、誘い込まれてくれたことに安堵の吐息を漏らした。

「その馬鹿げた威力の拳圧さぁ――!」

 今の一瞬で、稼げた障壁の枚数は十数枚。
 低威力でも一秒持つまいし、高威力には障子紙も同然の代物だろうけれども。

「む――!?」

 流石、というべきか。
 一瞬の交錯で、タカミチが選んだのは高威力の方だった。
 低威力と比べて、あくまで比べてというレベルではあるが幾らかの貯めが必要なそれ。
 選んだのは、こちらが既に相打ちの覚悟を固めていると理解した故か。
 それとも低威力では、障壁を破るまでにかかる時間が僕の魔法発動よりも多いと読みきって、なのか。
 どっちでも良い。どちらもが良い。


 魔方陣はとっくの昔に装填されたものが展開済みで、それが逆三角形を描くように、限界まで大きく広げて配置されている。
 あたかも、タカミチを包囲するように。
 これを設置した時点では、まさかここまで長引いた末のギリギリの状況で使うとは思わなかったけど。
 でも、今度こそ、これで終わりだ。

「まさか全方位に放てたりはしないよねぇ!」
「うおおおおおおお!!」

――――雷の暴風 四重 開放!

――――七条大槍無音拳!

 三枚の魔方陣と、僕の杖。
 四方からの雷の暴風の同時発射と、タカミチの正面から放たれたもういっそ宇宙戦艦にでも搭載しろよと呆れるしかない極太のビームが放たれたのは、殆ど同時だった。




 体が、酷く痛む。じくじくと、全身が焼きただれ皮膚があわ立っているようだ。

「は、……は、はっ」

 息が、出来ない。
 いや、息の仕方が思い出せない。
 空気を幾ら吸い込んでも、楽になった気がしないのだ。
 足りないのだろうか。
 もうきっと、肺は風船みたいに膨らんで居る筈で、それとも錯覚に過ぎないと?
 もっともっと、破裂するまで吸い込んだ方が良いのか。

「――ぁはっ、はっはっ」

 世界が遠い。
 或いは、近いのだろうか。
 分からない。
 適切な距離を保てて居ないのは確かだ。
 光が明滅している。
 虹が自ら光り輝けば、ソレを以って世界を織り上げれば、人の目に世界はこう映るに違いない。

「はっはっ」

 自分が酷く混乱しているのは理解できた。
 同時に、酷く冷静にソレを判断できることが不思議だった。
 痛みは、まだ消えない。
 回復には、もう少しかかるだろう。
 もう少し?
 何だ、じゃあ結局、そんな程度のモノだったのか。

「はっ……はーっはっはっはぁあはははははは!!」

 自覚して、哄笑した。もしかしたら、息を整えていたわけではなく、最初から嗤っていたのかも知れない。
 酷い混乱、世界の錯誤。
 それが一体なんだというのか。
 タカミチの存在を知覚している。己が何処に居るのか判る。
 状況を、把握できる。理解できている。
 つまり、戦闘に一切の支障は無い!

「はっはははぁ! おいおい何だこれ! 怖がってた僕が馬鹿みたいじゃあ無いか!」

 痛みが消える。治癒が終わる。
 過剰なほどの魔力を吸収していた身体が漸く落ち着いて、余剰魔力を吐き出した。
 瞬間、世界が実を取り戻す。


 なるほど、これがアドレナリン全開な気分というやつか。

「戦闘狂って人種の気持ちが、今はすっごい理解できるよ」
「……それは、良かったねと言うべきなのかな」

 言葉こそしっかりしたものだったが、僕の目から見てタカミチの姿はぼろぼろだった。
 全身の至る所から黒煙を吹いている。焦げ臭い匂い。
 ただし、死に体では無い。
 無詠唱体質であるタカミチは治癒魔法を行使できないが、気や魔力をめぐらせるだけでも人間の体は意外に回復するものらしい。
 とはいえ、限界だろう。
 十全の体捌きは望むべくも無し、それで既に全快しつつある僕との戦いを続けられるとは思えない。
 体勢を保持することも辛いのか、ゆっくりと地に向かって下降しつつあるタカミチを追いながら、杖を振り上げる。
 別段、無意味な行動という訳ではない。
 僕はまだ、彼からソレを聞いては居ないのだから。

「続ける?」
「いや、やめておくよ。というか参った。うん、もう無理。完敗だ」

 浮かれた声で問いかけたのをまだ戦いたがっていると捉えたのか、タカミチは少々慌てた声で降参を返してきた。

「そっか」

 勘違いされたことへの羞恥に、意識して抑えた声を返す。
 勝った。
 タカミチに。
 世界にそうと認められた、紛れも無い強者から勝利を得た。
 身体は未だに、火が付いたように熱くて堪らない。
 その高揚に、冷める暇なくくべられた勝利という美酒。


 良いよね。
 ここで喜ぶのって、別に良いことだよね。
 全力を出し尽くした結果だし、瑕一つ無い完全無欠の大勝利だ。
 タカミチだって不快に思わないだろうし、別に僕自身もクールを気取っている訳ではない。
 何故かそう誤解されやすい所はあるけれども。
 だから。

「いよっしゃあああああああ!! っ勝ったあああああああああ!!!」

 叫ぶ。
 魔法学校を卒業した時だって、これほどまでの喜びは味わえなかった。
 だって、そうだろう?
 2年飛び級? 主席卒業? 他者から下される評価に、一体何の意味がある。
 僕が欲しかったのは、そんなものじゃない。
 僕が本当に欲しいのは、大人たちからの評価なんかじゃない。


 ずっと、不安だったのだ。
 僕はあの冬の日に比べて、ずっとずっと強くなった。
 でもそれは、果たしてもう一度同じことが起こった時に、それを撥ね退けられることを意味するのか?
 その答えが、遂に出たのだ。
 望んだ答えが、返ってきた。
 まだまだ遠い。
 全然遠い。
 永い永い道のりの、たかだか一里塚にようやくたどり着いたに過ぎないのだろうけれども。


 いつの間にか、視界がぼやけていた。
 それを拭いもせずに、僕は更に声を張り上げる。
 そりゃ涙くらい零れるさ、当たり前だ。
 だってこれは。
 常夏の、一杯に広がる青空に、ちらちらと白い物を幻視して。
 振り払うように、いっそう声を張り上げる。
 聞けよ世界。
 これは、産声だ。


 ネギ・スプリングフィールドは、あの冬の日に再び胎児に戻された。
 そしてこれまで、胎内に守られざるを得なかった。
 その赤ん坊が遂に産まれた、とうとう上げた、歓喜の産声。




 それを、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは酷く冷めた視線で眺めていた。
 別荘にあって外に張り出されるように作られたテラス。
 仕合開始の号令を出して以降、エヴァは巻き込まれては敵わんとそこに引っ込んで、従者に給仕をさせながら観戦していたのだが。

「全く、あの男の息子がどんなモノかと思っていたが、……なんとも退屈でつまらない仕合だったな」

 決着のついた戦いを、そう一蹴する。

「そう、なのですか?」
「ケケケ、ゴ主人ハアノガキガ思ッタヨリモ強イカラ焦ッテルダケダロ?」
「うるさい」

 普段通りというべきか、茶化しに来たチャチャゼロを蹴り飛ばして黙らせつつ、紅茶で唇を湿らせる。

「イッテーナ。図星ツカレタカラッテ蹴リトバスコトハネーダロガ」
「ふん、だがお前も同意見なんだろう?」

 むしろ、チャチャゼロの方が落胆という意味では強いはずだろうと。

「マアナ」

 エヴの予想通り、チャチャゼロは起き上がるとあっさりと頷きを返した。

「全く、付き合わされたタカミチも良い面の皮だな。まぁ、奴が未熟だったのも悪いのだから、同情はせんが」
「その、何故退屈でつまらないのでしょうか?」
「む?」
「ハァ?」

 そんな二人とは裏腹に、茶々丸だけは彼女らが通じ合っている理由を理解できないらしい。
 問われた声に、エヴァは一瞬考え込んだ。
 茶々丸は、エヴァにとっては2年前からの従者だ。
 そのポテンシャルは恐らく長きに渡って従者を任じさせていたチャチャゼロを遥かに上回るが、経験といった観点から見れば遥かに劣る。
 いや、はっきりと皆無と断じても良い。


 茶々丸はロボットだ。 
 故に経験は本来なら知識や記憶をインプットすれば事足りる。
 少なくとも、製作者である葉加瀬の言ではその筈なのだが。

「まぁ、私も信じては居なかったが、やはりそうか」
「はい?」

 如何に発達した文明といえども、戦いの機微というものは流石に知識や経験をインプットすればそれで良い、という訳にはいかないらしい。
 もっとも、そうでなければロボットではない一応生物の一種であるエヴァとしても多少矜持を傷つけられた気分にさせられたろうが。

「茶々丸から見て、坊やとタカミチの戦いはどう映った?」
「それは、あの戦いの内容を解説せよという意味でしょうか? それとも趨勢を分析せよという意味でしょうか?」
「どちらもだ」

 つまらないものを見せられた為にエヴァの機嫌はかなり下降気味で、多少は慰めになれば良いなと投げやり気味に問う。
 あの酷く面白みに欠ける戦いは、やはり面白みに欠けるこの従者の目にはどう映っていたのか。

「ネギ・スプリングフィールドの戦法は常時多重展開された障壁と無詠唱の扉、そして無詠唱の魔法の連発に拠るものです。恐らく本来は――」
「っておい、待て待て待て待て!」
「はい?」

 こいつは、私を一から十まで説明しなければわからん小娘だとでも思っているのか。
 そう睨みつけるが、茶々丸はいっそすがすがしいほどに真面目な表情だった。
 いやぶっちゃけ無表情なのだが、そこに込められた“感情”を察せられないほどエヴァと茶々丸の付き合いは短くない。
 ええい、融通の利かなさはまさしくロボットその物の癖に、無駄に表情豊かになりおって。

「一言で良い。貴様の目から見て、あの戦いは如何なるものだったのか。一言で例えてみろ」
「例え、ですか? ええと……」

 呆れつつもそう念押すと、茶々丸は戸惑ったように黙り込んでしまった。
 これは、その、何だ? 考えているのか?
 科学者でもない魔法使いのエヴァは当然、ロボットが考える、その思考速度がどの程度のものか想像もつかない。
 中々答えを返さない従者に、ロボ相手に少々理不尽な質問だったか、まさかふりーずとやらはしてないよなとエヴァは少々不安を覚えた。

「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「――おい」
「……詰め将棋」

 沈黙と、そこからの不安にエヴァが根をあげたのと、茶々丸が答えを返したのは殆ど同時のことだった。
 知らず、感嘆の吐息を漏らす。

「どうして、そう思った?」
「あの二人の戦いは、非常に高度で、そしてとても洗練されたものでした。或いは、最適化されているとも言えます。そしてそれは、ネギ・スプリングフィールドの方が強く言えるでしょう」
「そうだな、私もそう思う。タカミチは坊やのそれに付き合わされただけだ」
「ですから、疑問なのです。戦いとは、戦術の妙を競うモノ。そしてその評価は、両者の戦術が如何に高度にかみ合うかで下されるモノの筈です。彼らの戦いは、まるでよく出来た詰め将棋のように素晴らしかったと、私はそう判断しています。なのにどうしてお二方の見解は違うのでしょうか」
「アーアーアー。ナァゴ主人、コレ言ッテモ無駄ナンジャネーカ?」
「……そうだな。口で言って聞かせるものでは無いかも知れん」

 茶々丸の言は、その実正しい。
 だから、エヴァやチャチャゼロが彼らの戦いをつまらないと断じた理由は、結局のところ矜持の問題だ。
 己が意思を通す為に、武力という手段を用いることを選んだ者としての、矜持。
 或いは、敬意と言っても良い。


 エヴァに言わせれば、アレはそもそも戦いと呼べる代物ではない。
 最も近い例えをあげようとすれば、やはり茶々丸の言の通りなのだろう。
 戦闘その物を指している訳ではない。
 アレはその結果と呼ばれるモノの方で、いわば指し手の意識の問題だ。
 それが滲み出ていて鼻に付く。だから“つまらない”。


 常時多重障壁、無詠唱魔法、莫大な魔力を用いた身体強化に、同じく莫大な魔力を用いた治癒魔法。
 差し詰め、“ぼくがかんがえたさいきょうのまほうつかい”と言ったところか。
 子供の考える机上の空論をそのまま形にしたような、そんな無様ささえ感じる。
 戦闘に、絶対は無い。
 誰もが弁えている常識を、どうやらあの素人は理解して居ないらしい。

「まぁ、見事だよ。ガキが、さぞや知恵を振り絞ったのだろうな」

 丁寧に一つ一つ、己が敗北の可能性を潰していった、石橋を叩いて渡るような戦術。
 徹底したごり押しは、同じ土俵にすら上げさせないという執念の代物か。
 そんな、言ってしまえば何処までも保身に満ちた戦いぶりだった。

「下らん」

 心中を満たす落胆を、不快感と共に吐き出す。
 だが半面、彼女はそれと同じくらいには、同情もしていた。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルには理解出来ない。
 彼女は元々は何の力も無い少女に過ぎなかった。
 それが、非常に長い時間をかけてここまで強くなった。
 だからこそ、あの年で、あれほどまでの力を身につけてしまった子供の心理など理解できるわけも無い。

「ふむ……」

 だから、つい気まぐれが働いたのだろう。


 元々、殺すつもりは無かったのだ。
 目的を果たす為のついでと思えば、あの世間知らずの坊やに世界の広さを教授してやるのも悪くない、のかも知れない。
 というか、あんなつまらない奴と結局戦わざるを得ないとなっては、多少は愉しみを見出さなくてはやってられないというのが、正直な本音だ。


 問題は、どうやってそれを為すべきか、である。
 チャチャゼロが指摘したとおり、現状地力に劣るエヴァにとって、ネギ・スプリングフィールドの強さは予想外の脅威と言って良い。
 当然だが、彼の取る戦術は一定以下の実力の持ち主を完全に封殺するものだ。
 もしくは、封殺出来るよう己を高めているともいえる。
 アレに対抗するなぞ、半端なことでは適わないだろう。
 そして、あれ程周到に己の戦術を定めている以上、よもやそれが通用しなくなった時のことを想定して居ないとも思えない。
 まぁ、きっとそれすらもクソ詰まらない戦術なのだろうが。
 つまりネギ・スプリングフィールドを打ち倒すには、彼の想定を上回る必要がある。


 面倒なことになったと嘆息。
 鍵の掛かった箱を開ける為の鍵は、どうやらその箱の中に入っているらしい。
 本当に、さてはて一体どうするべきか、と。
 彼らの戦闘が終結してから、いや開始してから初めてようやく、エヴァは仏頂面に微かな笑みを浮かばせた。

「にしても、さっきから一言も喋らないんだが、そいつ生きてるのか?」
「アン? マー大丈夫ダロ。息ハシテルゼ」




「ったく、ひでー目にあったぜ」
「ご愁傷様。けどまさか闇の福音が麻帆良に居て、しかも守護者の一人になってるなんてね」
「分かってっスよ。別に兄貴を責めてる訳じゃねー」

 アルベール・カモミールから見て、ネギは非常に失点に厳しい少年だ。
 他者に対しても、己に対しても。
 ただし、その見極めは非常にシビアな上、自分で自分が悪くないと思ったらそれを堂々と公言して省みない。
 さっぱりした性格といえば聞こえは良いが、非常に軋轢を生み易い性格だとも言える。
 今の台詞もそうだ。
 カモに対して、僕は悪くないと言っているに等しい。
 それを理解できるからそう返し、やれやれとため息を吐く。


 麻帆良からの、帰り道の途上。
 時刻はもう夕方だが、今だ太陽はそれなりの高度を保っていて、世界が赤く色づくにはもう少々時間がかかる、そんな時刻。

「それにしても、まさか一日時間が取られるとは」
「ダイオラマ魔法球の個人所有とか、腐っても不死の魔法使いってとこだよな。しっかし、良かったのか兄貴?」
「何がさ?」
「その、ダイオラマ魔法球のことっスよ」

 タカミチは、どうやら過去にあそこで修行していたらしい。
 そして、あの戦いの後に、エヴァに対してまた定期的に使わせて欲しいと乞うていた。
 まぁタカミチとしても悔しいのは当然だろう。
 何せ魔法使い見習いの、しかも十歳にも満たない少年に負けたのだ。
 むしろ、良くもプライドを粉砕されなかったものだと普通なら思うところだ。
 そしてエヴァは、そんなタカミチの願いを意外にも軽く了承し、ネギに対しても願えば使わせてやらんでもないと言っていた。
 実際に、ついさっきまでネギはタカミチと鍛錬を行っていて、非常に満足そうでもあったのだが。

「あんな便利な道具なのに、なんで断っちゃったんスか?」
「先ず足を舐めるというのが無理」
「いや、あれはどう考えても冗談っしょ?」
「どうだか。それに冗談はどっちも同じさ。まぁ、例えそうでなくても断ったけどね」

 ネギの言葉の意味が分からずに、カモは首を傾げた。
 どう考えても、ネギは生き急いでいる。
 それは彼が途方も無い夢を目指しているからであって、だからこそあの魔法球はそんなネギにはぴったりの代物だと思ったのだが。

「だってあれさ。入れば入るだけ、余計に年を取るじゃないか」
「は? いや、そりゃ確かにそうみたいだけどよ」
「あんなもの、有難がるのは才無しか不死だけさ。寿命を短くしてまで天才である僕が使うものじゃあ無い」

 そう語るネギの口調は、どこか面白がってる節があった。
 逆にカモは、そのネギのあまりな言い草に顔を引きつらせる。

「タカミチがあれを使って強くなってくれるのならそれも結構。その強くなったタカミチとの再戦だけで、僕はその何倍も経験を得れるだろうし」
「相変わらずっスね、兄貴……」

 いや、何かむしろ更に酷くなってる気がするとカモは思った。
 タカミチからの勝利が、それほどまでに自信となったのだろうか。
 確かにタカミチは本国でもそれと知られた凄腕で、勝利した直後のネギは長い付き合いのカモをして正直引くくらいに大喜びしても居たが。

「それに、寿命が短くなるってことは、その分世界に対して貢献する時間も短くなっちゃうからね」
「世界への貢献んん?」

 何とも似合わぬ台詞に、目を丸くする。

「何さ? カモは僕の夢を知っているだろ?」
「いや、まぁ……」

 無論、知っている。
 そもそも知っていなければ、もしかしたらカモはここに居ないかも知れないのだ。
 だからこそ疑問だった。
 ネギのソレは、確かに傍目からは素晴らしく映るだろう。
 だがぶっちゃけ、その根本は酷く利己的なものであって。
 素晴らしく見えるのは、そんな自分勝手な夢を叶える結果としてついてくるものに過ぎないはずなのだが。
 胡乱な目に、ネギもまたカモの不審の理由に気付いたらしい。
 苦笑して、口を開く。

「僕は確かに、夢さえ叶えることが出来ればそれで良いって人間だけどね? でもわざわざ世界に対してのお零れを減らすほど、心は狭くないつもりだよ?」
「は……はは、ははは」

 笑うしかない、大言だった。
 馬鹿にした訳では無い。


 コレだ。
 コレこそが、アルベール・カモミールがネギ・スプリングフィールドの使い魔となった理由。
 助けて貰った、その恩返しをしたいと思う気持ちもある。
 間違いなく偉大な魔法使いになるだろう彼の使い魔となることで得られる利益に、目が眩んだというのも無論ある。
 だがそれ以上に。
 ネギ・スプリングフィールドの理想を、その実現を見てみたい。
 その結果として、当然変わるであろう世界を見てみたい。
 そう思ったから。
 彼はネギについて行くことを決めたのだ。

「闇の福音に、おれっちも同情しようかね。この兄貴を相手に舐めてかかろうってんだからなぁ」
「なに、なんの話?」
「ああ、実は昨日、兄貴たちの戦いが終わった後で……」

 世界に、紅い帳が落ちてくる。
 ネギ・スプリングフィールドにとって、あまりに濃密だった始まりの一日が、漸く終わろうとしていた。




2013/06/05 文章校正

あとがき

 まだ一日目。
 何かもうどうせ記憶にも残っておられないでしょうから、弁解するだけ無駄かとは思うのですが、一応ご説明させていただきます。
 と言っても理由は非常に単純で、遅筆プラス難産。これだけです。
 これだけの長期に渡る放置にも関わらず一切のアナウンス無しだったことについては、もう一切の弁明もございません。申し訳ありませんでした。
 あと正直言って、以降も流石にこれほど待たせることは無いにしても非常に遅いペース(展開的にも)での進みになると思います。
 なので、どうか気を抜いて上がった時にでも読んでやってください。




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