「あの、一つだけ伺ってもよろしいでしょうか?」
「高音さんでしたっけ? 何か気になることでも?」
おずおずと切り出した彼女に対して、和葉は質問を促す。
「先程から“アニメ”とか“魔王”といった単語が周りからチラホラと聞こえるのですが。その格好は、何と言ったら良いのでしょうか……ご趣味で?」
良い辛いそうに顔を赤らめる高音に対して、平然とした口調で和葉は返す。
「確かにこれはアニメに出て来る魔法少女のコスチュームを真似てますよ。女装趣味はないですから、男物にアレンジしてますけど。あくまで“エキシビジョン”ですから、盛り上げないとですね」
両肘を張って自信満々な様子の彼を見て、周囲の人間の反応は割れた。
冷めた目で見る者と、羨望の眼差しで見つめる者。
「西の人間としてではなく、“深淵の探究者”として試合に挑む。こういう意思表示と捉えていいのかな?」
「そうとってもらえたらありがたいですね。コレを使った技は西洋魔術でも陰陽術でもありませんから」
意図を見事にくみ取った高畑の言葉にホッとした表情で返す和葉。
和葉の態度がふざけていると感じた者たちも、高畑とのやり取りから「なるほど」と頷いた。
「一見ふざけているようじゃが、“深淵”の一端を引き出すにはこの杖が最適という結論に辿りついたからの。かの英雄たちを超えてるやもしれんぞ?」
「詠春さんやナギさんに届くか。いいね。ますます楽しめそうで嬉しいよ」
ユキの思わせぶりな発言に、顔を綻ばせる高畑。
どうやらある程度本気になるらしいことは、場に居る全員にも伝わった。
(ハードルあげてどうすんだよ。ユキ姉……)
(いいじゃない。世界樹の魔力、実際に体感した方が早いでしょ。で和葉、作戦はどうする?)
外部に対する威厳のある声とは打って変わり、能天気な声が刹那と和葉の頭に響く。
(ユキ姉はお姉さんを、刹那は黒人の先生を頼む。その間、高畑さんは俺が足止めする。俺をご指名だからな。刹那、高畑さんについての情報は?)
あえて和葉は高畑の情報のみを刹那に求めた。
あくまでも目標は高畑であり、残りは任せるという和葉の意図を二人は理解する。
刹那はガンドルフィーニを、ユキは高音をそれぞれ眼前に見据えた。
(高畑先生は純粋な戦士です。格闘術に長けてらっしゃいます。それから以前、詠唱魔法は使えないという話を伺ったことがあります)
(完全に後衛な和葉には苦手な相手ね。私か刹那ちゃんが前衛として援護に向かうのが前提かな?)
(そうなるな。足止めと二人の援護に徹するから、早いとこ無力化を頼む)
(オッケー)
(了解です)
向こうの方も作戦会議のようなものをしていたが、もう終わったようだ。
高畑は伸脚などのストレッチ、ガンドルフィーニは銃の調整、高音は胸に手を当てて深呼吸を行っているようだ。
(そろそろか。まずは俺が打ち抜きのショートバスターで先制する。それに乗じて速攻だ。俺も陰から援護するからなるべく早く俺の前衛として戻ってきてくれ)
(ショートバスターとは一体どういった?)
聞きなれない名前に反応した刹那は疑問を返す。
管理局の白い悪魔が好んで使う技、要するにアニメの技だ。
全くアニメの知識がない刹那に対して、その説明で通じるわけがなかった。
(大丈夫だって刹那。“繋ぐ”からそれに合わせてくれればいい。久々にやるぞ。ユキ姉!)
(じゃあ行くよ)
和葉とユキはアイコンタクトを取って一度頷いた。
和葉は深く息を吸った後、目を閉じて呼吸を止める。
――――探索開始
探し物は直ぐに見つかった。
清廉な空気を纏いつつも、春の風のように暖かな光を放っているのがユキ。
純白と言っていいほど、真っ直ぐな色をした魂が刹那だ。
他の面々の魂も感じられたが、ひときわ大きい存在がこの麻帆良にはあった。
そう世界樹である。
煮詰めたシロップのように濃厚な甘い魔力と、高名な神殿に匹敵するほどに巨大な存在の塊。
自分の存在をしっかりと認識できていなければ、容易に呑みこまれそうなほどの碧色だ。
それは蒼穹のように広大で、深海のようにどこまでも潜れそうなほど深い。
ユキが実戦を勧めたのは、これを早期に理解させたいがためということを和葉はこのとき理解した
そんな思案にふける間もなく、和葉の方へユキの魂の気配が近づいてくる。
二人は魂の表層を少しだけ溶かして糸状に編んでいく。
そしてそれを螺旋状により合わせいき、魂と精神の表層を繋いだ。
『同調』
パスを強固にする技法の一つであり、五感や六感だけに留まらず、精神と魂の表層までも繋ぐことができる。
魂と精神の遊離が得意な種である狐であり、その最上位の一柱であるユキとその弟子にあたる和葉だからこそ扱える技だ。
陰陽術でも西洋魔術でも似たような技がないわけではないが、この技は神仙術や妖術の類といった、人のみに在らざるものにしか到達できない領域に近しい。
その特異性を手に入れたからこそ、本来人の身では決して辿りつけない世界の領域に踏み入ることができ、彼は“深淵の探究者”と呼ばれるまでに至っている。
その特殊技法である“同調”を二人は刹那に対しても行った。
次の瞬間、暖かい感覚に刹那は包まれる。
和葉が見ているもの、ユキが感じている風の匂い。
直接映像が浮かぶわけでも、鼻に感じるわけでもないが、刹那の全てを通してそういったものが理解できた。
数年ぶりの感覚だったため、繋がった瞬間は波のように押し寄せて来る情報量に酔いそうになったが、それも直ぐに安定してきた。
そして刹那は、彼がはチーム戦を選んだ意図を理解する。
思考、空間把握、タイミング、それが完璧に理解し合え、統率されたチーム。
それは間違いなく理想のチーム像であり、今の三人がまさしくその状態だ。
刹那は夕凪をしっかりと腰に携え、臨戦態勢を取った。
そんな両陣営の様子を傍から伺っていた学園長が声をかける。
「和葉。高畑君、準備はよいかの?」
「いいぜ爺さん」
「僕たちも大丈夫です」
和葉と高畑。
ユキと高音。
刹那とガンドルフィーニ。
それぞれが相手を確かめるように対峙する。
両陣営ともどうやら同じ組み合わせを選んできたらしい。
冬の夜風が場に更なる緊迫感を運んでくる。
学園長が静かに右手を掲げた後、誰もが息を呑んだ。
そして号令を待つ。
「では、はじめっ!」
「『ショートバッ!!?』―――っったああああ!!!」
開始と同時に前方へ飛翔、杖を振り抜き構えた和葉。
だが杖先に魔力が収束し始めた瞬間には、いきなり後方に弾き飛ばされていた。
防御障壁で高畑からの見えない攻撃に耐えたが、障壁ごとノックバックを受ける。
球状の障壁によって抉られた無残なタイルの跡がその威力を物語っている。
「和君!」
先制攻撃を失敗した和葉。
繋がっている感覚から無事を悟りつつも、彼の様子が気になる二人。
「『狐火!!』 今の内に距離とって!」
ユキは両手からそれぞれ蒼い焔を放つ。
右手の焔は三匹の狐状に形を変えて高音に襲いかかる。
もう一方の焔は和葉と高畑の間を遮るように壁状に展開し燃え盛った。
「サンキュ。 『アクセルシューター』」
ユキによる狐火の壁が吹き飛ばされる様にして消されたが、消失した瞬間に合わせ、一六に及ぶ桜色の弾丸が高畑に向かって飛翔する。
光弾一つ一つが意志を持つかのように舞い、でたらめな桜色の軌跡を描く。
アクセルシューターとは魔法の矢を独自に改良して、アニメの再現を試みた魔法の一つである。
操作に高い集中力を要するが、驚異的な誘導性能を誇り、不規則な軌道と緩急をからなる攻撃を読み取ることは非常に困難だ。
実際、先制攻撃に成功した高畑も今はバックステップで回避しつつ、時折ヒットしそうになる弾を拳で弾くので一杯のようだ。
しかし軽く弾いた程度では再び襲いかかり、纏わり付く光球に対して苦い顔をしていた。
「独自呪文!? この速さと動きは厄介だな。受けとめるにも厳しいか」
場を動かず操作に徹していた和葉だったが、身に纏う魔力が増大したのを感知して次の一手を繰り出す。
「突っ込ませるか! 『魔法の射手 連弾光の1001矢!!』」
自らの正面に光の弾幕を新たに張り、進路を塞ぐ。
和葉の読み通り、高畑は被弾しながらも突っ込んできた。
しかし、高畑が一気に加速した方向は正面ではない。
何しろ目の前の少年は杖の形を槍状に変形させ、更に魔力を杖先に蓄えて構えているのだ。そんな所に飛びこむほど高畑は自惚れてはいない。
だから高畑が弾幕を突破したのは――――比較的弾幕の薄い上だ。
いくつかの弾と矢を被弾しながらも、和葉を見降ろせる位置をとった高畑。
和葉はとっさに魔力光が収束した杖を上に向けるがもう遅い。
初撃よりも遥かに強力な一撃を撃ち降ろす・
足元のタイルが突風と共に粉々に砕け、土埃が一陣に舞う。
「……手ごたえはあったはずだ」
和葉はまだ若いとはいえ、英雄の息子であり二つ名持ちの人間だ。
この程度ではまだ終わるとは思えないと判断した高畑は、油断せず足元からの攻撃に備える。
額から僅かな血が流れ、汗と混じり合って地面に落ちていくのを高畑は眺める。
仕掛けるとしたら視界が晴れるのと同時のはずと、高畑や周囲の観客は踏んでいた。
そして危惧していた通りに、和葉からの反撃はあった。
しかし視界が晴れるよりも早いタイミングで、それも足元からではない。
高畑の体よりも遥かに巨大な直径の砲撃が背後から襲いかかる。
高畑は振り向きざまに全力で迎撃するが、後手のため威力が乗らず砲撃に押し負ける。
そして高畑は桜色の閃光に呑みこまれていった。
和葉と高畑の探り合いの一方、ユキと高音の戦いはユキの圧倒的な優勢だった。
「行きなさい!『百の影槍』」
高音の背後から無数の黒い槍が伸び、ユキに襲いかかる。
ユキは狐火を槍のような形状に変えて振るい、その全てを打ち払っていた。
元々胸を借りるつもりで挑んだとはいえ、天狐との実力差は明らか。
開始して1分も経たないうちに既に他の使い魔は潰されている。
それでも必死に食らいつく高音。
援護を求めようにもガンドルフィーニも防戦中だ。
たびたび向こうで交わされる剣劇の余波が彼女の傍を掠めていく。
事実ユキと刹那の連携は上手かった。
ガンドルフィーニと同一射線上に並ぶときはよく狙われ、逆に攻撃を仕掛けようとすれば味方が邪魔になるような位置取りをしている。
下手をすれば同士討ちだ。
高音とガンドルフィーニは普段からよく仕事で組んでいる。
そのため相性が悪いどころか、むしろかなり良い方だ。
集団戦の戦い方はもちろん心得ている。
しかしそんな二人も、感覚を共有しているユキと刹那のコンビ相手では、不利にならない位置取りに気を払うのが精いっぱいだ。
たまにガンドルフィーニの銃弾がユキの足を止めることがあるが、遥かに格上の相手をしている高音からはフォローを出せないままでいた。
そんなままならない状況に彼女は歯噛みする。
「ならっ、もう一度!『百の影槍』」
放たれた槍がユキに襲いかかる。
しかし今度は払うまでもないとばかりに、前へ転がり込むようにして回避される。
ユキに接敵を許しつつも、巨大な黒衣仮面の使い魔『黒衣の夜想曲(ノクトウルナ・ニグレーディニス)』によって彼女の槍を薙ぎ払う。
横薙ぎの一閃がユキの腹部に命中し、華奢な体が水平に弾かれる。
「効いたっ!」
ようやく届いた一撃に顔を綻ばせる。
『リ・リック・トリック・リアライズ』
だが今の攻撃もそのまま位置取りに利用され、ユキはそのまま距離をあけて始動キーの詠唱に入っていた。
すぐに詠唱を止めるべく追撃を仕掛けようと右手を掲げる高音。
「させませっ……痛っ!!」
雷光のように突如、側頭部に強烈な衝撃が走った。
そして状況を認識しようと試みる前に、腹部にも桜色の光が着弾する。
和葉の放ったアクセルシューターが彼女の防御を貫いたのだ。
かなりの強度の物理防御を誇る黒衣の夜想曲だが、操作性に長けた光弾は自動防御の穴を抜け、純粋な魔力ダメージを高音に与えていた。
込み上げて来る激しいめまいと、嘔吐への欲求を噛みこらえて、崩れ落ちかけた膝を再び立て直す。
しかし高音が再びユキの姿を捉えたとき、既に呪文は最後の一節に入っていた。
『駆け抜けよ 一陣の嵐 春の嵐』
今の季節に似つかわしくない暖かな風と花の香りが彼女に迫る。
後ろを振り向くが、最悪な事に射線上に彼もいた。
同じように桜色の光をまともに受けたのか既に片膝をついている。
もはや二人ともこの魔法からは逃れられないようだった。
「この続きが見れないのは残念ですね……」
無数の花びらに包まれて、彼女は安らかな眠りへと墜ちた。
ユキは彼女を抱きとめて、そっと地面に下ろす。
彼女の意識がなくなると同時に服が脱げかけるという事態が起きたが、ユキによる幻術で直ぐにフォローがなされた。
「くっ、やるね。和葉君。すっかり忘れていたよ。君は天狐の弟子だったね。幻術は得意というわけか」
「そういうことです。迎撃でかなり減衰したとはいえディバインバスターでピンピンしてるって。どういう身体構造してるんですか。クルト先輩といい、ラカンさんといい」
流石の高畑も軽く吐血して口元を拭う。
対する和葉も肩で息をしており、余裕には程遠かった。
奇襲に成功したにも関わらず、こめかみには冷や汗が流れている。
「ははっ。伊達に大戦を潜り抜けてはいないからね。でも和葉君が予想以上で嬉しかったよ」
先程までは苦痛に顔を歪めていた高畑も、再び元の爽やかな笑顔に戻る。
「なんか追い詰めた側なのに、そんな顔されたら複雑な心情なんですが。こっちは撃ちたい放題やってるのに、高畑さんは周りを気にして“その技”、あんまり出さなかったでしょう?」
「ゴメンゴメン。研究が君の本分ってのは勿論知ってるからね。いきなり全力と言うのは気が引けたんだよ。それで今の君の口ぶりはもう僕の技を見破ったみたいな言い方だったけどどうなんだい?」
「そりゃじっくり解析させてもらいましたよ。貴方の周りにまだ残っているソレで」
その言葉を受け、高畑は自身の周りにまだ光弾が残っていることに気付く。
アクセルシューターの全てを被弾しているわけではないのに、あの誘導弾は僅か三つを残すだけとなっていた。
残りの弾の行方はどうなったのか、気付いていなかったのは高畑だけだったようだ。
「これはさっきまでのとは質が違う!!?」
非常に似ているが、感じ取れる魔法の質が全く異なる。
攻撃性が微塵も感じられないのだ。
その疑問に対する答えは観客席で出されていた。
「エリアサーチですね」
瀬流彦が呟いた。
なるほどと納得した様子の弐集院が、明石やシスターシャークティーたちへ向けて解説を加えた。
「さっきまでのアクセルシューターの中に紛れ込ませていたんだね。それで高畑先生のことをずっと解析していたわけか。強行突破された時点で持て余したアクセルシューターはそのまま援護射撃に活用とは。器用だね。」
エリアサーチの魔法球もアクセルシューターと同じ桜色をしており、一見判別がつかない。
若干大きさが違ったはずだと、曖昧な記憶を呼び起こす瀬流彦。
だが、おそらくその位は容易に調整できるのだろうと結論付け、疑問を胸の内にしまい込み違う言葉を発する。
「僕等とは違うマルチタスクを確立してそうですね。これだけの魔法本当に再現するなんて、本当にファンの鑑というか。なんかここまでくると清々しいと言うか」
「そうだね。あとはレイジングハートきちんと喋ってくれたらいいけど、多分AIは搭載してないみたいだね。ってそう言えば、瀬流彦君もリリカルなのはを知ってるのかい?」
彼の背中に冷たいものが流れるがもう遅い。
残念ながら瀬流彦の隠れオタク疑惑は確定してしまったようだ。
彼は慌てて話題を逸らし上空を指差す。
「あっ、三人とも合流したみたいですよ。もしかしたら初めて高畑先生の本気が見れるかもしれないですね」
「これで三対一か。どちらが勝つか賭けてみるかい?」
「明石教授。教職の身に在らざる言動は控えて下さいね」
ジト目のシスターに咎められ、頭を掻く明石。
乗り気だったのか瀬流彦と弐集院の様子も挙動不審だ。
「いや、冗談ですってシスターシャークティ。ん、桜咲君の背中が……翼? あれもコスプレとかいうものですかね」
「さぁ、どうもそういうのではなさそうな気がするんですけれど」
眼鏡のズレを直して明石は彼女たちを見上げる。
零れ落ちて来る羽は夜空に映え、闇に新しい色を加えていた。
シスターシャークティはそのうちの一つを手に取ると、再び空を仰ぐ。
「白い羽――――まるで天の御使い様のようですね」