「さて。本題へ入る前にだ……」
アリサ達を追い出し、何やら麻帆良関係の話をするようなのでトンヌラ達を力の王笏へと戻したことで、私の部屋に居るのは私とシャークティ、茶々丸、それにエヴァンジェリンの4人だけとなった。
玄関からは3人と、あとついででスクライア達が出て行く音が聞こえる中。エヴァンジェリンは部屋の中を見渡し、てっきり本題に入るのかと思ったんだが、その口から発せられた言葉を聞くにどうもそうじゃないらしい。
右手で頭を軽く押さえ、眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
「状況的には判っているんだ。恐らく私の推測は正しいと。しかしどうも納得がいかんというか、一体何があったんだと問い詰めたい所なんだが……」
私達が見ている前で、そんな事を呟きながらテーブルの上を通りベットへと近づくエヴァンジェリン。全然関係ないが、こう本人が隠す気も無く裸体を晒していると、段々裸だってことが気にならなくなってくるな。最初は見てるこっちが恥ずかしいと思ったもんだが。
つーかひょっとして魔法関係者っつーのは羞恥心がマヒするんじゃねーか? 私も知らん所でマヒしてるのか? 嫌だぞおい。
まぁそれはそれとして、ベットへと到着したエヴァンジェリンは2人の前で立ち尽くす。そしてゆっくりと指をさし、若干声を震わせてこう言った。
「お前、もしかして……茶々丸、か?」
「はい、マスター。」
あー。そうか。エヴァンジェリンの中では茶々丸はあのロボットですっていう見た目のままなんだよな。で、ぱっと見では気付かなかったが、茶々丸がこの部屋に残ったことでそれに気付いたと。
別にすっかり顔が変わってしまったわけじゃないしな。
私達が見ている横で、エヴァンジェリンは茶々丸の肌を恐る恐る突いたり胸を揉んだりしている。おいおい、やりたい放題だな。
茶々丸も僅かに顔を赤くしているが、エヴァンジェリンには逆らえないのかされるがままだ。
「な、何故だ……茶々丸はこんな体じゃなかったはずだよな!?」
エヴァンジェリンは茶々丸の胸を鷲掴みにしたまま、私の方へと振り返り説明を要求してきた。
まぁ、こいつ相手なら隠すことは何も無いだろう。私はそう判断し、聞かれるがまま茶々丸に起きた出来事を順番に説明してやることにした。
「ふふふ、良いよなぁ茶々丸は。体を自由に出来て。私なんか大人の姿になった所で、所詮幻術に過ぎんもんなぁ……。」
「な、なんであんなに拗ねてるんだ? あいつ。」
説明後。順番に説明するとは言っても、この世界にも自動人形の製作者がいて、その人に茶々丸を紹介したら改造してもらえたという程度の物だ。
夜の一族がどうのこうのというのも喋った方が良いのかなと迷ったが、進んで言いふらす事でも無いだろうと思い喋っては居ない。
しかし、それを聞いたエヴァンジェリンは部屋の隅に行き体育座りで沈み込んでしまった。い、一体何がそんなにショックだったんだ?
「っく……大人の体……」
「拗ねているマスター……希少です。」
「おい。ボケてないで説明してくれよ?」
そして茶々丸はその様子をガン見して微動だにせず、ボケたことをぬかしている。
「今のマスターの前では、その事柄の優先順位は低いと判断します。」
「おいおい。」
「エヴァンジェリンさんも可愛い所があるのねぇ。」
いや、あの尊大なエヴァンジェリンが体育座りでいじけているなんて、レアでギャップがあるだろう事は認めるが。お前は従者なんだろう? そんな事でいいのか?
私が茶々丸に対し呆れた視線を向けていると、その代わりかシャークティが喋りだす。しかし、その内容はとんでもない事だった。
「エヴァンジェリンさんがさっき言っていたでしょう? 自分は600年以上前に生まれたって。あれは事実なのよ。」
「……は?」
「600年以上前のヨーロッパ貴族の娘として生まれ、しかし10歳の時に何者かの手によって吸血鬼にさせられ、それ以来あの姿のまま。向こうの世界の魔法使いの中でもかなり有名なのよ?」
生い立ちまでは知らない人のほうが多いでしょうけど、と続けるシャークティ。
……このロリガキが真実600歳以上? さっきのは私の嘘に話を合わせたんじゃ無かったのか? で、向こうじゃ有名な吸血鬼?
じゃあアレか? 今落ち込んでいるのは、成長しない自分に多少なりともコンプレックスがあるって事なのか?
何でも有りだとは思っちゃいたが、こう本物の話を聞いてもいまいちピンと来ないよな。どっからどう見ても小学生だし。なんでそんな奴が麻帆良で中学生なんかやってるんだ?
……ん、まてよ? こいつが吸血鬼って事は、つまり……
「……さっき、私を半分自分の子供のようなものだって言ったのも――」
「私達を噛んで吸血鬼化させたのが、エヴァンジェリンさんだからでしょうね。」
ま、マジか。うわ、なんかそう考えると急に恥ずかしくなってきたな。このロリガキに噛まれたのか。
てっきり薬か何かで吸血鬼化したのか、そうじゃなくとも知らん吸血鬼が居るのかと思ってたんだが。い、いや、薬は兎も角、知らん奴に噛まれるよりは良いのか?
良くわからんがエヴァンジェリンには何かと動いてもらっているっぽいし、恩が有るといえば有るんだろうが……。こ、こいつに噛まれたのか……。このロリガキに……。
なんつーか、微妙な気分だぜ……。
「ふ、ふん。そうだ。せいぜい私に感謝するがいい。そうでなければ今頃いい歳してオネショか、カテーテルだぞ?」
未だほんのりと赤い顔で目が潤ってはいるが、立ち直ったのか気持ちを切り替えたのか、エヴァンジェリンがこっちを向いてそう話す。
カテーテルが何かは知らねーが、オネショは勘弁だな。そうか、そういえば吸血鬼化するか聞いてきた時に代謝がどうのこうのと言ってたもんな。
そのお陰で私の身長は伸びず、クラスの背の順ではとうとう一番前になっちまったんだが……。まぁ、オネショに比べたら全然大したことは無い。その事については素直に感謝しよう、うん。
つーかこいつにも色々事情があったんだな。なんでこんなガキがクラスに居るんだとかずっと思ってた。スマン。
……つーことは、まさかあの鳴滝姉妹も魔法関係者? 獣人か? 不老なのか? もうなんだか向こうの人間全てが怪しくみえてくるぜ。
「話は変わるけど、向こうでは何日経過したの? こちらでは9ヶ月程経っているけど。」
「あん? ……思ったより経っているな。向こうは月曜日の深夜だから、2日半といった所か。」
うわ、まだ2日半か。もう私向こうで最後に何してたかとか覚えてねーぞ? テスト期間だったような気がするが。
つーか、こっちも現実みてーなもんだと思っているだけに、あんまり向こうでどれだけ経過したかなんて気にしてなかったぜ。こうやって時々エヴァンジェリンが来てくれねーと、本当に忘れちまうんじゃないか?
飽く迄も私の現実は麻帆良なんだがな。徐々に実感が無くなっていく気がするぜ。……ヤバイのかな?
「ところでだ、長谷川。お前、自分の部屋に三脚を置いてあったよな?」
「あん? 三脚?」
自分の部屋? 私はこの部屋の中を見渡すが、三脚なんか置いていない。当然だ、コスプレ撮影なんてやっていないからな。ホームページ用に幻術の練習を進めてはいるが、まだまだ姿を変えるまでは出来ていない。
服装の一部を変えるとかなら夜限定で出来るようになってきたが、それじゃ写真を撮る意味も無いしな。
見た目を自在に変更出来るか、せめて中学生の自分の姿に変わることが出来れば、撮影するかもしれねーが……
「違う、違う。この部屋じゃない。麻帆良の寮にだ。」
ああ、そっちか。
「確かに有るな。なんだ? どうかしたのか?」
「呼び出せ。ここに。」
実験だよ、実験。この夢が何なのか調べる為のな。と、エヴァンジェリンは続ける。
そんな急に呼び出せって言われてもな。
「どうしたら出てくるんだ?」
「私が知るか。強く念じれば来るんじゃないか?」
……ま、そりゃそうか。
えーと、強く念じる、ね。三脚、三脚……あー……念じる? 念じるってどうすればいいんだ? 召喚する感じか?
うーん……あれだ。汝の身は我が下に――
と、そんな感じで思っていると。
「「――来ます。」」
茶々丸とシャークティが同時に何かに反応し、シャークティが宙に向かい手を突き出す。
そして、空を握るかと思ったシャークティの手の中には。
落書きだらけの私の三脚が、握られていた。
「お、おい、なんでこんな落書きだらけなんだよ!? うわ、マーカーで書いてやがる!?」
「私のサインだ。嬉しいだろう?」
「いらねーよこんな落書き!! ああもう、雲台にまで!? 高かったんだぞ、どうしてくれるんだよ!?」
「な、なに? 私のサインが落書きだと!? 貴様、それが恩人に対する言葉か!?」
「っく、そ、それとこれは別だろう!? 何も落書きしなくたって――」
「ええい、落書き落書きと連呼しおって! シャークティ! その三脚を持ってついて来い、不愉快だ!!」
そう叫ぶと。エヴァンジェリンは肩を怒らせ、部屋の外へと出て行った。
……え? ひょっとして、わ、私が悪いのか? でも、数万する物に落書きされちゃ怒るだろう?
だが、良くわからんし実感も無いが、エヴァンジェリンに世話になっているのはきっと事実なんだろうし。う……わ、私が謝ったほうがいい、のか?
ど、どうしよう……。
◇◆
千雨の部屋の前。腕を組み、肩を怒らせ、荒い息を吐きながら千雨の部屋から出てきたエヴァンジェリン。だが続いてシャークティが三脚を持ちながら廊下に出て、扉が閉まったことを確認すると、先ほどまでの態度が嘘のように普段の状態へと戻る。
それを見たシャークティは苦笑するが、直ぐにそれを真剣な表情へと変えた。
「これで、物質転移は確定だな。」
「ええ。やはり条件は千雨ちゃんが呼ぶこと、ね。」
エヴァンジェリンとシャークティは声を潜め、シャークティの手の中にある三脚へと視線を移す。
千雨は落書きと言ったが、エヴァンジェリンのサインが書かれた三脚。これは千雨が知る由も無い事であり、これにより千雨の部屋の物が直接夢の中へ来ていることは確認された。
「まぁ、予想通りではあるんだが……。新たな発見と言えば、これが転移する直前か。何を感じた?」
とは言ってもエヴァンジェリンの言うとおり、これは以前から予想されていたことが確認出来たという、それだけの事であり。意味が無いとは言わないが、そのこと事態にはあまり注目をしていなかった。
いや。別の発見の方が遥かに重要と判断した、と言うべきか。
「茶々丸さんも感知していたけど、魔力を――些細な魔力の揺らぎを感じたわ。生憎私は転移魔法を使えないけど、それらに似ているのでは?」
「ふむ。今の私じゃ魔力の感知は出来んが……揺らぎ、か。確かに転移の直前には揺らぎが発生するな。それを押さえるのも術者の腕なんだが。」
「なぜ魔力が揺らぐのかしら。やはり魔法的な要因が、何か存在するのというの……?」
仮に。これが正しく千雨の夢であるなら、三脚の登場に魔力は伴わず、落書きもされていないだろう。
魔力の揺らぎが転移魔法の物であるなら、その魔法の術者が居るはずだ。
だが、それなら。この世界は、その術者が用意した世界の筈であり。シャークティには、このような緻密な世界を誰かが用意したとは、どうしても思うことが出来なかった。
向こうの世界とまるっきり同じという訳では無く、至る所に違いが見られ、しかし大筋の流れは同一であり。更には最近になって、遠い遠い違う星の文明と名乗る者まで現れて。
こんな物は個人では――いや、人が用意出来るような物ではない。そう考えた。
「もっとヒントが必要だな。何か、他に変わったことは無いか?」
「ええ、有るわ。それも飛び切りの物が。」
「……何だ?」
腕を組み眉間にしわを寄せ、自分の考えに没頭していたシャークティだが。エヴァンジェリンの問いかけに対し、最も大きなヒントだと思われることを話し出す。
「千雨ちゃんが電子精霊を使役しているのは見たかしら?」
「ああ。使役の魔法を教えたのか?」
「いえ。そもそも、この世界……いえ、この地球のインターネットには電子精霊は居なかったわ。茶々丸さんに確認してもらったのだけど。」
シャークティの言葉を聞き、今度はエヴァンジェリンが眉を潜める。
シャークティが敢えて地球と言いなおした理由も気になるが、それよりも。言葉を鵜呑みにすれば、千雨は居ないはずの電子精霊を使役している、という事になる。
精霊と言うのは何処にでも居るが、電子精霊というのは魔法と科学の発展と共に作り出された人工精霊である。それが居ない。だが、使役している。
それは、つまり――
「意味がわからん。どういう事だ?」
「この世界は、独立した一つの世界。もし向こうとは違う魔法形態が進化しから、というifの世界。なんてことを考えた時期も、あったのだけど……。」
そこで、シャークティは言葉を一度切り。頭を横に振ったあと、改めてエヴァンジェリンの目を見つめ、次の言葉を放った。
「あの電子精霊達。名前を『力の王笏』。本人達が言うには、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の、アリアドネーにある研究所で作られたそうよ。」
「こっちにもアリアドネーが有るのか?」
「ああ、そういえば言っていないわね。この世界には『麻帆良』や『蟠桃』は存在しないわ。けど、精霊達はそれらを知っていた。」
「はぁ? どうゆう事だ!?」
思わず声を大きくするエヴァンジェリン。だがシャークティは肩をすくめることしか出来ない。
「あの精霊達も驚いていたわ、ここが麻帆良の有る旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)では無いと聞いて。千雨ちゃんを混乱させないように、口止めはしているけど。」
「ますますもって意味がわからん! 何だ? 何か他につながりが有るのか!?」
「ちょっと、声が大きいわ。千雨ちゃんに聞こえちゃうじゃない。」
シャークティに注意され、口ごもるエヴァンジェリン。しかしその眉間に刻まれたしわはますます深くなり、腕を組んだままウロウロと動き回る。
シャークティもそんなエヴァンジェリンを見ながら考え込むも、新しい仮説等が出てくる訳でも無く。何か違うヒントは無いかと、エヴァンジェリンに問いかけた。
「エヴァンジェリンさんはどんな仮説を立てていたのかしら?」
「フン、全て見直しだ、忌々しい! まるで私が道化のようでは無いか!」
その見直す前の仮説で良いから、教えてくれないかしら。そう、エヴァンジェリンに問う。
するとエヴァンジェリンは未だイライラした様子ながらも、目を瞑りとつとつと喋りだした。
「夢と一定の空間を媒介とした、平行世界の自分との精神入れ替わり。これを軸に考えていたんだがな。それなら物品の移動や時間の非同一性にある程度説明が付く。無論、穴だらけだが。」
しかし、長谷川とは関係ないところで接点がある。どういう事だ……。っく、あいつの言うことを真に受けすぎたか! そう呟くエヴァンジェリン。
エヴァンジェリンの仮説は飽く迄も千雨のみが接点であることが前提のため、その前提が覆されたのだ。また新しい仮説を立てる必要があった。
一方のシャークティは真相とは違う様子だが、エヴァンジェリンの仮説に対し素直に関心していた。その仮説なら千雨が夢を見始める前からこの世界が存在していたことに説明が付くし、此方からは居なくなった千雨、またそのノートが向こうに有るという事になるからだ。
しかし、それはそれで解決しなければならない問題だらけである。果たして仮説が違っていたことが良かったのか悪かったのか。そんなことを思い溜息をついた。
「やはり基本に帰るべきかしら。この世界は本当に千雨ちゃんの夢で、何もかも千雨ちゃんの空想上の産物……やっぱり、それは無いわよねぇ……。」
「ああ。向こうでは此方の長谷川千雨が目を覚ましたからな。それは無いぞ。」
「そうよねぇ。無い、わ、よ……って、え?」
ぽとり、と。シャークティの手から三脚が零れ落ちる。床に落ちた三脚は一度跳ねて階段へと倒れ、そのままガンガンと音を立てながら1階へと落ちていく。
エヴァンジェリンはそんな三脚をチラリと一瞥するも、それ以外特に何も反応せず。
シャークティは三脚が落ちたことにも気付かぬまま、次の言葉を発する。
「千雨ちゃんが……起きた?」
「ん? ああ、聖祥小学校の2年1組、で合っていたよな?」
そして。シャークティは一度深く呼吸をすると。
「な、な、な……なんですってーーー!!?」
そう、叫んだ。