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No.39412の一覧
[0] エヴァ様に告白するSS[金髪ロリ文庫](2014/02/07 00:00)
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[39412] エヴァ様に告白するSS
Name: 金髪ロリ文庫◆7d22829a ID:48a75499
Date: 2014/02/07 00:00


<プロローグ>

「エヴァ様マジで愛してる。どうか俺と付き合って下さい!」

 麻帆良学園の最も奥まった位置にある女子校エリア。その一角に所在する、麻帆良学園本校女子中等部にほど近い、小綺麗な赤い煉瓦敷きの幅広い通りでのこと。

 同学園本校高等部三年、豚田猛夫、十八歳。一世一代の告白の瞬間。

「あぁ? 誰だオマエは」

 しかしながら、相手は彼を知らなかった。

 名前を知らない、顔を知らない、そもそも一度として言葉を交わしたことがない。

「エヴァ様の為なら、俺、なんでもできますっ! 愛してますからっ!」

「……茶々丸、知り合いか?」

「いいえ、存じません」

「そうか」

 周囲には他に行き交う生徒も多い。場所が場所なだけあって、大半は十代中頃の年若い女性ばかり。その只中に彼は、声高々に愛を囁いては、頭を下げていた。もしもこれで外見に優れたのなら、他に反応があったかも知れない。けれど、豚田の風貌はと言えば、クラスで下から八番目くらい。

 自信を持ってフツメンと言えない、いわゆる普通のブサメン。

 日本人男性の三割から四割を占める、主要層の一端だ。

 より具体的に言うならば、高校時代は勉学に励み、良い大学を良い成績に卒業して、日立やトヨタ、NTTといった一流企業に就職。課長昇進を目前に控えて、年収一千万に手が届こうかという三十代後半。一回り年上の男遊びに疲れた専業主婦志望の低所得アラフォー女と、辛うじて結婚を許されるレベル。

 いわゆる人間ATM候補生。

「エヴァ様ぁっ!」

 当然、必死の形相に吼えるも、響くは虚し。

「行くぞ、茶々丸」

「はい」

 告白対象は彼を完全に無視だった。

 豚田とは対照的な、その優れた容姿を鑑みるに、異性からのアプローチにも多分に慣れがあるのだろう。彼など歯牙に掛けるまでもないと言わんばかりの対応だ。

「あ、あのっ! 俺の告白ぅっ……」

 豚田が何を言おうとも我関せず。

 少女は友人と連れ立ち、その脇を通り過ぎていった。

「あ、あのっ! せめて、せめて何か返事くらいっ!」

 これを不憫に思ったのか、気遣うような声が傍らより発せられる。

「マスター。よろしいので?」

 けれども、少女の応じる様は変わりない。

「いいから黙って歩け。相手をするのが面倒くさい」

「はい」

「ったく……」

 歩みを止めたのは一瞬のこと。

 二人連れだった少女たちは、早々のこと彼の前から去って行った。

 その姿は早々のこと、建物の影に隠れて、見えなくなってしまう。

 代わりに、ザワザワ、あちらこちらから囁き声が届く。今し方の告白を目の当たりとした、他に周囲を行き交う学生たちの話し声が。

「マジか……」

 これが豚田猛夫の彼女に向けた、最初の告白だった。







<チャプター1>


 同日の晩、学生寮の一室に響く声があった。

「お、おいっ! ちょっとどうなってんだよっ! ぜんぜん駄目だったんだけどっ!? お断りの言葉はおろか、まともに視線すら合わせてくれなかったんだけどっ!?」

「まっ、お前にはあれくらいが限界だろな……」

 豚田が吠える。

 これに応じるのは、ルームメイトである池照面男だ。

「ちょっと待てよっ! 俺の告白に協力してくれるって言うから、お前の言ったとおり勢い持って突っ込んだってのに、ど、どうしてくれんだよっ!? 今日ので絶対に変なヤツだと思われただろっ!」

「今日のアレがお前のベストで、最高で、これ以上にない告白で、それが無理だったんだから、諦めろってことだろ? まあ、殴られたり警察呼ばれたりしなかっただけ、マシなんじゃないか?」

「ひでぇ……」

 豚田が普通のブサメンであるのに対して、池照はイケメンだ。

 それも顔面偏差値七十超の高級イケメンだった。

 本来であれば交わる筈のない二人が、こうして夜中に人の好いた嫌ったを語らい合うような関係にまで至ったのは、ひとえに同室の寮で寝起きするルームメイトであるからに他ならない。

 二人が腰掛けるのは、部屋の壁に寄せて並び置かれたベッドの縁。ベッドとベッドの間には少しばかり空間を置いて、足の短いちゃぶ台が。また、ベッド脇には各々勉強用のデスクが並ぶ。二人一部屋、十畳一間の洋室だ。

「まあ、これで来週の卒業式も、サッパリと迎えられるだろ?」

「だからってよぉ……」

「どだいオマエじゃ無理だったんだよ。諦めろって」

「けど、流石にあれはねーだろっ!? 悲しすぎるって!」

「女なんて興味の無い男にはあんなもんだろ。っていうか、マジで可愛い子だったのな。オマエの勝手な妄想だとばかり思ってたけど、あんなに可愛い子がうちの中等部に居たとか、ぜんぜん知らなかったわ」

 どうやら池照は豚田の告白のシーンを影から窺っていたらしい。

「お、おいっ、ちょっとオマエ……、まさか狙ってるとか言うなよな?」

「あ、バレた?」

「おいこらぁあああああああああああ!」

「冗談だよ、冗談。俺、オマエと違ってロリコンじゃねーし」

「ロリコンで悪かったなっ!」

「最悪だよな」

「うっせぇっ!」

「あまり強くは言えないけど、あの子、十分に自分の魅力に気づいているよ。それを前提の上で、近寄ってくる男をえり好みするタイプだ。オマエみたいな見てくれの悪い奴は百年かかっても相手にされねぇよ」

「おいこらっ! 勝手にエヴァちゃんにいちゃもんつけるなよっ!?」

「俺の品評って、良く当たるって評判なんだぜ?」

「その上から目線がマジでむかつくは。イケメンとか死ねよ」

「ははっ、絶対に死んでやらねぇ」

「このクソ野郎っ……」

「まっ、なんにせよ、エヴァちゃん云々はこれでもう終わり。これ以上は引きずるなよ? お前だって地道に頑張ってりゃ、いつかきっと良いことがあるだろうからさ。それに失恋なんて誰でも一度は経験するもんだ」

「だ、だからうっせぇよ。もう寝るっ! 俺は寝るっ!」

「おう、おやすみ」

「くっそっ」

 声も大きく吼えて、自らのベッドに潜り込む豚田。彼の姿を眺めて、やれやれだとばかり、池照もまたシーツに身体を横にする。

 それはどこにでもある、至って普通な男子高校生の日常風景だった。



◇ ◆ ◇



 そして、翌日の放課後。

 豚田は言った。

「俺、やっぱり、もう一度だけ確かめてくるわ」

 学校帰り、池照と共に帰路を歩んでいた際のことだった。何かを覚悟した様子で、酷く真剣な眼差しに拳を握りながらのこと。

「は?」

「だからほら、昨日のヤツだよ」

「いや、お前さ、それは止めとけって言ったろ? お前じゃ絶対に無理だって。それこそ竹槍で戦闘機を落とすようなもんだって。玉砕必至だわ。どんだけ確認しようと結果は変わんねぇよ」

「だったらせめて、謝るくらいはいいじゃんか。ほら、オマエのアドバイスのせいで妙な告白になっちゃったし、やっぱり、自分の思いは自分の言葉で伝えないと駄目だろ」

「なにキモイこと言ってんだよ。んなもん意味ねぇって!」

「いいから、ちょっと行ってくるっ!」

「あ、おいこらっ!」

 池照の静止を聞かず、豚田は走り出した。



◇ ◆ ◇



 向かった先は、昨日と同じ場所。

 そこで彼は待ち伏せた。物陰に隠れて待つこと三十分ばかり。時刻が午後六時を回った頃合で、目当ての相手はやって来た。

 授業を終えてから、茶道部に顔を出して、帰宅するまで。愛する女性の放課後の予定を、彼は事前に掴んでいた。おかげで昨日も告白の機会を得たのである。

「きたっ……」

 その瞳の輝きは、年若い青年の情動というには激しく、既に変態の域だ。

 視線が見つめる先には、二人組で歩み来る女子中学生の姿がある。この片割れ、背丈の小さな方が、彼の求める愛しの女性である。

「……よし」

 覚悟を決めて歩み出す。

 通りの影から飛び出して、一直線、相手の下へ向かった。

「マスター」

「ああ、分かっている」

「如何しますか?」

「面倒だが、また来られても叶わん」

「分かりました」

 一方で相手もまた、彼の動向には気づいていた。豚田が飛び出すに同じく、連れだった二人の少女の間に交わされる言葉。そこには露骨な嫌悪が感じられた。

 が、恋するブサメンには、まさか知る余地も無いところ。

「え、エヴァちゃんっ! 少し良いですか?」

 昨日とは打って変わってちゃん呼ばわり。

 だからだろうか。

「……様はどうした、様は。おい」

「え?」

 反射的に返された言葉にうろたえるのが豚田。

「耳が聞こえないのか? 様はどうした? あぁ?」

「あ、いや、えっとぉ……」

 激しく惚れている相手ではあったものの、まともに言葉を交わすのは今日が初めてである。だからだろう。少女は彼が想定していた以上に激しい性格の持ち主であった。一瞬、今に聞いた言葉が、目の前の相手から出てきたものなのかと、疑問に思ったほど。

「どうした? 日本語も分からないのか? オマエは馬鹿か?」

「に、日本語は分かるよ、分かるが故に困っているんだよ、エヴァちゃん」

「なら言おう。私はオマエが嫌いだ。こうして相手をするのも面倒だ」

「き、昨日のことなら、あれは友達に助言を貰ったから、なんか変なテンションだっただけで、生まれて初めての告白だったから、だからその、ほら、妙だっただけって感じなんだけどさっ! だから、もしもウザかったらごめんっていうかっ……」

「だとしても嫌いだ。この上なく嫌いだ。オマエは最高にウザいよ」

「……そ、そう、ッスか」

「これで満足だろう? じゃあな」

「…………」

 少女は語るだけを語ると、早々のこと踵を返す。

 そうして豚田の前から去って行った。

「……ま、マジか」

 ボソリ呟いて、豚田は確信する。

「ロリでサドとか最高じゃんか……」

 生まれて初めての失恋。

 けれども、より一層のこと恋心を燃え上がらせるブサメンだった。



◇ ◆ ◇



「お前、なにやってんだよ」

 その日の晩、自室でハァハァと息を荒げる豚田の姿があった。これをベッドに横たわり、冷ややかな眼差しに見つめるのが池照である。

「え? 筋トレ」

「んな中坊みたいな真似を十八で始めるか? もう来週には卒業なんだぞ?」

 呟く調子は酷く呆れたもの。

「いやほら、俺って顔が悪いから、せめて身体くらいは鍛えないとさ……」

「……激しくウザいな」

 豚田は只今、床に仰向けで寝転がり、必至に上体起こしを行っていた。

「三十九、四十、四十一……」

「いきなり回数やると逆に悪影響があるぞ?」

「それはほら、あれだよ、俺のエヴァちゃんへの愛の証? みたいな。この肉体の痛みすらも彼女を思えば心地の良い快感に変わるっていうか」

「うっわ、マッハうぜぇ。マジで殴りてぇ」

 ハフハフと呼吸するブサメンを眺めて、本気で拳を握る池照だ。

「っていうか、フラれたんだろ? どうしてだよ?」

「フラれたかもしれないけど、それでも俺と彼女とは同じ世界に生きている訳じゃん? それなら万が一ってやつがあるかもしれないじゃんか。それにさ、仮に万が一が起こらなかったとしても、俺は彼女と同じ空気を気持ち良く吸う為に、自分をより高見へ向けて向上させる義務がある」

「どっから出てきたよ、その義務は」

「俺の内側、この熱く滾る恋心から」

「ねーよ。カギ掛けてしまっとけよ」

 流石の池照も、これには呆れたのか、ハァと溜息を吐いた。

 そのままベッドに横となり、天井を眺めるがままに口を開く。

「お前、大学へ進学するんだろ?」

「ああ。っていうか、お前だってそうだろ?」

「だったら他にやることがあるだろ? 女子中学生にかまけてる場合じゃねーだろ。大学に入ったら、女の子とも関わるシーンだって増えてくるし、今更になって十やそこらのガキ相手に本気になってどーすんだよ」

「分かってねぇなぁ。女は歳じゃないのよ」

「じゃあなんだよ?」

「内からあふれ出るカリスマ? みたいな」

「……まあ、分からんでもないけどさ」

 これは根が深そうだと、殊更に溜息を大きくする池照だ。

「だろ?」

「お前がそこまで言うなら、もう俺は止めないけどさ、でも、あんまり入れ込むなよ? 世の中、女なんて沢山いるんだ。お前にだって、いつかきっと相応しい相手が現れるだろうからよ」

「それが今なんじゃないかと思うんだけど」

「ねーよ」

 ねーよ、ねーよ。連呼する池照。どうやら口癖のようだ。

「と言う訳だから、筋トレ邪魔すんじゃねぇよな」

「ったく、勝手にしろ。あと頑張りすぎて部屋を汗臭くするんじゃねーぞ」

「分かってるよ」

 こうして、彼らの日常はまた、一日、ゆっくりと過ぎてゆく。



◇ ◆ ◇



 翌日は土曜日。学校はお休み。

 その日、豚田猛夫は街へと繰り出した。何故に街かと言えば、衣類を購入する為だ。何故に衣類を購入する必要があるのかと言えば、意中の相手に少しでも自分を良く見て貰う為だ。

 真正面から切り捨てられて尚、彼は諦めていなかった。

 両手に衣類の詰まる袋を下げて、街を歩む。

 その懐には昨晩の内にネットを駆使して調べ上げた、女子にモテるゾ☆キレイめ系モテコーデ、のいろはがメモ帳に示されてビッシリと。予算もこれまで貯めてきた貯金を一気に放出して、つまるところ、全力だった。

 地図の表示された端末を見つめながら、右へ左へ。

 次々と目的とする店舗を探しては通りを歩む。

 伊達に学園都市として、世間に謳われていない。彼の向かう先には、飲食店やら映画館やら、賑やかな店舗が並ぶ。探せば風俗店なども少なからず見つけられる。

 これまでの彼であれば、その多くは関係の無い場所。興味の至らない地点。決して意識を向けることはなかった。店舗前を通り過ぎても、まるで気にしなかった。

 しかし、今の彼はと言えば、その一軒一軒に目を光らせながら、より良い衣服を手に入れるべく動いている。その眼差しは必至。どこか飢えて思える。

 そうして、一日中を商店街に過ごして以後、帰路に着いたのは、既に日も暮れて、完全に夜となってからだった。夜の九時を過ぎて、いよいよ学園内を走る電車も数を減らし始めた頃合のこと。

 自宅最寄り駅を後として、寮へ向かい歩んでいた最中。

 細い路地の一角で、それは起こった。

 他に人通りもない道の傍ら、キィン、甲高い音が響いた。

「え?」

 金属と金属を打ち合わせたようだった。

 かなり大きな音であって、自然と彼の意識はそちらに向いた。

 通りと通りの交わる一点に、誰か、人の気配があった。

「……あ」

 彼の瞳は捉えた。

 そこには豚田が求めて止まない女性の姿があった。

「エヴァちゃんっ……」

 彼が呟くに応じて、少女の身体が動いた。

 まるで目に見えない糸にでも引かれたよう。地を蹴ったかと思えば、次の瞬間、その小さな肉体が空を舞い、十数メートルの距離を一息に移動する。まるで映画のワイヤーアクションのようだった。

「え? なにそれ」

 これを目の当たりとしては、彼も呆然。

 歩みを止める。

 豚田が見つめる先、少女は何かと争っているようだった。殴り合い。蹴り合い。飛び道具のようなものを飛ばし合い。いずれにしても詳しいところは知れないが、漫画やアニメに眺めるSFファンタジーの一節だ。

 少女の他、彼の視界に移るのは、頭に角を生やした赤黒い肌の誰か。

 人間のようで人間でない、それこそ化け物のような何か。二メートルを超える巨大な体躯の持ち主であって、その拳が振り下ろされた先、路上に敷き詰められた煉瓦が砕けては、大きなクレーターが生まれる。

 彼女はこれと喧嘩をしているようだった。

「スゲェ……」

 思い人の姿と。普通でない光景と。

 好奇心を刺激されて、気づけば彼は足を動かしていた。

 少しでも近くへ。

 距離にして十数メートル。

 その身を路上脇に植えられた茂みに隠しながらのこと。

「あっ……」

 そして、いよいよ身の危険を感じるほどに接近したあたり。

 彼の目前で勝敗は決した。

「これで終わりだっ!」

 少女が吠えるに応じて、その手のからフラスコのようなモノが放られる。これを頭部にぶつけられて、角の生えた赤黒は、悲鳴を上げる。ギャーと吠えて、その身体は氷が熱に溶かされるよう、何処へとも消えていった。

 どうやら勝負が付いたようだった。

「お、おぉ……」

 これを豚田は見つめていた。

 思い人の格好良いシーンを目の当たりとして、思わず身を乗り出す。

 その瞬間、彼の足が枯れ枝を踏み抜いた。

 パキリ、乾いた音が静かになった夜の町並みに響く。

「誰だっ!?」

 少女が吠えた。

「俺だっ! エヴァちゃぁん!」

 豚田は間髪置かずに姿を現した。

「なっ……」

 少女は絶句した。

 ここまで元気良く、飛び出てくるとは思わなかったのだろう。

「き、貴様はっ……」

「エヴァちゃん、エヴァちゃんは、ま、魔法少女だったんだねっ!」

「あぁっ?」

「格好いいよっ! 最高だったよっ! さっきのアクション、格好良すぎるっ!」

「…………」

 一方的に囃し立てる豚田。

 これを少女はどうしたものか、面倒なものでも眺めるよう、見つめていた。



◇ ◆ ◇



「魔法生徒?」

「そうじゃ」

 夜の学園、思い人との予期せぬ出会いは、豚田の身柄を学園長室へと向かわせた。今、彼が同室に共とするのは、部屋の主である学園長と、つい今し方にハリウッド顔負けのアクションを披露した少女の二名。

 夜遅くあって、他には誰の姿も無い。

 そこで彼は学園長から、摩訶不思議な説明を受けていた。

「それじゃあ、やっぱりエヴァちゃんは魔法少女だったとっ!」

「まあ、言い方を変えれば、その通りじゃな」

「よっしゃっ!」

「おいこらっ! 勝手に人のことを妙な肩書きで呼ぶんじゃ無いっ!」

「でも正しいんだよね?」

「黙れ小僧がっ。数多の世界に闇の福音として恐れられたこの私が、魔法少女などという軽々しい存在であって堪るかっ! 生きとし生けるものに恐れられる、悪の魔法使い、それが私だっ!」

「なにそれ格好いい。まじラブいんですけど」

「こ、このクソガキは……」

「まあ、いずれにせよ記憶を修正する必要があるのぉ」

 吠えるエヴァンジェリンとは対照的、学園長は淡々と呟いた。

「ならついでだ、コイツの記憶から私の存在そのものを奪え」

「そうじゃのぉ。その方が確実と言えば確実かのぉ」

「え? ちょ、ちょっと待って下さいよっ!」

「なんじゃね?」

「それはつまり、俺の中に滾るエヴァちゃんへの思いも、一緒に失われてしまうってことじゃないですかっ!? その姿も、声も、匂いも、存在感すらもっ!」

「そういうことになるのぉ」

「いやいやいや、そんなの嫌ですよっ!」

「これもルールじゃ。魔法に関する説明は先にしたとおり、これは君自身を守る為の措置でもある。下手に首を突っ込めば、命を危険に晒す羽目にもなるじゃろう。ここで全てを忘れることは、今後の人生を順当に歩む上で、必ず必要なことじゃ」

「んな阿呆なっ! エヴァちゃんの記憶を失った世界なんて、そんなもん生きてる価値なんぞあるものですかっ! 他の全てを忘れたとしても、俺はエヴァちゃんだけは絶対に忘れないぞっ!」

「……とかなんとか言っておるが、随分と愛されとるのぉ?」

「だまれジジイっ! こんな際物に好かれたところで嬉しくもなんともないわ」

「そうかのぉ?」

「当然だっ!」

「うっ……」

 呆気からんとした少女の物言いに、少なからずダメージを受ける豚田。けれども、それで諦める彼では無かった。必死の形相に学園長へと向き直る。

「お願いですからっ、どうか記憶だけはっ!」

「ルールはルールじゃ。なにもこれまでの日常の記憶を奪おうという訳ではない。ただ、魔法と彼女に関する記憶を修正するだけじゃ。君にとっては益になっても、決して損のあることではないのじゃぞ?」

「大損ですよっ!」

「いいからさっさとやれっ! 私は眠いんだよ」

「うむ」

「だ、誰が消されてなるものかっ!」

 豚田は逃げ出した。

 学園長室の出入り口を目掛けて走り出す。

 けれども、一歩を踏み出したところで、その身体は動かなくなった。腕を掴まれた訳でもない。ただ、ピタリと、まるで全身が硬直してしまったよう、指先の一つすら、まともに動かせなくなってしまう。

 それこそ叶うのは瞬き程度。

「ちょ、な、なんだこれっ!?」

「では、失礼するぞい」

「やだっ、や、止めてくれぇえええええっ!」

 学園長が腕を伸ばす。

 その手に光が宿る。

 一室が眩い輝きに包まれた。

 同時、豚田は意識を失った。





<チャプター2>



 翌日、豚田は自宅である寮で目覚めた。

「……あ」

「ん? 起きたか?」

 ベッドの上、彼が身体を起こすに応じて、ルームメイトである池照が言った。どうやら先に目覚めていたらしく、シーツの上、その縁に腰掛けて、雑誌など読んでいる。

 今日は日曜日。

 授業は休みだった。

「あ、あぁ、おはよう」

「おう。おはよう」

 目元を人差し指に擦りながら、豚田はゆっくりと立ち上がる。

「……あれ?」

 彼は室内を見渡して、自分がどこに居るのかを理解した。

「寮?」

「っていうか、お前、大丈夫かよ?」

「え?」

 池照が心配そうな表情で豚田に言う。

「どこぞで倒れてたって、寮母のおばちゃんが言ってたぞ?」

「……え?」

「貧血だとは聞いてるけど、一度、大きい病院で調べて貰った方が良くないか? 俺たちも子供じゃないんだし、ちゃんとした健康診断を受けるには良い節目だろ」

「あ、あぁ……」

「それと礼くらい言えよな? 玄関からここまで運んできたの俺だぞ?」

「え? あ、あぁ……ありがとう」

「おう」

 豚田は戸惑っていた。

 それは何故に自分が寮のベッドで寝ていたか以上に、他の理由から。

「…………」

「おい、どうした? どこか具合が悪いのか?」

 池照が訝しげな表情に豚田を見つめる。

 これに構わず、彼は自らの内に滾る情動を、一息にマックスハート。

「お、俺は、覚えている」

「は?」

「俺は覚えているぞぉおおおおおおっ! エヴァちゃぁああああんっ!」

「ちょ、うっせぇよっ!」

 彼は力一杯に吠えた。

 自らの大切とするところに、たった一つの欠損もないことを理解して。

「は、ははははははははっ! これこそが愛の力っ! ラブパワーっ!」

「だから、うるせぇってんだろっ!? いちいち叫ぶんじゃねぇよっ!」」

「悪い、ちょっと出かけてくるわっ!」

「はぁ? お、おい、病み上がりでなにをっ……」

「んじゃっ!」

 池照が止める間も無かった。

 早々のこと着替えを済ませて、豚田は寮を飛び出していった。

「……なんだよアイツ。ついに壊れたか?」



◇ ◆ ◇



 ラブパワー豚田が向かった先は学園長室だった。

「頼もうっ!」

「なんじゃね?」

「学園長っ! 俺は覚えているぞっ! 愛すべき人の名をっ!」

「……なんじゃとっ?」

 学園長の眉がピクリと動いた。

「ということで、この事実をエヴァちゃんにも伝えたいのです。すみませんが、彼女の住所を教えて貰えませんか? 会うことが難しいというのなら、せめて手紙でも送りたいんですよっ!」

「…………」

「でなければ、俺は昨晩に窺った魔法の存在を、この世界に公表することに躊躇しませんっ! 記憶を懸想としても無駄ですよっ! この想いは止められない。俺は、どれだけ記憶を消されようとも、絶対に思い出してみせるっ! 愛すべき人の名をっ! エヴァちゃんの存在をっ!」

「むぅ……」

 吠えまくるブサ野郎。

 これをデスク越しに眺めて、学園長は難しい顔だった。

「すまぬが、それはできない。もう一度、消させて貰うとしよう」

 続けられた言葉は有無を言わせないもの。

 けれど、豚田はこれに怯えなかった。

「構いませんとも。さぁ、何度でも試して下さい。俺のエヴァちゃんに対する愛は本物なのですから。何度消されようとも蘇る。これこそ愛の確認に他ならない。学園長がどれだけ優れた魔法使いであっても、俺は決して怯まないっ!」

 叫んで豚田は数歩、学園長の側へ向かい歩み行く。

 これに頷いて、相手は彼に向けて腕を掲げる。

「ふむ? 分かった。それではゆくぞい。覚悟しろい」

「カモンッ!」

 豚田が内に秘めたる愛の確認行為が始まった。

 都合、学園長の腕より発して、同室は光に輝く。

 昨晩と同じような光景だ。

 しかしながら、何度を繰り返そうとも、豚田の記憶から、愛する人の名前が失われることはなかった。また、これに付随するよう、魔法の二文字もまた、残り続けた。それはまるで風呂場に生えた頑固なカビのように。

「むぅっ……これは想定外じゃのぉ……」

 至極困った顔で学園長が言う。

 一方で豚田はとても嬉しそうだ。満面の笑みだ。

「ほら見ろ、ごらんの有様だっ! あぁ、俺の意志は正しかったんだっ!」

「この際、君の意志云々は置いておいたとして、これは由々しき事態じゃ」

「だから言ったじゃないですか。エヴァちゃんの住所さえ教えてくれれば、俺は魔法のことを誰にも喋りませんと。絶対です。エヴァちゃんへの愛を賭けても良いです。だから、どうかお願いしますよ。学園長っ!」

「…………」

 ストレートな欲望を受けて、これをどうしたものか、学園長は悩んだ。

 一番早いのは、豚田を始末してしまうことだ。やってやれないことは無い。彼の記憶は消せなくとも、彼の周囲の人間の記憶を消すことは可能だ。友人知人から両親に至るまで、関係者全員の記憶を弄ってしまえば、彼を殺したところで問題は無い。

 けれど、流石にそれは教育者としてどうよと、悩んでいる。

「……仕方あるまい」

 結果、彼は折れた。

 近々に豚田猛夫という存在を、戸籍情報から交友関係まで、全てを洗うと心の内に決める。この妙な言動もまた、自分を謀る為ではないかと、学園長は考えていた。

 その上で、件の少女と彼とが正面からぶつかり合うことは、相手を計る上でも非常に都合が良かった。こうした背景も手伝って、彼はデスクからメモ帳を取り出す。

「っていうと……」

「これが、彼女の家の住所じゃ」

 メモ帳から一枚を切り取り、そこにペンを走らせる。

 それは紛うこと無く、豚田の求めるところだった。

 相手は天下の大悪人。仮に相手が悪意を持った刺客の類いであっても、容易に拿捕されることはないだろう。そう考えてのことだった。これでもしも、彼の求めるところが、一般の生徒であったのなら、学園長にしても、他に別に手段を取っただろう。具体的には拉致監禁。

「あ、ありがとうございますっ!」

 そうした思惑などつゆ知らず、豚田はこれを満面の笑みに受け取る。

 とても嬉しそうだ。

「何があっても、儂は知らんぞい? 彼女については昨晩に説明した通りじゃ」

「エヴァちゃんに殺されるなら本望ですっ!」

「……そうかぇ」

 もう好きにしろと言わんばかり、溜息を吐いて見せる学園長だった。

 これに会釈を返して、早々、彼は学園長室を後とした。

 バタン、勢い良く閉ざされたドアを眺めて、老体はボソリ呟いた。

「まったく、面倒なことになったものじゃ」



◇ ◆ ◇



 豚田は学園長から貰ったメモに示された住所へ向かった。

 しかも途中で寮に寄り、昨日に購入したばかりの一張羅に着飾ってのこと。

 これを目の当たりとした池照からは、何処へ行くのか幾度も問われた。

 彼は全てをごまかして、交わす言葉も適当に、部屋を後とした。

 そこから先は一直線。

 目的地は学園内に位置する林の一端、ログハウスであった。

「ここか……」

 一軒家の玄関先に立って、感慨深げに呟く豚田。

 その指先は幾分かの緊張と共に、チャイムへと向かった。

 ピンポーン。乾いた音が鳴る。

 しばらくして、パタパタ、ドアの先に人の気配が生まれた。

 玄関扉の開いた先、姿を現したのは彼も見知った相手だった。

「……貴方は」

「すみません。エヴァンジェリンさん、いますか?」

 普段から彼の愛する人と共に行動をする同級生。

 彼女と比較しては、スラリ、背が高いのが印象的だった。

「マスターにご用ですか?」

「茶々丸、おい、朝っぱらからなんだよ……」

「あ、マスター……」

 豚田の求めるところが、視界の先に現れた。

 背の高い友人の肩越し、パジャマ姿の愛しい人。

「え、エヴァちゃんっ! 俺だよっ! 俺っ!」

「なっ……」

 豚田の姿を玄関先に見つけて、少女の肩がビクリ震えた。

「貴様っ、何故に私の名前をっ!」

「やはり俺の愛は本物だったようだっ!」

「なんだそれは知るかっ! それより、貴様、記憶はどうしたっ!?」

「失われなかったんだよっ! そう、何一つとしてっ!」

「なん、だとっ……」

 予期せぬ告白を受けて、彼女は頬を引き攣らせた。

「だから、これだけは君に伝えたくて、ここまで来たんだ。魔法だか何だか知らないけれど、俺の君に向けた想いは、そんな適当なものでは、決して散らされることはないのだと、どうしても伝えたくてっ!」

「……適当な、ものだと?」

「そうさ。適当なものさ」

「き、貴様ぁ……」

 いつぞやに同じく、額に血管を浮かび上がらせては、ピクピクとさせ始める。

「いったい何者だ? まさか、この私の首を狙いに来たか?」

「あぁ、そう言えば自己紹介がまだだったね。俺は麻帆良学園本校男子高等部三年、豚田猛夫。今年で卒業してしまうから、どうしても、最後にこの想いを君に伝えたかったんだよっ、エヴァちゃんっ!」

「んなこと聞いとらんわっ!」

「え?」

「マスター。落ち着いて下さい」

「これが落ち着いてられるかっ! くそ、馬鹿にしおってっ!」

 今すぐにでも、豚田の胸ぐらを掴みに、飛び出して行きそうだった。

 これを寸前のところで、理性が抑えて思える。

「俺、一度はフラれたけど、絶対に諦めないからっ!」

「黙れっ! 魔法を適当なものだと? 貴様、私を舐めているのかっ!?」

「舐めたいほどに愛おしい」

「あああああっ、殺すっ! コイツは私が殺すぅっ!」

「っていうか、そういう意味では僕の愛もまた、一種の魔法なのかもしれないね?」

 勝手なことを語っては、ニコリ、不細工な笑顔を浮かべてみせる。

 本人は、これはキマッた、と本気で思っている。

 他方、これを目の当たりとしては、少女の憤慨も一入と言った様子だ。

「うぉおおおお、離せ茶々丸っ! 私はコイツの顔を見ていると殺したくなるっ! 憎いっ! 憎いぞっ! これほどまでに憎いモノが、かつて私の前に現れただろうかっ!」

「はい、私も今のはかなりイラッと来ました。が、ひとまずお納め下さい」

「納められるかクソがっ! 絶対に殺すっ! この場で殺すっ! 殺して生き返らせて更に殺すっ! 見てみろこの腕のところをっ! キモくてブツブツが出来てるわっ!」」

 後ろから羽交い締めにされて尚も、少女は喚き続けた。

「ごめん、機嫌が悪いようだから、今日のところは出直すよ。色々と迷惑を掛けちゃって、本当にごめん。ただ、もし、もしも良かったら、またお話して下さい」

 怒れる少女を前として、ペコリ、豚田は頭を下げる。

「それじゃあ」

 そして、踵を返すのだった。

「おいこらっ! 待てっ!」

「マスターっ、おちついて下さいっ」



◇ ◆ ◇



 その日の晩、寮の自室で豚田は悟った。

「僕は、彼女の大切なものを、蔑ろにしていたのかも知れない」

「……いきなりなんだよ、おい」

 これに白い目を向けるのはルームメイトの池照だ。今度は何を言い出したとばかり、少なからずウンザリした様子である。ここ数日、少しばかり頭の具合がよろしくない学友に疑念を抱いてあろう。

「僕は自分の思いを伝えることばかりに必死で、他の何よりも大切な、相手の気持ちというものを、まるで理解していなかったんだ。そりゃ怒鳴りたくなるのも当然だ」

「昨日の今日で随分と偉そうな口を利くようになったじゃんか」

「そ、そう?」

「今日、何かあったのかよ?」

「実は、エヴァちゃんの家に行ったんだ」

「おいっ! 遂にストーカーかっ!? 止めろよっ!」

「ち、違うって。挨拶に行っただけで、少しだけ話して帰ってきたよっ」

「今さっき怒鳴ったとか言ってなかったかっ!?」

「それはその、俺の心ない言葉が、彼女を怒らせてしまったっていうか……」

「……お前、中学生相手に何やってんだよ。いやマジで」

 ついにやっちまったか。池照の豚田を見つめる眼差しは冷たかった。

 心なしか二人の間にも距離が生まれて思える。

 彼らは普段からの姿勢、互いにベッドの上、寝転がりながら思い思いに夜の時間を過ごしていた。が、池照は今の豚田の発言を耳として、少なからず身を引いた。

「俺、明日ちゃんと謝ってくるわ」

「いやいやいや、お前、もう行くなって。通報されるぞ」

「それはきっと、いや、多分、大丈夫だと思うんだ」

「きっとも多分も大して変わらねぇよっ! どっちもアウトだよっ!」

 愛欲に狂ったブサメンは、まるで周囲が見えていなかった。

 伊達に恋愛経験ゼロで高校生活を終えようとしていない。恋に焦がれる思春期のそれ。ホストに狂った女のように、周りが何と言おうと、これに構わず動くだけである。彼の顔面偏差値を鑑みれば、迷惑極まりない存在となっていた。

「と言う訳で、今日は早めに寝るよ」

「……お前、犯罪だけはするなよな? せっかく良い大学に受かったんだから」

「うん。相手の嫌がることなんてしないよ。大切なのはそこだね」

「いや、そういう意味じゃなくて、さぁ……」

 忠告の言葉も適当に聞き流して、彼は布団へと潜り込んだ。

「……マジで大丈夫かよ」









<チャプター3>



 翌日は午前授業だった。

 受験前であれば、それこそ寝る間も惜しんでの勉強を強いていた高校生活。けれども、大学へ受かってしまえば、後は何をすることもない。登校しても授業らしい授業はなく、適当に駄弁って一日が終わる。

 ということで、午前授業。

 結果、昼のチャイムと共に学業から解放された豚田である。

「よっしっ……」

 その足が向かう先は、他のどこでもない。

 大好きな異性のお家だった。

 昼食を食べることすら忘れて、駆け足に向かってゆく。その足取りは軽い。勉強はできても運動はからきしな、典型的もやし野郎の彼にしても、今日この日ばかりは、まるで背に羽が生えたようだった。

 そして、辿り着いた先、チャイムを鳴らす。

 ピンポーン。

 ログハウスに軽い音が響き渡る。

 が、何も起こらない。誰も出てこない。

 仕方ないので、彼は連打した。

 ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。

 ややあって、ドアの内側にドスドスと激しく鳴り響く足音。

 次の瞬間、勢い良く開かれた玄関のドア

「いい加減に諦めろよっ!」

 顔を覗かせたのは、酷く苛ついた眼差しに彼を見つめる少女だった。

「急にごめんよ、エヴァちゃん」

「だったら来るなっ! 悪いと思うなら来るなっ!」

「あれ、もしかして寝てた?」

 相手がパジャマ姿であることを確認して、豚田は首を傾げた。

「うるさいっ! 貴様には関係のなぶぇぇぇえっくしょんっ!」

「も、もしかして風邪ひいたとか?」

「だから黙れよっ! 花粉症だよっ! 春先は辛いんだよっ!」

「あぁ、確かに重い人は下手な風邪より辛いっていうよね……」

「心配そうな顔をするなら帰れっ!」

「もし何か僕にできることがあるなら、看病とか、手伝いたいんだけど」

「誰が貴様なんぞの世話になるかっ! むしろお前の顔を見ていると、余計に容態が悪くなるわっ! あぁっ、鼻がむずむずぅぶえぇええくしょぉんっ!」

 壮大にくしゃみをした先、少女の鼻の穴から吹き出した鼻水が、正面、玄関先に立った豚田の顔へと命中した。

 べちょり。

 生暖かく、ネットリとした液体が顔に張り付く。

「あ……」

「うぁ……」

 しばし無言。

 先んじて口を開いたのは豚田だ。

 鼻水を顔に貼り付けながら言う。

「俺はさ、エヴァちゃんに謝りに来たんだ」

「いいからっ、とりあえず先に顔ふけよっ!」

「嫌だよ、勿体ない」

「この変態がっ!」

 殊更に大きな少女の叫びが、一帯に響き渡った。

「エヴァちゃんにとって、魔法というものは、凄く大切なものだったんだよね? それを僕は昨日、適当なものだなんて、勝手なことを言ってしまった。だから、今日はそのことを君に謝りに来たんだよ」

「……あぁ?」

 目元をつり上げた少女は、威嚇するように彼を見つめる。

「僕は自分のことばかりで、君のことを何も考えていなかった」

「だったら最初からここへ来るなよ。お前の相手をしなけりゃならない私の迷惑を考えろよ。茶々丸もこういう時に限ってメンテに出払ってしまっているし。クソっ!」

「だから、僕は君をより深く理解する為に、魔法を学ぼうと思う」

 キリっと真面目な表情を作り、彼は少女へ語ってみせる。

「だったら勝手にやってろ。私にいちいち言いに来るなボケが」

「しかし、僕には魔法がどういうものなのか、サッパリだ!」

「威張るなよっ!」

「ということで、エヴァちゃん、どうか僕に魔法を教えてくれないかい?」

「…………」

 少女はこれ以上なく面倒臭そうな表情で、目の前の男を見つめた。

 これまでの彼の発言の意図するところを計りかねている様子だった。果たしてこの男は何者なのか。彼女の中では推測が右へ左へ飛び交う。何か目的があって自分に近づいてきたのか。だとすれば、それは学園に因るところか、あるいは自身に因るところか。

 この少女は自他共に認める大魔法使いだ。騙し騙されのブラック極まる世の中で、海千山千、長らく生き残ってきた強者だ。まさか目の前の相手が、本当に自分へ惚れているとは思わなかった。仮に惚れていたとしても、近づく理由は他にあるだろうと。

 でなければ、ここまで執拗に自分に構うことはないだろうと。

 そして、何よりも決定的なのは、学園長の魔法に抗い、今も尚、昨晩以前の記憶を保持し続けている点だ。これは常人に不可能なところ。たとえ魔法技術に長けた少女であっても、とんでもなく難しいことだ。

 などと無駄に深読みをして、何も無い場所ですっ転ぶのが彼女の常だ。

「お願いだよ、エヴァちゃんっ!」

 他方、彼は必至である。

「どうか、君と同じ地点に、僕は至りたいんだっ!」

 頭を深々と下げて懇願する。

 そうしたやり取りが、どれだけ続いただろう。

「……私と同じ地点? なんとも愉快なことを言う」

「エヴァちゃん?」

「この悠久の時を生きる私と、同じ地点に至りたいだと?」

「う、うん……」

 少女がボソリ、呟いた。

 彼の発した言葉に、気になるところでも見つけたのだろう。

「ははっ、いいだろう。そこまで言うなら、貴様に魔法を教えてやる」

「ほ、本当かいっ!?」

 その言葉は、彼を試すモノであった。

 自らの管理下でその能力を把握する為、彼女は小さく頷く。

「ただし、やり方は私が決める。口出しは一切揺るさん。良いな?」

「ありがとうっ! 俺、今マジで天にも昇りそうな気分だっ!」

「そのまま昇天してしまえば面倒が無くて良いんだがな」

「あぁ、正直、今この瞬間、君に殺されたのなら、僕は幸せに逝けるよ」

「ぬかげゲスがっ」

 そんなこんなで豚田の魔法レッスンが決定された。



◇ ◆ ◇



 その日の晩、学園長室にはエヴァンジェリンの姿があった。

「おい、アイツが魔法を習いに来たぞ。私の家まで」

「ほうっ」

「ほうっ、じゃないわこの蛸入道がっ! 面倒を私に丸投げしおってっ!」

「なんじゃ、気づいておったか」

「当然だっ! あんな真似を他に誰が考えるっ!?」

「まあ、少しは協力してくれても罰は当たらんじゃろう? 正直、こっちでも色々と調べてはみたのじゃが、なにも掴めんかったのじゃよ。白も白の真っ白。ここまで白いと逆に怪しくなるほど一般人じゃ」

「だったら、どうして貴様の魔法が利かない」

「それは儂にも分からぬよ。じゃが、事実は事実じゃ」

「まったく、使えないジジィだ」

 ジジィと呼ばれた老年の男性は、机に御したまま、ほうほうと語りみせる。他方、これにやっかみを向ける少女はと言えば、彼の正面に置かれたデスクへ尻を乗せて、我が物顔に座りこんでいる。

「放っておいても、あの様子では自然とお主の下へ向かったじゃろうて」

「それが面倒だから言ってるんだよっ!」

「まさか、度重なる求愛に心が揺らいでしまったかのぉ?」

「おい、本気で殺すぞ?」

「おぅおぅ、暴力は反対じゃぞ。老人をいたわって欲しいのぉ」

「はっ! 下手な傭兵より頑固なヤツが何を言ってるんだ」

「まあ、その結果として見えてくるものもあるじゃろう。これも学園を維持する為の仕事だと思って、協力して貰えると嬉しいのぉ」

「……いつか覚えていろよ? このクソジジィ」

「ふぉっふぉっふぉっ」

 二人の間に交わされる言葉は、他の誰にも漏れることなく、夜の闇に消えた。



◇ ◆ ◇



 翌日、豚田は昨日に続いて、愛する人のお家へとやってきた。

 ひとえに魔法を教わる為だ。

「エーヴァーちゃーん」

 ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。ピンポン。

 例によって玄関のチャイムを連打する。

 すると、ドタバタ、騒々しい足音と共に人の気配が近づいたかと思えば、玄関ドアが勢い良く開かれた。その先から顔を出したのは、同邸宅の家主である少女だ。

「だからうるさいって言ってるだろうがっ! 連打するなよっ!」

「こんにちは、エヴァちゃん」

「くそっ……」

 今日も学校は午前授業だった。

 それは中等部も同様であったらしく、彼女は自宅に居た。

「マスター、どうされましたか?」

 騒ぎを聞きつけて、同居人もまた姿を現す。

「うるさい、お前は向こうに行っていろ」

「はい。分かりました」

 少女が命令を飛ばすと、彼女は早々のこと家の奥へと消えていった。

 然る後、エヴァンジェリンは豚田に向けて言葉を続ける。

「上がれ。付いてこい」

「え? い、いいの? 家の外とかじゃなくて……」

「いいから黙って付いてこいっ! あといちいち赤くなるなっ! 気持ち悪い!」

「ご、ごめんっ」

 少女は豚田を引き連れて、自宅廊下を歩んでいった。



◇ ◆ ◇



 訪れた先は、摩訶不思議なリゾート施設。

「うぇっ、な、なんだこれっ……」

「いちいち奇声を上げるなっ、耳が腐るわっ!」

「いや、でも、これっ、水晶玉を触ったらいきなり……」

 少女に導かれるがまま、向かった先は何処とも知れない屋外と思しき場所。けれども、その道中に歩んだ全てはログハウスの廊下。切っ掛けは正体不明のガラス玉へ右手の指先に揺れた瞬間。家の中に在りながら屋外とは、ひとえに魔法の賜だ。

 果たして、そこは彼女が別荘と呼ぶ空間だった。、

「ここでの一日は、外での一時間に相当する」

「え? マジなの? それも魔法で?」

「そうだ」

「スゲェ……」

 周囲の光景を目の当たりとして、しきりに感心してみせる豚田だった。

「ふんっ」

 そんな彼を眺めては、つまらなそうに鼻を鳴らすのが少女だろうか。

 相変わらず、彼女の態度は何に付けても素っ気ない。

「ここで貴様は魔法を学べば良い」

「おぉ……ありがとう、エヴァちゃん。なんか凄いねこれ」

「当然だ。これは私の魔法だからなっ」

 魔法、の部分にイントネーションをおいて語るエヴァンジェリン。

「なるほど、流石はエヴァちゃんの魔法だね」

「いちいち人の言葉を繰り返すな。ウザいんだよ」

「ところで、魔法っつっても、どうやって勉強するの? 教科書とか?」

「……貴様なぁ」

 ピクピクと額に血管を浮き上がらせながらも、危ういところに堪えて、彼女は続く言葉を口とする。豚田の真意を測りかねているのだろう。

 当の本人はこれをまるで理解しないのだから、阿呆な話だ。

「これを使え」

「うぉっ!?」

 エヴァンジェリンが何かを懐から取り出し、これを彼に向けて投げる。。

 その手から放られたのは、小さな杖だった。

 パッと見た感じ、完全にオモチャである。小さな子供が振り回して遊ぶ類いのものだ。三十センチほどの木の棒の先端に小さな星がくっついている。

「な、なにこれ。杖?」

「それを手に振るい、唱えろ。プラクテ・ビギ・ナル(火よ灯れ)」

「プラクテ・ひぎ、ひぎぃ……なに?」

「プラクテ・ビギ・ナルだっ! これくらい一発で覚えろよっ!?」

「プラクテ・ビギ・ナル? それって何語?」

「んなもん自分で調べろっ! あっちに図書室もあるっ!」

「りょ、了解だよ。エヴァちゃん……」

 余程のこと機嫌が悪いのだろう。

 吠え散らかすエヴァンジェリンだった。

 これには豚田も狼狽えた様子に頷く。

「んじゃ、後は勝手にやってろ。これ以上は知らん」

「え?」

「杖の先から何か出るようになったら、魔法は免許皆伝だ。じゃあなっ!」

「あ、ちょっ……」

 魔法を教示するにしては、酷く適当な物言い。

 これに豚田は何を言う暇の無かった。

 早々のこと彼女は踵を返すと、彼の前から去って行った。

 後に残されたのは、魔法のまの字も理解しない素人が一人だった。



◇ ◆ ◇



 以後、豚田は彼女に言われたとおり、魔法の練習を繰り返した。

 プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。

 幾十回、幾百回、幾千回。

 腕の筋肉が引き攣るほどに。

 喉が枯れるほどに。

 とにかく無我夢中で、愛しの女性から教示されたとおりの作業を続けた。

 アホである。

 結果、何か出た。

「うぉおおおおおおっ!?」

 都合、三時間ばかり繰り返した成果は、杖の先に灯る炎だった。

 ぼぅと音を立てて、チャッカマンほどの火が発生である。

「す、スゲェ! マジで出たっ! マジで出ちゃったよ魔法ぉっ!」

 魔法そのものに半信半疑だった手前、豚田は戦いた。

 同時に感動した。

 自分も彼女と同様に魔法が使えるのだという事実に。

「本当に、こ、こんなことって出来るのかっ……」

 杖の先に灯った炎を見つめて、全身を感動に打ち振るわせていた。

 そして、感動の次に訪れるのは、向上心だ。

 もっと練習すれば、もっと凄いものが出るかも知れない。

 想いは彼の中で膨れあがる。

 自分がとんでもないモノを出せたのなら、或いは想い人もまた、こちらを振り向いてくれるのではないか。振り向かなかったとしても、共通の話題として、魔法を語り合える友人の関係くらいまでは進めるのではないか。

 豚田の中に明確なエヴァンジェリン攻略ルートが生まれた瞬間だった。

「よっしゃぁっ!」

 これがやる気となった。

 腕の疲れも、喉の痛みも吹っ飛んでいた。

 プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。プラクテ・ビギ・ナル。

 彼は狂ったようにプラクテ・ビギ・ナルした。

 とにかく凄いものを。

 少女の気を引けるように。

 頭の中にはそれしかなかった。

 都合、彼の切磋琢磨は、延々と続けられた。



◇ ◆ ◇



「マスター、よろしいのですか?」

「あぁ? 何がだ?」

 夕食の席、茶々丸がエヴァンジェリンに問い掛けた。食卓には出来たての料理が湯気を上げて並ぶ。前者は食事を必要としないので、都合、それは後者が要する一名分だ。

「既に丸四日が経過しておりますが……」

「……あぁ」

 エヴァンジェリンが、その事実を思い起こすには、数瞬の猶予が必要だった。というより、覚えてはいたが、顔を見るのが面倒で、話をするのも面倒で、正直に言うと会いたくないので、向こうから寄って来るまで放っておいた、というのが正しい。

「一度も出てきていないよな?」

「はい」

「向こうでは三ヶ月といったところか。随分と粘ってくれる……」

「よろしいのですか?」

「そのまま野垂れ死んでくれれば良いのだが、何かしら企んでいるといったところだろう。だがしかし、あの別荘は私の作ったものだ。そうおいそれと手を出せるとは思えん」

「食料にも十分な備蓄がありますので、それは難しいかと」

「こっちから出向いた途端、いきなりドカンと来るかもな?」

「そうですね」

「しかし、あちらならば私も全力を出せる。まぁ、負けることはないだろう」

「どうされますか?」

「食事を終えたら向かおう。ちょっとした腹ごなしだ」

「分かりました」

「これでいい加減、尻尾を出せば良いのだがな」

「そうですね」

 フォークの先にサラダを弄りながら、軽い調子に語り見せる少女だった。


◇ ◆ ◇



 茶々丸を従えたエヴァンジェリンが、四日ぶりに自らの別荘を訪れたのは、夕食を終えてから小一時間の後であった。

 水晶に触れた先、場所は南国リゾートへと移る。

 やたらと長い桟橋の先端が、ログハウスから別荘への出入り口。そこから居住区へ向けて歩むと、すぐに豚田の姿は見つかった。

「おいっ、貴様いい加減に……」

 適当なところで声を掛けようとして、彼女は驚いた。

「プラクテ・ビギ・ナルっ!」

 本来はライターの先に灯るほどの僅かな炎を生み出す基礎魔法である。

 それが何故か、彼女の目の前に巨大な炎の柱を生み出した。

「なっ!?」

 ズドン、まるで大量の火薬でも爆ぜたような音が響く。

 応じて、幅数メートル、高さ数十メートルの火柱が立ち上る。

「貴様っ!」

 咄嗟、彼女は身構えた。

 それが自らへ向けて撃たれたものだと考えたのだ。

 しかし、これに続けられたのは、ここ数日で聞き慣れた間抜け声だ。

「エヴァちゃんっ! ちょっと見てよこれ、俺かなり頑張ってるっぽいっ!」

 今に生み出されたばかりの炎の壁、その反対側から姿を現したのが、豚田である。彼は右手に杖を握ったまま、笑顔で彼女の下へと駆けてきた。

「ついに尻尾を見せたかっ! くたばれっ!」

 これに遠慮なく、エヴァンジェリンは魔法を撃った。

「ウェニアント・スピーリトゥス・グラキアーレス・オブスクランテース・クム・オブスクラティオーニ・フレット・テンペスタース・ニウァ-リス・ニウィス・テンペスタース・オブスクランス。来たれ氷精、闇の精。闇を従え吹けよ常夜の氷雪。闇の吹雪」

 強力な吹雪と暗闇が豚田を襲う。

「なんでぇえええええええええええっ!」

 流石の彼も、相手が何をしたのか、即座に理解した。

 相手はガチで自分を殺しにきていると。

 が、理解したところで、彼が知っている魔法は一つしかない。

「プラクテェエビギィイイイナルゥウウウウウッ!」

 渾身の力を込めて、プラクテ・ビギ・ナルだ。

 杖を振り下ろすと共に、これまでにない大声で叫びを上げる。

 応じて、もう一つ、大きな炎の壁が彼の正面に生まれた。

 巨大な火柱と吹き付ける吹雪とが、互いにぶつかり合った。

 今し方の比では無い、大きな爆発音が辺りに響き渡る。同時、両者の接する地点より衝撃が発した。それは魔法を撃った二人を巻き込んで、周囲一帯へ強烈な衝撃波と四方八方、ズドンと飛ばした。

「うぉおおおおおおおおおおおっ!?」

「ぬぅっ……」

 共に等しく吹っ飛んでゆく。

 無関係な茶々丸も巻き添えを食らった。

 爆心地点には、見事なクレーターが出来上がった。



◇ ◆ ◇



「で、さっきのあれがプラクテ・ビギ・ナルだと?」

 呆れ調子に尋ねたのは、他の誰でもない、エヴァンジェリン。

 つい先程の火柱が誤解である旨を伝えた豚田だ。

 彼は彼女の感情が落ち着くのを待って、ここ数ヶ月の成果を語って聞かせた。実時間にしては四日前に分かれて以後、体感にして四ヶ月間の修行の成果だ。果たしてそれが如何様なものであったのか、一頻りを共有する形だ。

「いやほら、何か出るって言ったから、本当に出たし……」

「…………」

 二人は別荘のリビングで、ソファーに腰掛けては語らい合い。

 豚田にしては、またとない幸せな時間だ。

「他の魔法はどうなんだよ?」

「え? そんなの教えて貰ってないけど?」

「本気で言っているのか? おい、あまり私を馬鹿にするなよ?」

「いやいやいや、だって本当じゃんっ、知らないってっ!」

「……貴様はぁ」

「俺はただエヴァちゃんが好きだからやってるだけなんだよっ! 本当だよっ! 魔法だって、エヴァちゃんと共通の話題が欲しくて、エヴァちゃんの好きなモノを自分の好きなモノにしたくてやってるんだからっ!」

「それを信じろというのかっ!? この阿呆がっ!」

「信じてよっ! エヴァちゃん!」

「うぉおあああ、気色悪いっ! ほら見ろ、鳥肌がたっちゃったじゃないかっ!」

「それは、あの、割とショックなんですけど……」

「くそっ!」

 話し合いはいつまで経っても平行線だった。どれだけ言葉を重ねても、豚田は自分を少女に伝えることができない。少女もまた豚田を理解することができない。或いは嫌悪感が先立って、初めから理解するつもりがないのか。

 いずれにせよ、まともな話し合いなど、どだい不可能なところ。

「ああもうっ! 本当にお前はなんなんだよっ!?」

 ここまで来ると、エヴァンジェリンも困惑を隠しきれない。

 相当に苛立ちが堪って思えた。

 その原因の大半は、彼の顔面偏差値に由来することは間違いない。

「いっそこの場に殺してやろうか……」

 色々と面倒になった様子で呟く。

 すると、ボソリ、これに豚田が応じた。

「それは殺したいほどに愛していると受け取ってもいいですか?」

「んなわけあるかっ!」

「ですよねー」

「殺す、もう、絶対に殺すっ……」

「っていうか、それでエヴァちゃんが俺のこと信じてくれるなら、いっそ殺されても良いような気がしてきたよ。むしろエヴァちゃんに殺されたいとも思い始めている自分が、なんかちょっと怖いね!」

「あぁ?」

「どうせこのまま生きてても、エヴァちゃん以上に好きな人なんてできないだろうし、なんとなくだけど、エヴァちゃんとも付き合うのは難しそうだし、どうせ最後は病院のベッドで、とんでもない後悔を抱いて、孤独に死ぬじゃん?」

 普段からの調子に語ってみせる豚田。

 これを受けては流石のエヴァンジェリンも一歩を引いた様子。

「お前は馬鹿か? っていうか、なんとなく、ではなく確実に、だっ!」

「いやいや、ボクは本気だよ。もう、最高に本気だってば。エヴァちゃんと愛し合えない世界に住んでるくらいなら、エヴァちゃんに殺されて途中退場するほうが、絶対に幸せじゃないか。太鼓判押してもいいよ」

 真顔で言ってのける豚田だ。

 彼の言葉は更に続く。

「冷静に考えて、下手にガンとかで死ぬより、圧倒的に幸福じゃん。肺がんとか、スゲェ苦しいらし、そんな苦しい状態、碌に幸せだった想い出もない俺が、自分の死を前にして、まさか乗り越えられる訳がない。そんな辛い最後は絶対にごめんだね」

「ああ、なら良いだろう。お前が望むとおり、殺してやるよ。今すぐにな」

「あっ、でも、痛くはしないで欲しいんだけど……」

「心配するな。永遠に溶けない、絶対の氷の中に閉じ込めてやる。それこそ、痛みを感じている暇も無いだろう。そして、お前は永遠に無様を晒し続ける訳だ」

「マジっすか!? それ痛くなさそうで良いね。っていうか、普通に格好いいし、最高だよ。そうだよっ、俺はそういうのを望んでいたんだよっ! 最高過ぎる。エヴァちゃんってやっぱり最高だよっ! 本当に心の底から愛してる!」

「はっ! その阿呆な面がどこまで平静を保っていられるだろうなっ!?」

 意気揚々と語る少女は、ニヤリ、いやらしい笑みを浮かべる。

 他方、豚田はそれまでと変わらず受け答えを続ける。

 彼女はソファーから腰を上げると、正面の相手を目掛けて腕を振るう。

「ゲリドゥス・カプルス。凍てつく氷棺」

 小さな口が幾らばかりかを呟くに応じて、豚田の足下に魔法陣が浮かび上がる。

 同時、そこから冷気のようなものが発せられた。

「うわっ、寒っ……」

 それが彼の最後の言葉になった。

 冷気に触れた豚田の身体は、爪先から頭の天辺まで、完全な氷漬けとなった。ブサイクな氷像のいっちょ上がりだった。

 あまりにもすんなりと凍り付いた彼を目の当たりとして、少女は慌てた。

「……なんだと?」

 ソファーに座った姿勢のまま、豚田は凍り付いた。

 その様子を目の当たりとして、彼女は身を強ばらせる。

 今し方のやり取りに違いなく、彼は大人しく殺されてしまった。

「本当に、何もしなかったのか?」

 これを受けては、流石のエヴァンジェリンもビビったらしい。

 やっちまった。

 そんな思いが胸の中を行ったり来たり。

「……お、おいっ」

 語りかけても反応は返らない。

 ただ、氷漬けにされた彼の瞳は、最後の最後まで彼女の姿を捉えていた。

 執念である。





<チャプター4>


 豚田が死んでから一ヶ月が経過した。

 春休みが終わり、新学期の始まる季節。陽も落ちて久しい夜の学園長室には、部屋の主とエヴァンジェリン、二人の姿があった。いつだかに同じく、学園長は椅子に腰掛けて、他方、彼女は部屋の片隅、壁に背を凭れさせるよう。

「彼の具合はどうじゃ?」

「相変わらず凍ってるよ」

「ふむ……」

 学園長は多少ばかり間をおいて、短く告げた。

「どうやら、本当に普通の学生だったようじゃの。こちらでも色々と調べてはみたのじゃが、それらしい材料は何も見つからなかった。両親も学園の生徒じゃし、生粋の麻帆良っ子というヤツじゃ」

「……らしいな」

 答える少女の表情はなんとも言えないものだ。

「お主、自分のことを好きだという一般人を問答無用で殺しおったな?」

「し、仕方ないだろっ!? あれはっ……」

「まあ、それは儂の過失でもあるがのぉ。むしろ過失の割合で言うならば、全てをお主へ任せた時点で、こちらのが大きい。正直、滅多でない心苦しさじゃ」

「はん、今更何を言っているんだ。黙れよジジィが」

「これで名実ともに悪の魔法使いになってしまったのぉ?」

「だ、だから、うるさいと言ってるだろうがっ!」

「一応、失踪事件として処理は済ませてある。これ以上は問題が拡大することもないじゃろう。凍り付いた彼の肉体さえ表に出てこなければの」

「欲しいならくれてやるぞ?」

「いらんよ」

「だったら話を振ってくるなよな……」

「全ては過ぎたことじゃ。これで良しとしよう」

「はっ! まったく、どっちが悪の魔法使いか分からないな?」

「それはそれで闇の福音らしからぬ物言いじゃな」

「ふんっ……」

 二人の間には何とも言えない空気が流れていた。

 勘違いで人を一人殺してしまったのだから、仕方が無い。

 ややあって、エヴァンジェリンが動いた。

「私は帰る」

「うむ」




 第一章、豚田死す。

 完。


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