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赤松健SS投稿掲示板


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No.6512の一覧
[0] 狼と蛇の社会勉強(ネギま×北欧神話・ほぼオリ主)[mame](2009/08/24 09:09)
[1] プロローグ[mame](2009/02/12 08:56)
[2] 第1話 「帰ってきた嫌われ者」[mame](2009/03/05 03:10)
[3] 第2話 「あなたのお名前なんてーの?」[mame](2009/02/12 01:12)
[4] 第3話 「夢続きを現実で」[mame](2009/02/14 20:09)
[5] 第4話 「広がる貧富の差」[mame](2009/02/16 17:56)
[6] 第5話 「安寧に射す影」[mame](2010/11/30 08:40)
[7] 第6話 「微笑む女神は機械式」[mame](2009/02/20 23:20)
[8] 第7話 「それぞれの夕餉」[mame](2009/02/23 00:16)
[9] 第8話 「得るは多くの幸不幸」[mame](2009/02/25 23:23)
[10] 第9話 「言葉は大事なコミュニケーション」[mame](2009/03/01 02:42)
[11] 第10話 「血は繋がらずとも腹は同じ」[mame](2009/03/03 03:36)
[12] 第11話 「邂逅に幸無し」[mame](2009/03/05 03:10)
[13] 第12話 「一見は百聞に如かずのはず」[mame](2010/12/03 08:54)
[14] 第13話 「人を愛さば穴二つ」[mame](2010/12/03 09:23)
[15] 第14話 「目撃者からの贈り物・被読者からの贈り物」[mame](2009/03/10 09:51)
[16] 第15話 「送り物がもたらす其々の成果」[mame](2009/03/12 13:06)
[17] 第16話 「蝕む毒も今は届かず」[mame](2009/04/13 00:42)
[18] 第17話 「甘みと痛みの二重奏」[mame](2009/03/26 11:27)
[19] 第18話 「庇い庇われ、擦れ違い」[mame](2009/03/27 10:35)
[20] 第19話 「賢者を祀るは本の島」[mame](2009/03/28 02:30)
[21] 第20話 「同じ酔いなら酒がいい」[mame](2009/03/30 04:23)
[22] 第21話 「自覚の無い報復」 [mame](2009/04/13 00:43)
[23] 第22話 「レンジャー選抜試験」[mame](2009/04/13 00:40)
[24] 第23話 「不和を崩すは銀の願い」[mame](2009/04/19 06:10)
[25] 第24話 「いずれの宝も地下深く」[mame](2009/04/25 23:52)
[26] 第25話 「舞うは二人の蒐集者」[mame](2009/05/09 16:59)
[27] 第26話 「賢者と蒐集者と渇望と」[mame](2009/05/17 23:50)
[28] 第27話 「蛇が想うは牙の影」[mame](2009/05/25 01:02)
[29] 第28話 「知欲の泉の暇潰し」[mame](2009/06/01 00:48)
[30] 第29話 「眠りから眠りへ」[mame](2009/06/05 23:52)
[31] 第30話 「前を向いて歩きましょう」[mame](2009/06/12 21:15)
[32] 第31話 「再会」[mame](2009/06/21 00:03)
[33] 第32話 「片鱗が招く災悪の序章」[mame](2009/06/30 06:55)
[34] 第33話 「全ての視線は渇望へ」[mame](2009/07/02 16:02)
[35] 第34話 「兄弟姉妹兄妹」[mame](2009/07/09 23:44)
[36] 第35話 「穿つ凶弾は目覚めの兆し」[mame](2009/07/14 00:10)
[37] 第36話 「獣は退けども人の思いは螺旋の如く」[mame](2009/07/20 11:51)
[38] 第37話 「牙と拳の勘違い」[mame](2009/07/24 23:22)
[39] 第38話 「乙女の嗜好と淑女の悩み」[mame](2009/08/08 23:25)
[40] 第39話 「駆ける鼠の悪巧み」 加筆[mame](2009/08/17 11:30)
[41] 第40話 「火消しの炎人」[mame](2009/08/17 11:28)
[42] 第41話 「正体暴露」[mame](2009/08/24 09:08)
[43] 第42話 「暗躍の鼠と快活の巨人」[mame](2009/09/01 21:37)
[44] 第43話 「交錯する想い」[mame](2009/09/07 15:56)
[45] 第44話 「酒宴の席は無礼講」[mame](2009/09/17 11:38)
[46] 第45話 「鴨が葱に背負われる」[mame](2009/09/23 20:46)
[47] 第46話 「食事はゆっくり、決断ははっきり」[mame](2009/10/03 20:57)
[48] 第47話 「器物破損」[mame](2009/11/10 22:45)
[49] 第48話 「“消えた”女神」[mame](2009/11/10 22:44)
[50] 第49話 「影から闇への交渉術」[mame](2009/11/10 22:39)
[51] 第50話 「指輪が繋ぐ呪いの連鎖」[mame](2009/11/27 09:16)
[52] 第51話 「目覚める毒竜」[mame](2009/12/14 22:52)
[53] 第52話 「準備万端? そして獣は戦場へ」[mame](2009/12/31 22:20)
[54] 第53話 「斬 斬 斬」[mame](2010/01/12 22:13)
[55] 第54話 「全ては心の赴くままに」[mame](2010/02/11 16:17)
[56] 第55話 「闇が望むは影の英断」[mame](2010/03/02 23:45)
[57] 第56話 「過ぎ去る時間は事も無し」[mame](2010/03/30 22:33)
[58] 第57話 「鬼の従者の眠りは深く」[mame](2010/05/23 10:09)
[59] 第58話 「お休みお休み、早く寝ろ」[mame](2010/06/05 19:46)
[60] 第59話 「頭隠して尻も隠す」[mame](2010/07/31 22:36)
[61] 第60話 「旅行は場所より人が重要?」[mame](2010/09/03 22:37)
[62] 第61話 「双山の長、人を踊らす」[mame](2010/11/26 16:36)
[63] 第62話 「震える少女と偽る獣」[mame](2010/11/30 21:08)
[64] 第63話 「決意するのは箒と猪、牙は応じるのみ」[mame](2012/08/25 21:25)
[65] 第64話 「それぞれの価値」[mame](2012/09/02 17:02)
[66] 第65話 「笑みを演じるもの達」[mame](2012/09/08 23:44)
[67] 第66話 「褒め脅し」[mame](2012/09/16 14:31)
[68] 第67話 「正体暴露?」[mame](2012/10/09 23:27)
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[6512] 第40話 「火消しの炎人」
Name: mame◆90d45ed8 ID:ec979ae0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/08/17 11:28
第40話 「火消しの炎人」



【独房】



高畑は空気の淀む独房の中で倒れ込みそうになるのを必死に耐えていた。
視界が霞み、目の前にいるはずの存在さえしっかりと捉えることができない。
そんな彼の状況を彼の姿を見た者ならば、容易に理解できるだろう。いや、未だに立っていることを疑問に思うかもしれない。


何故なら、高畑の右腕は肘から先が無くなっており、そこから血が止まることなく流れ続けているのだから。

「ハァ、ハァ……フェンリル君、落ち着いてくれ。言い訳にしか聞こえないだろうが、ガンドルフィーニ先生はまともじゃなかった。彼が銃を持っていたことから見ても誰かが彼を扇動したのは明らかなんだ」

高畑は右腕から流れ出る血を左手で押さえながらフェンリルを説得しようと試みる。彼の後ろにはヨームを撃った後、まるで糸の切れた操り人形のように倒れたガンドルフィーニがいる。前に進むことも後ろに下がることもできず、荒れる息を整えるのがやっとだった。

「……そいつが誰かに操られていたとして……その事実がヨームの傷を癒すのか?……俺がそいつを殺すことを止めればヨームは助かるのか?」

フェンリルはヨームの血に濡れた瞳を見開き、高畑の血に濡れた牙を剥き出しにして唸った。
独房に施されていた魔力封じの処置はフェンリルの放つ魔力に耐えきれず、すでに効力を無くしている。3つの神器の破壊による魔力の回復とオーディンの片目に込められた魔力の吸収、さらに顔に掛かった血がさらにフェンリルの魔力を上昇させていた。

高畑も魔力と気を合わせることで強力な力を生み出す咸卦法を使用できるようになっているが、それでもフェンリルとの力の差は究極技法を用いても、あまりに隔絶したものだった。
況してや、ガンドルフィーニを守りながらなのだから戦闘と表現することにすら無理がある。その上フェンリルが攻撃したのはヨームが倒れた直後にガンドルフィーニに向けて放った一度だけ。その一撃が高畑の腕を吹き飛ばしたのだ。その後、高畑はガンドルフィーニを、フェンリルはヨームを守るように対峙したまま動こうとしなかった。


「ヨーム! お願い、目を覚まして!」

「フェンリル、今は争っている時ではござらん! 早くヨーム殿を医者に見せなくては!!」

高音の悲鳴にも似た叫びと楓の説得の声が独房に木霊する。
動くことができないのは高畑だけではなかった。ヨームの一番近くにいた高音も、フェンリルから最も信頼されているはずの楓ですらフェンリルから放たれる怒りの覇気に気圧されて、ヨームに近づくことも、その場を動くこともできなかった。

「……楓……すまん……もう、なにがなんだか分からないんだ。俺は誰を信じればいい? またヨームは俺の代わりに死ぬのか? 俺はまたヨームを救えないのか!?」

フェンリルは俯き、震える声で叫んだ。
この独房の中で最も動揺し、混乱しているのは腕を無くした高畑でも、気が動転して嗚咽を漏らす高音でもない。

怒りのせいで声が抑えられいたので一見冷静に見えてたが、フェンリルは傷つき血を流すヨームを直視できないほどに動揺していたのだ。まるで現実を受け入れることを拒むかのようにヨームに背を向けたまま高畑、高音、楓を見据えている。
一刻も早く、ヨームの傷の様子を確かめなければならない。だが、誰が味方で誰が敵なのかも分からないこの状況でヨームを誰かに任せることも、敵に背を向けることもできず、状況は悪い方向へと進み続ける。


ヨームを医者に診せなければならない。だが、診せた医者がヨームを殺そうとしないとも限らない。

またヨームが死ぬ。自分の身代わりとなって、自分を守って死ぬ。

自分は誰も守れない。

ヨームに接触したのは間違いだった。やはり、自分は自分に関わった者達を不幸にする。

ヨームが傷ついたのは自分のせい。



あらゆる混乱と自己嫌悪がフェンリルの脳内を掛け巡り、血を流すヨームの姿が心の奥深くに押し込んだ神世の記憶を掘り返す。

そして思い出すのだ……

自分が無力であるのだと。

どんなに強大な力を持とうとも、誰も守れず守られてばかりだった無力で無様な獣だった神世となに一つ変わっていないのだと。

ヨームの負傷はフェンリルの慢心が招いた結果。少なからず力を取り戻し、何があっても誰からでもヨームを守り、ヴァーリを取り戻せると思っていた。その結果、真の意味で無力なヨームを敵地に連れてきてしまい、しかもその無力なヨームに助けられる始末。

「俺は……どうすれば……どうすればいいんだ!?」

記憶の奔流は混乱をさらに加速させて、フェンリルの精神を追い込んでいく。その間にも時は流れ、ヨームの周りの血溜まりはその大きさを広げていく。頼みの綱の楓ですら、手が出せないのだ。この状況を打破できる存在はこの学園にはいない……



「頭に血が上ると何も考えられなくなるのは昔と変わらんな」

はずだった。

「「「「ッ!?」」」」

三人は聞き覚えのない声が独房に響いたことに、一匹は聞き覚えのある声が聞こえたことに驚いて独房の入り口へと視線を送った。

だが声がしたはずの入り口には誰もいない。

「敵に気を取られて、守るべき者を見失う。まだまだ未熟」

「ッ!? ぐがっ!?」

今度はフェンリルの背後から声が聞こえる。フェンリルはまるで気配を察知することもできず、背後を取られたことに驚愕して後ろを振り向こうとした。しかし声の主の姿を視界に捉える前に脇腹に強烈な衝撃を受け、軽々と吹き飛ばされてしまった。

独房にはフェンリルの肋骨が砕ける音と壁に叩きつけられことによる衝撃音が響きわたる。その音は衝突音というよりも、まるでうちあげ花火が真横で炸裂したかのような爆音だった。
吹き飛ばされたフェンリルの体は壁に亀裂を入れるだけに留まらず、壁を破壊して隣の独房へと突き抜けていってしまった。

「な、何者でござる?」

「……あれは……」

「ヨーム!!」

フェンリルと違い、客観して一部始終を見ることのできた三人はそれぞれの反応を示す。
三人が見たのはフェンリルの背後に突然、黒い装束の大男が現れ、目にも止まらぬ早さで拳をフェンリルに叩き込んだ姿だった。

楓と高畑が現れた大男に気を取られている中、高音はヨームの下へと駆け寄っていった。
楓も後に続こうとしたが、高畑が傷を押さえて片膝をついていることに気づき、先に高畑の下へと駆け寄って腕の止血を始めた。

「とりあえず、これで出血は止まるでござる」

「すまない、楓君。僕のことはいいから、ヨーム君を看てやってくれ」

楓は手際よく高畑の傷の止血をすると、高畑の要望通りヨームの下へと駆けて行く。楓はヨームに近づきながらも、フェンリルと黒い男の方へと意識を向けるとフェンリルの姿はすでに見えなくなっており、黒い男も破壊した壁を抜けて見えなくなってしまった。

「くっ、今はヨーム殿を」

見えなくなってしまったフェンリルの安否が気になり、足を止めそうになる楓だったが、頭を振って強引に意識をヨームへと向けるのだった。






「また同じ轍を踏むつもりか? なんのために冥界から舞い戻ったのか分からんな」

黒い男はフェンリルに近づくと、諭すようにフェンリルを見下ろした。折れた肋骨が内蔵を傷つけたらしく、フェンリルが咳込むとゴポリと血の塊が吐き出された。

「おっと、ちょっとヤりすぎたか? 思った以上に軟弱になったな」

口からだけでなく体の至る所から血を流し、床に倒れ込むフェンリルの姿を見た黒の男はつまらなそうに小さく息を吐いた。同時に男の緊張がほんの少しだけ緩む。
フェンリルはその瞬間を逃さなかった。震えの止まらない四本の足に力を集中させ、バネ仕掛けの人形のように男の首めがけて飛びかかった。

「訂正。思ったよりもしぶといな。だが…」

フェンリルの牙が目前まで迫っているというのに男は沈着冷静だった。
牙が首に触れるその瞬間まで男は微動だにしない。しかしフェンリルの牙が男の首を喰いちぎることはなかった。

男の左手が陽炎のように歪む。

次の瞬間、フェンリルより遙かに遅れて動き出したはずの男の拳が、今度は逆の肋骨を粉々に砕く。再びフェンリルは壁に吹き飛ばされるが、壁にぶつかることはなかった。何故なら吹き飛ばされた先にはすでに黒の男が先回りしていて、フェンリルが壁に衝突する前に手刀を叩き込んだからだ。

壁にぶつかる音こそしなかったが、代わりに床が砕ける音が響いた。

今度こそフェンリルは身動き一つせず完全に沈黙してしまう。

「追い詰められたら力任せの急所狙い。まだまだ甘い」

フェンリルに向かって語り掛ける黒の男。男はフェンリルの気概や戦闘の不出来さを指摘して、容赦の無い攻撃を仕掛けたが、その表情は慈愛に満ちたものだった。

「お前は『安寧』や『平穏』を知らない。故に破滅を引き寄せる。お前の存在は世界の脅威となるだろう……だが、だからこそ蘇った意味がある」

男はフェンリルの返答を期待しているわけではないらしく、一人でポツリポツリと語り続ける。

「これから学べ。ヨームと共に」

「……あんたに人生説かれるとは思わなかったよ……スルト叔父」

「なんだ、気付いてたのか。最新の偽装魔法なんだがな」

血が抜けたせいなのか、それとももう興奮し焦る力も出ないのか、フェンリルの頭はこれまで混乱が嘘のように冷静になっていた。目の前に立つ男の正体を悟って漲らせていた緊張を解く。全身が軋み、動くことのできないフェンリルは視線だけ自分を見下ろす男に向けて応えた。

スルトと呼ばれた男は目深に被った帽子を被り直しながら変装用の偽装魔法の調子を確かめる。

「あんたの匂いは独特だからな」

「……なんだか、臭いと言われているような気がするが、まぁいいか」

フェンリルにとっては太陽を思い出させる叔父に送った最大の賛辞だったのだが、スルトは悪い方向に受け取ったらしく少々落胆している。


「……叔父貴、ヨームを……助けてやってくれ。あいつに死なれたらヘルに会わせる顔がない」

フェンリルは気落ちしているスルトの様子に苦笑しながらも、すぐに表情を引き締めて懇願する。フェンリルは他人に頼ることに抵抗を感じ、特にそれが兄弟のことならば誰にも任せたくないのが本音ではある。しかし、自身の体たらくを実感させられては他人に頼ることを拒絶することすら、自身の甘さを反映しているような気がしてしまうのだった。


「俺だってお前等二人に何かあったら弟に会わせる顔がない。今は眠れ。起きたときには万事がうまく回っているだろうさ」

「……そうだな」

「悪かったな。いてぇだろ?」

「いや、寧ろこれぐらいやってくれないと止まれなかった。感謝してる」

「そいつは何よりだ」

スルトは起きあがることのできないフェンリルの姿に謝罪するが、逆に感謝されてしまい、苦笑する。

希望的観測はフェンリルが嫌うものの一つではあるが、今は絶望と混乱の淵からなんとか舞い戻ることのできた身だ。どんなに小さな希望であっても無いよりはマシだと考え、陰鬱になる感情を押さえ込みフェンリルはゆっくりと目を閉じた。

襲撃を受けた時の魔力供給、銃撃による出血、結界破壊のための魔力供給、溺れたことによる体力の減衰、ヴァーリを取り戻すため戦闘、そして今受けた攻撃による傷。
図書館島の時以上の過酷な出来事にフェンリルの体力は限界に達していた。

閉じた瞼の裏に兄弟達の顔が浮かぶ。その一人一人に心の中で声を掛けながら、フェンリルの意識は深淵へと落ちていった。






【学園内治療室】



「とは言ったものの、俺は治療魔術が得意じゃない。だから後は任せた」

「……あんたが誰だか知らんが、自分の発言には責任を持つべきじゃないのか?」

「責任は持つが、物事には適材適所と言うものがあるんだよ。先生」

深夜に呼び出された学園の保健医、後藤は苛ついていた。夜中に叩き起こされだけでも不機嫌になるのに十分な理由だというのに、今日の患者はいつもの学生とは訳が違う。
保健医の利点と言えば、急患無し、治療と言っても擦り傷程度、病気を言っても風邪ぐらいだということだ。病院勤務の医者とは仕事の内容がまるで違う。後藤が保健医になったのは自分の能力の生かせて、しかも楽な仕事という理由からだ。

それにも関わらず、今後藤の前に寝る患者を助けるための労力はどんな過酷な環境の病院に勤務するよりも辛い仕事だった。

「なんだ、学園一の治療術士だって言うからどんなもんかと思ったが。全然治らんな」

「うるさい、少し黙ってろ。気が散る」

後藤は後ろから茶々を入れてくるスルトを振り向きもせずにヨームの治療に集中する。しかし治療を始めて一時間、通常であれば、人間の体を丸々一体分回復させるほどの魔力をつぎ込んでいるのだが、傷は一向に塞がる気配を見せず、出血を止めるのがやっとだった。

ヨームの体はフェンリルと同じく、超高密度な魔力によって形成されている。外傷といった体の一部を失うような傷を治療するためには相応な魔力を必要とするのだ。いかに後藤が有能な治療術士であろうとも容易にはいかなかった。

「このままだと死ぬぞ?」

「なら、貴様が代わったらどうだ」

後藤は苛立ちを隠そうともせずに、スルトを睨みつける。
後藤も現状維持だけではヨームを助けることはできないことは重々承知している。わかりきったことを指摘されて後藤は眉間に皺を寄せた。

「いや、ヨームのことじゃなくてあんたのこと。いくらなんでも魔力を使い過ぎだ。干からびてしまうぞ」

「……治療が、私の仕事だ」

「仕事に命を懸けるのか? 日本人ってのは勤勉だと聞いたが、大したものだな」

「………あんた、この子を助けたいのか? それとも私の邪魔をしたいのか?」

日頃から周囲には熱心さに欠けるという評価を受けている後藤にとっては勤勉だと言われることがむず痒くて仕方なかった。魔力の枯渇で意識が飛びそうなので、話しかけてもらった方が寧ろ助かるのだが、後藤は後ろから語り掛けてくる男を鬱陶しそうに睨んだ。

「助けたいに決まってるだろ? 俺が頼んだんだからな」

「だったら他の連中のように部屋から出てろ。集中できない」

他の連中とは独房にいた楓、高畑、高音、ガンドルフィーニのことだ。ガンドルフィーニと高畑は別の処置室で治療を受けている。楓は事態が収拾するまで保護という名目で軟禁。高音はヨームの治療に立ち会うことを希望したが、まだ軽い錯乱状態だったので立ち会いは認められず、部屋の外で待機させられている。


「あんた、結婚してるか?」

「はぁ?」

「だから、パートナー、伴侶がいるか?」

まったく会話の流れを無視したスルトの質問に首を傾げる後藤。質問の意味が分からなかったのだと思ったスルトはかみ砕いてもう一度質問を繰り返す。

「……後藤冴子、今年で28歳、結婚歴無し、現在交際している異性無し。これで満足か? 満足したなら回れ右して出口へどうぞ。ここは若い女に事欠かないからな。ナンパなら外でしてくれ」

「ふむ、なら問題無しだな」

スルトは後藤の返答に一人で勝手に納得すると、後藤を無理矢理自分の前に立たせた。

「何だ?」

ムサいオヤジにナンパされても嬉しくも何ともない後藤はヨームの治療に集中できないどころか、中断させられてしまったことに本気で怒っていた。普段はやる気の無さがにじみ出ている後藤の眼がこの時ばかりはつり上がって、目の前に立つ男を睨み殺そうとしていた。

「我、結ぶ。仮初めなれど、決して覆ることのない鉄の契約を」

スルトは後藤の睨みなど意に介さず、呪文を紡いでいく。

「??」

「仮契約」

「ッ!?」

スルトの行動に首を傾げていた後藤だったが、ポツリと最後に呟かれた言葉を聞いてスルトが何をしようとしているのか悟る。だが時すでに遅し。スルトの手はがっしりと後藤の両肩を掴み、逃げることを許さない。

「ちょ、ちょっと待て! ストップ!! ん!? ん~~~~~~!!!」

抵抗虚しく、後藤の唇は無残に奪われてしまうのだった。
奪われた後も、しばらくは抵抗を続けていた後藤だったが、数瞬後その動きはピタリと止まってしまった。後藤はまるで体の中に火を燈されたように体が熱くなるのを感じて身を震わせた。そして体の熱さの感じた後に襲ってくるのは気が狂いそうになるほどの快感。

「ぷはっ」

「とりあえず契約成立。おっと、大丈夫か?」

スルトから解放された後藤だったが膝に力が入らず、崩れ落ちそうになる。スルトに抱き留められてなんとか立つが、息は荒く、目は虚ろだった。

「呆けている場合じゃないぞ。『契約執行120秒』」

「あ、ああ」

後藤はスルトに促されるままにヨームの前に立つと、治療を再開した。
これまでの治療ではまったく塞がらなかったヨームの腹部に穿たれた傷が見る間に修復されていく。契約が切れる120秒の間に傷は綺麗に無くなってしまった。

「おお、さすがは学園一の治療術師だな。ああ、礼なら要らんよ。元々こちらから依頼したことだからな」

スルトがしたのは仮契約による魔力の底上げだ。自分には治療の技術は無く、技術を持つ者は魔力が足りない。ならば技術を持つ者に魔力を貸し与えればいい。
治療を終えて、振り返り見上げる後藤の視線を受けてスルトは大きく頷いてみせるのだった。

「あ、悪いが正式なパートナーになることはできないぞ。これでも妻も子供もいる身でね」

見上げる後藤の熱い視線にスルトはさも残念そうに応える。

注がれる視線の本当の意味など知らずに………。


ゴッ


スルトの顔面にめり込む後藤の拳が全てを物語っていた。




【学園内医療施設・ICU】



(……ここは?)

目を覚ましたヨームが見たのは知らない天井だった。
知らない天井に、知らない壁、彩りは限りなく抑えられ白を基調としたもので占められている。ヨームの周囲には数々の医療器具が置かれ、規則的な機械音を奏で続けていた。

「ッ!?」

ヨームは自身がベッドに寝ていることに気づき、体を起こそうとするが思うように体が動いてくれない。動かない体を不思議に思いながら、今出せる精一杯の力で体を起こそうとした。しかし力を入れた途端、腹部に激痛が走り、少しだけ浮いた体はまたすぐにベッドに沈んでしまう。

「ッ!!??」

ヨームは痛む腹部に思わず手を伸ばしてしまい、触れた途端に先ほど以上の激痛に襲われ、声にならない悲鳴を上げる。


「起きたか」

ヨームが痛みに耐えていると、ノックも無しに扉が開かれ保険医の後藤が姿を現した。後藤はヨームの横まで近づくと、ヨームの腕を掴んで脈を調べたり、瞳孔にペンライトを当てたりと健康状態を調べていく。傷口に響くのか、ヨームは後藤に触れられるたびに顔をしかめ目に涙を浮かべる。

「どこか痛むところはある?」

『………お腹』

触診を終えて後藤がヨームに問いかけるとヨームはゆっくりと手を動かして自分の腹部を指し示した。

「そりゃそうだ。穴が開いてたんだからな。他には?」

「…………」

なんの解決にもならない後藤の返しに、驚いてしまったヨームだが、重ねられた質問には首を振って否定を示した。本当のところを言えば、全身至る所に鈍い痛みがあったのだが、腹部の痛みに比べれば大したことはなかった。

「そうか、とりあえずこれで一安心ってところだな。どうする? 姉さん呼んでくるか?」

「…………」

ヨームは今度は首を縦に振って肯定を示す。

「わかった。ちょっと待ってろ」

そう言い残し、後藤は入ってきた扉から出ていってしまった。

後藤が病室を後にして数分。病室の外にバタバタと駆ける足音が響きわたった。

「ヨーム!!!」

足音の正体は高音。やはりノックもせずに病室に飛び込んでくると、ベッドの縁にすがりつくようにしてヨームの顔を覗き込んだ。

「よかった………本当に……よかった……」

高音は自身をはっきりと映しているヨームの瞳を確認すると、顔を手で押さえながら嗚咽を漏らした。

「あ~、お嬢さん、気持ちは分かるが、ここは病院で、しかも重症患者の集まる集中治療室だ。騒ぐのは程々にな」

「先生! ありがとうございます!! ヨームを助けてくれて、本当にありがとうございました!!」

「話を聞け、若人」

高音は後から病室に入ってきて大声を出している高音に注意を促す後藤に振り返ると、勢いよく頭を下げて礼を言った。
礼を言われることに悪い気分はしない後藤だったが、さらに大声を出す高音に苦笑しながら頭を上げさせた。それに治療に関する話題は嫌なことを思い出すので、できればしたくなかった。

「礼なら意識を取り戻したその子に言ってやりな。一番がんばったのはその子なんだからな」

「……はい」

高音は後藤の言葉に素直に応じるとヨームの下へと歩いていった。

「私は別の患者を看なきゃならんから。なにかあったら呼んでくれ」

後藤は片手を上げて、手を振ると部屋を後にした。後藤は肩書きは学園の保険医であるが、学園屈指の治療術師でもある。修得が困難であるが故に数の少ない治療術師は部署の垣根を越えてどこででも重宝されるのだ。

高音は後藤を見送ってから、ヨームの顔をもう一度覗き込む。そしてタオルでヨームの額に浮く汗を吹いてやるのだった。

「なにか欲しいものはない? 喉は乾いてない?」

まるで睡魔に襲われているように虚ろな目をしているヨームだが、高音に声を掛けられ、顔を拭いてもらうと徐々に焦点が合いだしてきた。

『……姉様』

「ん? なに?」

ヨームは腹部の痛みのせいでうまく腕が動かせず、手話をすることができない。高音はそれを察知すると、ヨームの口の動きに注意を払い読唇術でヨームの言葉を読みとろうとした。

『兄様は……どこ?』

「そ、それは……」

ヨームが問いかけた通り、フェンリルはこの部屋にはいない。十分に予想できたはずの状況ではあるが、ヨームが目を覚ましたことに気が動転していた高音はうまく説明することもできず、言い淀んでしまう。

『兄様を止めないと……兄様、すごく怒ってた。またみんな死んじゃう』

ヨームは自分が気を失う前に見たフェンリルの姿、そして神世でのフェンリルの姿を思い出して怯えるように身を震わせた。ただヨームが恐怖するのはフェンリル自身やその力ではなく、その力がもたらす結果に対してだ。フェンリルの「力」と「怒り」が揃った時、世界は再び破滅への道を歩むことになりかねない。

「彼の事なら大丈夫。あなたは傷を治すことだけ考えていればいいんです」

高音は痛みに顔をしかめながらベッドから起きあがろうとするヨームの肩を掴んで無理矢理寝かせる。そして諭すとうにヨームの目を見つめた。

『………でも』

「お~、やっと起きたか。気分はどうだ? ヨーム」

未だ納得したとは言い難いヨームだったが、高音に食い下がろうとしたところで、入室してきた人物によって遮られてしまった。
ヨームは声のした扉に視線を向けて、扉に背を向けていた高音も後ろを振り返った。

(…………誰?)

病室に入ってきた人物。全身黒尽くめで両方の鼻の穴にティッシュを詰めた大男を見つめて首を傾げるヨーム。一方高音は座っていた椅子から立ち上がり、直立不動の状態になっていた。

「なんだ、俺の事を忘れちまったのか? ちょっとショックだな」

大男は苦笑しながら、目深に被っていた帽子に手を掛けるとおもむろに帽子を取り去った。同時に鼻に刺さっていた間抜けなティッシュも取り去りゴミ箱に放り込む。
現れたのは、短く切りそろえられた黒い髪、浅黒い肌、顎に生やした無精髭、そしてフェンリルと同じ真紅の瞳。
その姿を目にしたヨームは目を見開いて、男の正体に驚きを現していた。
それだけで男はヨームの理解を察し、破顔して見せる。

「正解。確かに年は取ったが、お前ほど見た目が変わったつもりはないんだがな」

大男の名前は「スルト」。かつて神世において「黒の炎帝」の名を冠した巨人族最強の男。一個人の力で世界を滅ぼすことが可能という無敵を地でいく男だ。
スルトは顎に生やした無精髭を撫でながら、もう一度ヨームの顔を覗き込んだ。

「しかし見れば見るほどホズに似ているな。というかホズそのものか。「福音」を見た時もそれなりに驚いたが」

「あの……スルト様」

「ん? なんだ? え~と……名前を聞いていなかったな」

「あ、申し訳ありません。麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校1年、高音・D・グッドマンです」


高音は一人物思いに耽ってしまったスルトに向かって恐る恐る問いかける。ヨームの過去を知る人物が現れたことは高音にとって大いに興味を惹かれるものだった。それもフェンリルのように例えヨームの兄弟だったとしても、正体不明の存在よりは身元や地位がはっきりしている人物の方が遙かに信用できる。質問もしやすいというもの。


だが、それが一国、一世界、の「王」となれば話は別。

スルトの現在の肩書きは現実世界や魔法世界とは、さらに別の世界ムンドゥス・ニグラ「黒の世界」の主。「黒の世界」の神代における名前は「ムスペルヘイム」。他の世界と違い唯一、単一国家によって統治された世界だ。

高音はスルトの「力」を知っているわけではないが、世界で最も広大な版図を支配する人物が目の前に立っているとなれば緊張するなと言う方がある。

「そう気負うな。ここだとヨームの体に障るから、場所を移そう」

ガチガチになっている高音の緊張を解そうと、スルトはできるだけ柔らかい口調で問いかけた。しかしスルトの顔は骨格が厳つい上に適当に生やした無精髭のせいでどうしても優しい表情とは言い難いものになっている。

「あ、はい。ヨーム、少し席を外します。大人しく寝ているんですよ」

高音は先行するスルトを追って病室を後にした。










あとがき
一応スルト登場です。ただしこの人チート過ぎて扱えないのであんまり活躍しません。あくまで調停役ってことで。



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