第4話 「広がる貧富の差」
【学園寮・高音の部屋】
高音とヨームはテーブルに二人で向き合うようにして座り朝食を摂っていた。
高音はもともと二人用の部屋を一人で使っていたためここにいるのは二人だけだ。
テーブルの上に並んでいるのは、ご飯、味噌汁、塩鮭、出し巻き卵、漬物。という顔立ちが西洋風な二人の前に並ぶにしてはかなり違和感のある献立だった。
ヨームは箸をまだ使えないのでスプーンとフォークを使って口の中へと斯き込んでいた。
初めは箸どころかスプーンも使わずに手掴みで食べようとしていたがさすがに高音に無理矢理止められて慣れない手つきでスプーンを使っている。
口に入れてはほとんど噛まずに飲み込む。喉に何度か詰まらせそうになるがその度に急いで味噌汁を飲んで流し込んでいた。
だが何度も自分が喉に詰まらせているのに同じものを食べているはずに高音が一度も咽ていないのを見て不思議に思い首を傾げる。そして高音の食事姿を茶碗とスプーンを握ったまま、じぃ~と見つめる。
「ど…どうかしましたか?」
真剣な眼差しで自分の顔を見つめてくるヨームに戸惑いたじろぐ高音。
高音の問いかけにも反応を示さずじっと見つめ続けるヨームを不思議に思いながらも食事に戻るとヨームが納得したように大きく頷いた。
「??」
ヨームが高音を見つめるのを止めて食事に戻る。そして食事に戻ったときには口に入れたものを丸呑みすることはなく高音がしていたようによく噛んでから呑み込むようになっていた。
「…………」
高音は呆れながらも感心していた。ヨームが食べ物を詰まらせる姿を見て高音はただ黙っていたわけではない。何度も良く噛んで食べるようにと言ったのだが、言葉の通じないヨームに対してはなんの効果も得られなかった。
しかしヨームは高音の姿を観察することで自分で問題を解決してしまったのだ。
(もしかしたら結構賢いのかしら?………いや、喉に詰まらせてる段階であんまり賢くは無いかな?)
高音は昨夜からのヨームの印象からヨームの精神が見た目以上に若いと感じていた。印象では6歳から7歳ぐらいと考えていたのだ。ただ見た目は愛衣と対して違わない年齢なのでそのギャップに戸惑っていた。
そしてヨームの食事する姿を見ながら昨日からの出来事を思い出す。
昨夜、学園長室からヨームを連れて自分の部屋へと帰ってきたときには、すでにかなり遅い時間だった。
風呂に入りたかったがすでに大浴場は閉まっているし、部屋に戻って気が抜けてしまったのか急激に眠気が襲ってきていた。
風呂は明日の朝入ることにしてとっとと寝ることにした。
「ヨームさん、服を脱いでください。服を、ぬ~ぐ」
ヨームをパジャマに着替えさせるために自分の服を指差し、そして『脱ぐ』のジェスチャーをやってみせる。
ヨームは了解したのか自分の着ている服を脱ぎだした。
高音は意図が伝わったことにほっとして着替えを取りにタンスに向かった。
そして高音が服を取り出しヨームに渡そうと振り返ると
「ブッ!!」
高音は眼に入った光景に驚き思わず噴き出す。
「ヨームさん!下着は脱がなくていいんです!!上着だけ!!」
ヨームは高音達と出会ったときと同じく一糸纏わぬ全裸になって華奢な肢体を晒していた。
高音はヨームに下着は脱がなくていいとは伝えていないのだから当たり前といえば当たり前だ。一般常識で考えれば当たり前などではないが。
高音はすぐさまヨームが脱ぎ捨てた下着を拾い上げパジャマと一緒にヨームに持たせる。下着はブラが“必要ない”ので下だけだ。
今度は
「着る。き、る」
と、『着る』の動作をジェスチャーで伝えた。
ヨームが着替えを終えるのを確認して高音もパジャマに着替えた。
そして二段ベッドの上の段を指して言った。
「ヨームさんは上で寝ていただけますか?」
「………………」
「……下がいいですか?」
「………………」
残念ながら今度は意図が伝わらなかったらしくヨームはベッドと高音を交互に見続けていた。
「……じゃあ私は下で寝ますからね」
高音は自分が先にどちらかに寝れば余ったほうでヨームは寝るだろうと考え、自分がいつも使っている下段のベッドに寝た。それを見てヨームはベッドの上段へと上がっていった。
「………ホッ」
高音は意図が伝わったことに安心して小さく息を吐いた。安心したら急に瞼が重くなり視界がぼやけていく。高音の意識はゆっくりと眠りへと落ちていこうとしていた。
ボスッ!
「………え?」
睡魔を吹き飛ばすようにベッドに小さな衝撃が走る。
高音が状況を確認しようと閉じかけた眼を開くとそこには枕を胸に抱えるように持ったヨームがベッドの上に座り高音をじっと見つめていた。
「………やっぱり下のほうがよかったですか?」
おそらくそんなことではないだろうなと思いながらも一応聞く高音。
「………………」
ただただじっと見つめるヨーム。
視線に耐え切れなくなった高音が横にずれて掛け布団をめくるとヨームは滑るように布団の中へ潜り込んだ。
ヨームは高音の腕に抱きつくように身を寄せると眼を閉じた。そして数分もしないうちに寝息が聞こえ出す。
「………はぁ、まぁいいか」
高音は一度あいている手でヨームの髪を撫でると自分も眼を閉じた。抱きついているヨームの温もりと疲労感でまたすぐに高音は夢の中へと落ちて行った。
高音の飛んでいた思考が目の前に突き出された茶碗によって引き戻される。
高音が茶碗を一瞥した後ヨームへと視線を移すとヨームは「おかわり」と言わんばかりに口をモゴモゴと動かし口の中に入っているものを租借しながら高音に茶碗を突き出している。
「ヨームさん。私はね、今朝、朝食用と昼食用そして冷凍して夕食に食べられるように二人三食分のご飯を炊いたの………」
高音は俯き肩を震わせる。
「それなのに、なんで御釜の中が空なの!?ちなみに私はまだ一杯しか食べてないわ!!」
高音は御釜を持ち上げて中をヨームに見せるように持ち上げる。そして御釜のふちをしゃもじでベンベンと叩いた。御釜の中にはもう一粒の米も残っていない。
ヨームは御釜の中をスプーンを銜えながら見ると絶句したように眼を見開き、肩を落として俯いた。肩を落としたのは決して高音に怒られたからではない。
「まったく、その細い体のどこにこれだけの量が入るんだか」
高音は肩を落とすヨームから視線を外すと御釜をシンクへと持っていった。そして食事を再開しようと席に戻る。しかし
「………………ヨームさん、私の卵焼きはいったいどこに行ったんですか?」
ビクッ
高音が席を立つ前はあったはずの卵焼きが綺麗に皿から消えうせていた。
ヨームが肩を竦めながらも聞こえないふり、もしくは分からないふりをして漬物を突いている。
高音の目がすっと細くなってヨームを見据える。
バンッ! ビクッ!!
高音がテーブルを叩く音が部屋に響き、再びヨームが肩を竦める。
「ヨームさん、人のものを盗ってはいけません!!」
ヨームは高音の怒声に弾かれたように顔を上げる。初めこと表情が無かったが、しばらくするとポロポロと涙を流して声こそ出ていないが号泣してしまった。
「!?」
これには今度は高音が驚かされてしまった。まさか泣くとは思わなかったというのもあるが、高音はご飯の量云々でこの前に大声を出しているのである。しかしその時には怒られて落ち込むということにはならなかった。
今回にしても別段本気で怒っていたわけではない。自分の作ったものを美味しそうに食べてくれることは嬉しかったし、量が足りなかったことも逆に悪かったと思っているぐらいだった。しかし年長者として他人のものを盗ったのだから諌めてやらねばならいと考えただけだった。
(もしかして私の言っていることがわかっているのかしら?)
高音にはヨームが高音の言葉を理解して高音が怒っているのだと判断したように見えた。高音が呆然と泣き続けるヨームを見つめていると急にヨームが立ち上がり高音に向かってくる。
そして高音の胸に抱き、そのまま号泣し続けた。
(ああ、違う。この子は怒られたことが怖くて泣いているんじゃない…………)
高音は抱きつき泣き続けるヨームの頭をそっと撫でてやる。
(この子は声を出せないから。だから態度で、行動で意思を示す。これが彼女の謝罪なんだわ)
高音はヨームを抱きしめ、落ち着くまで頭を撫で続けた。
「落ち着いた?もう怒ってないから、ね」
高音ができるだけ穏やかな声で話しかけるとヨームは抱きついたまま上目遣いで高音を見つめる。そして最後にもう一度、高音に強く抱きつくとゆっくりと離れていった。
そして高音が食事の片付けをするために皿をシンクへと持っていくと後ろからヨームが付いてきた。
「どうかしましたか?」
シンクの前で横に並ぶようにして立つヨームに高音は問いかけるがヨームは運ばれた皿をじっと見つめるばかりだ。
「………手伝ってくれるんですか?」
高音の再度の問いに皿から眼を離して今度は高音の顔をじっと見つめるヨーム。
そして高音が皿を洗い始めるとヨームも見様見真似で皿を洗い始めた。これもヨームにとっての謝罪の一環なのかもしれない。
(子供ってずるいわよね)
ヨームの懸命に皿を洗う姿に嫉妬と保護欲を掻き立てられてしまう高音だった。
皿洗い終了までに3枚、皿を割ったのはご愛嬌だ。
【南の森】
拘束から逃れて森の中を疾走する。すぐに家へと戻ろうかとも考えたが、後を付けられていて家の場所が知られてしまう可能性があるかもしれないと考え直しできるだけ家から離れるように走り続ける。
洞穴を巣ではなく家だと考えるのはちょっとしたプライドだ。
走りながらも先ほどの状況を考える。
まずは何故あそこまで人間が近づいているのに気が付かなかったのか。空腹感で意識が散漫だったということもあるし、同じく空腹感を増さないようにするためにできるだけ血の匂いを嗅がないようにしていた。匂いで気付けなかったのはこの程度の理由だが問題は別のことだ。
初めに近づいてきたメイと呼ばれていた少女に声を掛けられるまで、まったく魔力を感じなかったのだ。魔力を持たないただの人間かとも思ったが実際は違った。
メイがこちらを観察していたようにこちらもメイを警戒し観察していた。そして感覚を集中すると今度はメイに魔力を感じることができた。
では、なぜ初めメイの魔力に気付けなかったのか。
メイの魔力が小さ過ぎたのだ。
メイだけに限らず、後から来たナツメグという名の少女もそれは同じで集中しなければ魔力を感じることができなかった。
自分と対比したとき人間の持つ魔力はあまりに小さく接近されても感じることができなかったのだ。
前世で戦場を駆けているときならば確実に無視する程度の魔力。自分が相手をする価値も無いと視界にすら入れなかったであろう魔力。だが今は違う。弟と並んで巨人族最強と言われた前世でならともかく今は脆弱な赤子でしかないのだ。
自分の内包する魔力のせいで周りの魔力を感じることができない。これでは常時、神経を完全に研ぎ澄ませていなければならない。前世でならできたが今の体でそんなことをしていればすぐに疲労で倒れてしまう。
(寝込みでも襲われたら一発で終わりだ)
過去にできたことができなくなるという苦痛を痛感させられ苦笑するように顔を歪める。
ただ今回は運が良かったと考えていた。自身の欠点を事前に知ることができたのだから最悪も事態はなんとか回避することができるだろう。とはいっても神経をすり減らして倒れてしまえば本末転倒だが。
他にも収穫はあった。人間の言葉を理解することができたということだ。ところどころ分からないところもあったが概ね理解できていた。巨人や神、小人といった人間以外の種族は動物のように言葉を話さないものとも意思の疎通を行なうことができる。知りえない言語を理解することができたのは巨人の体の特性だ。逆にこちらの言葉を強制的に認識させることもできる。
つまり人間との会話に不自由することはないということである。あくまで『巨人の体』であれば。
人間以外の種族のこのような能力があるのは、有体に言って他の種族を見下す傾向にあり大小の違いはあっても人間以上の残虐性を持つからだ。人間の精神では意思疎通の可能な生き物を殺して食べるということはできない。できなくはなくとも難しいものがある。人間の言語理解能力の欠如は精神の不安定さから来る必然とも言える。
メイやナツメグの言葉は理解できていたが、その意図を知ることはできなかった。
何故、自分を拘束しようとしたのか。狼狩りにでも来ているのかと考えたが、そんな雰囲気ではなかったし、初め敵意は感じなかった。
そして言葉は理解できていたのに相手に敵意を感じないというだけで気を抜いてしまっていた。そして感じる魔力から相手のことを過小評価し過ぎていた。自分は魔力を持っているだけで使えないというのに。
そして舐めていた小娘が放った魔法であっさりと捕縛されてしまった。自分の迂闊さを呪いたくなった。自分がどれだけ慢心していたのかを思い知らされ奥歯がギリリと音を立てる。
なんとか逃げようと『力』を込めると、以外にもあっさりと拘束は解けた。
それほど強力な魔法ではなかったのかもしれないがそれでもあまりにも簡単に破壊することができた。自分でも不審に思っていたが、原因はすぐに分かった。先ほどまではまったく体に廻って来なかった魔力が少ないながらも廻っていたのだ。
思わぬ怪我の功名に歓喜した。捕縛魔法を受けることがショック療法となり魔力が戻ったのではないかと。
魔力が戻ったことで自分の頭に廻った考えはただ一つ。
眼の前の二人を殺すこと。
二人は捕縛魔法によって『攻撃』してきたのだ。こちらが遠慮してやる義理はない。もし二人が自分を『フェンリル』であると知って攻撃してきたのであればなおさらだ。
敵意を見せない者が攻撃を、捕縛をしようとすることが夢に見た光景と被ってしまい自身の情動を抑えることができなかった。
今まさに牙を剥こうとしたそのとき、第三者の介入によって止められてしまった。しかし特に問題だとは思わなかった。まとめて殺してしまえばいいのだからと。
だが、今一度牙を剥おうとしたとき、自分の体の異変に気が付いた。先ほどまで微量ながらも感じていた魔力を再び感じることができなくなってしまっていたのだ。
魔力を持たない自分に残されている道は逃げること以外になかった。
なぜ魔力が回復したのか。なぜ魔力は再び使えなくなったのか。頭の中を疑問が堂々巡りしながら走っていると森を抜けて川に出た。
走り通しで荒くなった息を整えながら集中して匂いと魔力を探る。
(追っ手は無し、か)
付けてくる者がいないことを確認して川に近づく。そして貪るように水を飲んだ。走ったことによる喉の渇きを水で潤し、増し続ける空腹感を水で誤魔化す。
一頻り水を飲み終え、ホッと小さく息を吐き川原に座って体を休める。
(………逃げたのなんて生まれて初めてだな)
前世では敵に背を見せたことなど一度もなかった。臆病者と罵られるのが嫌でどんな状況でも前を見据えていた。例え罠だと分かっていても進んで赴き自らの力で突破する気概があった。
それが今では小娘二人を前に尻尾を巻いて逃げ出す始末。
(弱くなったのは体だけじゃない、心もだ)
今の自分がとても情けなく思え、戦場にこの身があったときのことを思い出し想い焦がれる。神々にとっては化け物でしかなかった自分も巨人の側からすれば『英雄』だったのだ。戦場で出会った仲間達は皆、自分を信頼してくれていた。そして口々に言っていたのだ、「フェンリルがいれば勝てる」と。
だが、それも実際には叶うことはなかった。ラグナロクで勝者などいなかったのだから。
(あれ?前もダメ。今もダメ。俺っていいところなしだな)
自分の無力に落胆しながら、走ったことで開いてしまった前足の傷を舐める。口に広がる血の味が自己嫌悪で薄れていた空腹感を呼び覚ましてしまった。
グゥ~
案の定、体の心に反応して腹の虫が鳴いてしまった。今はまだ人間が家の近くにいるかもしれないので帰ることはできない。家で寝ている『兄弟』のことが気になった。しかし今は兎に角、なにか食べ物はないかと辺りを見回すと眼に入ってきたのはさっきまで自分が水を飲んでいた川だ。水で空腹感が少し和らいだのは事実だが、それで問題が解決したわけではないし、水で満腹にしようとも思わない。
(………魚)
おそらく川にいるであろう食料を思い出し川に近づく。そして魚がいるかどうかを確認するために水面を覗き込んだ。初めに眼に映ったのは魚ではなく血で汚れた自分の顔だ。
水面に映った自分の顔を見て一つの確証を得た。
(俺はやっぱり、俺のままだ。他の誰でもない)
人間の少女に犬、犬と連呼されて自分がもしかしたら狼ではなく犬なのかと思ったが映る姿は自分の記憶にある前世の幼少期の姿のそれだ。つまり完全な狼。
『兄弟』とは似ても似つかない姿がやはり自分が『母親』の子供ではないことを物語る。
そして自分が生き返ったのはただの転生ではないということだ。『兄弟』と同じ姿をしていたのなら転生といえるだろうが。おそらく転生ではなく他に生まれてくるはずだった『兄弟』の体を触媒、そして『母親』を生贄にした召喚だ。
特にないが違うのかということもないのだが、転生にしろ召喚にしろ、この世界に生まれてくるはずだった命を奪って今、自分がここにいるのだということを再認識させられた。
(腹も減ったが、体に付いた血をなんとかする方が先だな)
見た目が宜しくないというのもあるが、このまま血を放置して他の獣に嗅ぎつけられないという可能性がないわけではない。
水はかなり澄んでいて川がそれほど深くないことはわかるが、念のためゆっくり片足だけ水の中に入れてみる。
(………冷てぇ)
気温はそれほど低くないのだが、川の水はそれなりに冷たかった。それでも我慢できないようなものではないので、そのまま全身を水につけた。
軽い体が流れる水の勢いに負けないように踏ん張り、舐めたり岩に体をこすり付けたりしながら体を洗った。何度か水に足を獲られて転んだが、足は付くので溺れはしない。
ある程度、綺麗になったところで一度川辺に上がり、体をブルブルと振るって毛に張り付いた水を吹き飛ばした。
そして改めて水の中を覗き込む。
自分が体を洗っていた浅瀬には魚はいない。それはそうだろう。かなり激しく水の中で動いていたのだから、魚が逃げるのも当たり前だ。川辺から水面を見つめて視線を動かしていくと浅瀬から少し離れたところに魚の影を見つけることができた。
(いた!)
水中に眼を凝らすと魚がかなりの数、泳いでいるのがわかった。
これならいけると、勢い込んで水中へと身を躍らせた。
………2時間後
川原には大量の魚の山が………
できているわけもなく、いるのは疲労で息を切らせ寝そべる小さな狼だけだった。
空腹感はかなり無くなっていた。
2度ほど溺れかけて大量に水を飲んだために。
水中を見つめるとそこには未だに魚が悠々と泳いでいた。
まるで「魚類ナメんな」と言っているようだった。
意気揚々と水に入り、狩りを始めたはいいが魚を捕まえることはまったくできなかった。水の中を駆け回り、飛びつき、追い詰めたと思ったらヒラリとかわされる。
そして気付いた、自分は狩りをしたことがないこと、そして赤子の体なのだということに。
前世で束縛されていたときや、その前は『友達』が食事を持ってきてくれていた。ラグナロクでは戦場で戦っていれば勝手に腹は膨れていっていたのだ。自分にとって食事と戦闘は同意だったのだから。
自分は狩りのように逃げる相手を仕留めたことがないのだ。神々も人間もどんなに力の差があったとしても逃げることなく向かって来ていた。
(神はともかく、人間ってやつはすごかったんだなぁ)
と今更ながらに関心していた。
何故魔力が戻ったのか?
何故魔力が使えなくなったのか?
何故人間が攻撃してきたのか?
そして
どうやって食料を調達しようか?
尽きぬ疑問と思わぬ難題に悩まされながら当面の問題となる食料を探しに歩き出すのだった。
そして一度川に向き直り言う。
「………今日のところは勘弁してやるぜ」
あとがき
書く前はフェンリルを救済する話を書こうとしているのだけれど書き終えると良いことがまったくない。あれ?