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・・第四話。因果逆転の槍と邪視の魔眼
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懐からオニキスを取り出し、槍に切られ、滴る血でルーンを刻む。
魔力を通すと同時に、それを投げつけた。
「むっ……!」
嵐(ハガラズ)のルーン。風による刃での見えない攻撃のためのルーンだが、それは込める魔力が通常量ならば、だ。
今、ランサーに迫る風は視認できる。風の束もやはり刃のため、あの鎧は切れないだろう。だから、露出している顔を狙い、同時に視覚を一瞬だが埋める。
「見たことねえルーンだが…これ位じゃ効かねえよ!」
ランサーは槍を薙いでソレを消滅させた。
そう。避けるとは思わなかった。だからこそ。
「―――っ!?」
「喰らえ!!」
火(アンザス)のルーン。相手のルーンが最も薄く感じられる、右胸にソレを刻んだ。
さらに、手甲の平に雷神・トールの力を示す保護(スリサズ)のルーンで、火のルーンを押さえ込み、範囲を限定し、炎上を爆破に変える。
途端に私とランサーを包む熱気と煙。予想外の衝撃に、ランサーが吹き飛ぶ。
「立たないでくださいね・・・」
祈るような思いで口にする。
だが、それは呆気なく切り捨てられた。
「やるじゃねえか。耐火のルーンが間に合わなかったら肺くらいまで行ってたかもな」
「――あの一瞬で、私が描くより先にルーンを刻んだ、と?」
「そうなるな。だが、今のは中々良かった。もう少し、楽しめそうだ」
どれだけ人間離れすれば気が済むというのだ……私が刻むより速く…それは、指先が触れる前に場所を予想したということでもある。
尋常離れした視力か。それとも英雄が培ってきた直感なのか。
ランサーは鎧が少し黒くなっているだけで、何事も無く槍を構える。
「行くぜっ!」
「―――」
打ち下ろし。右に移動が最も最短。
横薙ぎ。距離的には後ろに下がるしかない。
三連続、同時に見える刺突。手甲で、短剣で。届く限りは防ぎ、その間も脚で後退。
五連撃。避け…不可。懐からアメジストを取り出し、投げる。刻んであるルーンは防御(アルジズ)。スリサズとの違いは少ないが、アルジズは防御柵構築の意味を持つ。
アルジズは広範囲の防御に使われ、スリサズは刻んだ部分の防御に使われる。勿論、集中するスリサズのほうが能力は高い。だが、スリサズは防御の為に『攻撃を身体で受ける』という前提が必要になるため、攻撃の方向を急に変化させられると対応できない。
宝石が光り、障壁を展開。ランサーの攻撃を弾き、砕ける。
「はっ、はっ……流石に、人間では完璧な英霊には及ばないか・・・」
「そうでもねえさ。今まで見てきたマスターの中では、かなり強いほうだ」
「そうか・・・褒め言葉として受け取っておこう」
「それじゃあ、そろそろ終わりだ・・・」
背筋に悪寒が走る。
大気が張り詰め、重圧のある殺気がランサーと紅槍が放ち始め、大気中のマナを湯水のように奪っていく。
宝具だと直感する。身体が無意識に震え、頭ではなく身体が逃げろと悲痛の叫びを上げ続ける。
「に、人間相手に宝具を使うの、貴方は……?」
「あっ?殺す相手には全力を出すのが礼儀ってもんだろ。この時代では違うのか?」
「・・・いや。大変光栄なことだ。けれど・・・」
最後まで悪足掻きをするのが心情だ。
強力な呪詛。自分の魔力やルーンでどうにか出来るレベルではないのはわかってるつもり。
ライダーには悪いことをしてしまった。
「最後まで諦めはしないか。オレもお前のようなマスターが良かったが、そこはオレ達じゃどうにも出来ないからな」
「あまり長話をしていると、後悔すると思うけど・・・」
「そうだな…」
体勢が低く。槍の矛先はもっと低く。
そして、彼の口から。その槍の名前が発せられる。
ゲ イ
「刺し穿つ」
ライダーとの約束がある。
だから、何があっても。それを果たさなくてはいけない。
ボ ル ク
「死棘の槍――!!」
宝具の発動と共に、世界樹の力を司る耐呪(エイワズ)のルーンを刻んだ宝石、トパーズを全て投げる。
ソレは、槍に触れる前に弾け、威力を削る気配など無い。
名前からして因果逆転を可能とし、放てば必ず心臓を穿つ魔槍。
そんな呪いを解除する方法などある訳ない。
ライダー・・・
紫髪の女性が・・・脳裏を過ぎった。
‐interlude‐
速く。
速く。
只速く。
風を音を凌駕し、大気を切り裂き。
マスター……キナセカエデの処まで。
「いた・・・」
明らかにカエデは劣勢。ここまでは分かりきっていたことだ。
相手はランサー。気配からして、ここからでも宝具を使おうとしていることが分かる。
ここで、現在の自分の状態を再確認する。
他者封印・鮮血神殿は準備なしに使用できない。
自己封印・暗黒神殿…相手の能力発露を封じることが出来るのは確かだが、セイバーの剣と同じでランサーのアレは槍自体の能力なので不可。
騎英の手綱は・・・使えなくは無いが離脱するだけの余力を残せるか不明。そしてカエデも巻き込む可能性もある。
石化の魔眼・・・この魔力量では石化は全く期待できない。重圧はかかっても、槍を止めることはできないだろう。
ならどうすればいい。
私にアレを防ぐ術は無い。
因果逆転の魔槍…聞こえた槍の名はソレだ。
カエデを守るには、因果の逆転を覆すほどの天性の何かが必要となる。
諦めるしかないのか、と問われれば応えは否。断じて否。
そのような選択肢、あってはならない。協力者以前に、私はカエデの事が気に入っている。
・・・考えていても仕方が無い。
全力で。カエデを庇えば良いだけのことだ。
ドンッ・・・
「えっ・・・?」
ランサーの槍がカエデに届こうとした瞬間。
私は脚に魔力を集中させ、あらゆる物の速度を凌駕しつくし。カエデを庇った。
‐interlude Out‐
ドンッ・・・
「えっ・・・?」
誰かに弾き飛ばされた。
因果逆転の魔槍は、私ではなく、その何かの右胸を貫通している。
綺麗な髪に、真赤な何かが上書きされる。語らずとも、それはその何かの血だった。
心臓は穿たれていない。因果の逆転を覆すだけの何かを起こしたであろうその人影は、最後に思い浮かべた人物だ。
「ライダーッ!!」
「かっ――は・・・」
引き抜かれる槍に伴いライダーの身体が揺れる。
抜かれ、支えを失ったのかライダーは膝をついた。
「ライダー…そうか、お前のマスターだったか。あのいけ好かねえ餓鬼とは違って、良いマスターを見つけたな」
「ええ……ですから、彼女を殺させるわけには、いきません・・・」
「なるほど。まぁ、お前にはここで倒れてもらう。それでそのお嬢ちゃんは見逃してやろう」
あの男は・・・何を言っている。
彼女を殺すと。
サセナイ
貴女はソレで助かる。
ソンナ、イノチニイミナドナイ
方法はありますか?
ジャシノマガン
それが、鬼無瀬 楓の意思なのですか?
トウゼンダ
ならば。わたしはもう必要ありませんね。
アア。アリガトウ、カ■サン
今までの束縛感。
嫌な感じがする鎖が消えた。
「嗚呼嗚呼あああああああああああああ!!!」
「な、何だっ!?」
「カエデ…?」
自分の中で、何かが濁流のように流れてくる。
知らない記憶。知らない風景。否。知らないではなく記憶に無い。記憶から追い出していたナニカ。
だが、今はそんなことどうでも良い。今重要なのは目の前にいる敵を倒すこと。
殺すまでは行かなくても、せめてライダーと逃げ切れるだけの重症を。
「おいおい……」
ランサーが警戒のためか距離をとる。
だが、距離など関係ない。視認ができれば充分だ。
切裂くイメージ。切り落とすまでは…威力を集中させても無理。ならば全身を刻む。
眼鏡が落ち、自分の魔眼に全力を注いだ。
刹那。
「―――がっ!!はぁっ......!!」
ランサーの身体に無数の深い裂傷が奔り、血飛沫がまるで噴水のように吹き出る。
紅い血に地面が染まり、その上にランサーが仰向けで倒れていた。
それを確認し、魔眼殺しを意識があるうちに掛け直す。
いつもならここで吐血したり、気絶したりするのだが、いまは軽い目眩と強い倦怠感だけだ。
「カエデ……無事でしたか?」
「・・・ああ。ライダーのお蔭で助かった。さぁ、ランサーが倒れてるうちにホテルに戻ろう」
「え、ええ、そうですね」
「っと。そのまえに・・・」
ライダーの右胸。先の槍で穿たれたソコに何度目かになる治癒(ウルズ)のルーンを描く。
どうやら、槍の呪のせいか回復が遅い。それでも、無いよりはましだろう。
倦怠感は強い。腕を上げるのさえも億劫。
気絶よりはマシかもしれないが、やはり無闇には使えない。
「ありがとうございます、カエデ」
「いいや。それより、済まなかった……協力するなら、ライダーを呼ぶべきだったよ」
「はい、その通りです。ですが、結果的に良いほうに転んだので今回は良しとしましょう」
「ああ」
ライダーと並走してその場を離れる。とにかく今は眠りたい。眠って、この身体を休めたかった。
そして、記憶の整理をしたかった。
だからだろうか。ゲイボルク以上の呪詛を撒き散らす、アレに気が付かなかったのは。
‐interlude‐
ったく・・・一体なんだったんだ、今のは・・・
心の中で悪態をつく。あのお嬢ちゃんは何も持っていなかったし、ルーンを描いた様子も無い。
となれば、やはり魔眼。それも飛びっきりの特例だろう。
「だが…往生際は悪いのがオレだからな・・・」
傷は深い。そして数えられないほどだ。筋肉と筋肉を裂くように無数。
治るまでは動けないだろうが、霊体になっていれば問題ないだろ。
ヒタヒタ
ヒタヒタ
まさかあんな隠し玉があるなんて思わなかったが・・・
それに、あの嬢ちゃん……ルーンの知識は相当なものだったな。
オレのと同じだ。だが、風を飛ばしたり集中爆発を起こしたりするルーンは単発では在りえない。組み合わせを開発したのか、それともとっさの閃きか…
そして、宝石媒体とはな……まさかこの時代にそんな豪勢なものを使う奴がいるとは・・・。
中々、面白い嬢ちゃんだ。できれば今度、ゆっくり話してみるのも良い。
ヒタヒタ
ヒタヒタ
「よう。やっと来たな」
「―― ― ・・・」
・・・?聞き取れねえよ。
もっと大きな声でしゃべれバカ。
「そんな殺気を撒き散らされてりゃ、こっちだって気付く。オレの止めでも刺しに来たのか?」
でも不思議だな。オレは理解してないのに理解している。
そして、そいつは肯定の意思を示すように、触手とも取れるそれを何本か浮かべた。
「けどな、オレはそんな易々殺されるほどお人好しじゃねえ」
動かすだけで傷から新鮮な血が滴る。
勝てないな。一瞬で理解できた。アレは、オレ達の天敵だ・・・!
ゲ イ
「突き穿つ――
高く飛び上がる。
この槍は元々投擲用だ。
さっき放った刺し穿つ死棘の槍とは威力は比べ物にならない。
ボ ル ク ッ
「死翔の槍――!!!」
「――・・・ ―― 」
強い光と共に、槍は奴をたやすく貫いた。
だが、そいつは何事も無かったように再生。何度槍が貫通しようと、意に介さず再生。
なるほど・・・どうやら、本体は別にあるようだな。
「 ・・・ ――」
「へっ」
ナニカ言い残すことは、だと。随分気の良い奴だな。
ああ、ある。取って置きの言葉がな。
「死ね・・・」
「!!... ―」
ああ、その通りだけどな
にしても……いけ好かない戦争だった…
闇に飲まれて溶ける様に消えていった英霊が、一人。
ヒタヒタ
ヒタヒタ
今日はもうお腹一杯です。明日まではお休みですね。
明日は誰に会えるかな。セイバーさんなんていいかもしれないけど、まだ早いかなぁ。
ヒタヒタ
ヒタヒタ
さっきの人の槍……ちょっと痛かったなぁ。
傷が疼くよ・・・
ズルズルヒタヒタ
ズルズルヒタヒタ
クスクス笑ってゴーゴー
‐interlude Out‐