ストームリーチ・クロニクル
王国暦998年 ラーンの月 第一週号
・巨大なドラゴン・シャード、シルヴァーフレイム教会に到着
先日の夜、街中に満ちた青い光は記憶に新しいと思う。翌朝のミサはいつもと異なり満席であり、立ち見すらできなかったであろう多くの住民は本紙の書き起こし記事を参考にするといいだろう(別途号外を購入されたし)。インタビューに対し貴重な時間を割いてくれた大司教ドライデン曰く、
「目に見える結果としては解りやすい物だろうが、これは我々の活動の成果の一部に過ぎない。
これからも人々のための戦いを我々は継続していくし、皆さんにはそれがどんなものかを知ってほしい。
一人一人のしっかりとした意思を束ねることが大事で、この光は皆さんを少しずつ手助けする切っ掛けでしかない。
不安や怖れに立ちすくむ前に、周囲には貴方たちの味方がいることを思い出してください。我々は常に門を開いてお待ちしています」
と語った。幸いその門に対して安眠妨害だと怒鳴り込む輩はいないようだが、何人かのチャレンジャーが塔の外壁をよじ登ってはシャードの欠片を削り出して持ち去ろうとし、翌朝無残な姿を晒していることが目撃されている。この記事を読んだ賢明な読者の皆さんがそういった非正規の接触を試みないことを祈るばかりである。
・メネタクルン大砂漠への定期便就航す。過酷な環境に耐えうる探索者のチームを募集中
ヴァラナーの高名な戦士であるところのジュネル氏が発見した砂漠に埋もれた都市"メル・クァット"において飛空艇の発着可能な基地が整備され、このたびリランダー氏族は週に1度の定期便の就航を発表した。今までは過酷なキャラバンで現地人や凶悪なモンスターの襲撃におびえながら一か月以上の長旅を続けなければたどり着けなかったフロンティアに、ワイングラス片手に6日ほど空の旅を堪能していれば到着できることになったという事は大きな変化といえるだろう。
またこれに伴ってジュネル戦隊長は共同で探索を行うメンバーを募っている。邪悪なノールやアンデッドとの戦闘、そして過酷な砂漠の環境に耐えうるタフな人材は砂に埋もれたピラミッドを彼の戦隊と共に探索し、隠された宝物を持ち帰るチャンスを得ることが出来る。興味がある方はボグウォーター・タバーンにいる彼のエージェントにその用向きを伝えられたし。
・懺悔者の不安!
デレーラ・グレーヴヤードに埋葬される死体のほとんどは、無一文の者たちのものだ。 だが犯罪者の遺骸はもう少し遠くにある荒涼としたペニテント・レストの一区画に運ばれる。死霊術士の埋葬がストームリーチ全土で禁止されているのにも関わらず、ムーンシャドー・ライトフット(別名デスシャドウ)は最近、あるコイン・ロードの許可により、そこに埋葬された。
最近、ペニテント・レストの門内から聞こえる叫び声や遠吠え、わめき声などは、デスシャドウが実はほとんど眠りについていないことを意味しているのではないか。最近コイン・ロードはよく眠れているのだろうかと、クロニクル社は疑問に思っている。
広告欄
サノリン様。ご無沙汰しております。会えなくて寂しいです。昔の仲間と会うのはやめて、どうか私のもとに戻ってきてください。
行方不明:ペットのサソリ、シェンカーがずっと行方不明です。何か心当たりのある方がいらしたらご連絡ください。フロビー・レッドメイス
著:キャプショー・ザ・クライアー
ゼンドリック漂流記
7-1. オールド・アーカイブ
シルヴァーフレイム教会の殉職者たちを埋葬する共同墓地、それが通称カタコンベと呼ばれる塔だ。中央市場のテントから僅かに離れたに過ぎない区画にこのような塔があり、周辺一帯がソウルゲートと呼ばれているのはこのストームリーチが拓かれるよりも以前から、この土地で活動していた教徒たちの働きによるものだ。地上部分はやや大きめの二階立てで、どちらかというと地下の墳墓部分こそが主体といえるこの構造物は、200年以上の長きに渡ってこの地で戦い果てていった信徒たちの亡骸を抱え込んでいる。
だがその本来陰鬱なものであるはずのその墓標は、今やこのストームリーチ最大の観光地となっていた。それは勿論、その頂点に据えられた巨大という形容すら生ぬるいほどの大きさを誇るシベイ・ドラゴンシャードのためである。握りこぶしほどのサイズで金貨1万枚ともいわれるその結晶、それが生半可な屋敷よりも大きいサイズとなればもはやその価値は天文学的だ。もとより大きな結晶であればあるほど飛躍的に価格を上昇させていた竜晶だけに、その価値はストームリーチ全域と比較してもなお優るだろう。
夜にはその青い清浄な光で街を薄く照らし、天に伸びる光で灯台代わりとなっていた巨人族の像と並んで航海中の船の目印たりえるその存在はすでにリランダー氏族が定期的にコーヴェア大陸の各地とここストームリーチを結んでいる定期便の予約が半年先まで埋まってしまうほどの話題となっているらしい。
そんなコーヴェアからも注目を浴びているこの塔だが、その歴史は苦難に塗れている。100年前からほんの数か月前までの間、この塔はアンデッド達に支配されていたのだから。事の詳細は明らかにされていないが、当時突如溢れかえったスケルトン等アンデッドの集団に教会の戦士たちは不意を突かれ塔からの撤退を余儀なくされたらしい。その後100年の長きに渡って周囲を封鎖されていたこの塔を解放したのが、ドライデンと彼が率いる聖騎士団だ。
彼とシルヴァーフレイム教会に対する街の住人の反応はそういったこともあり、かなり好意的なものだ。MMOのシナリオで見られたような過激な布教を行う司祭などはおらず、高圧的に寄付を要求するようなこともない。それでいて治安維持に一役買っているというのだからそれも当然だろう。そこに先日の巨大なドラゴン・シャードのお披露目である。街の大抵のところから見ることが出来るあの竜晶に関する話題で今はどこの酒場も持ちきりである。
その中で最たるものが、あのシベイ・ドラゴンシャードは探索行の本来の目的ではなく、その一部に過ぎないというものだ。そう、驚くべきことにこの巨大なドラゴン・シャードすら本来彼らが目的としていた『ハート・オヴ・シベイ』と呼ばれるドラゴン・シャードのかけらに過ぎないのだ。4万年の昔、高度に秘術を発展させていたクァバルリンという名のシャドウ・エルフの文明を滅ぼすために天より落とされたそれは、一つの城ほどの大きさだったとされる。
その巨大なシャードを目的としてここに街が出来る以前から多くの冒険者や組織が伝説の地『リング・オヴ・ストームズ』への探索を行ってきたが、めぼしい成果を上げたものは誰もいなかった──つい先日までは。今回人力ではとても持ち運べぬ大型の竜晶を運搬できたのは、リランダー氏族の飛空艇あってのことだろう。
そしてその竜晶を一旦の成果として、教会の部隊は一時的に撤収を開始しているらしい。今回得た情報を元にさらに大規模な遠征を計画しているのだろうと街では噂されており、一攫千金を狙って参加を希望する者たちが後を絶たないようだ。今日もソウルゲートの塔前にある広場には大勢の民衆が押しかけており、その対応で関係者が忙しそうに動き回っていたのを俺は目にしている。
だが、今いる"カタコンベ"の内側はそういった喧騒とは切り離され、静謐に満たされていた。長い間放置されていた間に積もっていた埃が音を吸い込んでしまっているかのような錯覚を与える。塔とはいうものの、地下にも広く深く広がっているこの建造物の区画一つの壁全てが本棚で覆われており、その蔵書の量は万の単位である。だが今注意すべきはその本棚に収まっているものではなく、暗がりに隠れている襲撃者の類だ。アンデッドの類は掃討されたといっても、長年放置されていた建物内には蜘蛛や鼠などの有害なクリーチャーが隠れ潜んでいるのだ。それらはなかなか駆除しきれるものではなく、未だに司書たちに怪我人が出る事態となっている。
そんな図書館の中をぐるりと一周して入り口付近に戻ってくると、この薄暗い書庫の中でそのあたりだけが眩い光に満たされていた。そこでは5名の揃いのローブを羽織った人達が積み上がった本たちと格闘している。人間、ドワーフにエルフ、ハーフリングと彼らの種族はバラバラだが、共通しているのはいずれもがシルヴァーフレイム教会の信徒であり、なんらかの原因で前線からは退いたがこうした後方のスタッフとして貢献し続けることを望んだ者達だということだ。その中の一人が、俺と同行していたジェロームへと声を掛けてきた。
「ふむ、その様子ですと目当てのものは見つからなかったようですな。
ひとまずは埃を落とされ、一服されるがよろしいでしょう。こちらにお茶を用意しております」
何も持たずに無手で戻ってきた俺たちの様子から徒労に終わったであろうことを察した彼は労うようにそう告げると、入り口付近に仮設された休憩所へと俺達を誘った。その部屋の片隅ではお湯が沸かされており、彼はそれを用いて紅茶を入れるとそのカップと小さな菓子が載った皿をテーブルの上へと置き、一礼して退出していった。それを見送った俺はジェロームと目を合わせるとどちらともなく椅子へと腰かける。
「ご希望に添えず申し訳ない、トーリ殿。
私はまだとても客人をお招きできる段階ではないと大司教には伝えていたのですが、やはりお手を煩わせただけの結果になってしまったようです。
新しい目録を作成しながら整理を進めてはいるのですが、何分人手が足りておりませんでな。
作業に取り掛かって一か月と少しというところなのですが、まだこの辺りの本棚をいくつか整理しおえた程度なのです」
そういって申し訳なさそうに司書長のジェロームは頭を下げた。とはいえ俺も怒っているわけではなく、事前に予想していた事態だけにやんわりと謝罪を受け取って返す。
「いえ、お気になさらず。こちらこそお忙しい中にお時間を取らせてしまったようで恐縮です」
100年近く人の手が入っていなかった図書館だけあり、管理されているとはとても言えない有様だ。かろうじて残されていた古い記録を手に、書架をぐるっと回ってみたのだがその内容は実情と大きく食い違っていた。アンデッド達がこの図書館を利用でもしていたのか、本棚の中身は随分と移動してしまっていたのだ。長い放置で傷んでしまったものも多く、表紙から内容が読み取れないなどは当たり前で司書たちはゼロからこの区画に収められている本たちの管理を始めているという事であり、無秩序におさめられた本の内容を把握して記録、整理するなどということがとんでもない作業量であることは言うまでもないだろう。
外部から人を雇おうにも、本を取り出そうとしたらその影から飛び出してくる鼠や蜘蛛に襲われて怪我人を出しかねないとなると素人を使うわけにもいかない。そういった意味で引退したとはいえある程度の戦闘力を持つジェロームたちがこの作業を担っているのだろうが、圧倒的に人手不足な有様だ。現状の作業ペースでは、終わるまでに下手をすれば何年もの期間を要するだろう──そしてそれは俺にとっては好ましくない。
「よろしければ、私にこちらの作業を1日で結構ですので任せていただけませんか?
おそらく、お困りの悩みをいくらか解決できると思うのですが」
俺のその唐突な申し出に、ジェロームは少し困ったような表情を浮かべる。
「それは勿論構わない──大司教からは君の希望は最大限受け入れるように言われているからね。
いささか彼の考えとは異なるかもしれないが、否とは言うまいよ。だが構わないのかね?
君のような優れた人物はむしろ引く手あまただ、あまりここでその時間を浪費させるのは忍びないのだが……」
「構いませんよ、こういった古い文献を紐解くのは私の趣味と研究にも繋がりますし」
カップをテーブルの上に戻し、立ち上がった俺はジェロームに断りを入れた後に《テレポート》の呪文により自宅へと移動。そこで少々準備を整えた後に再び瞬間移動で休憩室へと舞い戻る。未だジェロームのカップからはその暖かさを示すほのかな湯気が香りと共に立ち上っており、大した時間が経過していないことを教えてくれる。
「それではさっそく取り掛からせていただきますよ。先ほどはああ申しましたが時間は有限ですしね。
手早く片付けてしまいましょう」
そう老司書長に声をかけた俺は休憩室を出ると、そこで作業していた他の司書たちからテーブルを一つ借り受けた。その上に彼らが目録の作成に使用している紙の束を積み上げ、無数の筆記具を並べた。何が始まるのかと見守る視線に包まれながらさらに俺はポータブル・ホールをひっくり返すと、その中から先ほど屋敷から連れ出した大量の小型ホムンクルスを放り出す。
体長30センチ少々で、シックな服装に身を包んだそれらはデディケイテッド・ライトと呼ばれる人造生物だが、世間一般のそれとは違う。本来の醜い姿からはかけ離れ、まさに小人さんといった風貌をしているのはわざわざテーマ特技をとってまで俺が趣味を反映させたためであり、無論それだけでなく標準的なものより数段上のスペックを有している。本来は魔法のアイテム作成を補助してくれる人造クリーチャーだが、一時期調子に乗って数を作りすぎてしまったためアイテムの強化・作成がひと段落した今となってはその全てに仕事を与えられない状態となっていたのだ。そんな彼らを有効活用しようという目論見なのだ。
これらホムンクルスは使い魔ほどではないにしろ製作者である自分と精神的な繋がりがあり、また標準的な知性を有している上に俺の強化により一般人よりは打たれ強い。戦闘を忌避する性質ではあるが、この古図書館で働く分には問題はない。そんな彼らに一体ずつ、スペル・ストアリングの指輪を通して呪文を付与し、最後に《サーヴァント・ホード》の呪文で不可視の従者をこれまた大量に呼び出した。彼らの役割は本の運搬と清掃である。
従者によって運ばれてきた本を《スカラーズ・タッチ》によりホムンクルスが内容を把握し、それをテレパシーで俺へと伝える。俺はそれらを受け取って、《テレキネシス》で操作する大量の筆記具で一気に目録を作成してしまおうというのだ。呪文により一冊の本を熟読するのに必要な時間は数秒。30体を超えるホムンクルスが同時に作業することで1時間あたりに処理可能な本の数は2万冊近い数となる。まるで暴風のような勢いで、それでいて作業は古くなった本を傷付けないように流れるように精密に行われる。精神的繋がりを経由して大量の情報が俺へと送り込まれるが、魔法神には及ばぬとも古龍や一部神格に並ぶほどに強化された知性がそれらを処理し念動力を通して紙へと情報を書き写していく。時折本棚の裏に巣食っていた邪魔者を《マジック・ミサイル》などの呪文で粉砕しつつ、要約から興味をひかれた本については俺自身も呪文で内容を把握しながら歩みを進めていく。先ほどジェロームと並んで進んだ経路をなぞって再び俺がこの図書館を1周するのには半日ほども必要としなかった。
埃が積もっていたこの階層はまるで見違えたかのように磨き上げられ、塵一つ落ちていない静謐な空間へと変貌していた。痛みが激しい書籍や本棚は秘術の力で新品同様の姿を取り戻し、内容ごとに分類されて整列している。この図書館は100年の空白期を巻き戻したかのように、いやそれ以上にあるべき姿を取り戻したのだ。
「──いや、言葉もないとはこのことだな。まるで呼吸するように自然に秘術を使うのだな、君は。
そして使い方も我々の想像もつかない方法で、その結果もとんでもないときている。
ドライデンが君の事を特別に気にかけている理由が解ったよ。我々凡人を何百倍としたところで、君の仕事量には及ばないだろう。
君のこの助力にどうやって報いたものか」
一仕事終えた後、そう話しかけてきた司書長の顔には疲れと共に達成感が浮かんでいた。最初は呆気にとられていた彼らも、途中からは目録を睨みながら適正な書架の配置に頭を悩ませたり別の建物に収蔵されている書籍をこちらに運び込んで整理したりと大忙しに働いていたのだ。彼らにはこれから俺が作成した目録のチェックと公開すべきものとそうでないものの整理などといった面倒な仕事が残っているとはいえ、その表情は晴れやかだ。停滞していた業務が一気に進展したのだから、それも当然だろう。
《スカラーズ・タッチ》はウィザードだけではなくクレリックやバードの呪文リストにも記載されているが、サプリメント収録の呪文だけあって一般的ではない。呪文書に書き写せばよいウィザードと異なり、ルール上存在するが今まで未知であった呪文をクレリックがどのように行使可能になるかは興味深い点ではあるし、是非とも彼らにはこの呪文を覚えてもらいたいものだ。
とはいえ俺のように日常生活に呪文行使を取り入れているのは、このエベロンにおいてもそれほど一般的ではない。特にクレリックであれば、万が一火急の事態が起こった際にキュア系の呪文を行使する余力が失われていたというのは人命に関わる一大事だ。特に悪との戦いにその身を捧げるシルヴァーフレイム教会においてはその傾向は顕著で、呪文は温存しておくべきという風潮が強いだろう。司書という役割であるとはいえ、予備役のような役回りであるジェロームたちには受け入れられないかもしれない。
「まあ、少々変わったやり方ではあったと思いますが有用だと思われたところを取り入れていただければと。
お礼はお気になさらずとも結構ですよ。私にとっても趣味と実益を兼ねてお手伝いをさせていただいたのですから」
仕事を終えたホムンクルス達をポーダブル・ホールに誘導しながら、司書長へ言葉を返す。それは遠慮というものではなく、本心からのものだ。他の著名な図書館ではまさかこんな風に一気に蔵書を総ざらいさせてもらえやしないだろう。蔵書の内容は彼らが大陸から持ち込んだ古い文献に加え、この都市が成り立っていく経過やその間の彼らの活動などについて記したものが殆どであったが、それらはTRPGの設定本などには記されていなかった生の情報だ。半日にも満たない手伝いでそれらを得ることが出来たのだから、むしろこちらがお礼を言いたいくらいである。
そして何よりの収穫は、この書架に収められたのちのクエストに関わる書物──『デュアリティ』の手がかりを入手したことに他ならない。今はまだそのクエストが発動する兆候すら感じられないとはいえ、このカタコンベを舞台とする一連のチェインクエストの重要なキーアイテムを先んじて入手できたことはこれからの展開に先手を打つ助けとなってくれるに違いない。ゲームの設定ではいまここには無いはずの書籍。この3冊の本を、ゲームではいくつかのクエストを終えた後に大司教へと渡すことでストーリーが進行した。そのいくつかの前提を満たしていない状況でドライデンがこれを見ることでどう動くのか。幾通りものシミュレーションを脳内に走らせながら、俺はこの手にした書物についてジェロームに語り掛けるのだった。