「なんでこうなってしまったんだ……」
少年、レイフォン・アルセイフは養殖科、羊の柵を前にして絶望したようにつぶやく。
エアフィルターと言うもので汚染物質から守られたこの世界、レギオスの中で。
レギオス。
汚染された大地に生きる事を許されない人類は、自律型移動都市(レギオス)の上で生きている。
そして、この汚染しつくされた世界の頂点である種族が、汚染獣(おせんじゅう)。人類が頂点に君臨していたのは、遠い昔の物語である。
そしてここは、そんなレギオスのひとつ、学園都市、ツェルニ。
学園都市と呼ばれる都市には、必要最低限の大人しかおらず、そのほとんどが学生で構成されている。
この都市で彼、レイフォンはやり直そうと思って、故郷の槍殻都市グレンダンから出てきたのだが……
「なんで……僕の過去が知られてしまっているんだ?」
そんな遠くから来た彼のことを知る人物が、ここ、ツェルニにはいた。
レイフォンはグレンダンから出てきたと言うより、『追い出された』と言うほうが正しい。
そしてそんな彼に、『一般教養科』としてこの学園に入学してきたレイフォンに、入学式初日でそれを知る人物、生徒会長のカリアン・ロスはこう言ったのだ。
『武芸科に転科してほしい……いいね?』
「よくないってば!!」
レイフォンは思考の中だと言うのに、それを大声で否定しながら怒鳴る。
武芸科。
武芸者と呼ばれる者達によって構成された学科。
この世界が汚染獣と言う人類の脅威にさらされる中、まるで天からの贈り物かのように強力な力を持った人類が生まれた。
それを武芸者と言い、彼らは一般にはない器官によって剄と呼ばれる物を扱い、それを駆使して都市を守る。
剄には身体を強化したり、または剄を弾の様に放出して戦うなど多種多様な使い方がある。
そんな武芸者で構成される武芸科に、一般教養科で入学したレイフォンに転科しろと言うのだ。訳がわからない……
嫌、レイフォンの過去を知っているのだからこそ、当然と言えるかもしれないが……
「ていうかあの生徒会長怖い、怖すぎ!何あの目。マジ怖かった、逆らえないってあんなの」
そして当然断ろうとしたが、カリアンはそれを許さなかった。
嫌、許す許さないではなく、彼の視線が断る言葉を言わせなかった。
それほどまでにレイフォンが、彼の目によって圧されていたのだ。
「…………ああ、もう……!!なんで断れなかったんだ僕は。弱虫……弱虫!」
レイフォンは柵を乗り越え、側にいた羊の毛に顔をうずめる。
だけどその一番の原因は、レイフォンだ。
いくらカリアンの視線が鋭かったとは言え、それを彼ともあろう者が断れなかったのだ。
もっともある意味彼らしく、へたれや、優柔不断と言った言葉が似合う故かもしれないが。
そもそもこうなったのだって、普通に学生生活を送ると決めたのに、入学式で暴れる武芸科の新入生2人をあっと言う間に投げ飛ばし、喧嘩を止めてしまったからだ。
それで目立ってしまい、カリアンに呼び出される口実を作ってしまった。
「僕はもう戦いたくないんだ!フツーに掃除して、ご飯作って、普通の人になるって決めたのに!なんで初日で!!」
今日をやり直せるなら、やり直したい。
そう思いながら、レイフォンは羊を抱きしめる。嫌、それは抱きしめるというよりも抱きつくの方が正しいかもしれないが。
「貯金して、およめさんもらって、一戸建てたてて……わかるだろ、お前なら。なあ、フリーシー!!」
愚痴をこぼしながら、養殖科にいた羊に勝手に、命名までするレイフォン。
彼は気づいていない。嫌、普段の精神状態なら気づいていたかもしれないが、今まで気づけなかった。彼女の接近に。
そして、それほどまでに色々ありすぎて精神的に参っていたと言うのだろう……
「……!」
そして気づいた。彼女の存在に。
フリーシー(仮)に抱きついていたレイフォンをじっと見つめていた、長く綺麗な銀髪の少女の存在を。
(き、聞かれたよな……?は、はずかしーーーー!!)
レイフォンは悶えたくなる気持ちを抑えつつ、じっと見つめている少女へそおっと視線を向ける。
その少女は、とても小さかった。
(下級生……?って、僕が1年生だよな)
今日、レイフォンが入学式だったために、1年生の彼より下の学年の生徒はここには存在しない。
だとすると、見た目、15のレイフォンより幼く見える少女は、
(じゃあ同い年?)
当然、同級生と言う事になる。
(まるで天才が創った、人形みたいな……)
そして彼女は美しかった。
まるでこの世の物とは思えない、あったとしても溢れ出さん限りの造形美を持った少女。
その美しさに、レイフォンは一瞬で目を奪われていた。
「ん?」
そこで、レイフォンは背後がやかましい事に気づく。
美しい少女から視線を逸らし、抱きしめていたフリーシー(仮)から視線を逸らして後ろを向くと、そこには……………羊による津波。
「え……」
津波のように襲ってくる羊の群れ。羊の突進。
まさに津波のようなこの光景は、レイフォンと少女に向って突っ込んできた。
「すみませんー!!とめてくださいーー!!」
「うわわわ」
おそらく養殖科の生徒であろう人物の声が聞こえてくるが……無理である。
いきなりの事態でフリーズしたレイフォンの思考。
そして、倒すとか殺すならばレイフォンとしてもできるかもしれないが、そんな選択肢を取れるわけがない。
もっとも、取れたとしてもレイフォンはやらないが。
結果……
「いったぁ……」
突っ込んで来る羊に轢かれ、倒れ伏すレイフォン。
柵は破壊され、羊はどこか遠くへと走り去って行った。
「うわー、また先輩に叱られるーー!!!」
養殖科の生徒はレイフォン達に謝罪する暇もなく、逃げる羊を追いかけて言った。
まぁ、状況が状況なら仕方がないが……
そんな訳で、放置されたレイフォンはと言うと、
「…………」
訳がわからない現状にいた。
「………」
もっとも、それはレイフォンを見ていた少女も同じらしいが。
わかりやすく言うと、レイフォンを載られていた。
羊に撥ねられ、地面に倒れたところ、先ほどいた少女も羊に襲われ、その影響でレイフォンの上に倒れてしまったのだろう。
「………」
「………」
そんな訳で、地面に倒れるレイフォンの背に載る(座る)少女の姿が作り出されたのだが、会話が続かない。
訳がわからないレイフォンはともかく、少女まで何も話そうとはしないのだ。
「…………養殖科の学生でしょうか」
そんな空気に耐えられなくなり、レイフォンが何かを話題に出そうと、とりあえずわかりきったことをつぶやくのだが、
「……そこ、どいていただけませんか?」
初めて喋った少女により、冷たく斬り捨てられる。
だけどそんなことよりも、冷たくされた怒りよりも、レイフォンはある事に驚いていた。
それは、彼女に関する事。
(人形が喋った……!)
何を言っているのか、自分でも凄く馬鹿らしい。
確かに彼女は人形に見えるほど美しい。まるで神が創ったかのように造形美が溢れ出している。
だけどそれが実は人間だったと言うだけで、別におかしなことではないのだが。
それよりもだ、
「……………それ、僕のセリフだと思うんですけど……」
倒れているのはレイフォンで、その背に載っているのが少女なのだ。
この状況では当たり前だが、少女がどくべきである。
「………」
間があり、
「そう……言われれば……そうかもしれませんね」
ゆっくりと少女が立ち上がる。
そういわれればとか、考えるまでもなくそうなのだが……
それはともかく、どいてくれてよかったような、それとも少し残念な思いを抱きながら、レイフォンも立ち上がった。
そして……
「なんでついてくるんですか?」
特に話す事もなく、レイフォンと少女はそれぞれ自分の家、と言うか寮、部屋に帰る事にしたのだが、少女の後をついてくるように歩くレイフォンに視線を向け、尋ねてくる。
「イヤ、僕の寮もこっちなんで!」
だが、レイフォンからすれば当然ストーカーをしているのではなく、ただ偶然、帰る方向が一緒なだけだ。
彼からすれば、彼女が自分の前を歩いているとしか感じていない。
(なんかこの人、調子狂うな……)
「………」
あまり喋らず、明らかに無口な方で、喋ったかと思えば会話が噛み合わず……
そんないらいらするような状況だが、不思議とレイフォンは頭にはこなかった。
この少女と一緒にいると……………なんと言えばいいのかわからない感覚と言うか、言いようのない不思議な雰囲気が流れてくる。
もっとも、不思議な雰囲気があるのは彼女の振る舞いを見れば一目瞭然だが……
「………いいですね、のどかで。こんな世界もあるんですね」
「……え」
まただ。会話が噛み合わないと言うか、付いていけない。
無口な人かと思えば、いきなり話しかけてくる。
「そ、そうですね……汚染獣との戦いなんて、遠いことのように思えますよね」
それに合わせようと、レイフォンは少女に語りかける。
確かにこの光景はのどかだ。
ここは養殖科と言うこともあるが、羊などの愛らしい動物がさっきまでいて、とても和んでいた。
さきほどの羊の津波には流石に参ったが……
それから、現在天気は快晴。
夕暮れ時ではあるものの、汚染物質の舞うエアフィルターの外の空も透き通っており、赤い夕暮れに雲が美しい。
本当にのどかで、汚染獣の脅威に怯える生活を忘れてしまいそうだ。
「あなたも、嫌いなんですか?戦いが」
また、会話が噛み合わない。
嫌、これは先ほどレイフォンが愚痴っていたときのことを言っているのだろうか?
何にせよいきなりの話題で、そしてレイフォンは気づく。彼女の格好に。
(武芸科の制服……)
ここは学園都市だ。それ故に、制服を着るのは当然。
だけど学科ごとに分かれている制服、彼女の格好はレイフォンと同じ武芸科のもの。
もっとも、レイフォンのこの格好も、カリアンによって無理やりさせられたものだが……
「あなたもって事は……もしかして……あなたもあの生徒会長にムリヤリ……?」
そして彼女の言葉、『あなたも』に、『嫌い』、『戦い』などと言う発言から、レイフォンは予想を立てる。
この人も、カリアンから無理矢理武芸科に入れられたのではないかと。
「……ええ、まあ……」
それを肯定する少女。
「僕のほかにも被害者がいたなんて!なんて横暴な……!あんな奴がどうして生徒会長なんだ」
やっと会話が噛み合い、そして先ほどまでの愚痴、不満もあってか、かなりカリアンのことを悪く言うレイフォン。
「さあ……噂では酷い手で、対立候補を追い落として、生徒会長の地位を手に入れたとか……」
「やっぱりそういう奴なんだ!ああ、むざむざと従った僕がバカだった!」
「………」
「権力に笠に着て!許せない!」
愚痴、同調したところがあったのか、少女に同意、煽るように言うレイフォン。
「………」
だけど少女は、それを聞いても何も答えない。
「もしもし、聞いてます?」
それを不安に感じてか、レイフォンは少女に質問した。
調子に乗って言い過ぎたとか、あまりにも一方的に話して敬遠されたとか。
だけど、
「なんで牛がいなくて、羊ばかりなんでしょうね」
それは違った。と言うか、また会話が噛み合っていない。
(この人……もしかしてちょっとヘン……?ずれてるし……天然?)
「………」
自分も人のことは言えないかもしれないが、そう感じるレイフォン。
彼女といると、本当に調子が狂う。だけど、嫌ではない……そんな感じだ。
「生徒会長のこと、恨んでますか?」
「え……」
また、会話がいきなり振られた。
もう、養殖科の敷地は抜け、学園都市の都市部分まで歩いてきたところで、少女はレイフォンに問う。
「恨むってそんな、大袈裟な……」
いきなりの話題に戸惑うレイフォン。
確かにいきなり武芸科に転科させられ、頭にはきたのだが……
恨むほどカリアンと接点はないし、それとはちょっと違う気がする。
「私は恨んでます」
だけど少女は言った、ハッキリと、恨んでいると。
カリアンに向けて、明確な敵意を向けているようだった。
(なんだったんだ……?)
寮の自分の部屋にて、レイフォンは1人考え込む。普通は2人部屋だが、運良くレイフォンは1人で使えている。故に、この部屋にはレイフォン1人しかいない。
あの後、少女とは会話らしい会話をせずに別れて、今は自分で作った夕食のシチューを前にし、レイフォンは考えていた。
「恨む……か」
その内容はやはり、あの少女の事。名前すら聞いていない、不思議な少女の事だ。
「……そりゃ、僕だって腹は立つけどさ」
どうも恨むとは違う気がする。
カリアンのことはハッキリ言って好きじゃないし、どっちかと言うともちろん嫌いだし、頭にはきている。
だけど……流石に『恨む』なんて言う深いものではないと言うか、生徒会長という『都市』を統べる、支配する立場からすれば確かにレイフォンの力は魅力的で、彼を利用したいと思う考えは理解できる。
もっとも自分は、その期待に応えるつもりはないのだけど……
「レイフォン・アルセイフ!」
そんな時だ。扉がノックされ、返事も聞かずに中に人が入ってきたのは。
その人物はレイフォンと同じ武芸科の制服を着ていた。
「さっき、ガトマン・グレアーがここでお前を呼んでたぜ。うるせーのなんのって……」
「え……?」
そして、言われた言葉のわけがわからない。
レイフォンはその『ガトマン・グレアー』と言う人物に呼ばれていたらしいが、当然そんな人物は知らないし、名前も聞いた事がない。
「厄介な奴に目をつけられたな。何をしたんだ?」
「何って……僕は何も……」
しかも、何故か目をつけられているらしい。
本当に訳がわからない。
「お!うまそう」
そんな武芸科の人物は、レイフォンの部屋にあるシチューの鍋を見てそんなことをつぶやく。
ノックして返事も聞かずに開けたところや、そのまま入ってきて、鍋の中身を見た事もかなりずうずうしい正確かもしれない。
「あ、それ、僕が作ったんだけど、よければ食べる?僕、料理はできるんだけど量とかの加減が下手なんだよ」
「マジで?じゃ、遠慮なく」
せっかくだし、そのまま夕食に招待する事にした。
リーリン、孤児院で育ったレイフォンの姉妹のような人物で、幼馴染の女性だが、このことは彼女にも注意された。
レイフォンは料理ができ、それもかなりの腕前なのだけど、栄養バランスや量の調整がどうも下手だ。
偏った食事を作ったり、量を多く作りすぎたりするのは日常茶飯事であり、今回も夕食にしてはかなり多い量のシチューを作ってしまったのだ。
そんな訳で皿によそい、武芸科の人物に差し出した。
「サンキュー。取り合えず自己紹介な。俺の名は、オリバー・サンテス。武芸科の2年生だ」
「あ、うん、僕は……って、知ってますよね。一応……武芸科の1年生です」
取り合えずは自己紹介。
オリバーと名乗る人物を向かいの席に座らせ、レイフォンは本題へと入る。
「それで……そのガトマン・グレアーがどうしたんですか?」
「ああ、そうそう……」
2年生と名乗ったので、ひとまず敬語で話すレイフォン。
そしてオリバーが、シチューを食べながらガトマンについて語りだした。
「あいつは危険だぜ。あいつの気に入らない生徒が、いつの間にか学園から消えると言う事件が何件も起こってるんだ」
「え……」
話を聞けばわかる。そのガトマンと言う人物の危険さが。
つまりはそういう噂が耐えない、危険人物だと言うのだ。
もしかしたら、彼は気に入らない生徒を……
「ま、5年だから後2年逃げ切れば、命は助かるさ。しかし、ホントにうまいな、これ」
「ちょ……待ってくださいよ、なんですかそれは!?」
気楽に、他人事の様にシチューを食べながら言うオリバーだが、レイフォンからすれば当然そんな場合ではない。
最も、オリバーからすれば他人事なのだろうけど、レイフォンは動揺しながら尋ねる。
「知らねーよ。ホントに何やったんだ、お前?」
だけどオリバーも詳しい事情までは知らず、ただ、ガトマンがレイフォンを呼んでいた、目をつけられた事しか知らない。
故に、どういうわけかはこちらの方が知りたいのだ。
「そんなこと、僕が知るわけ……あ……もしかして、あれか?」
『知らない』、そう言おうとしたのだが、レイフォンにはひとつの仮説が思い浮かぶ。
仮説と言うか、アレは忠告のような物だったのだが……カリアンに呼び出され、武芸科への転科を命じられた時の事。
レイフォンを呼びに来た秘書の女性が、彼に言っていた言葉だ。
『入学式で退学になった生徒のお兄さん……もしかしたらあなたを逆恨みして、何かするかもしれません。注意した方がいいですよ』
レイフォンがカリアンに目をつけられた出来事。
入学式で暴れていた武芸科の生徒を、とっさに投げ飛ばして止めた事だ。
それが原因で入学式は中止となり、問題を起こした生徒は退学となった。
もちろんレイフォンは、仲裁しただけなのでお咎めはなし。
その代わりと言うか……武芸科には転科させられてしまったのだが、何にせよそんな経緯があり、退学となった生徒の兄から逆恨みを受けてしまったらしい。
「ああ、何かと噂になってたが、ありゃお前だったのか。そりゃ、災難だな」
それを聞いたオリバーは、相変わらず他人事の様に言う。
「まあ、なんだ……無事に逃げ切る事を祈ってるよ。そんな訳で、ごっそさん」
シチューを食べ終え、からとなった皿を置いて立ち去るオリバー。
そんな彼の背を見送りながら、レイフォンは再び思った。
今日をもう一度、やり直したいと……
「なんだレイとん、お前武芸科だったのか?」
「いや、これは……後で返しに行こうと思って……」
結局あの後、一晩考えてレイフォンの出した結論は、カリアンに掛け合って一般教養科に戻してもらう事。
色々と重なってしまったトラブルだが、まずは身近なものからひとつずつ解決して行こうと考えるレイフォン。
だから制服を返し、カリアンにもとの学科に戻してもらおうと言うのだが、その途中でナルキに出会った。
「どういうわけか知らないけど、似合ってるのに。レイとんなら武芸科でもやっていけるよ」
「うんうん、それに、ミスター・ツェルニコンテストがあったら、絶対に票が入ってたよ」
正確には、ナルキとミィフィ、メイシェンの3人組とだが。
昨日、レイフォンが暴れる武芸科生徒を止めた時、そのつもりがあったとかではなく過程として結果的にメイシェンを助けたために仲良くなった3人の女の子。
ナルキとミィフィ、メイシェンは昔からの幼馴染らしく、ミィフィの弁ではナッキ、メイっち、ミィちゃんなどと言う愛称があるらしく、レイフォンにもレイとんなんて言う、どこぞの英国紳士のような愛称をつけられたのだ。
それはさて置き、レイフォンが武芸科に転科したのは、彼女達といる時に呼び出されてからなので、レイフォンの武芸科の制服を見るのは初めてな彼女達。
その格好に、もともとのレイフォンの美形も加わってかなり似合っているのだ。
もっとも、本人には自覚がないのだが……
「どんなコンテストだ……」
レイフォンはミスターツェルニと言われ、そんなものが存在するのかというように呆れたようにつぶやく。
だけどミィフィが不敵に『ふふ』と笑い、一枚のポスターを取り出した。
「ミスターはないけど、ミスはあるみたいよ」
「ミスコン……?」
それは、『MISS ZUELLNI CONTEST』と書かれたポスター。
要するに、ミスコンの宣伝をしているものだ。
そして、そこにはミスコン候補の美女達の顔写真が映っているわけなのだが……
(昨日の女の子………!)
レイフォンの瞳が釘付けになる存在、昨日出会った不思議な少女の写真があった。
(フェリ・ロス。武芸科2年生……先輩だったのか………!)
記載されている彼女の名前、学年、学科を読み、意外そうな表情をするレイフォン。
美しくもあの幼い容姿から年下……は自分が1番下の1年生だからなくとも、同じ1年生だと思っていたのだが、予想が外れてしまった。
「やっぱり、レイとんも興味があるんだ。しかも、1番人気のフェリ先輩かー」
「え……?」
男ゆえに女性に興味があるのは当然だろうが、レイフォンの釘付けとなった視線をそう取るミィフィ。
しかし、レイフォンはそういうつもりで見ていたのではないのだけど、ミィフィはそのまま続けた。
「ミスコン最有力、優勝候補だよ、その人」
(6万人の一番人気……!?)
だけど、そういうつもりではなかったとは言え、ちょっとは興味はある。
そしてフェリは、約6万人が生活するこの学園都市で、ミスコンではあるけど1番人気の少女らしい。
(僕、上に乗られたよな!?学園のアイドルに!?)
そして昨日の事なのだけど、不可抗力とは言え彼女に上に乗られた事を思い出し、今更だけど心臓がドキドキと脈打つレイフォン。
本当に今更だが、それほどまでにフェリは美しかった。
「キレイな上に、小隊員に選ばれるほどの実力者。こんな人、いるんだねぇ」
「すごいな、2年で小隊員って。いいなぁ、才色兼備のお嬢様」
「……小隊員って?」
ミィフィとナルキがフェリを褒めるなか、『小隊員』と言う言葉を知らないメイシェンが問いかけてくる。
レイフォンも、その言葉を知らなかった。
「武芸科のエリート集団だな。小隊バッジは栄光の証とでも言えばいいのかな?」
「襟のところにバッジをつけてるでしょ?ⅩⅦって言う。第十七小隊ね」
2人の、短いけどわかりやすい説明。
つまりは武芸科のエリート生徒で、都市を守る時なんかは要となって戦う存在らしい。
「ま、話しかけるにも恐れ多いって感じ?」
(そんな雲の上の人だったんだ……)
そんな人物に、自分のような存在、一応武芸科ではあってもただの一生徒の自分が、そんな彼女と昨日会話をする事ができたのは、ちょっとした幸運なのかもしれない。
(もう、接点ないよな……)
それも不思議な、疑問の残ったまま会話は終わってしまったし、もう会うことはないだろうと思うレイフォン。
『私は恨んでます』、どうせならこの言葉の意味を彼女に聞きたかったのだけど、もう接点は築けないだろう5と思ったレイフォンにはどうでも良い事だった。
「あれ……」
「あ……!」
「ん……?」
だから、予想外もいいところだった。
こんな展開など。
「あの……レイフォン・アルセイフさんですよね?」
「は、はい……」
その彼女、フェリがレイフォンを尋ねてくることなんて。
「レイとん……!名前知られてるよ……!!なんで!?」
驚くミィフィだが、それはこっちが知りたい。
レイフォンはさっきまでフェリの名前を知らなかったし、自分も名乗った覚えはないはずだ。
「話があります。一緒に来ていただけますか?」
そして、フェリからかけられたこの言葉。
彼が運命、分かれ道だったのかもしれない。
この選択でレイフォンは、彼自身が望む生活とは逆の運命を歩む事になるなど……まだ知らなかった。
(学園のアイドルから呼び出し……?もしかして、まさか……!?)
レイフォンは初めての出来事にドキドキしながら、メイシュン達と別れてフェリへとついていった。
「きょ、今日は暑いですね」
相変わらずフェリはあまり喋らないので、レイフォンは無理にでも話題を作ろうと必死だ。
「また会えるとは、思ってませんでした」
だが、無理に作ろうとしたのがいけなかった。
顔が真っ赤になる。
(バカッ、これじゃ下心ありありみたいじゃないかーーー!!)
自分で自分を罵倒し、ひとまず冷静になろうとするレイフォン。だけどできない。
美少女、学園のアイドルからの呼び出し。
そして、それについていくという選択。
それから想像できる出来事は……多少妄想も入るが、男なら一度は考えるかもしれない出来事、告白。
(落ち着け僕!落ち着くんだ)
もしかしたら告白されるかもしれないなんて考え、さっきから心臓が喧しい位に高鳴るレイフォン。冷静でいられるわけがない。
だけど、そんなレイフォンを冷静に戻したのが……
「……………」
「……………」
フェリの無表情な、そして冷たい視線だった。
(アホだな。んなワケないだろ)
またも自分で自分を罵倒し、落ち着いたレイフォン。
(そうだ)
そこで彼は、せっかくの機会だし、一晩悩んだ事、先ほどの事をフェリに話すことにした。
無理矢理武芸科に入れられ、カリアンを恨んでいるらしい彼女に向けて。
「僕、生徒会長に掛け合って、もう一度一般教養科に戻してもらうように、お願いしようと思うんです。制服を返して……」
「……………」
「だから」
「……………」
レイフォンの言葉に、フェリは無言だった。
そして、無表情だった。
「あ、あの……フェリ……先輩?」
聞いているのか心配になり、レイフォンがフェリに質問を投げかける。
だが、
「もう……遅いんです」
帰ってきたのは、レイフォンの言葉を否定するフェリの返事。
「え……?」
「着きました」
その言葉の意味を聞き返そうとするレイフォンだが、今更だがフェリの言葉で目的地に着いた事を知る。
そこは、1年校舎より更に奥にある、少し古びた感じの会館だった。
広いはずのその会館は大きな壁に仕切られ、レイフォンが入った部屋には教室2つ分のスペースくらいしかない。
それでも十分広いかもしれないが。
「ここは……?」
「私達の小隊の練習場所です」
レイフォンの問いに、そう答えるフェリ。
予想外だ。
そして……どうしてこうなってしまったのだろう?
「レイフォン・アルセイフだな」
入ってきたレイフォンにかけられる、フェリとは違う女性の声。
「私はニーナ・アントーク。第十七小隊の隊長を務めている」
「はぁ……」
取り合えず相槌を打つレイフォン。
肩の辺りでそろえた金髪の、少し気は強そうだけど、綺麗な女性である。
(また怖そうな人の呼び出しか!!)
十分に美人と言える彼女だが、どうやら自分はフェリを使って彼女に呼び出されたらしく、先ほど抱いていた妄想を粉々に打ち砕かれて肩を落とす。
「レイフォン・アルセイフ。貴様を第十七小隊の隊員に任命する」
「え……」
だがそんなことよりも、たった今、聞き捨てならないことをニーナに言われた。
レイフォンを、小隊に入れるというのだ。
「小隊とは武芸大会の際に、中核を担う重要な部隊だ。小隊員に選ばれると言う事は、武芸科に所属する学生の中で、特に優れた武芸者と認められた証だ。大変、栄誉な事と思っていい」
レイフォンの返事も聞かず、次々と言葉を投げかけてくるニーナ。
レイフォンは、一言も喋る間をもらえなかった。
「それでは、これから貴様が我が隊において、どのポジションが相応しいか、その試験を行う。レストレーション」
錬金鋼(ダイト)と呼ばれるものの、記憶復元による形質変化。
錬金学によって生み出されたそれは、『レストレーション』と言う言葉と共に重量まで復元して武器となる。
それは鉄鞭と呼ばれる、二刀流の武器である。
「さあ、好きな武器を取れ!」
壁に立てかけられてる武器を指し、命じるニーナ。
「ま、ま、待ってください!」
ここまで来て、流石にレイフォンを反論する。
本当にどうしてこんな事になったのだろう?
なんでこうなってしまったのか……小隊に入りたいわけがない。
「僕は、戦いなんて好きじゃないんです!」
ニーナから視線を逸らし、そういうレイフォンだが、ニーナは関係なしとばかりに近づいてくる。
それに耐えられず、レイフォンは後ろを向いて走った。
「逃げるな!」
すると当然、追いかけるニーナ。
「ぶわはははは」
そうなると、ここでは鬼ごっこが始まってしまう。
そんな子供っぽいやり取りに、今更だがここにいた1人の男が笑い声を上げる。
一見軽そうな、男なのに長い髪をした人物だ。
そして彼とレイフォンを呼んだフェリのほかに、ここにはツナギを着た男もいる。
「シャーニッド、笑うな!」
笑い出す軽そうな男に、怒ったように怒鳴るニーナ。
レイフォンは今のうちに外に出て、ここから逃げようとするが……先にニーナがドアに回りこみ、退路を塞いだ。
これでは、逃げられない。
「入学式でお前を見た。小隊員に値する実力があると思った」
またもレイフォンの話を聞かず、ニーナが語りだす。
レイフォンからすれば、また入学式が原因かと肩を落とすのだが、ニーナはそれに構わず続けていく。
「レイフォン・アルセイフ。貴様は私達、第十七小隊の一員になるんだ」
「そんな……」
「拒否は許されん!これは既に、生徒会長の承認を得た、正式な申し出だからだ」
嫌がるレイフォンを徹底的に無視し、そう宣言するニーナ。
(生徒会長……!!あいつ……!僕が戻りたいって言うよりこんなに早く手を回して……)
これを企てたカリアンに、もはや殺意すら湧いてくるレイフォン。
彼の脳裏には、嘲笑うかのようなカリアンの表情が浮かんでくる。
その傍らには、何故かフリーシー(仮)がいるような気がした。
「何より武芸科に在籍する者が、小隊員になれる栄誉を拒否するなどと言う軟弱な行為を許すはずがない」
確かに、ニーナの言う事はもっともだ。
武芸科の学生とは、つまり武芸者。武芸者とは、都市を守るために存在する者。
そんな人物が戦いを拒否するなど、普通は許されない。
だけど、
「僕は……無理矢理転科させられて……だから返しに行くんですよ、この制服は……」
レイフォンはカリアンにより、無理矢理その武芸科に入れられたのだ。
だからひとまずは武芸科の制服を着ているが、これを返そうと思っている。
そして、返した後に着る一般教養科の制服を、レイフォンは今、持っていた。
「あーーーーー!!何するんです!」
だがそれを取り上げ、ニーナはゴミ箱へと投げ捨てる。
それに当然文句を言うレイフォンだが、ニーナに謝る気などない。
むしろ、レイフォンに対して説教をしていた。
「あのカリアン・ロスに、そんな手は通じない」
冷たく、言い放つように、断言するように。
確かにあのカリアンに、そんなことを言っても受け入れるとは信じられない。
「実現不可能な事を思い続けるのは、ただの未練だ。ずっと抱えていても害にしかならない。ならば今ここで、きっぱりと決着をつけるべきだ」
なら、どうすればいいのか?
ニーナは力強く、レイフォンに語りかけた。
「逃げるなレイフォン。逃げるから災難が向こうからやってくる。立ち向かえ!」
「………」
この声が、レイフォンに届いたかどうかはわからない。
だけどここは、拒否しても逃げても無駄だと理解した。
「……剣を」
そうつぶやき、それを聞いたシャーニッドが立てかけられた武器から剣を選ぶ。
「ま、入学式でお姫様(女の子)を助けたのが運の尽きさ。観念しな、王子様、ほらよ!王子様はやっぱり、剣だよな」
そして、それをレイフォンに向けて放り投げる。
レイフォンはそれをキャッチし、ニーナと向かい合った。
「私は本気で行くぞ」
既に構えを取り、準備万端のニーナ。
そして、ニーナは突っ込んだ。
いきなりだ。間の計り合いも何もなく、いきなりニーナが飛び込んできた。
右手の鉄鞭がそのまま、レイフォンの胸の辺りを襲う一撃を繰り出してくる。
それをレイウォンは身体をひねってかわした。すると今度は左手の鉄鞭が、スキを見せたレイフォンの背を襲うように放たれた。
しかしそれを、レイフォンは剣を背に回して受け止める。
とても重たい一撃だ……とても女性が放ったとは思えないほどに、重たい一撃。
それから距離を取り、レイフォンは鉄鞭の届かない距離へと脱出する。
ひとまず、少し間を取っての仕切り直しだ。
「ははっ、ニーナの初撃を受けきった奴を初めて見た」
シャーニッドからもれた言葉に構わず、レイフォンとニーナは対峙していた。
今の状況は……互角。
ニーナが一方的に、レイフォンを攻めていた。
そう……レイフォンは先ほどから受けているだけで、一度も『攻撃をしていない』のだ。
彼からは、攻めていない。
(すごい!一瞬も迷わず、突っ込んでくる美しい動き。眩しい剄。そして……)
ニーナの攻撃を捌きながら、レイフォンは思う。
自分にはなくて、彼女にあるものを。
(なんだろう、この熱は?ひたむきさは?)
それがわからない。
鋭いニーナの攻撃を捌くレイフォンだが、理解できない。
『実現不可能な事を思い続けるのは、ただの未練だ』
ニーナはこう言っていた。
そして逃げるな、立ち向かえ!と……
(どうして、こんなに真っ直ぐなんだ)
それは素直に凄いと思うし、正直レイフォンも憧れる。
そういう風に生きたいとも思う。
だけど……
「外力系衝剄は使えるか?」
ニーナの質問に、レイフォンはこくりと頷く。
その瞬間、ニーナが笑った。
「ならばよし」
笑顔のままに、胸の前で鉄鞭を交差させる。
大きな音と振動が、床を振るわせた。
「受け切れよ」
楽しそうに、そして酷薄に笑ったニーナの顔が、気がつけば間近にあった。
遠くなって行く意識の中、レイフォンは思う。
(だけど先輩。僕には……何か立ち向かうほどの熱は、どこをさがしてもなくて……どこかに置き忘れてきたのかな。それとも、僕には初めからなかったのかな……)
ニーナの一撃を受けたレイフォンは、そのまま気絶した。